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「ルゥくん、本当に大丈夫だから……」
「いけません。きちんとお休みになっていてください」
生まれて初めての性体験後、初めての強い刺激で得た絶頂に、一瞬だけ意識が飛んだ。
それは本当に短い時間のことで、すぐに意識は戻ったのだが、ルノーがひどく心配し、そのまま彼のベッドで休むことになってしまった。
必死に断ったのだが、「お願いですから、休んでください」と心配顔で言われ、断りきれず、なし崩しのまま彼のベッドに横になったのが今だ。
(ルゥくんのベッド……)
落ち着かない気持ちのまま、布団の中でもぞりと身じろぎする。清潔なシーツからは、石鹸の芳香がほんのりと香るだけだが、ここで毎日ルノーが眠っているのだと思うと、それだけでドキドキした。
「お水を持ってきます。すぐに戻ってきますから、休んでいて下さいね。起き上がってはいけませんよ?」
「うん……」
病人という訳ではないのだが、今は大人しくしておくべきだろう。小さく頷けば、頬に触れるだけの口づけを残し、ルノーは部屋を出て行った。
初めて訪れた恋人の部屋の中、彼のベッドの中で横になったまま一人きりという不思議な体験に、体がふわふわとしてくる。
同時にじわりと込み上げた羞恥に、隠れるように布団の中に潜り込むと、ドキドキと鳴る胸を押さえた。
(……あんなことになるのか)
初めて受けたDomからの『躾』。そのたった一回で、胸で絶頂する悦びを覚えてしまった。
今まで最低限の性処理しかしてこなかったせいか、性的な刺激に弱いのだろうことは分かる。だからと言って、いきなり胸で気持ち良くなれるだなんて、有り得るのだろうか?
信じられない自身の体の変化に戸惑うばかりだが……決して嫌だとは思わなかった。
恥ずかしいし、すぐにいっぱいいっぱいになってしまうが、ルノーに求められているのだと思うと嬉しくて、甘い幸福感が胸を満たした。
(ルゥくんも、男の子なんだな……)
いつも穏やかで、実年齢よりも落ち着いた振る舞いをするルノーだが、先ほど見せた雄の顔は欲に飢えた獣のようで、思い出すだけでゾクリとした。
「っ……」
性に関しては淡白な方だと思う。それなのに、今さっき彼と触れ合ったばかりなのに、体は彼を求めて疼いた。
(……早く、戻ってこないかな)
彼のベッドの中、離れた温もりを追い求めるように布団に包まっていると、カチャリと扉が開く音がした。
「!」
「ただいま戻りました」
ルノーの声に反射的に上体を起こせば、目が合った彼がクスリと笑った。
「寂しかったですか?」
「あゎ……」
「ふふ、いいんですよ。さぁ、休まれる前に少しだけお水を飲みましょう」
「……うん」
何も言わなくても、ルノーにはバレている。見透かされている気恥ずかしさに耐えつつ、グラスに入った水を受け取ると、コクリと一口飲み込んだ。
ほどよく冷えたそれは心地良く、火照った体にひんやりとした水が染み渡る感覚に、ほぅっと息を吐く。
「もうよろしいんですか?」
「うん。ありがとう」
「ではグラスはこちらに……さぁ、横になってください」
「……ん」
「お帰りの時間になったら起こしますから、眠っても大丈夫ですよ」
「……」
時刻はまだ夕暮れ時だ。それなのに、帰る時間まで眠ってしまったら、彼と過ごす時間が減ってしまう。
自然と湧いた考えと寂しさから口を噤めば、傍らの椅子に腰掛けたルノーが首を傾げた。
「ベル?」
「……せっかく、一緒にいるのに……」
眠ってしまうのは寂しいし、彼と過ごす時間が減ってしまって嫌だ。そんな気持ちを含んでポツリと呟けば、ルノーが僅かに瞳を見開いた後、ゆっくりと笑みを深めた。
「僕はずっとお側にいますよ。それに、これからもいっぱいデートはできますし、一緒にいる時間もいっぱい作れます。今日だけで終わりじゃありませんから、そんなに寂しそうなお顔をしないでください」
今日だけじゃない……その言葉に、寂しさが嘘のように消えていく。なにより、ルノーの口から『デート』という単語が聞けたことで、喜びの感情がほわりと胸に広がった。
「……うん」
「今日も、ちゃんとデートでしたからね?」
「え?」
「最初のお店で、ケーキを食べながら落ち込んでいらっしゃったでしょう?」
「!?」
勉強会だと思い、悄気ていたことがバレていた。
途端に込み上げた羞恥に、堪らず布団の中に隠れる。先ほどの件といい、何もかもルノーに見抜かれていることに動揺している間に、椅子から立ち上がった彼がベッドの脇に腰を下ろし、同時に顔を隠す布団を剥ぎ取られた。
「うぁ……っ」
「ベルは本当にお可愛らしいですね」
「うぐ……」
顔を隠していた布団を除けられ、そのまま強く片手を握られる。まるで悪さをする手の動きを封じるようなルノーの手は温かくて、恥ずかしいのに安心感が滲んだ。
「ごめんなさい。せっかくのデートなのに、不安にさせてしまいましたね」
「えっ!? ち、ちが……」
「もっとベルに楽しんでもらえるように、次は頑張りますから──」
「ち、違う! ルゥくん、違うよ! 今日も、とても楽しかったよ……!」
ホッとしたのも束の間、ルノーのとんでもない謝罪にギョッとする。
慌てて体を起こそうとするも、それをやんわり止められ、恐怖にも似た感情が出口を求めて彷徨った。
彼に誤解されたままなのが嫌で、苦しくて、繋がった手を両手で握り締めると、傍らに腰を下ろす彼に縋るように身を寄せた。
「すまない、違うんだ! その……デ、デートというものが、よく分からなくて……、その……色々、遊びに、出掛けるものだと、勝手に思っていて……!」
今日も共に食事をとり、ルノーの店に行ったので、出掛けてはいるのだ。勿論楽しかったし、嬉しかった。
ただ勝手に『デート』というものは、色んな場所へ二人で出掛けて、普段できないことをするものだと漠然と思っていたせいで、今日の行動を『デート』だと思っていいのか、自信が持てなかったのだ。
「ルゥくんと一緒にいられるだけで、嬉しいし、楽しいから……っ、だから……!」
「ベル、大丈夫ですから落ち着いてください。そんなに泣きそうなお顔をしないで……それより、ベルは外にお出掛けしても大丈夫なんですか?」
「え……?」
「僕達の関係は、皆にはまだ内緒です。なにより、僕がDomだと知ってる者はそれなりにいます。共に過ごすことで、ベルがSubだと周囲に知られる可能性が高くなってしまいますが……」
そう言われ、ハッとする。ルノーと恋人になり、パートナーになったことは、周囲にはまだ秘密だ。
まして自分は、これまで他人との交友が希薄で、特定の誰かと出掛けた経験さえなかった。メルヴィルとたまに食事をするのが唯一と言っていい。
そんな中、ルノーと二人きりで行動していれば、恐らくそれだけで悪目立ちするし、彼に対する態度から、『そういう関係』だとバレる可能性は高かった。そしてその延長線上で、もしかしたら……
(Subだと、バレるかもしれない……)
有り得ない話ではない。ルノーもそれを危惧して、なるべく人目につかないようにと配慮して行動してくれていたのだろう。
(……でも)
不思議と、周囲にSubだとバレることに対する忌避感は薄れていた。
ルノーというDomに受け入れてもらえたことで、Subとしての本能と自覚が芽生えたからか、もしくは母の呪縛から解放されたからか……心境の変化の根源は、自分自身にも分からなかったが、これまでのように「皆に知られたらどうしよう」「落胆されたらどうしよう」といった不安や恐怖は消えていた。
(……Subとしての自分を、愛してもらえたから?)
