Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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本来、ダイナミクス性をいきなり聞くのはマナー違反だ。だがハッキリしておくためにも必要な質問だと思い、あえて単刀直入に尋ねた。

「ふふ、ベルナールくんは本当に素直ですね」
「いえ、素直という訳では……」
「君の推測通り、私はDomですよ」
「……え?」

直後、あまりにもアッサリと返ってきた返答に、僅かに目を見開いた。

「あ、そう……なのですね……」
「おや、どうして驚くんです?」
「いえ……ちょっと、その……」

そうなのかも、とは思っていたが、まさか本当にDomだとは思っていなかったのだ。
メルヴィルがDomだからどう、ということはない。ただ自分自身がSubであること、幼少期からの付き合いで、これまでの自分を知られていること、その両方の要因から、なんとなく気まずい気持ちになってしまう。
その上で、彼がどんな気持ちでSubという性別を厭う自分を見ていたのかと思うと、なんとも言えない居心地の悪さを感じた。

「……これまで、色々とお気遣いを頂いて、すみませんでした」
「謝られるようなことはしてませんし、言ってませんよ?」
「そう、かもしれませんが……」
「ベルナールくん、自分で自分を責めるのは、君の悪い癖ですよ」
「っ……」

その言葉に、ドキリとする。
ルノーにも指摘された『謝りすぎ』という癖。あれ以降、彼の前では必要以上に謝らないように気をつけているのだが、未だにこの悪癖は治っていないらしい。

「私が自分のダイナミクス性について言わなかったのは、言う必要がないと思ったからです。君のことは子どもの頃から見守ってきましたし、辛い思いをしてきたのも知っています。私の性別を伝えることで、身構えさせたくなかったですし、友人になった今は、それこそどうでもいいことだと思ったんです」
「……」
「そう難しく考えないでください。ダイナミクスなんてものは、男女の性別の違いとさして変わりません。例えば、私が本当は女性だと言ったら、ベルナールくんは友人になれないと思って避けますか?」
「……いいえ」
「私も、ベルナールくんが例え女性だったとしても、今の関係を終わらせようとは思いません。かと言って、子どもの頃から見守ってきた子に対して、恋愛感情も抱いたりしません。せいぜい悪い虫が寄ってこないか、心配する程度です」
「ふ……、なんですかそれは」
「本当ですよ。九歳の時からの付き合いなのですから、親目線にもなるというものです」

そう言って溜め息を吐くメルヴィルに、直前までの緊張が解けていく。
DomやSubといった性別が、今まで築いてきた関係においてはどうでもいいことと言われ、ふっと心が軽くなった。

「……これまで、たくさんご心配頂き、ありがとうございました」
「その様子だと、やはり良い出会いがあったようですね」
「えっと……はい。お陰様で……」

完全に見抜かれていては、誤魔化しようもない。正直に肯定すれば、メルヴィルがニマリと笑った。

「ベルナールくんにも春が来たんですねぇ」
「う、と……」
「まぁ、小耳には挟んでましたけどね。実際、会うまでは半信半疑でしたが、服装や顔色の変化を見るに、良いお相手に巡り会えたみたいで安心しました」
「……は? え、まっ、こ、小耳に挟むとは、どういうことですか?」
「ベルナールくんに恋人でもできたんじゃないかと、ある人から聞いたんですよ。最近は随分と様子が変わったとも聞いていたので、これは真偽のほどを確かめなければ、と思って食事に誘ったんです」

聞き捨てならない単語に思わず聞き返せば、とんでもない返事が返ってきて絶句する。
誰から、と言わないということは、言えないということなのだろうが、間違いなく王城で会う誰かからの情報だろう。
関わりの深いオードリックやフラメルに自身の変化を悟られるのはまだ分かるが、もしや関わりの少ない者から見ても、自身の変化は大きいのだろうか?

