Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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──ドサッ……


「え?」

嬉しそうに微笑むメリアを眺めていると、突然視界がブレた。背中に感じた軽い衝撃と、脳が揺れるような感覚に、一瞬思考が停止するも、見上げた天井と寝転ぶ体勢に、メリアに押し倒されたのだと気づく。 

「メリアくん……?」

状況が掴めず、困惑しながらメリアの名前を呼べば、震えるような吐息の音が降ってきた。

「躾けてあげると言われて、嬉しそうに笑うなんて……本当にベルナール様は愛らしいですね」
「っ……」

恍惚とした表情の中、ギラリと光る二つの黄金に見つめられ、ヒクリと喉が鳴った。

「僕のSubとして調教されて、嬉しいですか?」
「えゎ……」

直接的な言葉で問われ、顔が一気に熱くなる。と同時に、「躾けてあげますね」と言われた時の自分は、疑問も恥じらいもなく悦んでいたことを思い出し、遅れて羞恥が追いかけてきた。

「あ……ぅ……」
「恥ずかしがらないでください。躾を喜んでくれるのも、SubからDomに対する信頼と愛情の証です」
「……そう、なのか?」
「勿論です。好きでもない相手にそんなことを言われても、嬉しくないでしょう?」

そう言われ、「確かに」と納得する。メリアに言われたから嬉しいのだ、と実感すれば、恥ずかしさは愛しさに変わった。

「ベルナール様、僕は嬉しいことは素直に『嬉しい』と言ってくれる子が好きですよ」
「!」

その言葉に、既にメリアによる『躾』が始まっているのだと理解し、心臓がバクバクと騒ぎ出す。
だが愛しいとは思えど、恥ずかしくない訳ではなく、視線は泳ぎ、声が詰まった。

「う、と……」
「……少しずつ、慣れていきましょうか」
「……うん」

困った子、と言うように微笑むメリアに、不甲斐無さから瞳を伏せれば、彼の唇が頬に触れ、その柔らかさと温かさにふるりと肌が震えた。

「これから少しずつ、僕達二人の決め事を作っていきますからね」
「ん……」
「ベルナール様は、僕との決め事をちゃんと守れるように、頑張るんですよ」
「……ぅん」
「言い付けを破ったり、決めたことがきちんとできなかった時は、お仕置きですからね」
「ん……っ」

柔らかなメリアの声が、優しく脳を犯すように、DomとSubとしての繋がり方を教えてくれる。その間も、頬や目元にはキスの雨が降り、なぜかずっと褒められているような錯覚を覚えた。
幼な子に言い聞かせるような声音に圧迫感はなく、少しずつ侵食されていくような感覚に、気持ちがふわふわと浮き立つ。
ほんの数分前の戸惑いや恐怖が嘘のように、ただメリアに愛されていることに心も体も喜んでいる。
これがSubとしての本能なのか、彼への恋心から来るものなのかは分からないが、彼から受けるキスの愛撫は心地良く、疑問も徐々に溶かされていった。
とは言え、恋愛に対しても、DomとSubの繋がりに対しても経験が無い自分には、『躾』や『お仕置き』と言われても、何をするのかいまいち想像ができず、素朴な疑問が頭の中に残った。

「……メリアくん」
「はい」
「その……躾と、お仕置き、というのは……何をするんだ?」
「……そうですね。そのご説明の前に、ベルナール様はもう少し、DomとSubの繋がり方について、お勉強したほうがいいかもしれませんね」
「……? 一応、学んでいるんだが……」
「ええ、でももう少し、詳しく学びましょう」
「……分かった」

どうやら自分には知識が足りないらしい。メリアよりもずっと長く生きているのに、何も知らない自分が情けなくて悄気しょげるも、それを慰めるように、メリアの啄むような口づけが続いた。

「そんなにお可愛らしい顔をしないでください。何も知らない真っ新まっさらな状態のベルナール様を、僕の色に躾けられるのですから、僕はとっても嬉しいですよ」
「っ……」

互いの想いが通じ合ったからか、メリアの物言いに遠慮が無くなっている。だがそこに高圧的な感じはなく、ただただ『自分』という個体を愛し、欲しているからこその本音なのだろうことが伝わり、キュウと胸が疼いた。

「……メリアくんは、嬉しいのか?」
「ええ、とても。愛しい貴方を僕だけのものにできるのですから」

うっとりとするような笑顔を向けられ、堪らず視線が泳ぐも、胸に湧いたのは『好きな人が喜んでくれた』という歓喜で、知らず頬が緩んだ。

「……メリアくんが嬉しいなら、私も嬉しい」

さっきは恥ずかしくて素直になれなかったが、この気持ちなら素直に言える──少しばかり誇らしい気持ちで思ったままを伝えれば、突然体を強く抱き締められた。

「わっ!?」
「貴方は本当に……っ」
「……?」

無理やり言葉を飲み込んだようなメリアに首を傾げつつ、彼の腕の中に大人しく収まる。
抱きつく体におずおずと腕を伸ばし、背と脇腹の境い目辺りにそっと手を添えれば、ホッと気が緩んだ。
流石に抱き返す勇気はまだないが、自分から彼に触れられただけでも嬉しくて、胸の内にはじわりと喜びの波が広がった。
好きな人とただくっついているだけで、こんなにも幸せだ。穏やかな時間に浸っていると、突然首筋を温かく湿ったものが舐め上げ、体が跳ねた。

