8 / 14
第7話「囚われのディーヴァ」
しおりを挟む
宰相と暁光団の繋がりを示す決定的な証拠を発見した日の翌日、ミカエルの屋敷に、一本の電話がかかってきた。それは、フィンがいつも使っている暗号化された回線ではなく、ごく普通の一般回線からだった。
『……リオンか?』
電話の向こうから聞こえてきたのは、フィンの声だった。しかし、その声はひどく苦しそうで、背後では微かな雑音が聞こえる。
『助けてくれ……。奴らに、バレた。今、第7地区の廃工場に……ぐっ!』
そこで、フィンとの通信は、一方的に途絶えた。
「フィン!? フィン、どうしたんだ!」
リオンが何度呼びかけても、応答はない。血の気が、さっと引いていく。フィンが、捕まった? 自分たちの動きが、敵に筒抜けだったというのか?
「落ち着け、リオン。これは罠だ」
隣で一部始終を聞いていたミカエルが、静かに、しかし力強い声で言った。彼の顔は、怒りで蒼白になっている。
「フィンは、こんな迂闊な連絡をしてくる男じゃない。敵が、フィンの身柄を使って、君を誘い出そうとしているんだ」
罠。そう言われても、リオンの心は激しく乱れた。親友が危険に晒されているかもしれない。それが罠だと分かっていても、じっとしていることなどできなかった。
「でも、もし、本当だったら……? 僕のせいで、フィンが……!」
「だからこそ、冷静になるんだ。私に考えがある」
ミカエルはそう言うと、すぐに部下たちに連絡を取り、極秘裏に部隊を編成し始めた。だが、リオンの心の中では、焦りと罪悪感が渦巻いていた。
もし、自分のせいでフィンに何かあったら、一生後悔する。
ミカエルが作戦の準備で書斎にこもっている間、リオンは一人、居間で震えていた。その時、ふと、机の上に置いてあった一枚のメモが目に留まった。それは、数日前にフィンが訪ねてきた時に残していった、走り書きのメモだった。そこには、調査の進捗と共に、走り書きでこう書かれていた。
『もしもの時は、あの星に誓った約束を思い出せ』
あの星に誓った約束。
それは、リオンとフィンが、まだ士官学校の学生だった頃の、二人だけの思い出だった。帝都の夜景が見える丘の上で、お互いの夢を語り合い、「いつか、この国を良くするために、二人で力を合わせよう」と、一番星に誓ったのだ。
あの丘の座標。そして、約束の言葉。
まさか……。
リオンはハッとして、自分の端末を操作した。
約束の言葉をパスワードとして入力し、丘の座標をキーにして、ある暗号システムを起動する。それは、リオンが個人的に開発した、緊急用のメッセージ送信システムだった。
(ミカエルさん、ごめんなさい……!)
リオンは心の中で謝罪すると、一つの短い暗号メッセージを、ミカエルにだけ届くように設定して送信した。
『星は北。偽りの声に惑わされるな。信じて待っている』
そして、リオンはミカエルの制止を振り切る覚悟で、一人、屋敷を抜け出した。フィンの身の安全を、この目で確かめなければならない。たとえ、それが罠だとしても。
彼が指定された第7地区の廃工場へ向かったのは、無謀な行動だったかもしれない。だが、それは、友を思う、彼の精一杯の誠意だった。
廃工場にたどり着いたリオンを待っていたのは、やはり罠だった。フィンはおらず、代わりに、暁光団の構成員たちが、彼を取り囲んだ。
「ようこそ、我らが歌姫(ディーヴァ)。君のことは、宰相閣下からよく聞いている」
フードを目深に被った男が、嘲るように言った。抵抗する間もなく、リオンは捕らえられ、意識を失った。
一方、ミカエルは、屋敷からリオンの気配が消えたことに、すぐに気づいた。
机の上に残されたフィンのメモと、パソコンの履歴。そして、自分だけに届いた、謎の暗号メッセージ。
『星は北。偽りの声に惑わされるな。信じて待っている』
「……この馬鹿者が……!」
ミカエルは怒りで我を忘れ、拳で壁を殴りつけた。一人で行くなと、あれほど言ったのに。自分を信じて待っていればいいものを。
