20 / 76
***
(なかなか、伝わらないものだな)
珈琲の香りが漂うサロンを出ると、二人並んで廊下を歩いた。
口元を僅かに綻ばせ、嬉しげに隣を歩くアルマンディン様を横目で確認しつつ、複雑に絡み合った感情を解くように、思案を巡らせた。
アルマンディン様に、想い人についてお話してから早二ヵ月弱。この間、自分でも呆れるほど露骨に好意を伝えてきた。
毎日会話を欠かさず、手伝いと称してお側を離れず、手ずからお茶を淹れ、さりげなく共にいる時間を増やす。正直、これだけ付きまとっていてよく嫌がられないな、と我ながら思うのだが、アルマンディン様は嫌がる素振りも見せず、それどころか、どこか嬉しそうにされていらっしゃるのだから、自重する気などさらさら無かった。
暇さえあればアルマンディン様を見ているのだから、目が合うのは必然で、視線が絡むたびに笑みを送れば、照れた様子で微笑みを返してくださるようになった。
最初の頃は戸惑っていらっしゃるだけだったのが、徐々に変化していき、そうして微笑みを返してもらえるたびに愛しさは募り、「もっと彼の人が欲しい」という欲が膨れ上がっていった。
傍目から見ていても分かり易いほどに好意をぶつけている自覚がある。それなのに、なぜか本人には気持ちが上手く伝わらない。
想い人の話も、ご自分のことだとは露ほども思われていない。
年が離れているせいか、どうにも弟のように可愛がられるだけで、それ以上意識してもらえないのだ。
それ自体が嫌ということはない。可愛がってもらえるのは年下の特権だ。いくらでも可愛がってほしい。
だがそれ以上を望んでいる男としての欲は、それだけでは満足できないのだ。
さて、どうしたものか──そう思い悩んでいた時だった。
歓迎会の帰り道、アルマンディン様の姿をお見かけしたのは偶然だった。
屋敷近くのとある店。その店の前で見知らぬ男と立ち話をしている様子に、慌てて馬車を止めさせた。
流石に二人の間に割って入るつもりはなく、ただ妙に親しげな様子に胸が騒めき、馬車の中からその姿を食い入るように見つめていた。
あれは誰だろう──そう思っていた次の瞬間、男がアルマンディン様の頬に触れたのだ。
「ッ……!!」
瞬間、ザワリと毛が逆立ちそうなほど感情が跳ね上がり、衝動を抑えるようにその光景から目を背けた。
(あの男……っ!!)
──僕のものに触れるな!!
本能が叫び声を上げ、ドクリドクリと心臓が脈打つたびに、黒い渦を巻いて暴れ狂う怒りに、クラリと眩暈がした。
Dom特有の性質であるGlare……生まれて初めてその状態に陥っていることに気づき、咄嗟に体を丸め、感情を抑えた。
「はぁ……っ」
あの男は誰なのか?
どうして頬に触れさせたのか?
触れることを許したのか?
……もしや、恋人なのだろうか?
(……ダメだ。そんなの許せない)
考えれば考えるほど、吐き気にも似た激情が込み上げる。
ずっとずっと、想い続けてきた愛しい人。
側にいられるようになってから想いは更に強くなり、恋焦がれる気持ちは濃くなり、日毎その身を欲するようになった。
その愛しい人が、既に誰かのものであるかもしれないという可能性──ずっと考えないようにしていた現実を目の当たりにし、気が狂ってしまいそうなほど感情が揺れた。
(……ここにいたら、いけない)
僅かに残った理性で、その場を離れた。でなければ、自分が何をしでかすか分からなかったのだ。
ああ、いっそ攫って、どこかに閉じ込めてしまえたらどんなに良いだろう──そんなことを本気で思い、実行しかねない自分を、愛しい人から遠ざけた。
翌日になっても激情は色褪せず、逃げるようにアルマンディン様を避けた。そうでもしないと、愛しい人を傷つけてしまいそうで、自分勝手な怒りをぶつけてしまいそうで、怖かったのだ。
ただ最初こそ逃げるような気持ちで避けていたのだが、時間が経つにつれ、次第にその目的は変わっていった。
(ああ……、そんなに可愛らしいお顔をなさらないで下さい……!)
