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「ベルナールくん」
「っ、はい!」
悶々と考え込み、作業をする手が止まっていた所で名を呼ばれ、ハッと顔を上げた。
斜め向かいの席でフラメルが「おいで」と手招きをしているのが見え、慌てて席を立つと、彼の元へと向かった。
「お呼びでしょうか?」
「うん、ちょっとね。……ここ最近、どうも仕事に身が入っていない様だけど、どうしたのかな?」
「ッ……」
確信のど真ん中を突くフラメルの言葉に、怯えるように心臓が跳ねた。
ただただプライベートなことで悶々と悩んでいるだけだが、それをそのまま言っていいはずがなく、そっと頭を下げるしかなかった。
「……申し訳ございません。注意力に欠けている自覚はございます」
「うん、そうだね。何か悩み事でもあるのかな?」
「う……その……はい……」
「そうか。まぁ誰しも悩みの一つや二つあるものだろう。でも、それを仕事に持ち込んで、職務が疎かになってしまうのはいけないね」
「……はい」
「ここ三日ほど、いつもの君ならしないミスがずっと続いてるよ。悩むなとは言わないが、それのせいで周りに迷惑をかけるのは良くないな」
「……はい。大変申し訳ございません」
あまりにも正論な言葉が、グサリと胸に刺さる。
いつもは飄々としているフラメルだが、締めるところはきちんと締めるということを知っている人だ。
恐らく、一日目と二日目は見逃してくれたのだ。だが三日と続けば、流石に目溢しすることができなかったのだろう。
(……馬鹿だな)
ミスばかり続けたその皺寄せは、自分だけに返ってくるのではない。皆にも迷惑をかけてしまうのだ。それがどれほど余計な手間か、嫌でも分かるというものだ。
「申し訳ございませんでした。気を引き締めて、今より取り組みたいと思います」
再度深く頭を下げ、気持ちを切り替えようと、深く息を吐き出した。メリアのことは、一旦考えるのをやめよう……そう思いながら頭を上げれば、フラメルがニコリと笑った。
「まぁまぁ、少し息抜きをしてきなさい。ちょうど良く陛下にお渡しする資料があるから、持っていくついでにお茶でもしておいで」
「は……? あ、いえ、そういう訳には……っ」
直前までのビシリとした表情から一転、いつもの飄々とした彼に戻ると、有無を言わさず紙の束を渡された。
「少し早いが、ティーブレイクだ。陛下に悩みを吐き出して、スッキリしてくるといいよ」
「い、いえ、そういう訳には……」
「残念ながら、私では君の相談相手になれないからね。陛下なら、君のプライベートなお悩みも聞けるんじゃないかい?」
「友人だろう?」と告げるフラメルのその言葉に、妙な引っ掛かりを覚え、僅かに目を見開く。
まるで誰某と告げられない隠し事があることを知っているような口振りに、僅かばかりの疑念が浮かぶも、今はそこを気にしている余裕はなかった。
「恐れながら、仕事中にそのような……」
「ぼんやりして仕事の手が止まっているは誰だい?」
「っ……、申し訳ござ──」
「ベルナールくん。謝るのはもういいから、陛下のところにおつかいに行っておいで」
「……はい。承りました。……ありがとうございます」
職務中に、ましてやこの国の王相手に、どう相談しろという話だが、フラメルの気遣いをここで無駄にする訳にもいかず、重い足取りで部屋を出た。
とはいえ、確かに自分一人で悩むには荷が重く、その上で相談できる者が限られる中、話し相手としてオードリックは最適ではあった。
(……今すぐでなくとも、仕事終わりにでも話を聞いてもらおうかな)
少しばかり前向きに考えると、深呼吸で沈んでいた気持ちごと吐き出すと、知らず俯いていた顔をクッと上げた。
「お、来たか」
向かった先、オードリックの執務室では、彼が既に紅茶を啜りながら寛いでいた。
まるで待っていたかのような発言とその様子に、疑問が顔に出ていたのか、オードリックがふっと口元を緩めた。
「フラメルから『うちの副長殿の良き話し相手になってくださいませ』と言われてな。こうして心付けまで貰っては断れん」
そう言ってオードリックが口の中に放り込んだのは、フラメルが好きな有名菓子店の焼き菓子だ。
まさかフラメルにそこまで心配されているとは思わず、子守りをされているような気遣いに、嬉しいやら恥ずかしいやらで頭を下げた。
「……お忙しいところ、申し訳ございません」
「なに、いつも茶飲みの休憩くらいはしている。話し相手になってもらうだけだ」
「お前にはいつも鍛錬に付き合ってもらってるからな」と言いながら席を勧められ、オードリックの向かいの椅子に腰を下ろした。
すぐに温かな紅茶が運ばれ、席が整うと従者達は下がり、オードリックと自分だけが残された。
「で、どうした? 何か悩み事か?」
「っ……」
いきなりの切り出しに、口に含んだ紅茶が喉に詰まる。
なんとか咽せずに飲み込み、口の中を空にすると、どう尋ねるべきか考え、悩み、躊躇い──それからゆっくりと、口を開いた。
