アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん

文字の大きさ
32 / 32
番外編

ロスヴィータとノア④


 週末。
 ツィマーマン公爵家の応接室にて。

「改めて謝罪させてくれ。君には過去、本当に失礼なことをしてしまった……」

 ソファに腰掛けたまま深く頭を下げたのは、ツィマーマン公爵閣下――ロスヴィータの父である。

 隣の夫人も、夫に倣って顔を伏せた。

「いえ、どうか顔をお上げください」

 対面に座るノアが、少し慌てたように声をかける。
 その姿は、まさに好青年そのものだった。

 ノアの隣には、ツンとすましたロスヴィータが行儀よく腰掛けている。

 あの夜以来、公爵夫妻も、控える使用人たちも、すっかりノア・カウフマンという男に惚れ込んでいた。

 一見、細身で頼りなさげな男。
 淡い緑の髪に、水色の瞳。
 柔らかく穏やかな雰囲気をまとっている。

 だが――

 学院では六年間、常に成績トップ。
 剣術部では主将を務め、今も鍛錬を欠かさない。

 どれも、かつてロスヴィータが語っていたこと。
 正直、誰も信じていなかった。

 だが、すべて真実だった。

 だからこその、あの動き。あの跳躍。

 そしてあの夜、泣きじゃくるロスヴィータを守るように抱きしめた姿は、翌日には非番の騎士や使用人にまで知れ渡っていた。

 今やこの公爵家で、ノア・カウフマンは英雄のように扱われている。

「……たしかに、あの頃の私は世間知らずの若造で――」
「やめてくれ!」

 公爵が思わず言葉を遮る。

「君が誰より優れた実業家であることは、もう十分わかっている……」

 額の汗を拭いながら、苦々しく続ける。

 見た目通りの優男ではない。
 それどころか――とんでもない怪物だ。

 三年前。

 見た目だけで判断し、よく調べもせず、完膚なきまでに叩きのめした。

 ただ――

 娘が惚れている。

 それが気に入らなかった。

『出直してこい!』

 求婚の品を突き返し、二度と来るなと心で願いながら追い返した。

 だがその後、調べて知った現実。

 ノア・カウフマン伯爵。

 母方の実家を継ぐために、幼い頃カウフマン家の養子に入った彼の元の姓は、ブルーベル。

 まず、隣国ランタナで子爵を賜るその家名を侮ってはならなかった。

 ランタナではベル商会、ここクライドルではクリンゲル商会。貴族がおおよそ手にするもの、彼らの商会はそれを一手に引き受けている。

 そして、このノア・カウフマンが学院中等部に在籍する頃から手がけている、帝国のソネット商会。

 今、帝国でもっとも業績を上げている商会と言われ、すでに経営規模は帝国内で五本の指に入るまでに成長しているという。

 それだけではない。
 
 クライドルの首都と各都市、引いては帝都まで延びる鉄道網。この巨大事業を牛耳っているのも、公爵が『すねかじりの若造』と見下し、散々コケにして追い払ったこの男なのだ。


 すべてが、桁違いだった。

 娘にとっても、この国のどの令嬢にとっても、最高の良縁。

 それを公爵は自ら叩き潰した。

(……どうやっても取り返しがつかん)

 そう理解していた。


 それでもなお、彼はロスヴィータを諦めなかった。

 だからこそ――

(何を差し出してでも、味方にせねばならん)

 公爵の額から、汗が伝う。

「……あの時は、私が愚かだった。本当にすまなかった……」

 再び頭を下げる。

「娘を……ロジーを諦めないでいてくれて、本当にありがとう」

 夫人も涙ぐむ。

「どうかお気になさらないでください」

 ノアが微笑む。

「こうして今、認めていただけた。それで十分です」

 その瞳は澄みきっていた。

 ――その腹の内など、誰も見抜けないほどに。

「十分なわけがない」

 公爵は書類を差し出した。

「持参金のリストだ。確認してほしい」

 ノアは目を落とす。

「――っ」

 一瞬で内容を把握する。

 口元がニヤけそうになり、即座に表情を整えた。

「これは……さすがに過分では?」

 顔を上げる。

 公爵夫妻は、穏やかに首を横に振った。

「ヴィー、君からも言って」

 ノアが隣を見る。

「……ノア様? 私にその価値がないと?」

 ロスヴィータはいつもの高慢ちきな調子に戻っていた。

 ただ一つ違うのはーー

 盛りに持っていた胸の詰め物を、半分くらいに減らしたこと。

 振り向いてもらうため、あえて作り出していた巨乳はもう必要なくなった。

 かといって、急に全てを取り去ってしまうのも不自然なわけで。

「私は王家の血を引く者です。筆頭公爵家であるツィマーマン家の嫡女。この国で三番目に尊い女性は、この私です!」

 いつものように胸を突き出し、高飛車に言い放ったロスヴィータだったが、

 ーー足りない。

 思ったより胸が無くて、一瞬よぎる不安。

 ノアはその水色の瞳を細めて、愛しげにロスヴィータを見つめ返した。

「ほぅ……」

 若い二人の甘やかな空気に、周囲からため息がもれる。

 しかし、誰も知らない。

 ロスヴィータの恥じらい、瞳によぎったその一瞬の動揺を、何より愛でているのがこの男、ノア・カウフマンだということを。

 

