Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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「まさかこの年になって、恋だなんだと語ることになるとは思わなかったぞ」

「流石にこっ恥ずかしいから、二度目は無しで頼む」そう告げたオードリックの耳は仄かに赤く、自分の発言が大変恥ずかしいものであったことに、その時になってようやく気づいた。
込み上げる羞恥から逃げるように、挨拶もそこそこにオードリックの執務室を後にすると、悶々と考え込みながら王城の廊下を歩いた。



自分がメリアのことを好いている。
それが『恋』なのではないかと突然目の前に突きつけられ、頭は未だに混乱していた。

(確かに……す、好き……では、あるけれども……)

メリアのことは好きだ。それは間違いないと言い切れる。
だがこの気持ちが、果たして恋愛感情というものなのかと問われると、途端に分からなくなってしまうのだ。

(メリアくんは……だって、可愛らしいし、良い子だし、優しいし……)

一人の人間として、その人間性を好いている、という可能性だってあるはずだ。
それならば、自分だけに限らず、部署の皆だってメリアのことが好きだ。
自分の好意は、きっと皆のそれと一緒──そこまで考え、「本当に?」という疑問の声がどこからともなく聞こえ、ドキリとした。

本当に、特別な感情はないのか?
同じ職場の上司と部下として、その人間性を好んでいるだけか?
年の離れた弟を愛らしいと思う気持ちと同じか?
友愛や、親愛と、同じ『好き』か?

問いかける声は、まるで「目を背けるな」と言っているようで、キュッと唇を喰んだ。
考えれば考えるほど、触れてはいけないものに触れてしまいそうで怖くなる。
そのくせ、メリアの告白を断る気も起きず、逆にもし断ったことで、彼が距離を取るようになってしまったらどうしよう、と怯える自分がいた。
だからといって『メリアが離れていくのが嫌だから』という理由で、彼の気持ちに応えるのかと言えば、それは違くて……


『相手の好意を断るつもりがないということは、お前自身、相手を好いているということだ』


「っ……」

オードリックの言葉が鼓膜の奥で木霊し、その度に胸がドキドキする。
思い返せば、メリアの告白に対し「なぜ自分を」「年の差が」とアレコレ悩んでいたが、その考え方すら、無意識の内に彼の気持ちを受け入れる気満々でいたことに気づき、顔から火が出そうになるほど恥ずかしくなった。

「うぅ……」

悩んでいるフリをして、その実、答えなんて決まっていた。
あまりの恥ずかしさに、小さく唸り声が漏れてしまい、慌てて口元を手で覆った。

(私は……本当に……)


メリアに対し、恋愛感情を抱いているのだろうか?


浮かんだ疑問を、自らに問い掛ける。
そうして自分で自分の感情をなぞるように、抱いた『好き』という気持ちを胸に宿し、ゆっくりとその答えを探れば──返ってきたのは、甘く胸が締め付けられるような『恋しさ』だった。


「~~~っ!」

いや、まさか、そんな……そう思いつつも、自覚してしまった恋慕の情に、心臓が馬鹿みたいに騒ぎ出した。

いつからなんて分からない。だってずっとずっと、懐いてくれる彼が可愛かった。
親しみを込めて名を呼んでくれるのが愛らしくて、優しい微笑みを向けてくれるのが嬉しかった。
生まれて初めて抱いた恋心は、耳が熱くなるほど恥ずかしくて、落ち着かなくて、喜びにも似ていて……そして少しだけ、怖かった。

(好き……だけど、でも……)

この年になるまで恋愛を知らず、他者との関わりも少なく、突然自覚した恋情をどうしたらいいのか分からず、正直持て余してしまっていた。
それに拍車を掛けるのは、Subという第二性への戸惑いと、本能に対する恐怖、Domと勘違いされるような大柄の男が支配されて喜ぶ姿など、どれほど見苦しいだろう、という呪縛にも似た悲しみだった。

「……」

しおしおと萎んでいく花開いたばかりの情に、瞳を伏せた。
『好き』と自覚したところで、その気持ちだけではどうにもならないこともある。考え込んでいる内に、いつの間にか帰ってきていた部署の扉を前に、深い溜め息を零した。

(……メリアくんに、なんて言おう)

が、こんなに面倒だと知られたら、失望され、嫌われてしまうのでは……

「っ……」

そう考えただけで走った胸の痛みに、ジン……と目頭が熱くなった。
気持ちを自覚したところで、彼を好きだと想ったところで、臆病者の自分は、彼の気持ちに応えることも、自分の性と向き合うことも恐れてしまう。
熱くなっていた体が嘘のように冷たくなっていく感覚に、視界がじわりと滲んだ。

(……駄目だ。戻ってきたのだから、仕事に集中しないと)

その為に長めの休憩をもらったのだ。
フラメルの心遣いと、話を聞いてくれたオードリックと、迷惑をかけてしまった皆にこれ以上甘える訳にはいかない。そう言い聞かせると、深く酸素を取り込み、震える息を吐いた。

(……もっと、メリアくんに相応しい子がいるはずだ)

ずっと好きだったと言ってくれたメリアには申し訳ないが、彼はまだ十八歳だ。十四も年上の男が、年若い彼の貴重な時間を奪ってはいけない。
「気持ちはとても嬉しい」「ありがとう」と、感謝の気持ちは伝えて、そうして──……

(……断ろう)

きっと、それが最善の選択だ。
泣きたくなるほどの切なさは、彼への恋情を自覚してしまったからだろう。
ああ、こんな気持ちになるくらいなら、恋なんて知らないままで良かったのに……何もかも不器用な自分に嫌気が差しつつ、冷たいドアノブに手を掛けた。
情けない顔を晒してしまわないように、無理やり表情を作ると、気を引き締めて厚い扉を開けた。


そうして開いた扉の先、そこには、今正にドアノブに手を掛けようとしていたメリアが立っていた。
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