「その……恋とは、どういうものでしょうか?」
「っ、はい!」
悶々と考え込み、作業をする手が止まっていた所で名を呼ばれ、ハッと顔を上げた。
斜め向かいの席でフラメルが「おいで」と手招きをしているのが見え、慌てて席を立つと、彼の元へと向かった。
「お呼びでしょうか?」
「うん、ちょっとね。……ここ最近、どうも仕事に身が入っていない様だけど、どうしたのかな?」
「ッ……」
確信のど真ん中を突くフラメルの言葉に、怯えるように心臓が跳ねた。
ただただプライベートなことで悶々と悩んでいるだけだが、それをそのまま言っていいはずがなく、そっと頭を下げるしかなかった。
「……申し訳ございません。注意力に欠けている自覚はございます」
「うん、そうだね。何か悩み事でもあるのかな?」
「う……その……はい……」
「そうか。まぁ誰しも悩みの一つや二つあるものだろう。でも、それを仕事に持ち込んで、職務が疎かになってしまうのはいけないね」
「……はい」
「ここ三日ほど、いつもの君ならしないミスがずっと続いてるよ。悩むなとは言わないが、それのせいで周りに迷惑をかけるのは良くないな」
「……はい。大変申し訳ございません」
あまりにも正論な言葉が、グサリと胸に刺さる。
いつもは飄々としているフラメルだが、締めるところはきちんと締めるということを知っている人だ。
恐らく、一日目と二日目は見逃してくれたのだ。だが三日と続けば、流石に目溢しすることができなかったのだろう。
(……馬鹿だな)
ミスばかり続けたその皺寄せは、自分だけに返ってくるのではない。皆にも迷惑をかけてしまうのだ。それがどれほど余計な手間か、嫌でも分かるというものだ。
「申し訳ございませんでした。気を引き締めて、今より取り組みたいと思います」
再度深く頭を下げ、気持ちを切り替えようと、深く息を吐き出した。メリアのことは、一旦考えるのをやめよう……そう思いながら頭を上げれば、フラメルがニコリと笑った。
「まぁまぁ、少し息抜きをしてきなさい。ちょうど良く陛下にお渡しする資料があるから、持っていくついでにお茶でもしておいで」
「は……? あ、いえ、そういう訳には……っ」
直前までのビシリとした表情から一転、いつもの飄々とした彼に戻ると、有無を言わさず紙の束を渡された。
「少し早いが、ティーブレイクだ。陛下に悩みを吐き出して、スッキリしてくるといいよ」
「い、いえ、そういう訳には……」
「残念ながら、私では君の相談相手になれないからね。陛下なら、君のプライベートなお悩みも聞けるんじゃないかい?」
「友人だろう?」と告げるフラメルのその言葉に、妙な引っ掛かりを覚え、僅かに目を見開く。
まるで誰某と告げられない隠し事があることを知っているような口振りに、僅かばかりの疑念が浮かぶも、今はそこを気にしている余裕はなかった。
「恐れながら、仕事中にそのような……」
「ぼんやりして仕事の手が止まっているは誰だい?」
「っ……、申し訳ござ──」
「ベルナールくん。謝るのはもういいから、陛下のところにおつかいに行っておいで」
「……はい。承りました。……ありがとうございます」
職務中に、ましてやこの国の王相手に、どう相談しろという話だが、フラメルの気遣いをここで無駄にする訳にもいかず、重い足取りで部屋を出た。
とはいえ、確かに自分一人で悩むには荷が重く、その上で相談できる者が限られる中、話し相手としてオードリックは最適ではあった。
(……今すぐでなくとも、仕事終わりにでも話を聞いてもらおうかな)
少しばかり前向きに考えると、深呼吸で沈んでいた気持ちごと吐き出すと、知らず俯いていた顔をクッと上げた。
「お、来たか」
向かった先、オードリックの執務室では、彼が既に紅茶を啜りながら寛いでいた。
まるで待っていたかのような発言とその様子に、疑問が顔に出ていたのか、オードリックがふっと口元を緩めた。
「フラメルから『うちの副長殿の良き話し相手になってくださいませ』と言われてな。こうして心付けまで貰っては断れん」
そう言ってオードリックが口の中に放り込んだのは、フラメルが好きな有名菓子店の焼き菓子だ。
まさかフラメルにそこまで心配されているとは思わず、子守りをされているような気遣いに、嬉しいやら恥ずかしいやらで頭を下げた。
「……お忙しいところ、申し訳ございません」
「なに、いつも茶飲みの休憩くらいはしている。話し相手になってもらうだけだ」
「お前にはいつも鍛錬に付き合ってもらってるからな」と言いながら席を勧められ、オードリックの向かいの椅子に腰を下ろした。
すぐに温かな紅茶が運ばれ、席が整うと従者達は下がり、オードリックと自分だけが残された。
「で、どうした? 何か悩み事か?」
「っ……」
いきなりの切り出しに、口に含んだ紅茶が喉に詰まる。
なんとか咽せずに飲み込み、口の中を空にすると、どう尋ねるべきか考え、悩み、躊躇い──それからゆっくりと、口を開いた。
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