あなたはずっと、私の光

ベル

文字の大きさ
7 / 7

7 side マルクス

しおりを挟む
レイラにパンを差し出したあの日、俺は人生を終わらせるつもりだった。

最後くらい、美味いものを食べたい。

そう思い、いつも素通りしていたパン屋へと足を運び、ありったけのパンを買い込んだ。

パンが好物かと言われると、そういう訳ではない。ただ、昔から食べてきたのがパンだっただけだ。世の中のご馳走と言われるものを、俺は食べたことがないから美味しいのかすら分からない。

いつもなら買わないような、甘いパンやサンドウィッチを両手いっぱいに買った。お店の人は、泥だらけの汚い格好の俺を見て怪訝そうな顔をしていた。

無理もない。ここはオシャレな格好の人が行き交う通りの一等地にあるパン屋だ。どの客も上等そうな洋服を着て、身なりに気遣っている人ばかり。
そんな中で小汚い子どもの俺がいる方が違和感がある。

パン屋を出て、あてもなく歩いた。

街行く人は、皆幸せそうに笑っている。俺と同い年の子どもたちも、当たり前のように綺麗な服を着てレストランでご飯を食べている。

帰ってから食べようかと迷ったが、今日は仕事の始まる時間が遅いため、まだ家には叔父がいる。友人と約束があると嘘の予定を伝えて出掛けており、剪定の仕事は休むことになっていた。

察しのいい叔父のことだ、俺の姿を見れば何を考えているのかすぐに気づくだろう。

両親のことで散々迷惑をかけているんだ、これ以上世話になるわけにはいかない。

叔父が仕事に行くまでまだ時間があるし、かといって行くあてもない。


「…どうするかな」


ふと視線を落とすと、建物の間に少女が座り込んでいる姿が目に入った。

見覚えがある。確か、孤児院で剪定作業をしている時に何度かすれ違ったことがある。同い年くらいだろうが、彼女は他の人よりも身体が小さく痩せ細っていた。


「あの孤児院の運営をしている人は悪い人だよ。国からの補助を全部自分の懐に入れているって噂だ。周囲の目を気にしてから庭は豪華にして体裁を保っているらしい。普通はここまで豪華な内装になんてしないさ。きちんと子どもたちに食事や衣服などが行き渡っているのか心配だよ」

叔父が彼女の孤児院について話していたことをぼんやりと思い出した。この孤児院での仕事が収入にも影響するため、叔父は仕事を受けざる終えず、子どもたちに対して罪悪感を持ちながら仕事をしていた。

せめてもの償いにと、少ない収入の中から差し入れとしてお菓子を子どもたちにと持っていっていたが、トイレに行こうと孤児院の中に入った際、孤児院で働いている職員たちが談笑しながら食べている姿を目撃して叔父に話して以来、差し入れもしなくなった。

そんなことを思い出しながら、気付くと彼女に話しかけていた。自分でも驚きつつ、話しかけてしまった手前引くわけにいかなかった。

彼女は大丈夫だと言いながらも、お腹がすごい音を立てて鳴った後は大人しく差し出したパンを頬張り始めた。

隣に座り、俺も同じくパンをかじる。
叔父以外の人とこんな風に食べるのはいつ以来だろうか。

夢中で頬張る彼女に、思わず笑みがこぼれる。どうせ一人で食べられる量じゃなかったんだ。彼女が食べてくれて良かった。

レイラは俺とは違い、生きることに一生懸命だった。早くに両親を亡くし、朝は新聞配達をしながらお金を貯めているという。

孤児院では一食しか食事が出ないと聞き、痩せ細った彼女の腕が見えて胸が痛んだ。


「また、剪定に来るでしょう?」

「…あぁ」


本当は、今日で全てが終わるはずだった。
けれど、終わってしまえば彼女とは永遠に会えなくなってしまう。

それは何故か嫌だと思った。

それから俺は、剪定の仕事を一生懸命にこなすようになった。両親から受けた傷も、言葉の刃も、全部受け入れて過去の記憶として流していこう。

これからは、彼女のように強くなりたい。そう思うようになった。


「最近やけに楽しそうだな」


レイラにパンを渡して少し会話をした後に庭に戻ると、叔父がニヤニヤとして俺を見ていた。


「…別に」


「お前が楽しそうで嬉しいよ」


叔父は嬉しそうな笑みを浮かべてぽんぽんと俺の頭を撫で、再び作業へと戻っていく。叔父は最近、さらに痩せているような気がしていた。

食べ盛りだからと、ただでさえわずかな食事のほとんどを俺の皿に乗せてくれる。

「ほら、見てみろこのお腹を。俺はこれ以上食べたらダメだ。お前はこれから大事な成長期なんだから、しっかり食え。子どもが遠慮なんてするもんじゃない」

そう言いながら、俺が食べるのを嬉しそうに眺めるのだ。

早く大人になりたい。
一人前の剪定師になって、叔父さんを楽にしてあげたい。

日々強く、そう思っていた。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

声を聞かせて

はるきりょう
恋愛
動物の声が聞こえる彼女と冷たい第二王子の物語。完成しました。 「……反対されない、というのは、寂しいことだと思いますの。だから…私が反対してさしあげます」  サーシャは最上級の笑顔を浮かべた。そして、思い切り息を吸い込む。 「何でも思い通りいくと思うなよ、くそ王子!!」 「サ、サーシャ様!?」  なりゆきを見守っていたハリオが慌てたようにサーシャの名を呼んだ。一国の王子への暴言は不敬罪で捕まりかねない。けれど、言わずにはいられなかった。  そんなサーシャの言動にユリウスは一瞬目を丸くし、しかしすぐに楽しそうに笑った。  「お前面白いな。本当に気に入った」 小説家になろうサイト様にも掲載してします。

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

初夜った後で「申し訳ないが愛せない」だなんてそんな話があるかいな。

ぱっつんぱつお
恋愛
辺境の漁師町で育った伯爵令嬢。 大海原と同じく性格荒めのエマは誰もが羨む(らしい)次期侯爵であるジョセフと結婚した。 だが彼には婚約する前から恋人が居て……?

孤独なもふもふ姫、溺愛される。

遊虎りん
恋愛
☆☆7月26日完結しました! ここは、人間と半獣が住んでいる星。いくつかある城の1つの半獣の王と王妃の間に生まれた姫は、半獣ではない。顔が『人』ではなく『獣』の顔をした獣人の姿である。半獣の王は姫を城から離れた塔に隠した。孤独な姫ははたして、幸せになれるのだろうか。。。

愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣
恋愛
「カヴァリエリ令嬢! 私はここに、そなたとの婚約を破棄することを宣言する!」 王太子の婚約破棄宣言を笑顔で見つめる令嬢、フェデリカ。実は彼女はある目的のために、この騒動を企んだのであった。目論見は成功したことだし、さっさと帰って論文を読もう、とるんるん気分だったフェデリカだが、ひょんなことから次期王と婚約することになってしまい!? 「婚約破棄騒動を仕向けたのは君だね?」 しかも次期王はフェデリカの企みを知っており、その上でとんでもない計画を持ちかけてくる。 愛のない契約から始まった偽りの夫婦生活、果たしてフェデリカは無事に計画を遂行して帰ることができるのか!? ※本編43話執筆済み。毎日投稿予定。アルファポリスでも投稿中。旧題 愛は契約に含まれません!

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

処理中です...