「ひわっ!?」

驚きのあまり、おかしな声が出た。咄嗟に口元を手の平で覆うも、首筋に吸い付く唇は離れず、ゾクゾクとした疼きに腰が戦慄いた。

「やっ、や……っ、メリアくん……!」

唐突な刺激に泣き声混じりでメリアの名を呼べば、小さなリップ音と共にメリアが上体を起こし、唇は離れていった。

「“ルー”です」
「え?」
「名前です。恋人になったのですから、僕のことは“ルー”とお呼びください」
「ん……と」

またしても突然のことに頭が追いつかないが、『恋人』という単語に、心臓を撫でられるような擽ったさが生まれた。
『ルノー』ではなく、愛称で呼んでほしいと望まれた喜びと、そこに混じった気恥ずかしさに、つい照れてしまうも、こちらを見つめる金色を見つめ返すと、ゆっくりと口を開いた。

「……ルゥ、くん?」

ただ愛称で名前を呼んだだけ。それだけなのに、猛烈に恥ずかしくて、鼓動は速くなり、カァッと耳まで熱くなった。
名を呼ぶだけでこの調子で大丈夫なのだろうか……と自分自身に不安になりながら、そっとメリアの様子を窺えば、なぜか彼は固まっていた。

「……? メリ……あ、ル……ルゥくん……?」
「……ええ、はい。そうですね……いえ、ルーと……いえ、はい……いえ、すごいですね……名前を呼ぶだけで可愛らしいなんて……」
「……?」

珍しく口籠る彼にパチリと瞬きをしつつ、反応の鈍さに、何か間違えてしまったのだろうかと不安が顔を出す。

「すまない。何か間違えてしまっただろうか……?」
「ああいえ、違うんです。ちょっとあまりにもお可愛らしくて驚いただけで……きちんと呼べて、偉いですよ──ベル」
「!?」
「僕も、二人だけの時は“ベル”と呼びます。いいですね?」
「ん……!」

不意打ちで愛称で呼ばれ、コクコクと頷くことしかできないが、体の中では言葉にし難い感情が暴れ狂っていた。

(なんで、こんな……)

現状、オードリックにしか呼ばれることのなくなった愛称は、響きが可愛らしく、自分には不似合いで、少しばかり気後れしていた。
それなのに、メリアにその名で呼ばれると、歓喜にも似た感情が細胞ごと染め上げ、体の隅々まで満たすような不思議な感覚に襲われた。
有無を言わさぬ強さの中には『僕がそうしたいからいいでしょう?』という傲慢さが仄かに混じっているのに、それが嫌ではない。むしろ、彼のそんな態度に安堵すらしている自分がいて、これがSubとしての本能かと、その在り方を初めて実感した。

「ベル」
「うぁっ……」
「ベルと呼ばれるのは嫌ですか?」
「うぅん……っ」
「嫌じゃないですか?」
「う、ん……」
「……ベル、僕は素直な子が好きですよ?」
「っ……」

瞳を細めて笑うメリアから伝わる『僕を悦ばせてみせて』という圧倒的なDomのオーラ。
それが無性に嬉しくて、でもまだ少しだけ怖くて、色んな感情が混じり合って滲む目尻を誤魔化すように瞬きをすると、大きく息を吸い込んだ。

「嬉しい……ルゥくん、に……ベルって呼んでもらえて、嬉しい……!」

大したことは言っていないのに、心臓の音がうるさい。それでもメリアの瞳から目を逸らさず、気持ちを伝えれば、彼の表情が愛らしく綻んだ。

「良い子。ちゃんと言えて偉いですよ、ベル」
「ん……」

目尻に再び口づけを受け、滲んだ雫がメリアの唇に移る。そのまま目尻から頬へ、頬から唇の端へと徐々に移動する口づけが、唇に触れる寸前で離れていった。


「愛しています、ベル。今この瞬間から、貴方は僕のものです。ベルの過去も、今も、未来も、自由も全部、僕に縛られます。……それを、望んでくれますか?」


目と鼻の先、間近に見える微笑みを消したかんばせは凛々しく、その真剣な眼差しの中に隠れた緊張と恐怖に、ふっと笑みが零れた。
もう想いが通じ合った後だというのに、彼でも臆病になるのだということが堪らなく愛しくて──溢れた情は、自然と喉を鳴らした。


「喜んで。私のDom様」


可愛い可愛い想い人に、ありったけの愛しさを込めて応えれば、真剣な面様が崩れ、今にも泣き出しそうな微笑みに変わった。

言葉の代わりに返ってきたのは、噛みつくような口づけで、生まれて初めてのキスは息を奪われるほど激しくて、眩暈がするほど優しかった。










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名前の由来。
ルノー:賢い支配者
ルー:狼
感想 37

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