Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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(さっきの陛下の発言は、どういう意味だったんだろう?)

昼食を終え、オードリックの部屋を後にすると、長い廊下を悶々としながら歩いた。
あの後、結局オードリックは発言の意味を教えてくれず、すべて「メリアに聞け」で済まされてしまった。

(ルゥくんに聞けって、どうやって聞けばいいんだ?)

言われたことをそのまま質問すればいいのだろうか?
確かに、DomとSubの繋がり方についても博識なルノーならば、なんでも答えてくれそうだが……と考えながら、頭の中では数週間前の出来事を思い返していた。



約三週間前、ルノーの家で一夜を過ごし、初めて朝帰りをしてしまった。
翌朝、メリア家の馬車で送られ、登城する前に屋敷に寄れば、家令が玄関ホールで待っていた。
正直、何を言われるのだろうとビクビクしながら帰ったのだが、彼は顔を顰めるでも小言を言うでもなく、真剣な表情で口を開いた。


『旦那様のお付き合いに口を挟むつもりはありません。ですが、今のお付き合いがベルナール様の望まれたものなのか否か、それだけはお教え願えますでしょうか』


真っ直ぐこちらを見据える瞳は真摯で、彼が純粋に自分の身を案じてくれているのだということがすぐに分かった。
彼はきっとルノーがDomであり、自分達が付き合っていることに気づいている。その上で、Domの一方的な要求で、Subである自分が苦しんでいないかと心配してくれていたのだろう。
そのことに気づいた瞬間、言葉にし難い感情が込み上げた。

長く侯爵家に仕えている彼は、自分がSubと診断された日から崩れてしまった両親の関係を知っている。母の暴走も、父の疲弊も、壊れた親子関係も、全部知っている。
知っていて尚、元凶であった自分を責めることも、不平や不満を言うこともなく、代替わりをした今もずっと仕えてくれている。思えば、母に殴られ、倒れ込んだあの日、真っ先に騒ぎに気づいて駆けつけてくれたのも彼だった。
今も昔も変わらず、この身を案じてくれる誰かが側にいてくれる……その有り難さに、自然と頬が緩んだ。

『……心配してくれて、ありがとう。大丈夫、私が望んで、彼とお付き合いをしているよ』

彼にこれ以上心配させない様、不安にさせない様、きちんと目を見て答えれば、それまでの真剣な表情を和らげ、笑んでくれた。

思いがけない形でルノーとの交際を家の者に明かしてしまったが、家令の彼も、後から事情を伝えた侍女長も、快くルノーとの交際を受け入れてくれた。
「大旦那様にも一度お帰りいただき、ご報告をされたほうがよろしいのでは……」とまで言われてしまったが、父も二ヶ月後には帰ってくる予定だ。わざわざ帰りを急かさなくていい、とやんわりと申し出は断った。
年頃の令嬢に恋人ができたかのような反応に恥ずかしくなるが、年嵩の彼らにルノーとの交際を応援してもらえることは嬉しく、安心感と安堵から妙に擽ったい気持ちになった。
その後は突然の外泊にならないように等、デートの仕方についてルノーとよくよく話し合うように、と本当に年頃の令嬢のような注意を受けてしまったが、それも案じる気持ちからくる言葉と思えば嬉しかった。


そんなことがありながらも、その日もいつもと同じ時間に登城し、いつもと同じように業務をこなした。当然、ルノーも同じ空間にいたが、お互い昨夜の睦事や朝帰りのことなどおくびにも出さず、普段通りに振る舞った。
そうして一日が終わった帰り道、「一緒に帰ろう」とルノーを誘い、侯爵家の馬車に共に乗り込むと、その中で朝の出来事について報告した。
家人にルノーとの交際が知られてしまったこと、その上で交際を認めてくれたこと、けれど急な外泊がないようにと注意されてしまったことを一挙に伝えれば、クスリと笑う声と共にルノーに腰を抱かれた。

『その報告がしたくて、朝からずっとソワソワしてらっしゃったんですね』

どうやら、無意識の内に浮かれていたことを見抜かれていたらしい。
そのことに少しばかり恥ずかしくなりながら、家人に交際を認めてもらえたことも、心配してもらえることも嬉しいのだと正直に伝えれば、ルノーも共感と同意の言葉を返してくれた。

『僕も、ベルとのお付き合いのお許しをいただけて嬉しいです。これからはおうちの人を心配させないように、デートの時はきちんとご報告してから、デートをしましょうね』
『うん……!』

そう言って微笑むルノーに、大きく頷いた。
同じ感情を共有できること、自分の気持ちを汲んでくれたこと、そのどちらもが嬉しくて、自ら家人に『お泊まり』報告をする恥ずかしさに気づくのは、後のデートの前日のことだった。



あの日から今日に至るまで、ルノーとは三回デートをした。
内一回は彼を侯爵邸に招いて、お茶と会話だけを楽しみ、他二回はルノーの屋敷に籠り、夜が更けるまで情を交わした。
性器を愛でられ、全身にキスをされ、口腔で交わるように互いの舌を絡め、何度も絶頂と吐精を繰り返した。
性交中のルノーは、『いじめるのが楽しい』と言わんばかりにDomの気質が色濃くなるが、同時にとても優しくて、毎回ドロドロに溶けてしまいそうになるほど愛される。
その度に、「自分はこのDomのものなのだ」という多幸感に包まれ、頭の芯までルノーに犯されているような感覚に陥った。
回数を重ねるごとに性行為の中身は踏み込んだものになり、後孔も弄られるようになった。
正直、恥ずかしくて恥ずかしくて堪らなかったが、ルノーと交わる為の大事な前戯だと思えば羞恥すら愛おしく、彼に命じられるまま、股を開いた。
まだ指を挿入されるだけで本番には至っていないが、一度の前戯で指三本まで入るように調教された肉は、恐らくもう彼自身を受け入れることも可能だろう。
あと何回かデートを重ねたら、きっと──そこまで考え、はたと昼間からいやらしい想像に耽っている自分に気づき、慌てて思考を振り払った。