自分の態度がいつもと違うことに気づいたのだろうアルマンディン様は、一目で分かるほど落ち込んでいらっしゃった。
チラチラとこちらを見つめる臙脂色の瞳は不安気に揺れ、悲しげに下がった眉からは寂寥感が漂い、ポツンとされている様子は可哀想で可愛くて可愛くて可愛くて──怒りは愛しさで簡単に塗り潰された。
その様子があんまりにも可愛らしくて、いじらしくて、わざと目が合わないように背を向ければ、不安と怯えを混ぜたような視線が背中に突き刺さり、言葉にし難いほどの興奮を覚えた。
(……なるほど。これがDomの本能か)
愛しいからこそ虐めたいという加虐心。
虐めて、泣かせて、許して、可愛がって、ただひたすらに自分という存在に依存させ、支配したいという欲望と本能。
自覚してしまえば酷く心地良い性に、勝手に頬が緩んだ。
とはいえ、悲しませたくはないのだ。
やりすぎてしまったのか、今にも泣き出しそうな顔でフラフラと部屋を出て行ってしまったアルマンディン様はなかなか戻られず、冷静さを取り戻した胸に不安が募った。
あんなに可愛らしい方をお一人にしたら危ない。自分よりも余程お強く、勇ましい方だとは知っていても、そう思わずにはいられなかった。
アルマンディン様の行動パターンは、既に熟知していた。きっと此処にいるはず……そう思って後を追った先で見た、今すぐ抱き締めたい衝動に駆られるほどの寂しさを纏ったアルマンディン様の姿に、ふるりと身が震え、うっとりと瞳を細めた。
この可愛らしい人は、きっと自分のことばかり考えているのだろう──どうしようもない支配欲に胸は満たされ、同時に、逃げるのはここまでだと覚悟を決めると、深く息を吸い込んだ。
昨日の男との関係について確認しなければ……想いを告げる前に玉砕するかもしれない未来に怯えながら、吐き出した息と共に不安を押し出すと、椅子から立ち上がったアルマンディン様に声を掛けた。
「アルマンディン様」
ああ、もしもあの男が恋人だったなら、本当に攫ってしまおうかな──そんなことを考えながら。
結果として、心配は杞憂に終わった。
表面上は平静を装ったが、愛しい人が誰のものでもなかった喜びと安堵、あんまりにも可愛らしいアルマンディン様のお姿に、内心は大変な騒ぎだった。
我慢できなくて触れた指先と、撫でた頬。
その瞬間、見てるこちらが恥ずかしくなるほど顔を真っ赤に染めた愛しい人は、それはそれはもう可愛くて、一瞬理性が飛びかけたほどだ。
赤く染まった目元と、同色の臙脂色の瞳。普段は凛々しい瞳が、じんわりと水気を帯びている様子は扇情的で、嫌でも自分の雄の部分が刺激された。
どこからどう見ても恥じらう姿と、無防備な姿を自分に見せてくれることに、期待値は一気に跳ね上がった。
アルマンディン様に好かれている自覚はある。自信もある。
例え年下を可愛がっている感覚だったとしても、頬を染めて恥じらう姿には、恋慕の情が滲んでいるように見えて、このままもっと意識してもらおう、とかなり直接的な言葉で胸の内を打ち明けたのだが……
(あそこで可愛いと言われるとは思わなかったな)
嫉妬心を伝えることで、もっと意識してもらうはずが、なぜか急に空気がガラリと変わってしまい、それ以上踏み込めなかった。
(意識されてない訳ではないと思うんだけど……)
どうしてか、あと一歩が足りない。というよりも、アルマンディン様が踏み込んだ一歩の意味に、気づいてくださらない。
はぐらかされている訳ではないと思う。
硬派な見た目に反して、中身はとても柔らかく、素直な方だ。そんな器用なことはできないだろう。真正面から向き合ったことで、その考えはより確信めいたものになった。
アルマンディン様に浮いた話が無いことは、恋心が芽生えた頃から把握しているし、側に控えるようになって、言葉の端々から探ってみたが、恋人の存在は確認できなかった。
だからこそ、昨日の男には驚き、絶望したのだが、それが杞憂に終わった今、ある可能性が芽生えた。
もしや、アルマンディン様は恋愛経験が少ないのではないだろうか──?
これほど分かりやすく好意を向け、想いを口にしているのに、嘘のように鈍感で、純粋な『好意』としてしか受け取れないのは、よもや恋愛というものの経験値が著しく低いからでは……と、そんな風に思えて仕方ないのだ。
(有り得ないとは思うけれど……)
とても魅力的な方だ。男女問わず好まれる容姿に、穏やかな性格。家柄も良く、それこそアルマンディン様にその気があれば、いくらでも相手などいるだろう。
それなのに、指先を握っただけで真っ赤に染まった頬と潤んだ瞳は、他者との接触に慣れていない反応そのもので、「まさか」と思わずにはいられないのだ。
色恋の経験が乏しいからこそ、好意に対して鈍いのでは……そう考えるのがしっくりくるほど、アルマンディン様の反応は初々しい。
それと同時に、ある可能性に気づいてしまい、想いは更に貪欲なものへと変わった。
(……アルマンディン様は、Subなのだろうか)
そう思ったのは、自然に漏れてしまった僅かなGlareのオーラが原因だった。
会話の中で、昨夜の男のことと、愛しい人に許可なく触れた指先を思い出し、どうしても抑えられなかった静かな怒り。
だがDomのGlareはSubにしか効かず、だからこそ完全に抑えるつもりは無かった。
Sub以外に対しても、多少怯ませることはあるだろうが、あくまで多少だ。それこそ、普通に怒りを露わにしている人と変わらぬ程度の効果だろう、とそう思っていたのだが──……
(怯えていた)
アルマンディン様の強張った表情と怯えるような瞳の揺らぎ、それに気づいた瞬間、咄嗟に視線を落としていた。
まさか、もしや、いや、でも──混乱する頭を無視して、本能はただ歓喜に打ち震えていた。
正直、性別などどうでも良かった。
ただ愛した。愛しいと、この人が欲しいと、どうしようもなく欲した。
男だろうが女だろうが、そんなことはどうでも良くて、だからこそ第二性のことも、まったく意識していなかった。
それなのに、向かい合ったアルマンディン様が、自分のDom性から漏れるオーラに怯えた姿を目にした瞬間、そうであれと貪欲に願う飢えと乾きに襲われた。
──僕のSubだ。
支配という名の檻に閉じ込め、躾の鎖で繋ぎ、自分無しでは生きていけない愛らしい生き物にしたい──そう心の底から願ってしまった。
(……好きに、なってください)
アルマンディン様から好かれている自信はある。
あとはその好意が、恋愛感情へと昇華されるのは待つだけ……自覚してくださるのを待つだけだ。
──愛しい、愛しい、可愛い人。
Domとしての本能と、ただ愛した人を求める恋心から、空になってしまった手の平の寂しさと喪失感に、強く拳を握り締めた。
繋いだ手の温もりも、触れた肌の感触も、永遠に自分だけのものにしたい。
留めどなく溢れる想いが、隣で笑う愛しい人に届く様、願いを込めて微笑んだ。
珈琲の香りが漂うサロンを出ると、二人並んで廊下を歩いた。
口元を僅かに綻ばせ、嬉しげに隣を歩くアルマンディン様を横目で確認しつつ、複雑に絡み合った感情を解くように、思案を巡らせた。
アルマンディン様に、想い人についてお話してから早二ヵ月弱。この間、自分でも呆れるほど露骨に好意を伝えてきた。
毎日会話を欠かさず、手伝いと称してお側を離れず、手ずからお茶を淹れ、さりげなく共にいる時間を増やす。正直、これだけ付きまとっていてよく嫌がられないな、と我ながら思うのだが、アルマンディン様は嫌がる素振りも見せず、それどころか、どこか嬉しそうにされていらっしゃるのだから、自重する気などさらさら無かった。
暇さえあればアルマンディン様を見ているのだから、目が合うのは必然で、視線が絡むたびに笑みを送れば、照れた様子で微笑みを返してくださるようになった。
最初の頃は戸惑っていらっしゃるだけだったのが、徐々に変化していき、そうして微笑みを返してもらえるたびに愛しさは募り、「もっと彼の人が欲しい」という欲が膨れ上がっていった。
傍目から見ていても分かり易いほどに好意をぶつけている自覚がある。それなのに、なぜか本人には気持ちが上手く伝わらない。
想い人の話も、ご自分のことだとは露ほども思われていない。
年が離れているせいか、どうにも弟のように可愛がられるだけで、それ以上意識してもらえないのだ。
それ自体が嫌ということはない。可愛がってもらえるのは年下の特権だ。いくらでも可愛がってほしい。
だがそれ以上を望んでいる男としての欲は、それだけでは満足できないのだ。
さて、どうしたものか──そう思い悩んでいた時だった。
歓迎会の帰り道、アルマンディン様の姿をお見かけしたのは偶然だった。
屋敷近くのとある店。その店の前で見知らぬ男と立ち話をしている様子に、慌てて馬車を止めさせた。
流石に二人の間に割って入るつもりはなく、ただ妙に親しげな様子に胸が騒めき、馬車の中からその姿を食い入るように見つめていた。
あれは誰だろう──そう思っていた次の瞬間、男がアルマンディン様の頬に触れたのだ。
「ッ……!!」
瞬間、ザワリと毛が逆立ちそうなほど感情が跳ね上がり、衝動を抑えるようにその光景から目を背けた。
(あの男……っ!!)
──僕のものに触れるな!!
本能が叫び声を上げ、ドクリドクリと心臓が脈打つたびに、黒い渦を巻いて暴れ狂う怒りに、クラリと眩暈がした。
Dom特有の性質であるGlare……生まれて初めてその状態に陥っていることに気づき、咄嗟に体を丸め、感情を抑えた。
「はぁ……っ」
あの男は誰なのか?
どうして頬に触れさせたのか?
触れることを許したのか?
……もしや、恋人なのだろうか?
(……ダメだ。そんなの許せない)
考えれば考えるほど、吐き気にも似た激情が込み上げる。
ずっとずっと、想い続けてきた愛しい人。
側にいられるようになってから想いは更に強くなり、恋焦がれる気持ちは濃くなり、日毎その身を欲するようになった。
その愛しい人が、既に誰かのものであるかもしれないという可能性──ずっと考えないようにしていた現実を目の当たりにし、気が狂ってしまいそうなほど感情が揺れた。
(……ここにいたら、いけない)
僅かに残った理性で、その場を離れた。でなければ、自分が何をしでかすか分からなかったのだ。
ああ、いっそ攫って、どこかに閉じ込めてしまえたらどんなに良いだろう──そんなことを本気で思い、実行しかねない自分を、愛しい人から遠ざけた。
翌日になっても激情は色褪せず、逃げるようにアルマンディン様を避けた。そうでもしないと、愛しい人を傷つけてしまいそうで、自分勝手な怒りをぶつけてしまいそうで、怖かったのだ。
ただ最初こそ逃げるような気持ちで避けていたのだが、時間が経つにつれ、次第にその目的は変わっていった。
(ああ……、そんなに可愛らしいお顔をなさらないで下さい……!)
自分の態度がいつもと違うことに気づいたのだろうアルマンディン様は、一目で分かるほど落ち込んでいらっしゃった。
チラチラとこちらを見つめる臙脂色の瞳は不安気に揺れ、悲しげに下がった眉からは寂寥感が漂い、ポツンとされている様子は可哀想で可愛くて可愛くて可愛くて──怒りは愛しさで簡単に塗り潰された。
その様子があんまりにも可愛らしくて、いじらしくて、わざと目が合わないように背を向ければ、不安と怯えを混ぜたような視線が背中に突き刺さり、言葉にし難いほどの興奮を覚えた。
(……なるほど。これがDomの本能か)
愛しいからこそ虐めたいという加虐心。
虐めて、泣かせて、許して、可愛がって、ただひたすらに自分という存在に依存させ、支配したいという欲望と本能。
自覚してしまえば酷く心地良い性に、勝手に頬が緩んだ。
とはいえ、悲しませたくはないのだ。
やりすぎてしまったのか、今にも泣き出しそうな顔でフラフラと部屋を出て行ってしまったアルマンディン様はなかなか戻られず、冷静さを取り戻した胸に不安が募った。
あんなに可愛らしい方をお一人にしたら危ない。自分よりも余程お強く、勇ましい方だとは知っていても、そう思わずにはいられなかった。
アルマンディン様の行動パターンは、既に熟知していた。きっと此処にいるはず……そう思って後を追った先で見た、今すぐ抱き締めたい衝動に駆られるほどの寂しさを纏ったアルマンディン様の姿に、ふるりと身が震え、うっとりと瞳を細めた。
この可愛らしい人は、きっと自分のことばかり考えているのだろう──どうしようもない支配欲に胸は満たされ、同時に、逃げるのはここまでだと覚悟を決めると、深く息を吸い込んだ。
昨日の男との関係について確認しなければ……想いを告げる前に玉砕するかもしれない未来に怯えながら、吐き出した息と共に不安を押し出すと、椅子から立ち上がったアルマンディン様に声を掛けた。
「アルマンディン様」
ああ、もしもあの男が恋人だったなら、本当に攫ってしまおうかな──そんなことを考えながら。
結果として、心配は杞憂に終わった。
表面上は平静を装ったが、愛しい人が誰のものでもなかった喜びと安堵、あんまりにも可愛らしいアルマンディン様のお姿に、内心は大変な騒ぎだった。
我慢できなくて触れた指先と、撫でた頬。
その瞬間、見てるこちらが恥ずかしくなるほど顔を真っ赤に染めた愛しい人は、それはそれはもう可愛くて、一瞬理性が飛びかけたほどだ。
赤く染まった目元と、同色の臙脂色の瞳。普段は凛々しい瞳が、じんわりと水気を帯びている様子は扇情的で、嫌でも自分の雄の部分が刺激された。
どこからどう見ても恥じらう姿と、無防備な姿を自分に見せてくれることに、期待値は一気に跳ね上がった。
アルマンディン様に好かれている自覚はある。自信もある。
例え年下を可愛がっている感覚だったとしても、頬を染めて恥じらう姿には、恋慕の情が滲んでいるように見えて、このままもっと意識してもらおう、とかなり直接的な言葉で胸の内を打ち明けたのだが……
(あそこで可愛いと言われるとは思わなかったな)
嫉妬心を伝えることで、もっと意識してもらうはずが、なぜか急に空気がガラリと変わってしまい、それ以上踏み込めなかった。
(意識されてない訳ではないと思うんだけど……)
どうしてか、あと一歩が足りない。というよりも、アルマンディン様が踏み込んだ一歩の意味に、気づいてくださらない。
はぐらかされている訳ではないと思う。
硬派な見た目に反して、中身はとても柔らかく、素直な方だ。そんな器用なことはできないだろう。真正面から向き合ったことで、その考えはより確信めいたものになった。
アルマンディン様に浮いた話が無いことは、恋心が芽生えた頃から把握しているし、側に控えるようになって、言葉の端々から探ってみたが、恋人の存在は確認できなかった。
だからこそ、昨日の男には驚き、絶望したのだが、それが杞憂に終わった今、ある可能性が芽生えた。
もしや、アルマンディン様は恋愛経験が少ないのではないだろうか──?
