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第6話 噂の始まりと、初めての来訪者
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アルたちが森で暮らし始めてから、数ヶ月が経った。穏やかな日々の中で、アルの料理の力はさらに磨かれ、フェンやグリフォンとの絆も深まっていった。彼らの住処の周りには、アルの料理の噂をどこからか聞きつけた、小動物たちが集まるようになっていた。
その頃、森に最も近い麓の村では、奇妙な噂がまことしやかに囁かれ始めていた。
「聞いたかい? あの『魔物の森』の奥に、魔女が住み着いたらしい」
「なんでも、恐ろしい魔物を手懐けているんだとか……」
「森の方から、時々、とんでもなく良い匂いがしてくるって話だ」
村人たちは、森で起きている異変を、得体の知れない邪悪な存在の仕業だと考え、恐れていた。アルの作る料理の香りが、意図せずして彼らの恐怖を煽っていたのだ。
そんなある日、村の少女リリが、薬草を採るために森の少し奥まで足を踏み入れていた。彼女の母親は病に伏せており、少しでも症状が和らぐ薬草を、と夢中で探しているうちに、リリは帰り道が分からなくなってしまった。
日が傾き始め、森は急速にその表情を暗く変えていく。心細さで泣き出しそうになったリリの鼻に、ふと、甘くて香ばしい匂いが届いた。まるでお母さんが焼いてくれるクッキーのような、優しくて温かい匂い。
リリは、その匂いに吸い寄せられるように、森の奥へとおぼつかない足取りで歩を進めた。
やがて、開けた場所にたどり着いたリリは、信じられない光景を目の当たりにする。
そこには、一人の青年がいた。そしてその周りには、おとぎ話に出てくるような生き物たちが集まっていた。闇よりも黒い巨大な狼、天を覆うほどの大きなグリフォン、そしてたくさんの森の動物たち。彼らは皆、穏やかな顔で青年の手元を見つめている。
リリは恐怖で足がすくんだ。村の噂は本当だったんだ。魔物が、魔女がいる。逃げ出そうとしたが、恐怖で声も出せず、その場にへたり込んでしまった。
その物音に、アルが気づいた。彼は振り返り、怯える少女の姿を認めると、驚いたように目を丸くした。
「だ、だれ……?」
リリがか細い声で尋ねる。アルは、少女を怖がらせないように、ゆっくりと立ち上がり、優しく微笑んだ。
「僕はアル。ここで暮らしてるんだ。道に迷ったのかい?」
アルの穏やかな声と優しい笑顔に、リリの恐怖が少しだけ和らぐ。しかし、その背後に控える巨大なフェンとグリフォンの姿を見て、再び体を硬直させた。
そんなリリの様子を見て、アルは察した。彼は住処に戻ると、小さなカップに温かいミルクを注ぎ、今日のおやつに焼いたばかりの、木の実のクッキーを数枚、小皿に乗せて持ってきた。
「さあ、怖がらないで。お腹も空いてるだろう?これをどうぞ」
アルはリリの前にそれをそっと置いた。甘く香る温かいミルクと、焼きたてのクッキー。空腹と心細さでいっぱいだったリリは、ごくりと喉を鳴らす。
おそるおそるミルクを一口飲むと、優しい甘さと温かさが、冷えた体にじんわりと染み渡っていく。クッキーを一枚かじれば、木の実の香ばしさと素朴な甘みが口の中に広がり、強張っていた心がほろほろと解けていくようだった。
気づけば、リリの目からは大粒の涙がこぼれていた。それは恐怖の涙ではなく、安堵の涙だった。
「おいしい……」
アルは何も言わず、泣きじゃくるリリの隣に座り、その小さな背中を優しく撫でてやった。フェンもグリフォンも、少し離れた場所から静かにその様子を見守っている。彼らが決して邪悪な存在ではないことが、リリにも伝わった。
心も体もすっかり温まったリリは、アルに自分の母親のこと、道に迷ってしまったことを話した。話を聞いたアルは、リリの薬草カゴに、母親の咳に効くというハーブをそっと足してあげた。
「暗くなる前に、グリフォンに村の近くまで送ってもらおう。それなら安全だから」
アルの言葉に、リリはこくこくと頷いた。
村の入り口まで送り届けられたリリは、何度もアルに頭を下げた。
「ありがとう、お兄ちゃん! あの人たちは魔女なんかじゃなかった。森には、優しくて、不思議な料理を作ってくれる、聖人様がいたんだ!」