(服装は、確かに変わったけど……)

そこでふと、オードリックから言われた言葉を思い出す。

『私は今幸せですって感情が漏れ出てんだよ』

まさか、傍目から見ても浮かれていることが分かるような状態なのだろうか……そんな考えが浮かんだ途端、じわじわと恥ずかしさが込み上げた。

「おや、どうしました?」
「いえ……なんでもないです」

ここで己の恥を正直に答えられるような勇気はない。ごにょごにょと言葉を濁しつつ、チラリとメルヴィルを見遣った。

「えっと……もう一つ、お聞きしたいんですが……」
「はい、どうぞ」
「以前、お会いした時の……その、助言のようなお言葉は、Domとして、という意味だったんですか?」
「ええ、そうです。ですがパートナーになりたいだとか、性的な繋がりを望んだものではありませんよ」
「せっ!?」
「……ベルナールくんは本当にうぶですね」
「あ、ぅ……」
「そんな子にアレコレする訳ないでしょう。どうしようもなくなって、必要に駆られれば相手になりますが、そうでなければ私が手を出したりしませんよ」
「では、どういう意味で……?」
「君に合うDomを紹介しようと思っただけです」
「……紹介、ですか?」

よもやの発言に、言われた言葉を復唱してしまう。

「私を含め、教会の一部の者は、誰がどういう性別か、把握してますからね。他言することはありませんが、色々と悩みや不安を抱えている子のケアも行っているんです。その一環として、相性の良さそうなDomとSubの子を引き合わせる役目も担っているのですよ」

初耳の話しに目を丸くすれば、メルヴィルは軽く肩を竦めた。

「言っておきますが、そんなに大層なことはしてませんよ。大体は相性の良い者同士、自然と惹かれ合いますから、私達の出番はほとんどありません。ですが、中にはダイナミクス性に馴染めず、無理をする子もいますから。君みたいに」
「う……」
「そういう子に、Domであることも、Subであることも、怖いことでもないし、いけないことでもないんですよと教えつつ、相性の良さそうな子同士で会わせるんです。ダイナミクス性に不安を抱えている子は、相手の不安にも共感できますからね。互いに理想のパートナーになれることが多いんです」
「……Domでも、ダイナミクス性を怖がる子がいるんですか?」
「それは勿論ですよ」

至極当然という顔で「勿論」と言うメルヴィルに、胸の内に溜まっていた蟠りのようなものが、ほろほろと崩れていくのが分かった。

(……自分だけじゃ、ないのか)

当然と言えば当然のような当たり前のことを、今更になって理解する。
周囲がダイナミクス性に馴染んでいる者ばかりだったせいか、つい「どうして自分ばかり」と思ってしまっていたが、そうではなかったのだ。

ダイナミクスという限られた者だけが有する性別。
それを受け入れられる者、戸惑う者、嘆く者、拒む者……そういった違いがあって当然で、なにもおかしいことではなかった。
怯えて、戸惑って、嫌がって……その先で、最終的に受け入れられるか否かも人それぞれで──その違いはきっと、自分のことを丸ごと愛し、求めてくれるような誰かに出会えるかどうかの違いなのかもしれない。

(……ルゥくんに出会えたことは、本当に幸運なことだったんだろうな)

でなければ今もずっと、九歳の頃と変わらず、Subという性を恐れて泣いていたかもしれない。
誰かを愛することも、愛されることも怖いと、誰彼構わず遠ざけていたかもしれない。
そんなもしもを思えば、今がどんなに幸せか、よくよく身に染みた。

(そういえば、周りにSubだとバレてもいいと思えたのも、ルゥくんに愛されるようになってからだ)

あの頃にはもう、自然と自分の性別を受け入れていた。
周りにどう思われようと、自分がどれだけ自分を嫌おうと、自分の唯一に愛されているのなら、何も怖くない──もしかしたら、自身のダイナミクス性に怯える他のDomやSubも、同じ気持ちなのかもしれないと思うと、小さな粒のようになっていた性に対する不安は、塵になって消えていった。


(あ……)


母に拒絶された九歳のあの日から、ずっとずっと、息苦しさの中で、もがきながら生きてきた。
その苦しさが、空気に溶けて消えていくような晴れやかさと、ほんの少しの寂しさに、泣き声のような吐息が漏れた。


「ベルナールくん? 大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫です」

またしても黙り込んでしまっていたことを誤魔化すように薄く笑みを浮かべると、深く息を吸い込み、吐き出した。


「私はもう、大丈夫です」


出会いから二十三年。きっとずっとこの身を案じてくれていた優しい人にそう告げれば、見つめた青空色の瞳がゆるりと笑った。


「……ちゃんと、『大丈夫』と言えるようになりましたね」
「え?」
「いいえ、こちらのお話しです。ベルナールくんの成長は嬉しいですが、恋愛面においてはまだまだ赤ちゃんでしょうからね。困ったことがあれば、いつでも頼りなさい。いくらでも相談に乗りますよ」
「……ありがとうございます。心強いです」

