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伯爵令嬢のお嬢様

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アリスお嬢様は伯爵令嬢だ。


時折それを忘れてしまうことがある。彼女は俺にとって、意地っ張りで恥ずかしがり屋で、時々とんでもなく素直になる、可愛い婚約者でしかない。


けれどやはり、彼女は伯爵令嬢だと思い知らされるのは、俺がこの場に相応しくないからだろう。


パーティーに招かれたのは数週間前のこと。アリスお嬢様のご友人であるマリアお嬢様の誕生日パーティーがあると聞かされ、婚約者である俺も一緒に出席して欲しいとのことだった。


いつもは伯爵様やお嬢様の護衛として参加をし、ドアの外で待機するのが通例だった。


パーティーがどのようなものなのか興味もなかったし、こんな豪勢なパーティーを頻繁に開催するなんて貴族は暇だな、なんて考えていたくらいだ。


「いいじゃないか、行ってきなさい。マートス、お前も私の後継者となるんだ、いい勉強になるだろう」


そう言って伯爵様は嬉しそうに俺たちを見送ってくれた。


着慣れない服装をし、いつも無造作に下ろしていた髪は綺麗に整えられ、なんだか居心地が悪い。


今日護衛につく騎士達からは散々冷やかされた。


「マートス、行くわ...よ...」


準備を終えたお嬢様が俺の元へやってきたと思ったら、俺を見て固まった。


なんだ?


「どうされました、お嬢様?」


「....っ、なんでもないわ!行くわよ!!」


急に顔を真っ赤にしたかと思うと、そそくさと馬車へと足速に向かっていく。


急にどうしたんだ?


不思議に思いながらも、俺はお嬢様の後についていった。



会場に着くと、すでに多くの人で溢れていた。みな眩しいくらい立派なアクセサリーを身につけ、ギラギラと輝く宝石を散りばめた派手なドレスを着ている御令嬢もいた。


初めての雰囲気に俺は圧倒されていたが、アリスお嬢様は何食わぬ顔でその場をスタスタと歩いて行く。


「マリア!」


「アリスじゃない。来てくれてありがとう。あらっ、そちらが例のお方ね?」


ふわりと上品な笑みを浮かべるのは、このパーティーの主役であるマリアお嬢様だ。


品の良さそうな顔立ちに、落ち着いた黄色のドレスを着ている。正直他の参加者の御令嬢の方がよっぽど派手なドレスを着ているが、彼女の顔立ちと雰囲気によく似合っており、圧倒的なオーラを放っていた。


「マートスと申します。本日は私までお招きいただき光栄です」


「あら、堅苦しい挨拶はよして。アリス、良かったわね、長年の想いが通じて」


「まっ、マリア!」


ふふふ、と笑うマリアお嬢様に、アリスお嬢様は顔を真っ赤にながら返す。


上品に笑う彼女だが、どこかしら黒い雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。


マリアお嬢様はまじまじと俺の方を見て言った。


「マートス様、あなたモテそうね。背が高くてこれだけ顔立ちも良いんだもの。ほら、他の御令嬢がマートス様の方をチラチラ見ているわ。アリス、取られないように気をつけなさいよ」


