5 / 24
第4話「砂漠の若き王」
しおりを挟む
「市場に“聖なる天蓋”を作り出す、奇跡の少年現る」
その噂は、熱風に乗って砂漠を駆け巡るように、瞬く間にバシラ王国の王宮にまで届いていた。
玉座の間で執務を行っていた若き王ジャファルは、報告をもたらした宰相の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。日に焼けた精悍な顔立ちに、夜空の色を閉じ込めたような深い瑠璃色の瞳。民を想う優しさと、国を導く王としての厳しさを併せ持った、砂漠の国の若き獅子。それが、ジャファルという王だった。
「聖なる天蓋、だと?」
「は。市場に現れた旅の少年が、自らの影を操り、広場を覆うほど巨大な日陰を作り出した、と。その涼やかさは、まるでオアシスの木陰のようだとか。民はそれを『聖なる天蓋』と呼び、少年に感謝と称賛を捧げているとのことです」
ジャファルは組んでいた腕を解き、深く息をついた。
彼の最大の憂いは、この国の宿命とも言える灼熱の太陽だった。どれだけ灌漑を整備し、民に水を配っても、強すぎる日差しそのものをどうにかすることはできない。日中の活動が制限されることは、国の発展を妨げる大きな要因でもあった。民が太陽に苦しめられるたび、王である自分は無力感に苛まれていた。
そんな時に舞い込んできた、にわかには信じがたい報告。
(影を操り、日陰を作る……?そんな奇跡が、本当にあるというのか)
半信半疑ながらも、もしそれが真実ならば、国にとってどれほどの救いになることか。
「宰相。後のことは任せる。私自ら、その目で確かめてくる」
「王よ!なりません!そのような街の噂を鵜呑みにされ、軽々しく玉座を立たれては……!」
慌てて引き留める宰相を、ジャファルは力強い視線で制した。
「私の民が、奇跡だと口を揃えるのだ。それを確かめずして、何が王か。心配せずとも、護衛だけを連れていく。目立たぬようにな」
有無を言わせぬ王の言葉に、宰相は深々と頭を下げるしかなかった。
人々の活気で賑わう市場は、ジャファルが知っている昼間の光景とはまるで違っていた。いつもなら暑さを避けて閑散としている時間帯にもかかわらず、多くの人々が広場に集い、笑顔で語らっている。
そして、その中心に確かにそれはあった。
まるで空に巨大な黒いビロードを広げたかのような、広大な影の天蓋。その下は、外の灼熱が嘘のような涼やかさに満ちていた。
ジャファルは息を呑んだ。噂は、真実だったのだ。
彼は人込みをかき分け、天蓋の中心へと向かった。そこにいたのは、一人の青年だった。異国の質素な旅装を身につけ、少し戸惑ったように佇んでいる。銀灰色にも見える不思議な色の髪と、空の青さを溶かしたような澄んだ瞳。人々から次々に感謝の言葉をかけられ、そのたびに困ったように微笑みながら、必死に日陰を作り続けている。
その姿を見た瞬間、ジャファルの心臓が大きく跳ねた。
なんと儚げで、そして美しい青年だろうか。
彼の周りには、確かに強大な力の気配がある。だが、それは決して邪悪なものではない。むしろ、ひどく優しく、穏やかな力だ。
何よりジャファルの心を惹きつけたのは、その青い瞳に宿る深い優しさだった。彼はきっと、これまで辛い人生を歩んできたに違いない。その佇まいが、その表情が、そう物語っていた。それなのに、彼は見返りを求めるでもなく、ただひたすらに、ここにいる名も知らぬ民のためにその奇跡の力を使っている。
ジャファルは、護衛が止めるのも聞かず、青年の元へと歩み寄った。
「君が、この『聖なる天蓋』を作っているのか」
声をかけると、青年はびくりと肩を震わせ、驚いたようにジャファルを見上げた。その青い瞳が、間近で見るジャファルの姿を捉え、わずかに見開かれる。
人々の感謝の声に戸惑いながらも、懸命に日陰を作り続けるその姿に。
その青い瞳に宿る、傷つきながらも失われない深い優しさに。
そして、彼が生み出す奇跡の影に。
ジャファルは、生まれて初めての感情に突き動かされていた。これは、ただの興味や関心ではない。もっと激しく、心を根こそぎ奪われるような、鮮烈な衝動。
砂漠の若き王は、この日、この瞬間、運命と出会ってしまったのだ。
その噂は、熱風に乗って砂漠を駆け巡るように、瞬く間にバシラ王国の王宮にまで届いていた。
玉座の間で執務を行っていた若き王ジャファルは、報告をもたらした宰相の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。日に焼けた精悍な顔立ちに、夜空の色を閉じ込めたような深い瑠璃色の瞳。民を想う優しさと、国を導く王としての厳しさを併せ持った、砂漠の国の若き獅子。それが、ジャファルという王だった。
「聖なる天蓋、だと?」
「は。市場に現れた旅の少年が、自らの影を操り、広場を覆うほど巨大な日陰を作り出した、と。その涼やかさは、まるでオアシスの木陰のようだとか。民はそれを『聖なる天蓋』と呼び、少年に感謝と称賛を捧げているとのことです」