しかし、その怒りは、すぐに冷静な思考へと変わっていった。
怒りで暴走しても、リオンは救えない。今は、彼が残してくれたメッセージを解読することが、最優先だ。
『星は北』。
リオンとの会話を思い返す。以前、屋敷のテラスで星空を眺めていた時、彼が「僕の故郷は、この帝都の真北にあるんです」と、嬉しそうに話していた。
『偽りの声に惑わされるな』。
これは、先ほどのフィンからの電話が、偽物だという確信の伝言だろう。
『信じて待っている』。
これは、ミカエルが必ず助けに来ると、彼が信じているという、メッセージ。
そして、メッセージ全体が、ある座標を示していることに、ミカエルは気づいた。それは、二人にしか分からない、思い出の言葉をキーにした、高度な暗号だった。初めて、ミカエルの屋敷で二人きりで食事をした日。その時に交わした、他愛のない会話。その言葉が、暗号の鍵になっていた。
「……見つけたぞ、リオン」
暗号が示したのは、帝都の北、かつて先代皇帝が所有していた、今は廃墟となっている古い離宮の場所だった。そこが、暁光団のアジトに違いない。
ミカエルは、怒りの炎を、冷静な闘志へと変えた。
「作戦を変更する。全部隊、第一級戦闘配備。目標は、旧北部離宮」
集めた信頼できる部下たちに、彼は短く、しかし力強く命じた。
「我らが至宝を、不届きな輩から奪い返す。一人の犠牲者も出すな。だが、敵には一切の情けをかけるな」
その青い瞳は、獲物を狩る獣のように、鋭く、そして冷たい光を放っていた。
愛する番を救出するため、一人のアルファの、決死の反撃が、今、始まろうとしていた。
『……リオンか?』
電話の向こうから聞こえてきたのは、フィンの声だった。しかし、その声はひどく苦しそうで、背後では微かな雑音が聞こえる。
『助けてくれ……。奴らに、バレた。今、第7地区の廃工場に……ぐっ!』
そこで、フィンとの通信は、一方的に途絶えた。
「フィン!? フィン、どうしたんだ!」
リオンが何度呼びかけても、応答はない。血の気が、さっと引いていく。フィンが、捕まった? 自分たちの動きが、敵に筒抜けだったというのか?
「落ち着け、リオン。これは罠だ」
隣で一部始終を聞いていたミカエルが、静かに、しかし力強い声で言った。彼の顔は、怒りで蒼白になっている。
「フィンは、こんな迂闊な連絡をしてくる男じゃない。敵が、フィンの身柄を使って、君を誘い出そうとしているんだ」
罠。そう言われても、リオンの心は激しく乱れた。親友が危険に晒されているかもしれない。それが罠だと分かっていても、じっとしていることなどできなかった。
「でも、もし、本当だったら……? 僕のせいで、フィンが……!」
「だからこそ、冷静になるんだ。私に考えがある」
ミカエルはそう言うと、すぐに部下たちに連絡を取り、極秘裏に部隊を編成し始めた。だが、リオンの心の中では、焦りと罪悪感が渦巻いていた。
もし、自分のせいでフィンに何かあったら、一生後悔する。
ミカエルが作戦の準備で書斎にこもっている間、リオンは一人、居間で震えていた。その時、ふと、机の上に置いてあった一枚のメモが目に留まった。それは、数日前にフィンが訪ねてきた時に残していった、走り書きのメモだった。そこには、調査の進捗と共に、走り書きでこう書かれていた。
『もしもの時は、あの星に誓った約束を思い出せ』
あの星に誓った約束。
それは、リオンとフィンが、まだ士官学校の学生だった頃の、二人だけの思い出だった。帝都の夜景が見える丘の上で、お互いの夢を語り合い、「いつか、この国を良くするために、二人で力を合わせよう」と、一番星に誓ったのだ。
あの丘の座標。そして、約束の言葉。
まさか……。
リオンはハッとして、自分の端末を操作した。
約束の言葉をパスワードとして入力し、丘の座標をキーにして、ある暗号システムを起動する。それは、リオンが個人的に開発した、緊急用のメッセージ送信システムだった。
(ミカエルさん、ごめんなさい……!)