「わ、わかってるわよ!」


「うふふ、あなたほんとからかいがいがあるわ」


楽しそうに笑うと、マリアお嬢様はそれじゃあ楽しんでいってねと別の方に呼ばれてその場から離れていった。


「...マートス」


「はい」


「私から離れないで」


「ふっ...はい」


さっきの言葉を間に受けたのだろうか。ボソッと呟くように言うアリスお嬢様に、俺は思わず笑ってしまう。


いつもはつけないパールのネックレスを身につけ、髪をアップにし、淡いピンクの可愛らしいドレスを着たアリスお嬢様。


見られているのは彼女の方だ。さっきから男性陣の視線が自分に向いているのに気が付いていないらしい。


...あまり気分がいいものではないな。


ふと視線を移すと、雰囲気が他の参加者とは違う男性と、幸せそうに微笑む女性の姿が見えた。男性の方は明らかに身分が違うようだ。


「あれはラエル公爵様と、婚約者のローズお嬢様よ。お二人とももうすぐご結婚されるの」


俺がよほど見つめていたからだろうか。アリスお嬢様が説明してくれる。


「公爵家の当主と伯爵家令嬢の結婚なんて、この国ではとても珍しいから最初は色んな意見があったわ。だけどあの二人を見たら誰も何も言えなくなった」


周りにいる御令嬢達は公爵様の端正な顔立ちに頬を赤らめながら、なんとか話しかけられないか様子を伺っているようだが、どう考えても入る隙もないほど二人は親密そうだ。


人目もはばからず公爵様の方は令嬢の腰に手を回し、何やらヒソヒソと耳元で話しながら笑みを浮かべる。


令嬢の方は真っ赤になり困ったような顔をしながらも、微笑みながら返している。どうやら公爵様の方が相当惚れ込んでいるらしい。


......側から見たらとんでもないバカップルなんだが。


「あらぁ、アリスじゃない」


背後から声が聞こえて振り向くと、クルクルに巻いた髪をアップにし、厚化粧にギラギラしたネックレスと派手な真っ赤なドレスを着た令嬢が立っていた。


とんでもなく強烈だ。


「....パトレア」


知り合いなのだろうか。
アリスお嬢様が嫌そうに彼女の名前を呼んだ。


「久しぶりねぇ。そちらが例の〝平民の〟婚約者?」


令嬢が俺の方に視線を向ける。下から上までジロジロと品定めでもするような視線に嫌な感じを覚える。


「平民の」を強調するところを見ると、俺を馬鹿にしているのは明らかだった。


「ふぅん、平民出身の割にはなかなかね。ねぇ、どうしてアリスなんか選んだの?拾ってくれたのが彼女だから?」


「パトレアっ!」


アリスお嬢様が怒ったように叫ぶ。気に入らないのか、ふんっとパトレア令嬢は鼻で笑う。


「なによ、本当のことじゃない。ねぇ、こんなうるさい令嬢なんかやめて私のお付きにでもなったらどうかしら?私の方がこの子より階級も上だし、あなたにとってもメリットの方が多いはずよ」


アリスお嬢様の方をトンッと押しのけるようにすると、俺の腕を掴んで引き寄せてきた。


もちろん普段から騎士として鍛えている俺にはそんな事では動じない。


アリスお嬢様の方に手を伸ばし、隣に寄せて肩を抱いた。


「マートス?」


「せっかくのお話ですが、お断り致します。階級などには全く興味がありませんから。アリスお嬢様だから一緒になりたいと望んだのです」


「....っ」


お嬢様の方がぴくっと動くのがわかった。動揺しているのだろうか。顔が真っ赤だ。


「ふ、ふんっ。なによ、平民のくせに。あなたなんかこっちからお断りよ!」


令嬢は顔をきいっと赤くしたかと思うと、ドスドスとその場を離れていった。


俺はふぅ、と息を吐きアリスお嬢様の方を見た。


「...お嬢様?」


お嬢様は俯き、わかりやすく落ち込んでいるようにも見えた。


一体どうしたんだ?




