Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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紅い瞳の愛仔(前)

「ベルナール様、ずっとずっと、貴方のことをお慕いしておりました」

生まれて初めての愛の告白は、緊張と高揚感で微かに声が震えた。
想いを伝えられた喜びと、もしも断られたらという恐怖、どんな反応を見せてくれるだろうという好奇心、様々な感情が入り混じった胸はドクドクと落ち着かず、音を殺して深呼吸をした。
男らしく武骨な手を握ったまま、見上げた臙脂色の瞳を見つめれば、その頬がみるみる内に赤くなっていき、凛々しい眉がへにゃりと下がった。

(ああ……っ、本当になんてお可愛らしいんだろう……!)

瞬間、歓喜のような快感が背筋を駆け上がった。
赤らんだ瞳は潤み、濃い睫毛がぱちぱちと瞬きのたびに揺れていた。
頬から移った熱は耳まで淡く染め、小さく鳴くようなか細い声が、吐息に混じって頭上から落ちてきた。
今にも泣き出しそうな顔が可愛くて可愛くて、愛しさと共にドロリと垂れた劣情に、ぶるりと肌が粟立った。

(もっともっと、可愛らしいお顔が見たい)

湧き上がる本能を抑えるも、止まらぬ愛情と欲情は肉体に留めておくことができず、愛を紡ぐ言葉になって溢れ出た。

好きです、大好きです、愛してします──六年間の積もり積もった想いが、音になって形づく。
恋情と呼ぶには粘着質で、純愛と呼ぶには崇高で、『愛』の一言で済ませられるような欲ではない熱に、ずっとずっと恋焦がれていた。

「性別など関係ありません。貴方だから欲しいのです。本能ではなく、愛した人だから……ベルナール様だから、欲しいのです」

呆れるほど実直に、ベルナール様だけを求めた。
貴方が欲しくて堪らない。狂気のような愛情が、繋いだ指先からその身に流れ込んでくれまいかと願うほど、堰を切って溢れ出した情を止めることができなかった。

きっとこの恋に温度があったなら、鉄をも溶かすほどに熱いだろう。
熱に浮かされた告白は、願い望んだ通り、ベルナール様の思考を奪った。



その翌日から、ベルナール様は目に見えて挙動不審になられた。
大きな体を小さくさせ、怯えたように周りを見回すお顔は、常に眉が下がっていた。
目を合わせないようにしているつもりなのか、視線は机に向かっているも、ふと気づけばチラチラとこちらを見ていて、目が合うと『ピャッ』という効果音が聞こえそうなほど体を揺らし、慌てて視線を逸らす。
自覚があるのか無いのか、それを何度も何度も繰り返しているのだから、可愛らしいことこの上なかった。

(きっと僕のことばかり考えているんだろうな)

不自然な行動も、その頭の中も、自分自身が起点となっている……それを想像するだけで、口角が上がった。
告白の返事はすぐでなくていいとお伝えしたのは、よくよく考えてほしい、という配慮からだったが、もしかしたらベルナール様が悩んで弱って、ふにゃふにゃと泣き出す姿を無意識の内に願ってしまったのかもしれない……そう思ってしまうほど、Domの本能が毎秒刺激された。

(お返事を頂けるのは、いつになるかな)

期待するなという方が無理な反応に、さして不安を抱くこともなく時間が過ぎたのだが、告白から三日目、事態が動いた。


用事で出かけて帰ってきたら、ベルナール様のお姿が無かった。
たまたま席を外されてるのだろうか、と思ったのだが、いつまで経ってもベルナール様の席は空いたままだった。
もしやどこかに出かけられたのだろうか……浮かんだ疑問を近くの席の方に尋ねれば、財務部長と話された後、どこかに向かわれたと聞かされ、眉根に皺が寄った。

(……余計なことを言ってないだろうな)

いつも飄々としている男に視線を向ければ、暢気に菓子を食べていた。その様子に眉間の皺を深くしつつ、男の元へと向かった。

「フラメル様」
「なにかな、メリアくん」
「ベルナール様はどちらにお出かけになられたのでしょう?」
「それを君に言う必要があるかい?」

──刹那、飛ばしかけた殺気に、誰かが息を呑んだ。

「ベルナールくんがどこに行こうが、君には関係ないだろう?」
「関係があるかないかは僕が決めます」

ピンと緊張感の張り詰めた空気の中、男の変わらぬ態度に苛つきつつ瞳を細めれば、「やれやれ」と言うようにフラメルが肩を竦めた。

「陛下のところで休憩してもらってるよ。のせいで、優秀な副長殿がボロボロになっていたからね。そろそろ帰ってくるんじゃないかな」
「分かりました」

聞きたいことだけ聞くと、即座に踵を返す。
盛大に顰めた顔に、近くの席にいた先輩がビクついていたが、今はそれどころではない。

(あんな状態のベルナール様をお外に出して、あの馬鹿に捕まったらどうするんだ……!)

