Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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メリアと半日だけ気まずくなってしまった日から三週間あまり。
あの後はお互い気まずくなることもなく、今まで通り、今まで以上に、メリアと親しく過ごすようになった。

歓迎会に参加できなかった詫びに、と誘ったメリアとの食事会も、約束通り決行した。
生憎と、家族以外の誰かを食事に誘った経験などなく、誘われて行くのはいつもメルヴィルで、それらしい店の知識もほとんどない。
メリアの好みも分からず、好きな食べ物はあるかと聞くも「アルマンディン様のお好きな店に連れていってくださいませ」と言われてしまい、大層悩んだ。
結果、メルヴィルと共に行った店の中からいくつか候補を上げたのだが、なぜかメリアに「例の司祭様とご一緒したお店ですか?」と見抜かれてしまい、最終的にはメリアが選んだ店に行くことになった。
年や爵位の割に、経験も知識も乏しいことが恥ずかしかったが、メリアは気にした風もなく、ただ共に食事に行けることを喜んでくれた。

メリアの選んでくれた食事処は、少しばかり値は張るが、庶民向けの店だった。
木製の調度品で揃えられた店内は居心地が良く、ほんわかとした雰囲気がメリアによく似合っていた。
通された個室も、扉越しに店内の音が微かに聞こえる静けさで、ホッと落ち着ける雰囲気だった。
出てくる料理も気取らず、だが丁寧な盛り付けと、何を口に入れても美味しいと思える味に、いつもより少しばかり饒舌になっていたと思う。
デザートまできっちり食べ、幸福感に満たされたまま店を出れば、メリアが嬉しそうに微笑んでいた。

『お口に合いましたか?』
『ああ、とても美味しかったよ』
『良かったです。アルマンディン様に喜んでいただけて、僕も嬉しいです』

そうして互いの馬車に乗り、和やかに別れたのだが、屋敷に帰ってきてから「メリアくんの為の食事会だったのに、私が楽しんでどうする……!」という失敗に気づき、翌日詫びるという失態も犯した。
我ながら恥ずかしいと思うが、そんな情けない姿を見せてもメリアは変わらず懐いてくれて、そうして過ごしている内に親しみは増し、少しずつ変化が起きていった。




「ベルナール様」

名を呼ばれ、顔を上げれば、目の前にメリアが立っていた。

「お茶をお待ちしました」
「ありがとう。いつもすまないね」
「いいえ。私がしたくてしていることですから」

ニコリと微笑むメリアが、机の上に紅茶の入ったカップを置いてくれる。その傍らにコソッと置かれた小さな包みに、苦笑が零れた。

「……おやつは頼んでいないぞ?」
「うちの料理人が作ってくれたお菓子です。皆さんに配るほどはないので、内緒ですよ?」

内緒話をするように小声で言葉を交わすと、互いにこっそりと笑い合い、その場を立ち去るメリアを見送った。


共に食事に行った日に、甘い物好きなことがメリアにバレた。と言っても、隠していた訳ではないし、それまでも甘い紅茶を出してくれていたので、気づいてはいたのだろう。
だがその日から、何かと理由を付けては、メリアから茶菓子を受け取るようになったのだ。
それは一口サイズの物がほとんどで、遠慮するにもしづらく、またどれもこれも美味しい物ばかりで、つい毎回受け取ってしまっていた。
部署の皆には内緒で、こっそりと菓子を受け取るのは、なんだか子どもの悪戯のようで、気づけばそんな些細なやりとりを楽しんでいる自分がいた。

そうして過ごす中で、ある日メリアから「部署の皆さんは、どうしてアルマンディン様をお名前で呼ぶのですか?」という質問を受けた。
理由は単純で、自分が配属された時には父もいて、アルマンディン姓が二人いたからだ。
「アルマンディン様」と呼ぶと、自分か父か分からないということで、年若い自分の方を『ベルナール』と名前で呼んでもらうことで、差別化を図ったのだ。
そう説明すれば、「そうでしたか……」という返事は返ってきたものの、どこか拗ねているような、悄気しょげているようなメリアの様子に気づき、僅かに身を屈めるとその顔を覗き込んだ。

「……メリアくんも、名前で呼んでくれて構わないよ?」
「!」

途端にパッと表情を明るくしたメリアに、頬が緩んだ。
きっと名前を呼びたいと、彼は望んでいるのだろう。自然とそう思えた自分に驚きつつも、名前を呼びたいと思ってくれるほど、親しみを感じてくれていたことが嬉しくて、驚きは二の次だった。

「よろしいのですか?」
「いいよ。皆も呼んでいるし……名前で呼んでもらったほうが、私も嬉しいからね」
「っ……、ありがとうございます! ……ベルナール様」

そう言って、早速嬉しそうに名を呼んでくれたメリアに、妙に胸が擽ったくなった。
姓ではなく名を呼ぶのは、親しい者の証だ。仕事の都合で名を呼ばれることは多いが、メリアの声に含まれた純粋な親しみの情に、ふわふわと心は浮き立った。
ただ名前で呼ばれるようになっただけ、そんな些細なことを嬉しいと感じている自分が不思議で、少しだけソワソワとする胸が慣れなくて──そこに滲んでいた『彼が喜んでくれるなら私も嬉しい』という根っこにある感情に、気づけないままでいた。


そうして穏やかに過ごしている内に、サロンでメリアに触れられたことも、その時感じた妙な感覚も、頬に走った熱も、いつしかすっかり忘れてしまっていた。




「アルマンディン様!」
「……リオネル?」

王城の廊下、不意に背後から声を掛けられて振り返れば、長い廊下の向こうから駆けてくる青年の姿が見えた。

「廊下を走るものじゃないぞ」
「あっ! ……申し訳ありません」

砂色の淡い髪と赤褐色の瞳を持った爽やかな風貌の青年。
騎士服に身を包んだ男に軽く注意をすれば、逞しい体をシュンと丸め、その足取りは緩やかな歩みに変わった。

「また団長殿に怒られるぞ?」
「どうかこのことはご内密に……」
「ふっ、殿下の護衛はどうしたんだ?」
「ちょうど交代の時間で、これから休憩です」

どこに向かうつもりなのか、自分の行き先も聞かずに隣を歩き始めたリオネルに、苦笑が零れた。

リオネルは、王女殿下の護衛騎士だった内の一人だ。
四歳年下で、当時は成人してまだ一年目の騎士だったが、第三騎士団長の息子であり、主君となる王族に仕えるという経験を積ませる為、団長である父君の命で姫君の護衛騎士の任に就いていた。
年若く、経験は浅かったが、腕前は悪くなく、真面目な仕事ぶりと人懐っこい性格で、自分ともすぐに打ち解けてくれた。思えば、他の同僚達と親しくなれたのも、クッションとなるように彼が間にいてくれたからだと思う。
そんな彼は、今は陛下の御子息である王子殿下の護衛騎士だ。職場は変わってしまったが、こうして顔を合わせれば、他愛もない会話をすることもしばしばだった。

「お元気そうでなによりです」
「君もな」
「元気なのが取り柄なので!」

ハハッと明るく笑うリオネルに、いつかメルヴィルにも同じ返事をされたことを思い出し、少しだけ胸がひりついた。

(……もう一月もしたら、また食事のお誘いがあるんだろうか)

なんとなく顔を合わせずらいな……そう思いながら、リオネルと共に廊下を進んでいる時だった。


「おや、『黒獅子様』に会うとは珍しいな」


嬉しくない呼び名と、うんざりするような男の声が聞こえ、思わず吐きそうになった溜め息はギリギリのところで飲み込んだ。
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