パーティーが終わり、馬車へと乗り込む。隣に座り、終始無言のお嬢様の頭をそっと撫でた。


「ご気分でも悪くなりましたか?」


「...なんでもないわ」


それっきり、また黙ってしまう。


理由は分からなかったが、さっきの令嬢とのやりとりが原因なのは明らかだ。


いや、むしろ原因は俺なのかもしれない。


「...平民の俺が婚約者では、周りに示しがつきませんね」


今日のパーティーに参加してわかった。ここは貴族の世界で、アリスお嬢様は立派な伯爵令嬢だ。


平民の俺が馴染めるような世界ではない。


俺といることで、アリスお嬢様が今日のように侮辱されるのではと思うと辛かった。


「...っ、違うわ!!」


突然大声をあげたかと思うと俺の方に向かって飛び込んでくる。体制を崩した俺は、お嬢様に押し倒されるような体制になった。


なんだ?
今日一日、お嬢様がおかしい。


「...いいの?」


とても小さな声でアリスお嬢様が言う。


「何がですか?」


不思議に思いながら尋ねると、アリスお嬢様は再び俯いてしまった。


「お嬢様?」


「アリスよ」


「はい?」


「...お嬢様じゃないわ。アリスよ」


「....アリス。一体どうした?」


名前を呼び、敬語をやめて話しかけると、ピクッと彼女の体が動くのがわかった。


優しく頭を撫で、出来るだけ優しく話しかける。


「私でいいの?」


その言葉に俺は思わず顔をしかめた。どう言う意味だ?


もしかして、さっきのあの令嬢の言葉を気にしてるのか?


「アリスこそ、俺でいいのか?...平民出身の俺で」


「...っ、関係ないわ!マートスはっ...マートスじゃない。身分なんて関係ない」


そこで、アリスが泣いているのに気がつく。


「アリス...」


「なんでそんなに格好いいのよ。なんでそんなにモテるのよ。ずっと周りがあなたを見ていて話しかけたそうにうずうずしているのを見てモヤモヤしたわ。あなたは私の婚約者なのにって」


「....」


「...私がお嬢様だからじゃないわよね?さっきの言葉、本心よね?」


不安そうに瞳が揺れる。
彼女はなんでこうも一人で暴走するのだろうか。


自分がどれだけ俺を溺れさせているのか分からないのか。勘弁して欲しい。


「...言いたいことはそれだけですか?」


「何よっ、ちゃんと答えなさいよ」


「仕方ないな」


そう言って俺は彼女を引きそ寄せると、唇を強引に奪った。


驚いて離そうとする彼女の腰を押さえ、角度を変えながら攻めてゆく。彼女は最初こそ抵抗したものの、徐々におとなしくなった。


「....っ、ふぅ」


ようやく唇を離すと、焦点が定まらないようにぼーっと俺を見つめたかと思うと、はっと我に返ったように俺から離れた。


「何するのよっ」


「返事をしたのですが」


しれっとそう返すと、彼女はぱくぱくと声にならない言葉を発しながら、きっ!と俺を睨む。


そんな顔をしても、可愛いだけなんだがな。


「もう一度言いますが、俺はアリスだから婚約したいと望んだのであって、爵位には興味はありません。もちろん、この家に婿入りするからには伯爵家の人間として公務を務める覚悟ではありますが...」


「私といる限り、この国にいる限り、あなたは今日のように平民だと馬鹿にされてしまうことがあるかもしれないわ。...それでも後悔しない?」


...あぁ。彼女はそれを心配していたのか。俺は全くそんな事気にしていないのに。


パーティーで改めて分かったことは、この国では爵位に対して厳しく、階級が絶対的な存在であること。


そして平民出身であるという身分は変えられない俺は、これからも他の貴族から攻撃を受ける可能性があるということだ。


伯爵様とアリスがあまりにも普通に俺と接するものだから忘れていたが、この国は元からそういう国だった。


伯爵様がアリスと俺の婚約したことも相当な批判を受けたのではないだろうか。


伯爵様には頭が上がらないなと考えながら、不安そうに俺を見るアリスに再び口付けながら言った。


「あなたが側にいる限り、そんな事は俺にとってどうでもいい事です」


後にこの国の身分制度が大きく改正され、身分が違うもの同士の結婚が認められる国になるまでに、そう時間はかからなかった。




*****

「パトレア、あなた私のパーティーで随分と暴れてくれたそうじゃない?」


「なっ、何のことかしら?」


「婚約者に逃げられたからって、誰彼構わず手を出そうとするのはどうかと思うわよ?」


「なっ...!そんなこと」


「...次何か起こしたらタダじゃおかないわよ」


「ひぃっ...わ、わ、わかったわよー!」


パトレアがマリアからキツいお仕置きを食らったのは、また別のお話。
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