果たしてメルヴィルに相談できる範囲の困り事があるかどうか……と考えながら、気になったことについて尋ねる。

「ところで、私はメルヴィル様から……その、Domを紹介されたことがありませんが、どうしてあの日は、紹介しようと思われたのですか?」
「あの日は、会った時から君の顔色が悪かったものですから。ですが風邪のような体調不良ではなさそうでしたし、ご飯も普通に食べてましたし、ダイナミクスに関係した不調かと思ったんですよ」
「? おかしいですね。特に体調は悪くなかったので──」

そこまで言いかけて、口を開けたまま固まる。
あの日、メルヴィルに会う直前まで、ずっとルノーのことを考えていた。
彼に悲しい顔をさせてしまった、悪いことをしてしまった……そんなことばかり考えていたが、まさかそのせいで体調不良を疑われるほどに顔色が悪くなっていたなどとは思わないではないか。

(あの頃にはもう、ルゥくんのことばっかり考えていたのか……!?)

いや、そんな、まさか、と思うも、どう思い返してもルノーに懐かれ、浮かれていた記憶しか思い出せず、羞恥から顔が熱くなる。
それに気づいているのかいないのか、メルヴィルは話しを続けた。

「それと、機会があれば、もっと早くにDomを紹介するつもりでしたよ」
「え?」
「いつも調子を尋ねていたでしょう? 困り事はないか、悩みはないかと。でもいくら聞いても、君は『大丈夫です』としか言わないんですから。大丈夫と言っている子から、無理やり話しを聞き出すことなんてできませんし、望まれてもいないのにDomなんて紹介しませんよ」
「──」

メルヴィルの言葉に、本日二度目の絶句をする。
幼い頃、確かにメルヴィルは、会うたびにこちらを案じる言葉を投げかけてくれた。諭すような声音は優しく、何度胸の内を曝け出してしまおうかと思い、その度に口を噤んできた。
まさかあの延長線上に、Domとの邂逅が待っていたとは……良かったのか悪かったのか、判断がしづらい新事実に言葉が出てこなかった。

「あ、も、申し訳、いえ……」
「謝ることではないですよ。途中からは、私も見守るだけに徹するようになりましたしね。それに、私の助けがなくとも、ベルナールくんは自分のDomに出会えたではないですか。きっと、そういうお導きがあったのですよ」
「……はい。ありがとうございます」

急に司祭らしいことを言うメルヴィルにクスリとしつつ、最後の疑問を口にする。

「因みに、以前頬に触れたのは、何か意味があったのですか……?」
「ああ、あれはもしもの時の為に、一応私との相性も測っておきたかったのですよ。まぁ、結果は言うまでもなかったですが」
「あ、いえ、決してメルヴィル様が嫌という訳では……!」
「分かってますよ。ベルナールくんにとって私はただの友人であって、そういう対象に見れないのは当然です。私だって同じですよ」
「……本当に、何から何までご心配頂き、ありがとうございます」

メルヴィルにとっても、自分は友人以上でも以下でもないと言われ、ホッとする。
ルノーからも聞いて学んではいたが、Domだから、Subだから、というただそれだけで、相手に惹かれる訳ではないのだ。そのことに、心底安堵した。

裏を返せば、自分がルノーを好きなのは、Domだとかは関係なく、彼だから好きな訳で、それを実感できるだけで嬉しくて堪らなかった。

(……良かった)

ポッと浮かんだ感情は安堵と喜びだった。
もしもメルヴィルに悩みを打ち明けていたら、ルノーではない、別のDomとパートナーになっていたかもしれない。
ルノーと出会うこともなく、あの優しい声も、愛らしい微笑みも、「可愛い」と言って苛めてくれる指先も、何もかも知らぬまま、知らない誰かのものになっていたかもしれない。
それがどんなに恐ろしいことか、愛されている今だからこそ分かる。

(良かった……ルゥくん以外を、知らないままで)

母の拒絶も、自ら望んだ孤独も、自分自身への諦観も、全部全部、未来でルノーに出会うために用意されていたのでは……そう思ってしまうほどに、彼というDomに愛されている奇跡が、嬉しくて堪らなかった。


(……やっぱり、ちゃんと今後のことについて話そう)


家のこと、周りのこと、未来のこと、不安はたくさんある。
けれどそれ以上に、彼のことが大好きで、離れたくないと切に願う。

自分の本心も聞いてもらって、その上で、きちんと話し合おう──そう固く決意した。
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