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第9話 嫉妬と独占欲
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アルの「森の診療所」は、ますます繁盛していた。村人たちは、今や何のてらいもなくアルを頼り、森を訪れるようになっていた。彼らは動物の治療だけでなく、自分たちの体調の相談や、ただアルと話をするためだけにやってくることもあった。
アルもまた、彼らとの交流を楽しんでいた。王宮では得られなかった、温かい人間関係。それはアルにとって、何物にも代えがたい宝物だった。
しかし、その状況を面白くなく思っている者が、一匹――いや、一人いた。
フェンである。
彼は、アルが村人たち、特に若い男性と親しげに話していると、あからさまに不機嫌になった。狼の姿の時は、喉の奥でグルルと低い唸り声をあげ、相手を威嚇する。人型の時には、さらにたちが悪かった。
「アル、こいつは誰だ?」
青年姿のフェンが、ぬっとアルの背後に現れ、その肩を強く抱きしめる。黄金の瞳は、アルと話していた村の青年を射殺さんばかりに睨みつけていた。その威圧感は凄まじく、普通の人間なら腰を抜かしかねないほどだ。
「ふ、フェン!やめろよ、彼はただお礼を言いに来てくれただけだって!」
「お礼?……お前は俺の番だ。他の雄(オス)と馴れ合う必要はない」
フェンはアルの耳元で囁き、所有物であると示すように、その首筋に軽く歯を立てる真似をした。村の青年は、顔面蒼白になって逃げるように帰っていく。
「もう!みんな、怖がっちゃうだろ!」
アルが頬を膨らませて抗議しても、フェンはどこ吹く風だ。「当たり前だ。お前に近づく奴は、俺がすべて追い払ってやる」と、悪びれる様子もない。
アルは、フェンの強い独占欲に戸惑いを覚えていた。自分はフェンの「つがい」であり、特別な存在なのだということは理解している。その証拠に、フェンが自分だけに見せる甘えた表情や、二人きりの時に注がれる深い愛情は、アルの心を幸福で満たしてくれていた。
しかし、村人たちとの交流まで制限されるのは、少し違う気がした。
(僕が、フェン以外の人と話すのが、そんなに嫌なのかな……)
その夜、診療所が終わり、二人きりになった住処で、アルは思い切ってフェンに尋ねた。
「ねえ、フェン。どうして、僕が他の人と話してると、あんなに怒るんだ?」
フェンはしばらく黙っていたが、やがて、焚き火の炎を見つめながら、ぽつりと言った。
「……お前がいなくなるのが、怖い」
「え?」
「お前は、優しい。誰にでも、その手を差し伸べる。……いつか、お前が俺よりも人間たちを選んで、この森から出て行ってしまうのではないかと……そう思うと、落ち着かない」
普段の尊大な態度からは想像もつかない、弱々しい本音。それは、アルが自分を置いてどこかへ行ってしまうことへの、純粋な恐怖だった。聖獣として、絶対的な力を持つ彼が、唯一恐れるもの。それが、アルを失うことだったのだ。
その言葉を聞いて、アルは胸が締め付けられるような愛しさを感じた。そして、自分もまた、フェンを失うことを何よりも恐れていることに気づいた。この森での暮らしも、村人たちとの交流も、すべてはフェンがいてくれるからこそ、成り立っているのだ。
アルは、黙ってフェンの隣に座ると、その大きな背中にそっと寄りかかった。
「どこにも、行かないよ」
アルは、はっきりと告げた。
「僕の居場所は、ここだ。フェン、お前がいる場所が、僕の帰る場所なんだ。村のみんなも大切だけど……でも、僕にとって、お前が一番大切だ。それは、絶対に変わらない」
その言葉に、フェンの体がわずかに震えた。彼はゆっくりと振り返ると、アルの体を優しく、しかし力強く抱きしめた。
「……アル」
名前を呼ぶ声は、愛おしさで震えていた。アルも、その腕にしっかりと応える。お互いの温もりを確かめ合うように、二人は静かに抱きしめ合った。
言葉にしなくても、伝わっていた。けれど、言葉にしたことで、二人の絆はより一層強く、深く結ばれた。この夜を境に、フェンの嫉妬が完全になくなることはなかったが、その奥にある愛情を、アルは理解できるようになった。