「では――」

 ノアは静かに立ち上がった。

「このノア・カウフマン。ご厚意に報いるため、今後とも精進いたします」

 そして、再びロスヴィータへと視線を向ける。

「我が最愛のロスヴィータ嬢を、大陸一幸せな花嫁にすると誓います」



 ノアが、本当に欲していたもの。

 ピンクトルマリンの鉱山。
 最近発見された、ラピスラズリの鉱山。

 そして、夫人が降嫁された際に持参した元王家直轄領における、鉄道の通行権。


 だが――

 提示されたのは、それ以上だった。

 二つの鉱山は狙い通り。

 違うのは、元王家直轄領そのもの――所有権、丸ごと。


(……これは、笑いが止まらないな)

 内心を押し殺しながら、ノアはそっと微笑む。



 ――コンコン。

 控えめなノック。

 扉が開き、公爵家嫡男のフランツが顔を覗かせた。

「義兄さん、話はまとまりましたか?」

 その呼び方は、すでに確信に満ちている。

 彼もまた、すっかりノアに心酔していた。

「もう、フランツ! 馴れ馴れしくってよ!」

「いいじゃないですか! 誰のお陰でこんなに早くまとまったと思ってるんです?」

 得意げに言い放つフランツ。

 だが、その言葉は間違っていない。

 あの夜――
 機転を利かせ、ノアに急報を打ったのは彼だったのだから。



「皆様、晩餐のご用意ができました」

 そこに、静かな声が割って入る。

 フランツの背後に控えていたのは、ロスヴィータ付きのメイドだった。

 その視線は一度、ノアに向く。

 ほんの一瞬。

 すぐに伏せられ、何事もなかったかのように頭が下げられた。



 ノアの野望は――

 まだ、始まったばかりだ。





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

バイーンのロスヴィータ嬢。
とても可愛いけど、ちょっと可哀想でしたかね💦

ノアは見た目詐欺系ヒーローです。
でも愛は本物です。たぶん。

楽しんでいただけていたら嬉しいです。
ではまた別の作品で(*´︶`*)ノ

書きかけのあれやこれ、続き……書けるかなー


感想 70

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(70件)

やっちゃん
2026.04.12 やっちゃん

え?
なんだろう、、不安要素残して終わり?
ロスヴィータ付きの侍女と何かあるの?
え?え?えー?
ヴィーを裏切らないでーー!!!
いい子なんだからー!

2026.04.13 ことりちゃん

やっちゃん様、コメントありがとうございます!!
そして、ロスヴィータを心配してくださって嬉しいです!

大丈夫です、その方向ではないのでご安心ください…とだけ😌
最後、少しだけ裏の動きを匂わせてみました。

色々想像してもらえたら嬉しいです✨

最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました(//∇//)

解除
quantum1105
2026.04.11 quantum1105

うわー
ありがとうございます!!!

バインちゃんと
ノアなんて!!!

もう一回読み返してしまいました!!!

2026.04.11 ことりちゃん


嬉しぃ( •̤ᴗ•̤ )♡♡
こちらこそ、読みに来てくださってありがとうございまーす!!!
今夜、もう1話アップするので是非読んでやってくださいm(_ _)m

解除
与三振王
2026.04.10 与三振王

>>マークも馬鹿ではない
馬鹿じゃない奴は普通の女を殴らないしハニトラには引っかからないし契約書に書かれている事はちゃんと守るし復縁求めてストーカー行為なんてしないんだよなぁ。
ちゃんとこの世から消しとかないと逆恨みで命狙ってきそう

2026.04.10 ことりちゃん

感想の書き込みありがとうございます!
ですよね、マークはお馬鹿さんですよ。あんなに想ってくれた娘を蔑ろにした挙句、最後はビンタですからね……

解除

あなたにおすすめの小説

【完】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 第18回恋愛小説大賞で、『奨励賞』をいただきましたっ! ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

五度目の人生でも「君を愛することはない」と言われたので、私も愛を捨てました

たると
恋愛
「ルチア、私は君を愛することはない。この婚約は単なる義務だ」 冷徹な公爵、アルベルトの声が夜会会場の片隅で響く。 これで、五度目だ。 私は深く、そして軽やかに一礼した。 「承知いたしました。では、今後はそのように」 これまでは泣いて縋り、彼を振り向かせようと必死に尽くしてきた。 だが、死に戻りを五回も繰り返せば、流石に飽きる。 私は彼を愛することを、きっぱりと辞めた。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。