(本当に、良くない)

頭の中までは誰にも読まれないはずなのに、それでも恥ずかしさから頬が火照る。
ルノーと性行為に及ぶようになってから、どんどん自分がはしたない生き物になっている。それを後ろめたく思うと同時に、ルノーの手で体も思考も丸ごと変えられていく自分を喜ばしくも思うのだ。

(……きっと、ルゥくんに言ったら、嬉しそうな顔をするんだろうな)

躾として命じられている自慰行為も相変わらず禁止のまま、性的なことに関しては一切をルノーの手に委ねている状態だ。
自身で自分の体を慰めることも叶わず、禁欲状態のまま放置され、一度肌を重ねればとことんまで快楽を与えられ、追い詰められる。
その落差故か、ルノーと触れ合えない時間は欲求不満から彼を想い、触れ合ってしまえば「もっと」と欲しくなる。今更ながらに、とんでもないことをされてるのだと気づくも、もう手遅れなことは十二分に理解していた。

肉体的にも精神的にも繋がりが濃くなっていく中、Glareのことやセーフワードを言う練習等、多くのことをルノーから学んだ。
特にGlareについては、自分が知っていたそれとは少し違っていたのが印象的だった。
ルノー曰く、GlareとはDomが不機嫌になったりすることで現れる現象ではあるが、それとは別に、感情が昂ることで発現することもあるのだという。
ルノーは瞳の色素が薄いため、興奮したり、Domとしての性を刺激されたりするとGlareが現れやすいのだそうだ。
「怒っている訳ではなく、ベルの可愛さに興奮しているだけなんです」と告白され、どんな顔をすればいいのか分からず困ったりもした。
今は『Glare』というだけで怯えてしまうし、怖くなってしまうが、どういった感情から発現したGlareか、それが判別できるようになれば、怖くなくなる……らしい。

セーフワードについても、一応言う練習はしたのだ。
ルノーにわざと厳しい躾をしてもらい、「嫌だと感じたらセーフワードを言うように」と言われたのだが、練習だと分かってるせいか逆に言うことができず、ルノーには苦笑されてしまった。
「言っていいことなんですよ」と優しく諭されながら、延々と亀頭を嬲られた時は、気持ち良さと苦しさで訳も分からないまま潮まで吹いて、泣いてぐちゃぐちゃになってもまだ言えなくて、ただルノーに苛められ、甘やかされるだけのプレイになってしまった。

(大事なことだとは、分かってるんだが……)

セーフワードの重要性は理解している。が、気持ち的に難しいのだ。
行為を中断する為の、『やめて』という言葉の代わりになるそれが、ルノー本人を拒絶する言葉のように思えてどうしても言えないのだ。
行為自体が苦しくても、ルノーのすることが嫌な訳じゃない。
気持ち良すぎて怖くなっても、ルノーが怖い訳じゃない。

愛されているからこそ、彼がこの身を求め、欲情してくれるからこそ苛められているのだと分かっている。だからこそ、それを拒絶するようなことをしたくないし、なにより拒絶したが為に、彼に嫌われてしまうのが怖いのだ。

(……矛盾しているな)

徐々に落ち着き始めた思考に、ふっと視線を落とす。
ルノーに愛されすぎて、彼がいなければ駄目になってしまいそうになることを恐れながら、同時にルノーに嫌われ、捨てられたら生きていけないのでは、と恐れる自分がいる。
好きなのに、好きだから、好きだけど……彼への情を自覚するほどに、アレもコレも、全部怖くなってしまう。

(……婚約か)

ふと、オードリックの言葉が脳裏に蘇る。
DomとSubの繋がりとは別に、感情だけではどうにもならない不安もあるのだ。
ルノーに対する不満でも、交際に関する不安でもない。ただ、年齢差のことやメリア家のこと、まだ年若い彼の未来を思うと、どうしても『私でいいのだろうか?』と思ってしまう。

ルノーのことは愛している。愛されている自覚も、彼の想いが本物であるという自信もある。それなのに、どこまでも後ろ向きな思考に、ほとほと呆れてしまう。
そのくせ、別れるようなことになる未来を恐れているのだから、臆病にもほどがある。
愛してる、愛されている、離れたくたい、離れるのが怖い、でも、隣にい続けていいのだろうかと迷う……感情と思考が幾重にも重なり、身動きが取れなくなりそうだった。

(……一度、ちゃんと話したほうがいいのかもしれない)

不安を抱いたまま付き合い続けるのは、ルノーに対しても失礼だろう。
己の情けない過去も全部、受け止めてくれた彼だ。自分だけでは抱えきれない不安も、隠さずきちんと曝け出せばきっと──と、僅かに気持ちが上向き始めた時だ。


「──い、おい! アルマンディン!!」


突如、鼓膜に届いた声に、ハッと顔を上げた。
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