ジャファルは組んでいた腕を解き、深く息をついた。
彼の最大の憂いは、この国の宿命とも言える灼熱の太陽だった。どれだけ灌漑を整備し、民に水を配っても、強すぎる日差しそのものをどうにかすることはできない。日中の活動が制限されることは、国の発展を妨げる大きな要因でもあった。民が太陽に苦しめられるたび、王である自分は無力感に苛まれていた。
そんな時に舞い込んできた、にわかには信じがたい報告。
(影を操り、日陰を作る……?そんな奇跡が、本当にあるというのか)
半信半疑ながらも、もしそれが真実ならば、国にとってどれほどの救いになることか。
「宰相。後のことは任せる。私自ら、その目で確かめてくる」
「王よ!なりません!そのような街の噂を鵜呑みにされ、軽々しく玉座を立たれては……!」
慌てて引き留める宰相を、ジャファルは力強い視線で制した。
「私の民が、奇跡だと口を揃えるのだ。それを確かめずして、何が王か。心配せずとも、護衛だけを連れていく。目立たぬようにな」
有無を言わせぬ王の言葉に、宰相は深々と頭を下げるしかなかった。
人々の活気で賑わう市場は、ジャファルが知っている昼間の光景とはまるで違っていた。いつもなら暑さを避けて閑散としている時間帯にもかかわらず、多くの人々が広場に集い、笑顔で語らっている。
そして、その中心に確かにそれはあった。
まるで空に巨大な黒いビロードを広げたかのような、広大な影の天蓋。その下は、外の灼熱が嘘のような涼やかさに満ちていた。
ジャファルは息を呑んだ。噂は、真実だったのだ。
彼は人込みをかき分け、天蓋の中心へと向かった。そこにいたのは、一人の青年だった。異国の質素な旅装を身につけ、少し戸惑ったように佇んでいる。銀灰色にも見える不思議な色の髪と、空の青さを溶かしたような澄んだ瞳。人々から次々に感謝の言葉をかけられ、そのたびに困ったように微笑みながら、必死に日陰を作り続けている。
その姿を見た瞬間、ジャファルの心臓が大きく跳ねた。
なんと儚げで、そして美しい青年だろうか。
彼の周りには、確かに強大な力の気配がある。だが、それは決して邪悪なものではない。むしろ、ひどく優しく、穏やかな力だ。
何よりジャファルの心を惹きつけたのは、その青い瞳に宿る深い優しさだった。彼はきっと、これまで辛い人生を歩んできたに違いない。その佇まいが、その表情が、そう物語っていた。それなのに、彼は見返りを求めるでもなく、ただひたすらに、ここにいる名も知らぬ民のためにその奇跡の力を使っている。
ジャファルは、護衛が止めるのも聞かず、青年の元へと歩み寄った。
「君が、この『聖なる天蓋』を作っているのか」
声をかけると、青年はびくりと肩を震わせ、驚いたようにジャファルを見上げた。その青い瞳が、間近で見るジャファルの姿を捉え、わずかに見開かれる。
人々の感謝の声に戸惑いながらも、懸命に日陰を作り続けるその姿に。
その青い瞳に宿る、傷つきながらも失われない深い優しさに。
そして、彼が生み出す奇跡の影に。
ジャファルは、生まれて初めての感情に突き動かされていた。これは、ただの興味や関心ではない。もっと激しく、心を根こそぎ奪われるような、鮮烈な衝動。
砂漠の若き王は、この日、この瞬間、運命と出会ってしまったのだ。
84
あなたにおすすめの小説
『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる
レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。
ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。
死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
※諸事情により、本編、番外編「嫁溺愛大将と幼馴染み達」「イザームさんとルーカスくん」のみ再掲します。
「羽化」
「案外、短気」
「飴と鞭」
は未公開のままで失礼いたします。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される
黒崎隼人
ファンタジー
「ようやく、この息苦しい生活から解放される!」
無実の罪で婚約破棄され、国外追放を言い渡された公爵令嬢エレオノーラ。しかし彼女は、悲しむどころか心の中で歓喜の声をあげていた。完璧な淑女の仮面の下に隠していたのは、国一番と謳われた祖母譲りの規格外な魔力。追放先の「魔の森」で力を解放した彼女の周りには、伝説の聖獣グリフォンをはじめ、可愛いもふもふ達が次々と集まってきて……!?
自由気ままなスローライフを満喫する元悪役令嬢と、彼女のありのままの姿に惹かれた「氷の王子」。二人の出会いが、やがて二つの国の運命を大きく動かすことになる。
窮屈な世界から解き放たれた少女が、本当の自分と最高の幸せを見つける、溺愛と逆転の異世界ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる