Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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「ベルナール様、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
「あ、ああ」

微笑むメリアになんとか返事をするも、体は柔らかなソファーの上でガチガチに固まっていた。

(本当に、メリアくんの家に来てしまった……)

まさか昼間の言葉がそのまま現実になろうとは……あまりの急展開に頭が追いつかないまま、メリアの屋敷の一室で、彼と二人きりになっている現実に、ただただ緊張していた。



昼間、ぐずぐずに泣いた後、一時間ほどしてようやく仕事に復帰した。

『泣いた後が消えるまで、戻ってきてはダメですよ?』

そう言って、上着を置いて先に仕事に戻ったメリア。優しく、それでいて逆らえない声音に戸惑いつつも、赤くなった目の腫れが引いたところで自席に戻った。
フラメルや職場の皆に長く席を外してしまったことを謝罪して回るも、なぜか全員にホッとした顔をされ、首を傾げた。
不思議に思いつつメリアの元へと向かい、緊張しながら借りていた上着を手渡そうとすれば、上着を持つ手に彼の手がそっと重なった。

『お時間、空けておいて下さいね』

甘やかな笑みで告げられた小声のそれに、ドキリと心臓が跳ねた。
メリアの屋敷に誘われていたが、本気だったのだと思い知ると同時に、触れられているだけで熱くなる顔に目が泳いだ。
何と返事をすることもできず、フラリと自席に戻り、ぐるぐると渦巻く頭で目の前の仕事をこなしている内に、あっという間に終業時間を迎えた。
そのまま笑顔のメリアに連れられ、家の迎えの者にメリアの所に寄ると伝えると、彼の家の馬車に共に乗り込んだ。


そうして今、メリア家の屋敷の一室で、彼と隣り合って座っている。
正直、『気づいたら此処にいた』という感じで、現実味がまったく無い。
現実味は無いのに、隣りから伝わるメリアの体温はとてもリアルで、酷く落ち着かない気分にさせた。というのも──……

「メ、メリアくん……」
「なんでしょう?」
「あの……こ、腰が……」
「ええ、どうされました?」

(どうしたじゃなくて!)

腰に手を回し、ぴたりと密着するメリア。
突然縮まった彼との距離に逃げ腰になるも、少しでも身じろぐと彼の手が叱るように抱き寄せるので、ほんの少しも離れることができなかった。

「なんで、こんな、くっついて……」
「ベルナール様が逃げようとされるからいけないのですよ?」
「う……」

恐らく、馬車での出来事を言っているのだろう。
彼と共に乗り込んだ馬車の中、当然のように隣に座ろうとする彼に、つい体が逃げてしまった。
それがメリアの琴線に触れてしまったのか、笑みが深くなった後からずっとこの調子だった。

(家人に見られる心配がないのが救いだな……)

現在、王都の屋敷にはメリアが一人で住んでいるらしく、使用人も最低限しかいないとのことだった。もしもメリアの家族がいて、万が一こんな場面を見られたらと思うと、想像するだけで肝が冷えた。
とは言え、見られないから良い、という訳でもなく、まるで恋人同士のような距離感と腰を抱き寄せる手に、恥ずかしさは常時ピーク状態だった。

「メリアくん、に、逃げないから……」
「そうだとしても、離れなくてもいいでしょう?」
「な、なんで……」
「互いに想い合っているのですから、何も問題ございませんでしょう?」
「!」

そう言われ、カァッと頬が熱くなると同時に、昼間嫌というほど味わった切なさが蘇った。
互いに想い合っている…その通りなのだが、自分はまだ、きちんと彼の気持ちに応えられず、自身の感情を持て余していた。
なんと言葉を返していいのか分からず、素直に嬉しいと喜ぶには近すぎる距離に眉を下げれば、メリアに片手を取られ、指先に優しい口づけを受けた。

「あ……」
「ゆっくり、お話ししましょう。ベルナール様」
「……!」

柔らかに細められた金色の瞳と声は優しく、それだけでホッと気が緩んだ。

「話し……て、なにを……」
「なんでもいいですよ」
「え?」
「ベルナール様がご不安に思うことでも、心配でも、疑問でも希望でもなんでも結構です。ベルナール様がお話ししたいこと、言いたいこと、聞きたいこと、なんでもいいですから、僕に聞かせて下さい」

優しくあやすような声に圧はなく、「なんでもいい」という一言に、ゆるゆると体から力が抜けていった。
自由度が高すぎて逆に戸惑ってしまうが、身構えなくていいことに緊張が緩んだ。
ただどう切り出すべきか迷っている間も、指先にはメリアの唇が落ち、甘やかな口づけは続いた。

「メリアくん……っ」
「お話しして下さい。ちゃんとお話しできたら、手を離して差し上げますよ」
「えぅ……」

ほんの少し手を引けば解けそうなほど緩く掴まれた指先。だがどうしても彼の手の中から逃げ出そうという気にはなれず、羞恥が無限に積み重なっていく中、なんとか口を開いた。

「……えっと……」
「はい」
「……メリアくんは、私が……その……Sub、だと、知っていたのかい?」
「いいえ、存じ上げませんでした」
「え?」

緊張と羞恥、自身の第二性を晒す恐怖にドキドキしながら、やっとの思いで最初の疑問を口にすれば、返ってきたのは拍子抜けするほどアッサリした一言だった。

「……知らなかったのか?」
「性別は関係なく、貴方を好きになったと申し上げましたでしょう?」
「そ……そ、うだけど……じゃあ、いつ、私が……その……」
「ベルナール様が私のGlareグレアに当てられた時の反応で、そうなのかなと思いました」
「反応……」

(……ん? それはいつのことを言ってるんだ?)