これほど分かりやすく好意を向け、想いを口にしているのに、嘘のように鈍感で、純粋な『好意』としてしか受け取れないのは、よもや恋愛というものの経験値が著しく低いからでは……と、そんな風に思えて仕方ないのだ。
(有り得ないとは思うけれど……)
とても魅力的な方だ。男女問わず好まれる容姿に、穏やかな性格。家柄も良く、それこそアルマンディン様にその気があれば、いくらでも相手などいるだろう。
それなのに、指先を握っただけで真っ赤に染まった頬と潤んだ瞳は、他者との接触に慣れていない反応そのもので、「まさか」と思わずにはいられないのだ。
色恋の経験が乏しいからこそ、好意に対して鈍いのでは……そう考えるのがしっくりくるほど、アルマンディン様の反応は初々しい。
それと同時に、ある可能性に気づいてしまい、想いは更に貪欲なものへと変わった。
(……アルマンディン様は、Subなのだろうか)
そう思ったのは、自然に漏れてしまった僅かなGlareのオーラが原因だった。
会話の中で、昨夜の男のことと、愛しい人に許可なく触れた指先を思い出し、どうしても抑えられなかった静かな怒り。
だがDomのGlareはSubにしか効かず、だからこそ完全に抑えるつもりは無かった。
Sub以外に対しても、多少怯ませることはあるだろうが、あくまで多少だ。それこそ、普通に怒りを露わにしている人と変わらぬ程度の効果だろう、とそう思っていたのだが──……
(怯えていた)
アルマンディン様の強張った表情と怯えるような瞳の揺らぎ、それに気づいた瞬間、咄嗟に視線を落としていた。
まさか、もしや、いや、でも──混乱する頭を無視して、本能はただ歓喜に打ち震えていた。
正直、性別などどうでも良かった。
ただ愛した。愛しいと、この人が欲しいと、どうしようもなく欲した。
男だろうが女だろうが、そんなことはどうでも良くて、だからこそ第二性のことも、まったく意識していなかった。
それなのに、向かい合ったアルマンディン様が、自分のDom性から漏れるオーラに怯えた姿を目にした瞬間、そうであれと貪欲に願う飢えと乾きに襲われた。
──僕のSubだ。
支配という名の檻に閉じ込め、躾の鎖で繋ぎ、自分無しでは生きていけない愛らしい生き物にしたい──そう心の底から願ってしまった。
(……好きに、なってください)
アルマンディン様から好かれている自信はある。
あとはその好意が、恋愛感情へと昇華されるのは待つだけ……自覚してくださるのを待つだけだ。
──愛しい、愛しい、可愛い人。
Domとしての本能と、ただ愛した人を求める恋心から、空になってしまった手の平の寂しさと喪失感に、強く拳を握り締めた。
繋いだ手の温もりも、触れた肌の感触も、永遠に自分だけのものにしたい。
留めどなく溢れる想いが、隣で笑う愛しい人に届く様、願いを込めて微笑んだ。
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
待てって言われたから…
ゆあ
BL
Dom/Subユニバースの設定をお借りしてます。
//今日は久しぶりに津川とprayする日だ。久しぶりのcomandに気持ち良くなっていたのに。急に電話がかかってきた。終わるまでstayしててと言われて、30分ほど待っている間に雪人はトイレに行きたくなっていた。行かせてと言おうと思ったのだが、会社に戻るからそれまでstayと言われて…
がっつり小スカです。
投稿不定期です🙇表紙は自筆です。
華奢な上司(sub)×がっしりめな後輩(dom)
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。