思い当たるのは、ルノーから与えられる深く熱い情だ。
これまでとて、父と弟から目一杯愛されてきた。決して二人の愛情を疑っていた訳ではないし、満たされていたはず。
それでも拭えなかった恐怖や不安──そこで初めて、肉親の情ではない愛情に飢えていたのだと気づき、罪悪感のようなものが込み上げた。
(……父上とマルクに、もう大丈夫だよって、早く伝えたいな)
いっぱい愛してもらった。心配してもらった。
だからこそ、『もう私は大丈夫』と、二人に安心してもらいたいと改めて強く思った。
例え自分の第二性がSubだとバレたところで、侯爵家に不利益が生じることはない。跡継ぎ問題も円満に解決済みだ。
自分自身に対する陰口は多少生まれるかもしれないが、どう言われようと、もう平気だ。
──仮にこの先、ルノーと別れることになったとしても、きっと大丈夫だ。
(愛してもらえた思い出があるだけで、充分だ)
家族からの愛情と、ルノーからの愛情。
その記憶と思い出さえ残っていれば、他の誰になんと言われようと、きっともう傷つくことはない。
「ベル?」
「……大丈夫だ。Subだと皆に知られても、もう平気だよ」
深く沁み入るような思いに、瞳を伏せたまま黙り込んでしまっていた。
ゆっくりと息を吸い込み、不思議そうに顔を覗き込むルノーを見上げれば、彼が僅かに瞳を揺らした後、ゆっくりと微笑んでくれた。
「ベルが辛い思いをしないのなら、それがなによりです。でも、暫くはお外デートは控えましょう? 色々お出掛けするのは、皆に僕らの仲を知ってもらってから、堂々とデートがしたいです」
「……うん、そうだね」
「それまでは、うちの屋敷でデートしましょう。二人きりでしかできないことを、いっぱいしましょうね」
「っ……」
低く掠れたルノーの声に、カァッと頬が熱くなる。流石にその言葉に込められた意味に気づけないほど初ではない。
「そ、その……」
「はい」
「お、お手柔らかに、お願いしたい……」
「ええ、仰せのままに」
羞恥を混ぜて答えれば、ルノーが楽しげに瞳を細めた。いつもの雰囲気の彼にホッとしながら、握った手に頬を寄せると、ルノーの笑うような吐息が上から落ちてきた。
「セーフワードも、きちんと決めましょうね」
「……うん」
「セーフワードを言う練習もしますからね」
「……ぅん」
彼の言葉一つ一つに頷きながら、手の平から伝わる温もりに身を委ねれば、次第に体がぽかぽかと温かくなってくる。
ルノーの声と香り、体温が少しずつ体に浸透していく感覚にホッとしながら布団に包まれば、言葉にし難いほどの安心感が全身を満たした。
ポツリ、ポツリと会話を交わす最中、ルノーがゆっくりと頭を撫でてくれた。
泣きたくなるほど懐かしいその感触は、少しだけ気恥ずかしくて、でも気持ち良くて、年甲斐もなく『もっと』と願ってしまうほど愛おしかった。
「愛しています。僕のベル」
ゆるりゆるりと眠りの底に誘われていく端で、ルノーの声がぼんやりと脳に響く。
揺蕩うような意識は、それが夢か現実なのか分からないまま、幸福を噛み締めるように、ゆっくりと途切れた。
「いけません。きちんとお休みになっていてください」
生まれて初めての性体験後、初めての強い刺激で得た絶頂に、一瞬だけ意識が飛んだ。
それは本当に短い時間のことで、すぐに意識は戻ったのだが、ルノーがひどく心配し、そのまま彼のベッドで休むことになってしまった。
必死に断ったのだが、「お願いですから、休んでください」と心配顔で言われ、断りきれず、なし崩しのまま彼のベッドに横になったのが今だ。
(ルゥくんのベッド……)
落ち着かない気持ちのまま、布団の中でもぞりと身じろぎする。清潔なシーツからは、石鹸の芳香がほんのりと香るだけだが、ここで毎日ルノーが眠っているのだと思うと、それだけでドキドキした。
「お水を持ってきます。すぐに戻ってきますから、休んでいて下さいね。起き上がってはいけませんよ?」
「うん……」
病人という訳ではないのだが、今は大人しくしておくべきだろう。小さく頷けば、頬に触れるだけの口づけを残し、ルノーは部屋を出て行った。
初めて訪れた恋人の部屋の中、彼のベッドの中で横になったまま一人きりという不思議な体験に、体がふわふわとしてくる。
同時にじわりと込み上げた羞恥に、隠れるように布団の中に潜り込むと、ドキドキと鳴る胸を押さえた。
(……あんなことになるのか)
初めて受けたDomからの『躾』。そのたった一回で、胸で絶頂する悦びを覚えてしまった。
今まで最低限の性処理しかしてこなかったせいか、性的な刺激に弱いのだろうことは分かる。だからと言って、いきなり胸で気持ち良くなれるだなんて、有り得るのだろうか?
信じられない自身の体の変化に戸惑うばかりだが……決して嫌だとは思わなかった。
恥ずかしいし、すぐにいっぱいいっぱいになってしまうが、ルノーに求められているのだと思うと嬉しくて、甘い幸福感が胸を満たした。
(ルゥくんも、男の子なんだな……)
いつも穏やかで、実年齢よりも落ち着いた振る舞いをするルノーだが、先ほど見せた雄の顔は欲に飢えた獣のようで、思い出すだけでゾクリとした。
「っ……」
性に関しては淡白な方だと思う。それなのに、今さっき彼と触れ合ったばかりなのに、体は彼を求めて疼いた。
(……早く、戻ってこないかな)
彼のベッドの中、離れた温もりを追い求めるように布団に包まっていると、カチャリと扉が開く音がした。
「!」
「ただいま戻りました」
ルノーの声に反射的に上体を起こせば、目が合った彼がクスリと笑った。
「寂しかったですか?」
「あゎ……」
「ふふ、いいんですよ。さぁ、休まれる前に少しだけお水を飲みましょう」
「……うん」
何も言わなくても、ルノーにはバレている。見透かされている気恥ずかしさに耐えつつ、グラスに入った水を受け取ると、コクリと一口飲み込んだ。
ほどよく冷えたそれは心地良く、火照った体にひんやりとした水が染み渡る感覚に、ほぅっと息を吐く。
「もうよろしいんですか?」
「うん。ありがとう」
「ではグラスはこちらに……さぁ、横になってください」
「……ん」
「お帰りの時間になったら起こしますから、眠っても大丈夫ですよ」
「……」
時刻はまだ夕暮れ時だ。それなのに、帰る時間まで眠ってしまったら、彼と過ごす時間が減ってしまう。
自然と湧いた考えと寂しさから口を噤めば、傍らの椅子に腰掛けたルノーが首を傾げた。
「ベル?」
「……せっかく、一緒にいるのに……」
眠ってしまうのは寂しいし、彼と過ごす時間が減ってしまって嫌だ。そんな気持ちを含んでポツリと呟けば、ルノーが僅かに瞳を見開いた後、ゆっくりと笑みを深めた。
「僕はずっとお側にいますよ。それに、これからもいっぱいデートはできますし、一緒にいる時間もいっぱい作れます。今日だけで終わりじゃありませんから、そんなに寂しそうなお顔をしないでください」
今日だけじゃない……その言葉に、寂しさが嘘のように消えていく。なにより、ルノーの口から『デート』という単語が聞けたことで、喜びの感情がほわりと胸に広がった。
「……うん」
「今日も、ちゃんとデートでしたからね?」
「え?」
「最初のお店で、ケーキを食べながら落ち込んでいらっしゃったでしょう?」
「!?」
勉強会だと思い、悄気ていたことがバレていた。
途端に込み上げた羞恥に、堪らず布団の中に隠れる。先ほどの件といい、何もかもルノーに見抜かれていることに動揺している間に、椅子から立ち上がった彼がベッドの脇に腰を下ろし、同時に顔を隠す布団を剥ぎ取られた。
「うぁ……っ」
「ベルは本当にお可愛らしいですね」
「うぐ……」
顔を隠していた布団を除けられ、そのまま強く片手を握られる。まるで悪さをする手の動きを封じるようなルノーの手は温かくて、恥ずかしいのに安心感が滲んだ。
「ごめんなさい。せっかくのデートなのに、不安にさせてしまいましたね」
「えっ!? ち、ちが……」
「もっとベルに楽しんでもらえるように、次は頑張りますから──」
「ち、違う! ルゥくん、違うよ! 今日も、とても楽しかったよ……!」
ホッとしたのも束の間、ルノーのとんでもない謝罪にギョッとする。
慌てて体を起こそうとするも、それをやんわり止められ、恐怖にも似た感情が出口を求めて彷徨った。
彼に誤解されたままなのが嫌で、苦しくて、繋がった手を両手で握り締めると、傍らに腰を下ろす彼に縋るように身を寄せた。
「すまない、違うんだ! その……デ、デートというものが、よく分からなくて……、その……色々、遊びに、出掛けるものだと、勝手に思っていて……!」
今日も共に食事をとり、ルノーの店に行ったので、出掛けてはいるのだ。勿論楽しかったし、嬉しかった。
ただ勝手に『デート』というものは、色んな場所へ二人で出掛けて、普段できないことをするものだと漠然と思っていたせいで、今日の行動を『デート』だと思っていいのか、自信が持てなかったのだ。
「ルゥくんと一緒にいられるだけで、嬉しいし、楽しいから……っ、だから……!」
「ベル、大丈夫ですから落ち着いてください。そんなに泣きそうなお顔をしないで……それより、ベルは外にお出掛けしても大丈夫なんですか?」
「え……?」
「僕達の関係は、皆にはまだ内緒です。なにより、僕がDomだと知ってる者はそれなりにいます。共に過ごすことで、ベルがSubだと周囲に知られる可能性が高くなってしまいますが……」
そう言われ、ハッとする。ルノーと恋人になり、パートナーになったことは、周囲にはまだ秘密だ。
まして自分は、これまで他人との交友が希薄で、特定の誰かと出掛けた経験さえなかった。メルヴィルとたまに食事をするのが唯一と言っていい。
そんな中、ルノーと二人きりで行動していれば、恐らくそれだけで悪目立ちするし、彼に対する態度から、『そういう関係』だとバレる可能性は高かった。そしてその延長線上で、もしかしたら……
(Subだと、バレるかもしれない……)
有り得ない話ではない。ルノーもそれを危惧して、なるべく人目につかないようにと配慮して行動してくれていたのだろう。
(……でも)
不思議と、周囲にSubだとバレることに対する忌避感は薄れていた。
ルノーというDomに受け入れてもらえたことで、Subとしての本能と自覚が芽生えたからか、もしくは母の呪縛から解放されたからか……心境の変化の根源は、自分自身にも分からなかったが、これまでのように「皆に知られたらどうしよう」「落胆されたらどうしよう」といった不安や恐怖は消えていた。
(……Subとしての自分を、愛してもらえたから?)