誰よりも強い聖獣様は、誰よりも臆病で、愛に飢えていた。そして、その心を埋められるのは、世界でただ一人、アルだけなのだから。
アルもまた、彼らとの交流を楽しんでいた。王宮では得られなかった、温かい人間関係。それはアルにとって、何物にも代えがたい宝物だった。
しかし、その状況を面白くなく思っている者が、一匹――いや、一人いた。
フェンである。
彼は、アルが村人たち、特に若い男性と親しげに話していると、あからさまに不機嫌になった。狼の姿の時は、喉の奥でグルルと低い唸り声をあげ、相手を威嚇する。人型の時には、さらにたちが悪かった。
「アル、こいつは誰だ?」
青年姿のフェンが、ぬっとアルの背後に現れ、その肩を強く抱きしめる。黄金の瞳は、アルと話していた村の青年を射殺さんばかりに睨みつけていた。その威圧感は凄まじく、普通の人間なら腰を抜かしかねないほどだ。
「ふ、フェン!やめろよ、彼はただお礼を言いに来てくれただけだって!」
「お礼?……お前は俺の番だ。他の雄(オス)と馴れ合う必要はない」
フェンはアルの耳元で囁き、所有物であると示すように、その首筋に軽く歯を立てる真似をした。村の青年は、顔面蒼白になって逃げるように帰っていく。
「もう!みんな、怖がっちゃうだろ!」
アルが頬を膨らませて抗議しても、フェンはどこ吹く風だ。「当たり前だ。お前に近づく奴は、俺がすべて追い払ってやる」と、悪びれる様子もない。
アルは、フェンの強い独占欲に戸惑いを覚えていた。自分はフェンの「つがい」であり、特別な存在なのだということは理解している。その証拠に、フェンが自分だけに見せる甘えた表情や、二人きりの時に注がれる深い愛情は、アルの心を幸福で満たしてくれていた。
しかし、村人たちとの交流まで制限されるのは、少し違う気がした。
(僕が、フェン以外の人と話すのが、そんなに嫌なのかな……)
その夜、診療所が終わり、二人きりになった住処で、アルは思い切ってフェンに尋ねた。
「ねえ、フェン。どうして、僕が他の人と話してると、あんなに怒るんだ?」
フェンはしばらく黙っていたが、やがて、焚き火の炎を見つめながら、ぽつりと言った。
「……お前がいなくなるのが、怖い」
「え?」
「お前は、優しい。誰にでも、その手を差し伸べる。……いつか、お前が俺よりも人間たちを選んで、この森から出て行ってしまうのではないかと……そう思うと、落ち着かない」
普段の尊大な態度からは想像もつかない、弱々しい本音。それは、アルが自分を置いてどこかへ行ってしまうことへの、純粋な恐怖だった。聖獣として、絶対的な力を持つ彼が、唯一恐れるもの。それが、アルを失うことだったのだ。
その言葉を聞いて、アルは胸が締め付けられるような愛しさを感じた。そして、自分もまた、フェンを失うことを何よりも恐れていることに気づいた。この森での暮らしも、村人たちとの交流も、すべてはフェンがいてくれるからこそ、成り立っているのだ。
アルは、黙ってフェンの隣に座ると、その大きな背中にそっと寄りかかった。
「どこにも、行かないよ」
アルは、はっきりと告げた。
「僕の居場所は、ここだ。フェン、お前がいる場所が、僕の帰る場所なんだ。村のみんなも大切だけど……でも、僕にとって、お前が一番大切だ。それは、絶対に変わらない」
その言葉に、フェンの体がわずかに震えた。彼はゆっくりと振り返ると、アルの体を優しく、しかし力強く抱きしめた。
「……アル」
名前を呼ぶ声は、愛おしさで震えていた。アルも、その腕にしっかりと応える。お互いの温もりを確かめ合うように、二人は静かに抱きしめ合った。
言葉にしなくても、伝わっていた。けれど、言葉にしたことで、二人の絆はより一層強く、深く結ばれた。この夜を境に、フェンの嫉妬が完全になくなることはなかったが、その奥にある愛情を、アルは理解できるようになった。
誰よりも強い聖獣様は、誰よりも臆病で、愛に飢えていた。そして、その心を埋められるのは、世界でただ一人、アルだけなのだから。
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