リリが村へ持ち帰ったその言葉は、一夜にして村中に広まった。森の奥に住むのは邪悪な魔女ではなく、『森の聖人様』である、と。この日を境に、村人たちの森への感情は、恐怖から、畏敬と興味へと静かに変わり始めていくのだった。
その頃、森に最も近い麓の村では、奇妙な噂がまことしやかに囁かれ始めていた。
「聞いたかい? あの『魔物の森』の奥に、魔女が住み着いたらしい」
「なんでも、恐ろしい魔物を手懐けているんだとか……」
「森の方から、時々、とんでもなく良い匂いがしてくるって話だ」
村人たちは、森で起きている異変を、得体の知れない邪悪な存在の仕業だと考え、恐れていた。アルの作る料理の香りが、意図せずして彼らの恐怖を煽っていたのだ。
そんなある日、村の少女リリが、薬草を採るために森の少し奥まで足を踏み入れていた。彼女の母親は病に伏せており、少しでも症状が和らぐ薬草を、と夢中で探しているうちに、リリは帰り道が分からなくなってしまった。
日が傾き始め、森は急速にその表情を暗く変えていく。心細さで泣き出しそうになったリリの鼻に、ふと、甘くて香ばしい匂いが届いた。まるでお母さんが焼いてくれるクッキーのような、優しくて温かい匂い。
リリは、その匂いに吸い寄せられるように、森の奥へとおぼつかない足取りで歩を進めた。
やがて、開けた場所にたどり着いたリリは、信じられない光景を目の当たりにする。
そこには、一人の青年がいた。そしてその周りには、おとぎ話に出てくるような生き物たちが集まっていた。闇よりも黒い巨大な狼、天を覆うほどの大きなグリフォン、そしてたくさんの森の動物たち。彼らは皆、穏やかな顔で青年の手元を見つめている。
リリは恐怖で足がすくんだ。村の噂は本当だったんだ。魔物が、魔女がいる。逃げ出そうとしたが、恐怖で声も出せず、その場にへたり込んでしまった。
その物音に、アルが気づいた。彼は振り返り、怯える少女の姿を認めると、驚いたように目を丸くした。
「だ、だれ……?」
リリがか細い声で尋ねる。アルは、少女を怖がらせないように、ゆっくりと立ち上がり、優しく微笑んだ。
「僕はアル。ここで暮らしてるんだ。道に迷ったのかい?」
アルの穏やかな声と優しい笑顔に、リリの恐怖が少しだけ和らぐ。しかし、その背後に控える巨大なフェンとグリフォンの姿を見て、再び体を硬直させた。
そんなリリの様子を見て、アルは察した。彼は住処に戻ると、小さなカップに温かいミルクを注ぎ、今日のおやつに焼いたばかりの、木の実のクッキーを数枚、小皿に乗せて持ってきた。
「さあ、怖がらないで。お腹も空いてるだろう?これをどうぞ」
アルはリリの前にそれをそっと置いた。甘く香る温かいミルクと、焼きたてのクッキー。空腹と心細さでいっぱいだったリリは、ごくりと喉を鳴らす。
おそるおそるミルクを一口飲むと、優しい甘さと温かさが、冷えた体にじんわりと染み渡っていく。クッキーを一枚かじれば、木の実の香ばしさと素朴な甘みが口の中に広がり、強張っていた心がほろほろと解けていくようだった。
気づけば、リリの目からは大粒の涙がこぼれていた。それは恐怖の涙ではなく、安堵の涙だった。
「おいしい……」
アルは何も言わず、泣きじゃくるリリの隣に座り、その小さな背中を優しく撫でてやった。フェンもグリフォンも、少し離れた場所から静かにその様子を見守っている。彼らが決して邪悪な存在ではないことが、リリにも伝わった。
心も体もすっかり温まったリリは、アルに自分の母親のこと、道に迷ってしまったことを話した。話を聞いたアルは、リリの薬草カゴに、母親の咳に効くというハーブをそっと足してあげた。
「暗くなる前に、グリフォンに村の近くまで送ってもらおう。それなら安全だから」
アルの言葉に、リリはこくこくと頷いた。
村の入り口まで送り届けられたリリは、何度もアルに頭を下げた。
「ありがとう、お兄ちゃん! あの人たちは魔女なんかじゃなかった。森には、優しくて、不思議な料理を作ってくれる、聖人様がいたんだ!」
リリが村へ持ち帰ったその言葉は、一夜にして村中に広まった。森の奥に住むのは邪悪な魔女ではなく、『森の聖人様』である、と。この日を境に、村人たちの森への感情は、恐怖から、畏敬と興味へと静かに変わり始めていくのだった。
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