リオンは心の中で謝罪すると、一つの短い暗号メッセージを、ミカエルにだけ届くように設定して送信した。
『星は北。偽りの声に惑わされるな。信じて待っている』
そして、リオンはミカエルの制止を振り切る覚悟で、一人、屋敷を抜け出した。フィンの身の安全を、この目で確かめなければならない。たとえ、それが罠だとしても。
彼が指定された第7地区の廃工場へ向かったのは、無謀な行動だったかもしれない。だが、それは、友を思う、彼の精一杯の誠意だった。
廃工場にたどり着いたリオンを待っていたのは、やはり罠だった。フィンはおらず、代わりに、暁光団の構成員たちが、彼を取り囲んだ。
「ようこそ、我らが歌姫(ディーヴァ)。君のことは、宰相閣下からよく聞いている」
フードを目深に被った男が、嘲るように言った。抵抗する間もなく、リオンは捕らえられ、意識を失った。
一方、ミカエルは、屋敷からリオンの気配が消えたことに、すぐに気づいた。
机の上に残されたフィンのメモと、パソコンの履歴。そして、自分だけに届いた、謎の暗号メッセージ。
『星は北。偽りの声に惑わされるな。信じて待っている』
「……この馬鹿者が……!」
ミカエルは怒りで我を忘れ、拳で壁を殴りつけた。一人で行くなと、あれほど言ったのに。自分を信じて待っていればいいものを。
しかし、その怒りは、すぐに冷静な思考へと変わっていった。
怒りで暴走しても、リオンは救えない。今は、彼が残してくれたメッセージを解読することが、最優先だ。
『星は北』。
リオンとの会話を思い返す。以前、屋敷のテラスで星空を眺めていた時、彼が「僕の故郷は、この帝都の真北にあるんです」と、嬉しそうに話していた。
『偽りの声に惑わされるな』。
これは、先ほどのフィンからの電話が、偽物だという確信の伝言だろう。
『信じて待っている』。
これは、ミカエルが必ず助けに来ると、彼が信じているという、メッセージ。
そして、メッセージ全体が、ある座標を示していることに、ミカエルは気づいた。それは、二人にしか分からない、思い出の言葉をキーにした、高度な暗号だった。初めて、ミカエルの屋敷で二人きりで食事をした日。その時に交わした、他愛のない会話。その言葉が、暗号の鍵になっていた。
「……見つけたぞ、リオン」
暗号が示したのは、帝都の北、かつて先代皇帝が所有していた、今は廃墟となっている古い離宮の場所だった。そこが、暁光団のアジトに違いない。
ミカエルは、怒りの炎を、冷静な闘志へと変えた。
「作戦を変更する。全部隊、第一級戦闘配備。目標は、旧北部離宮」
集めた信頼できる部下たちに、彼は短く、しかし力強く命じた。
「我らが至宝を、不届きな輩から奪い返す。一人の犠牲者も出すな。だが、敵には一切の情けをかけるな」
その青い瞳は、獲物を狩る獣のように、鋭く、そして冷たい光を放っていた。
愛する番を救出するため、一人のアルファの、決死の反撃が、今、始まろうとしていた。
37
あなたにおすすめの小説
【完結】番になれなくても
加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。
新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。
和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。
和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた──
新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年
天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年
・オメガバースの独自設定があります
・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません
・最終話まで執筆済みです(全12話)
・19時更新
※なろう、カクヨムにも掲載しています。
【16話完結】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!
キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!?
あらすじ
「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」
前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。
今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。
お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。
顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……?
「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」
「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」
スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!?
しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。
【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】
「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」
【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる
ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。
そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。
「一緒にコラボ配信、しない?」
顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。
これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
追放された無能錬金術師ですが、感情ポーションで氷の騎士様に拾われ、執着されています
水凪しおん
BL
宮廷錬金術師のエリアスは、「無能」の烙印を押され、王都から追放される。全てを失い絶望する彼が辺境の村で偶然作り出したのは、人の"感情"に作用する奇跡のポーションだった。
その噂は、呪いで感情を失い「氷の騎士」と畏れられる美貌の騎士団長ヴィクターの耳にも届く。藁にもすがる思いでエリアスを訪れたヴィクターは、ポーションがもたらす初めての"温もり"に、その作り手であるエリアス自身へ次第に強く執着していく。
「お前は、俺だけの錬金術師になれ」
過剰な護衛、暴走する独占欲、そして隠された呪いの真相。やがて王都の卑劣な陰謀が、穏やかな二人の関係を引き裂こうとする。
これは、追放された心優しき錬金術師が、孤独な騎士の凍てついた心を溶かし、世界で一番の幸福を錬成するまでの愛の物語。
沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました
ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。
落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。
“番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、
やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。
喋れぬΩと、血を信じない宰相。
ただの契約だったはずの絆が、
互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。
だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、
彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。
沈黙が祈りに変わるとき、
血の支配が終わりを告げ、
“番”の意味が書き換えられる。
冷血宰相×沈黙のΩ、
偽りの契約から始まる救済と革命の物語。
【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は
綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。
ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。
成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。
不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。
【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】
「嵐を呼ぶ」と一族を追放された人魚王子。でもその歌声は、他人の声が雑音に聞こえる呪いを持つ孤独な王子を癒す、世界で唯一の力だった
水凪しおん
BL
「嵐を呼ぶ」と忌み嫌われ、一族から追放された人魚の末王子シオン。
魔女の呪いにより「他人の声がすべて不快な雑音に聞こえる」大陸の王子レオニール。
光の届かない深海と、音のない静寂の世界。それぞれの孤独を抱えて生きてきた二人が、嵐の夜に出会う。
シオンの歌声だけが、レオニールの世界に色を与える唯一の美しい旋律だった。
「君の歌がなければ、私はもう生きていけない」
それは、やがて世界の運命さえも揺るがす、あまりにも切なく甘い愛の物語。
歌声がつなぐ、感動の異世界海洋ファンタジーBL、開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる