Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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「随分と調子が良さそうだな」


ある日の昼下がり、オードリックに誘われ、昼食を共にすることになった。彼の執務室の隣、半私室となっている個室で雑談をしながら食べ進め、食後の珈琲で食休みをしている最中、唐突にそう言われた。

(……なんか、少し前にも、誰かに似たようなことを言われたような?)

朧げな記憶を脳裏に浮かべながら、パチリと目を瞬く。

「はぁ……そう、でしょうか?」
「なんだ、自覚がないのか?」
「いえ、自覚はありますが……」

続く会話すらいつかとまったく一緒で、同じ現実を繰り返しているようなおかしな感覚になる。
この次は、どんなことを言われただろうか……そんなことを考えていると、向かいの席に座るオードリックがわざとらしく溜め息を吐いた。

「お前なぁ、相談したなら、せめて報告くらいしろよ」
「報告、ですか?」

心当たりがない『報告』に、僅かに首を傾げる。いや、その前に相談とはなんのことだろうか?
何か業務に関することで、相談事などしていただろうか、と思考を巡らせていると、トントン、と指先でテーブルを叩く音が聞こえた。

「『恋とはどんなものでしょうか?』」
「あっ……」

瞬間、ある日の記憶を思い出し、ピッと背筋が伸びた。

「あ、えっと、その……」
「ああ、いい、いい。言わんでも、恋人と上手く言ってることは分かってる」
「う……」

パタパタと手を振りながらティーカップに口を付けるオードリックに、恥ずかしいやら申し訳ないやらで言葉に詰まる。
あの後から今日に至るまで、正直、彼に相談したことなどすっかり忘れていた。言い訳にしかならないが、頭の中がルノーのことでいっぱいだったのだ。
初めての告白、初めてのキス、初めてのデート、初めての性行為……初めてSubとしてDomに求められ、多くのものを与えられ、多幸感で胸も頭もいっぱいで、それ以前の悩みや不安は全て掻き消されてしまっていた。
本当に言い訳にしかならない現状と己の薄情さに「ぐぅ」と唸りつつ、浅く頭を下げた。

「……その節は、ご迷惑をお掛け致しました。ご報告が遅れ、申し訳ございません」
「おい、本気で謝るなよ。茶化しただけだ」
「ですが、話しを聞いていただいたのですから、きちんと報告はすべきだったかと……」
「いちいち真面目だな、お前は。交際宣言なんぞ、わざわざ報告するもんじゃないぞ」
「しかし……」
「まぁ、友人として、惚気話しくらいは聞かせてもらおうか」
「! ……ありがとうございます。聞いていただけたら嬉しいです」

未だ罪悪感が残る中、揶揄うような口ぶりのオードリックにふっと気持ちが軽くなる。カラリとした性格の彼のことだ。本当に茶化されただけなのかも……と思い、その言葉を素直に受け止めた。

「ところで、その……なぜ、私に……こ、恋人、が、いると、ご存じなんですか?」

生まれて初めて『恋人』について語ろうとしている今に、途端に恥ずかしさが顔を出すが、それをなんとか押し込め、オードリックに尋ねる。

「なぜってお前、お前を見てれば分かるだろ」
「? 何が分かるのでしょう?」

自分を見て、一体何が分かるのか。よく分からない返答に首を傾げれば、なぜか胡乱な目を向けられてしまった。

「ベル……お前はもうちっと、自分を客観視できるようになった方がいいぞ」
「それなりに出来ていると思うのですが……」
「その自信はどこから来てるんだ。……あのな、急に服装も変わって、雰囲気も変わって、側から見てても分かるくらい幸せですってオーラを振り撒いてるヤツなんて、色恋が充実してますって公言してるようなもんだぞ」
「あぇっ!?」