メリアのGlareと言われて思い当たるのは、告白を受けたあの日だが、その時に初めて気づいたということだろうか?
首を傾げていると、チュッと指先にメリアの唇が触れた。

「っ……」
「それが、どうしました?」
「え……あ……えっと……その……」
「はい」
「……は、恥ずかしいと、思わなかったのか……?」
「はい?」

つい零れてしまった一言に返ってきたメリアの反応は、どこか訝しんでいるようで、慌てて言葉を取り繕った。

「あ、いや、その、わ、私のような……その……大柄な男が、Subだ、なんて……」
「ベルナール様はとてもお可愛らしいです。逞しいお体も、大変魅力的ですよ」
「か、かわい、なんてこと……」
「可愛いです。心から、愛らしい方だと思っております。恥じらっているお姿も、泣いているお姿も、笑っているお顔も、すべて愛しいと思わずにはいられないほど、可愛らしくて素敵な方です」
「~~~っ!!」

顔から火が出そうだ。
メリアが本心から言ってくれている言葉が嬉しくて、「可愛い」と言われて喜んでしまう自分が恥ずかしくて、胸がいっぱいで、泣いてしまいそうだった。

「あ……ぅ……で、でも……」
「……ベルナール様、もしやどなたかに、『恥ずかしい』と言われたことがあるのですか?」
「……ッ!」

瞬間、ドクリと跳ね上がった心臓に、息が詰まった。
鼓膜の奥の奥に残る、「恥ずかしい」と蔑む母の声。拒絶され、嫌悪され、ただ否定され続けた悲しい思い出──それがドロリと溢れ出し、唇が震えた。

「どなたです? 貴方にそんな酷いことを仰ったのは?」
「あ……」

にっこりと微笑むメリアだが、その瞳は笑っていなかった。
直後、全身に走った寒気に、彼が怒っているのだと気づき、フルフルと必死になって首を横に振った。

「や、ち、ちが……」
「……嘘を仰るのですか?」
「ひっ……」

ゆらりと揺らめいたメリアの怒気に、小さな悲鳴が漏れた。
体を引こうとするも、腰に回された手の力は強く、いつの間にか強く握り込まれた手の平に、逃げる術は奪われた。

「ベルナール様、教えて下さい。どなたです? 貴方を傷つけ、悲しませた痴れ者は」
「……!」

『痴れ者』
なぜか、その一言にふっと胸が軽くなった。
母のことは嫌いではなかった。……嫌いになんて、なれなかった。
それでも、きっと心のどこかで、自分を否定する母のことを、ほんの少しだけ恨んでいた。


なぜ
どうして
悪いことなんて、していないのに──……


幼な心にずっとずっと燻っていた負の感情は、愛情を注いでくれた父には明かせず、慕ってくれた弟には見せられず、自分自身を責めることでしか飲み込むことができなかった。
それがメリアの咎めるような言葉で、少し…ほんの少しだけ、そう思ってしまう自分を許されたような気がして、緩んだ気の隙間から、ポタリと感情の雫が零れ落ちた。

「……、」
「……ベルナール様?」

母を責めてはいけない。そう思うのに、溜まっていた感情が溢れ出すのを抑えられず、痛む喉の奥からは、ポツリと声が漏れた。


「…………母だ」


自分でも呆れるほどか細い声は、惨めなほど震えていた。
たった一言。その一言の罪深さに、ほとほとと涙が零れたが、それを拭うことも隠すこともできず、瞳を伏せた。

「……?」

短い沈黙の後、ふとメリアが動く気配がしてそちらに意識に向ければ、手の平を握っていた彼の手が解け、濡れた頬を拭うように、指先が目尻を撫でた。

「……よく言えました。頑張りましたね」
「っ……!」

まさかそんな言葉が返ってくるとは思わず、息を呑んだ。驚きから目を見開けば、メリアが優しく微笑んだ。

「ベルナール様、よろしければ、僕に全部お話ししてくださいませんか?」
「……全部?」
「ええ、全部です。御心の内に溜めた全部、僕に聞かせてください。そうでないと、ベルナール様は僕のことを好きだと想うことも、怖いのでしょう?」
「っ……」

全部を見透かすようなメリアに、今度こそ驚きから言葉を失うも、ふわりと微笑む彼の表情も雰囲気もひどく穏やかで、自分の中で何かがストンと解けたような気がした。


「ベルナール様、全部、僕に聞かせてください。貴方の中に残る悲しい記憶も、苦しい感情も、心も体も、丸ごと全部、僕にください」


瞬間、言葉が心臓に絡みつくような錯覚を覚え、全身がふるりと粟立った。
ああ、支配されるということは、こういうことなのだろうか──金色に輝く満月のような瞳に見つめられながら、そんなことを思った。
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