あの馬鹿王弟殿下を思い浮かべ、舌打ちしそうになるのをなんとか堪える。
陛下はまだ良い。純粋にベルナール様と友情を築かれているのが分かるし、なにより臣下として尊敬できる御方だ。ベルナール様の息抜き相手としては安全かつ最適な方だと思う。だがその道中で、馬鹿やどこの馬の骨とも分からない輩に、ふにゃふにゃ状態のベルナール様を晒すなど、あってはならないことだ。

(お迎えに行こう)

決定事項として業務を放り出し、部屋の出入り口へと向かう。
作業部屋を出て短い廊下を歩き、各棟へと繋がる扉に手を伸ばした瞬間だった。
突然開いた扉の向こう側には、その身を案じていた人が立っていて、驚愕に見開かれた瞳に自分が映った──が、それはほんの一瞬の出来事で、絡んだ視線は即座に断ち切られた。

「……」

あからさまな態度に傷つきはしなかった。怒りも湧かない。ただ、やはり面白くはない。

『僕を見ろ』

躾前の愛くるしいだけの生き物に向けるものではない傲慢な欲を堪えるも、我慢の糸はいとも簡単に千切れた。
泣きそうな声も顔も、いつからそんな表情をして歩いてきたのか、考えただけで見知らぬ誰かに向けた嫉妬が腹の底で渦巻いた。

(…本当に、自覚が無くて嫌になる)

ベルナール様はご自身の魅力について、呆れるほど理解されていない。
整った凛々しい顔立ちも、逞しく美しい体躯も、色香を放つ表情や仕草も、惚れた欲目でなくとも惹かれるものがあった。
見た目に反して柔らかな物腰は、甘い蜜を零す花のように、数多の悪い虫を引き寄せるというのに、本人はまったく自覚が無いのだから冗談にしても笑えない。
欲情を誘うような身でありながら、清廉潔白で純朴な性格のギャップは、どこまでも穢したくなる。
そういった雄の欲を無理やり掻き立てるような方なのだ。

「……僕以外の前で、そのような顔をしてほしくありません」
「……っ!」

独占欲だけを煮詰めた支配欲から、心が波立ち、怒りにも似た情をぶつけてしまった。
目に見えて怯えるベルナール様の様子に、後悔が滲むも止められなかった。
だが本音を漏らした次の瞬間、その顔に歓喜の朱が差したのが分かり、苛つきから荒れていた精神が凪いでいくのが分かった。

恋仲でもなければ、パートナーでもない。
自分勝手に恋をして、愛して、支配しようとする男の言葉に可愛らしい反応を見せる姿に、喜びと戸惑いが同時に押し寄せた。

(こんなに無防備で、今まで何事も無かったんだろうか)

Sub性なのだろうか、という疑念は、告白の時に決定的なものになった。
だが年齢よりもずっと幼く、うぶな反応は、これまでどうやって過ごしてきたのか心配になってしまうほどだった。

(まぁ、それは追々確認しよう)

互いに口を噤み、流れた沈黙に、ここからどう動くべきか思考を巡らす。
未だに睫毛を震わせるベルナール様のかんばせには恥じらいが浮かび、好意を向けられていることは分かったが、告白の返事はもらえなかった。

(……ここは引いてみようかな)

もしもベルナール様が、自分に対する好意を自覚しているのなら、きっと愛らしい反応を見せてくださるだろう。
追いかけてばかりだからいけないのだ……そう考え、握っていた手を解いた。

「先日お伝えしたことは、忘れて下さい。……本当に、申し訳ございませんでした。
「ッ……!!」

確信を抱き、わざと突き放すような言葉を選べば、案の定、柘榴石のような瞳が水気を帯びた。
「やだ」という声が今にも聞こえそうな表情は、ほとんど泣いていて、こんな時だというのに快楽の波が湧き上がり、笑ってしまいそうになる頬を隠す為に顔を背けた。

(ああ、ダメだな)

可愛くて、可愛くて、可愛くて、愛しているからこそ大事にしたいのに、苛めて泣かせて、己の態度や言葉一つに一喜一憂するだけの生き物にしたい。どこまで行っても強欲な性に、トドメとばかりにベルナール様に背を向けた。

(……僕から逃げるなら、これが最後のチャンスですよ)

心の中で小さく呟きながら、部屋のドアノブに手を伸ばせば、自分から求めるばかりだった大きな手の平が、自身の手首を強く握り締めた。


「す、好き、だ……、私も、メリアくんのことが……好きだ……!」


顔を真っ赤に染め、縋るように告げられた懸命な告白に、ゆるりと瞳が弧を描いたのが分かった。


──やっと捕まえた。


どこまでも純粋で、恋の駆け引きなんてものを知らない可愛い人は、きっとこの後泣き出してしまうのだろう。
仔兎を思わせる潤んだ紅い瞳に見つめられ、甘美な蜜が全身を満たしていくような満足感を味わった。
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