まさかの指摘におかしな声が出る。慌てて口元を抑えるも、驚いた心臓は未だにドキドキしていた。

「そ、そんな……陛下だから、気づかれたのでは……」
「俺が気づいてるんだから、他のヤツらだって気づくだろう」
「うぐ」

キッパリと言い切られ、言葉が出てこない。

「う、浮ついているつもりは、ないのですが……」
「別に浮ついてはいないんじゃないか? ただ、顔色も良くなったし、表情も変わったし、なんつーかこう『私は今幸せです』って感情が漏れ出てんだよ」
「さ、左様で……」

事実その通りのことを言われ、なんと返答すればいいのか分からない。
オードリックの言葉を信じるなら、周囲にもバレているらしいが、どうにも羞恥心が先に立つ。いや、誰かと交際すること自体は、何もおかしいことではない。むしろ、今までのことを考えれば、推奨されるべきことだろう。
それでも、生まれて初めての色恋沙汰に、そわそわと落ち着かない気持ちになった。

(……これで、ルゥくんと付き合っていることがバレたら、どうなってしまうんだろう)

同じ王城勤め、かつ同じ部署にいるのだ。皆にどんな顔をされるか、どんな目を向けられるか……考え出すとまだ不安で、でも少しだけ期待してしまって、恥ずかしさを飲み込むようにティーカップに口を付けた。

「それで? メリア家の長男とはどこまで話しが進んだんだ?」
「んぐっ!? ゲホッ、ゴホッ、な゛、なん……っ、ゲホッ!?」

よもやの発言に、思いきり咽せた。
なぜルノーと付き合っていることが知られているのか。予想外どころではない驚愕の事態に、咳き込んで痛む喉を押さえたまま、混乱する頭でオードリックを見つめれば、またもや呆れたような顔をされてしまった。

「お前は本当に……いや、まぁ、初めてだもんな。分からんか」
「ゲホッ、けほっ……そ、それは、どういう、ことでしょう……っ?」

ようやく落ち着き始めた咳を抑え、滲む視界でオードリックを見遣れば、「やれやれ」と言いたげな声が返ってきた。

「メリアがお前に懐いていたのは知ってる。そこに恋慕の情があったことも薄々気づいてた。お前もメリアを可愛がってたし、なんとなくこのままくっつくんじゃなかろうかとは思ってたんだが、お前の服装が変わった頃から、メリアの服装も変わった。お前と揃いのデザインの服ばかりにな」
「!?」
「そんなに驚くなよ。色味も刺繍のデザインも同じなんだ、見てりゃ揃いで拵えた服かどうかくらい分かるだろ」
「そ、そう……かも、しれませんが……」
「揃いの服を身につけるなんて、恋人か婚約者くらいだ。それが毎日ってなりゃ確定だ。メリアはあからさまにお前に近づくヤツを牽制してるし、お前は今まで以上にメリアにべったりだし、なんつーかこう、お互い大好きですオーラがすげ──」
「もう結構です!!」

淡々と語られる内容に、羞恥心でどうにかなりそうになる。

(そんなに分かりやすかったのか……!?)

ルノーと恋人になったことは隠しているつもりだったし、態度を変えているつもりもなかった。
服装についてだって、確かに揃いの服ではあったが、バレるものではないと思っていた。
ルノーから服を贈られて一週間ほど経った頃、彼とお揃いの服を着ていることには気づいた。だが毎日示し合わせて同じ服を着ている訳ではないし、なにより形が違うので誰も気づかないと思っていたのだ。

同じ色のベストと上着、糸の色が違う同じデザインの刺繍、揃いのボタンだがシャツの形が異なる等々、まったく同じ形のものは一つもなかった。常にバラバラの組み合わせなので、周囲に気づかれることはない、二人だけの秘密だと思っていたのだが……どうやらバレバレだったらしい。
その上で、『メリアにべったり』とまで言われ、まったくもって何も隠せていないことに、恥ずかしすぎて泣きたくなってくる。

「うぅ……」
「まぁ、ベルは恋愛初心者だからな。色々と分からんでも仕方ないだろう。メリアはメリアでなぁ、あれはなんというか……裏で暗躍するタイプだよな」
「……暗躍?」

ルノーのイメージとかけ離れた単語に疑問符を浮かべれば、オードリックが軽く手を振った。

「その辺はメリアに聞け。で、どうなんだ? どこまで話しが進んでるんだ?」
「ど、どこまで、とは……」
「婚約するにも、お互いの家で話し合わんといけないだろう?」
「こっ……!?」
「お前はいちいち驚くな」
「す、すみません……ですが、その……婚約、するかは……」
「なんだ? そういう付き合いじゃないのか?」
「い、いえっ! その……そうであれば、とは思っていますが……」

オードリックが当たり前のように『婚約』と言い出したことに、少しばかり驚いた。
家格の違いや、年齢差、互いの家族の同意等、悩みは尽きない。その上で、ルノーのことが好きだからこそ、自分が彼の生涯のパートナーになっていいのかという不安もまだ残る中、オードリックが当然のように結婚を前提とした付き合いだと思ってくれていることに、むず痒い気持ちになる。
これまでの自分の人生や、複雑な心情を知っている友人だからこそ、ルノーとの交際を認めてくれていることが嬉しかった。

「……まだ、どうなるか分かりませんが、本当に有り難いお付き合いをさせていただいております」
「……そうか。ま、お前の考えはどうあれ、良い付き合いをしているならなによりだ」
「ありがとうございます」
「お前が悩んでることも、メリアがどうにかするだろうしな」
「? それは、どういう……」
「メリアに聞け」

先ほどから回答をはぐらかされている気がすることに、薄く眉を寄せるが、相手は気にした風もなく話しを続けた。

「なぁ、メリアはDomだろう?」
「っ……と、……はい」

突然ダイナミクス性の話題に触れ、ビクリと体が揺れてしまったが、オードリックは平常だ。なぜルノーのダイナミクス性を知っているのか……いや、気づいたのだろうか?
どちらにせよ、他者の性別について口外することは褒められた行為ではないが、確信をもって発言している相手に隠し事をするのも躊躇われ、素直に肯定した。

「そうだよな~あぁ~、お前に息子の剣の指導をしてもらおうと思ってたんだがな~」
「……殿下の剣の指導、ですか?」

話しがまったく違う方向に行ったことに首を捻る。
なぜルノーのダイナミクス性の話から、殿下の剣の指導の話になるのか。繋がりが見えず、同じ言葉を復唱してしまった。

「剣の指導であれば、リオネルが行えばいいのでは?」
「アイツは護衛騎士だろう。稽古をつける者とは役目が違う」
「そういうものですか……であれば、私でよければ、殿下の稽古相手になりますよ?」
「いや、それは無理だ」
「……無理、ですか?」

自分がいいと言っているのに?
不思議な会話に、先ほどから傾げっぱなしの首を反対側に傾ける。

「メリアが嫌がるだろうからな」
「ル、メリアくんが、嫌がる、ですか? なぜでしょう?」

剣の稽古というと、怪我をする心配をされるかもしれないが、相手は十歳になられたばかりの殿下だ。手にするのも木刀で、怪我をするような危険な物ではない。
そこまで嫌がられるようなことはないと思うのだが……と思考を巡らせていると、深い溜め息と共に、ジトリとした視線が飛んできた。

「……ベル、お前はもう少し、Domがどういう生き物か、知っておいたほうがいい」


でないと痛い目を見るぞ──そう続いた言葉の意味を、この時はこれっぽっちも理解していなかった。










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本当に本当に本当にお久しぶりです東雲です…!!!
大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ございません!!本日より更新再開致します!!
久々投稿すぎて、緊張なのかなんなのか編集してる指先が震えて仕方なかったですが、なんとか投稿できました…!

これから完結まで、今暫く、二人の物語にお付き合い頂けましたら幸いです!(*´◒`*)
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