思い当たるのは、ルノーから与えられる深く熱い情だ。
これまでとて、父と弟から目一杯愛されてきた。決して二人の愛情を疑っていた訳ではないし、満たされていたはず。
それでも拭えなかった恐怖や不安──そこで初めて、肉親の情ではない愛情に飢えていたのだと気づき、罪悪感のようなものが込み上げた。
(……父上とマルクに、もう大丈夫だよって、早く伝えたいな)
いっぱい愛してもらった。心配してもらった。
だからこそ、『もう私は大丈夫』と、二人に安心してもらいたいと改めて強く思った。
例え自分の第二性がSubだとバレたところで、侯爵家に不利益が生じることはない。跡継ぎ問題も円満に解決済みだ。
自分自身に対する陰口は多少生まれるかもしれないが、どう言われようと、もう平気だ。
──仮にこの先、ルノーと別れることになったとしても、きっと大丈夫だ。
(愛してもらえた思い出があるだけで、充分だ)
家族からの愛情と、ルノーからの愛情。
その記憶と思い出さえ残っていれば、他の誰になんと言われようと、きっともう傷つくことはない。
「ベル?」
「……大丈夫だ。Subだと皆に知られても、もう平気だよ」
深く沁み入るような思いに、瞳を伏せたまま黙り込んでしまっていた。
ゆっくりと息を吸い込み、不思議そうに顔を覗き込むルノーを見上げれば、彼が僅かに瞳を揺らした後、ゆっくりと微笑んでくれた。
「ベルが辛い思いをしないのなら、それがなによりです。でも、暫くはお外デートは控えましょう? 色々お出掛けするのは、皆に僕らの仲を知ってもらってから、堂々とデートがしたいです」
「……うん、そうだね」
「それまでは、うちの屋敷でデートしましょう。二人きりでしかできないことを、いっぱいしましょうね」
「っ……」
低く掠れたルノーの声に、カァッと頬が熱くなる。流石にその言葉に込められた意味に気づけないほど初ではない。
「そ、その……」
「はい」
「お、お手柔らかに、お願いしたい……」
「ええ、仰せのままに」
羞恥を混ぜて答えれば、ルノーが楽しげに瞳を細めた。いつもの雰囲気の彼にホッとしながら、握った手に頬を寄せると、ルノーの笑うような吐息が上から落ちてきた。
「セーフワードも、きちんと決めましょうね」
「……うん」
「セーフワードを言う練習もしますからね」
「……ぅん」
彼の言葉一つ一つに頷きながら、手の平から伝わる温もりに身を委ねれば、次第に体がぽかぽかと温かくなってくる。
ルノーの声と香り、体温が少しずつ体に浸透していく感覚にホッとしながら布団に包まれば、言葉にし難いほどの安心感が全身を満たした。
ポツリ、ポツリと会話を交わす最中、ルノーがゆっくりと頭を撫でてくれた。
泣きたくなるほど懐かしいその感触は、少しだけ気恥ずかしくて、でも気持ち良くて、年甲斐もなく『もっと』と願ってしまうほど愛おしかった。
「愛しています。僕のベル」
ゆるりゆるりと眠りの底に誘われていく端で、ルノーの声がぼんやりと脳に響く。
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