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(困ったな……)
辿り着いたメリア家の屋敷。見慣れた玄関前の門で来訪者を告げる鐘を鳴らせば、どこか慌てた様子でメリア家の侍従が出てきた。
その様子に首を傾げつつ、ルノーの見舞いに来た旨を告げれば、なぜかその場で待たされた。
もしや、感染症の類いの病にでも罹ってしまったのだろうか……と心配になるも、戻ってきた侍従によって屋敷の中に招かれ、少しだけホッとする。
乗ってきた馬車には待っていてもらおうとしたが、侍従から「長くお待たせしてしまうやも……」と言われ、不思議に思いながらも一旦家に帰した。
そうして案内されたのは、ルノーの部屋ではなく、来客用の応接室だった。
初めて通された部屋で、一人待つこと暫く、どこかに行っていた侍従から信じられないことを言われた。
「申し訳ございません、アルマンディン様。ルノー様のご指示により、私どもはこれで失礼させて頂きます。お客様がいらっしゃる中、家人が不在となるご無礼をお許しください。アルマンディン様は、どうぞごゆっくり、お過ごしくださいませ」
ルノー様がお部屋にてお待ちです──それだけ告げて、侍従は深く頭を下げると、その場からいなくなってしまった。いや、その場からいなくなっただけではない。侍従もメイドも、使用人が全員屋敷からいなくなってしまったのだ。
(どうしよう……)
まさかの事態に、困惑の極みに至る。
もてなされたい訳ではないので、使用人がいないことに対して無礼だとは思わない。が、人様の屋敷の中、一人取り残されてゆっくり過ごせるはずがない。
不用心では、と考える余裕すら奪われ、どうすればいいのかも分からないまま、ルノーの部屋へと続く階段を見上げた。
(もしかして、何か良くないことがあったんだろうか……?)
人がいなくなり、シンと静まり返った屋敷の中、緊張感がじわじわと滲み出す。
意味もなく辺りを見回してしまうも、誰かに助けを求めることも、意見を聞くこともできず、途方に暮れた。
(……とりあえず、行こう)
戸惑いと不安が鬩ぎ合う中、恐る恐る階段の一段目に足を掛けた。ゆっくり、ゆっくり、階段を登っていく最中、徐々に心拍数が上がっていく。
誰もいない屋敷に、階段を登る音だけが響く。その音が、行為が、この先で何が起こるのか、全部が全部、不安に拍車をかけ、緊張の波が押し寄せた。
(……どうしよう)
少し、怖い──そう思っている間に階段を登りきってしまい、足を止めた。
廊下を進んだ突き当たりの部屋。そこがルノーの部屋であり、いつも情を交わす秘密の空間だ。普段なら、この廊下に立つだけで胸がときめくのに、今はとてもそんな気分になれなかった。
これまでとはまったく違う胸の鼓動に怯みつつ、静かに廊下を進めば、あっという間にルノーの部屋の前に着いた。
「……」
胸がザワザワするような不安から、ノックをすることができない。
果たしてルノーは、今こうして部屋の前に立っている自分に気づいているのか、いないのか……それすら不安に思ってしまう己を叱咤すると、意を決して扉を叩いた。
「……ルゥくん、いるかい?」
コンコン、と小さく叩いた扉の前、ルノーに呼び掛けるも、中からの応答はない。
「ルゥくん?」
もう一度、先ほどより少し強めにノックをするも、やはり返事はない。
明らかに聞こえているはず。その上で返答がないということに、緊張がピークに達する。けれど、部屋の中に入らないという選択肢はない。
うるさく脈打つ心臓の音を聞きながら、大きく息を吸い込むと、ドアノブに手を伸ばした。
「……入るよ」
静かにドアノブを回し、扉を開ける。ゆっくり、ゆっくり、殊更慎重にドアを開けると、そっと中に足を踏み入れた。
妙に薄暗い部屋の中、張り詰めたような静寂に怯みつつも、一歩、二歩と部屋の中を進めば、見慣れたベッドに腰掛けるルノーの姿が見えた。
「ルゥくん……?」
会いたかった人がいたことに、少しだけホッとするも、安堵とは程遠い現状に、つい声にまで怯えが混じってしまう。
俯いたままのルノーの表情は見えず、感情が読めない。けれど、普段とは明らかに異なる雰囲気に、無意識の内に体が強張った。
緊張感がじわじわと積もっていく中、小さな恐怖心を振り払い、大きく一歩を踏み出す。
ルノーに何かあったのは間違いないが、まずは話しを聞かなければ──そう思った直後、ゆるりと顔を上げたルノーの双眸に、ヒュッと喉が鳴った。
Glare──赤いオーロラを思わせるような揺めきに染まった月色の瞳に射抜かれ、全身の筋肉が萎縮した。
「──ッ!!」
瞬間、信じられないほどの恐怖の圧がズシリとのし掛かり、重圧に負けた膝がカクリと抜け落ちた。
(……え……?)
ゴトン、と何かが落ち、床の上を転がっていく音が聞こえたが、それがなんの音なのか認識することもできないまま、ガクガクと震える膝に呆けた。
何が起こっているのか分からない。ただ無意識の内に『おすわり』の状態で床にぺたりと崩れ落ちた体に、脳がクラリと揺れる。
立ち上がることもできないまま、現実を理解することを拒んだ脳みそは、延々と混乱し続けた。
(え……なに……なん、で……)
どうして、自分は床に座っているのだろう?
どうして、こんなに体が震えているのだろう?
どうして、こんなに息が荒くなるのだろう?
──なぜ、こんなにも愛する人が怖いのだろう?
『怖い』
その感情を認識するのと同時に、ルノーがベッドから立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かってきた。
瞬間、凍えるほどの冷水を頭のてっぺんから浴びせられたような恐怖が室内に充満し、大きく体が跳ねた。
「ひっ……、やっ、やだ!! ごめんなさっ、ごめんなさい……!!」
何がどうしてとも分からないまま、謝っていた。
Glareのオーラに当てられた瞬間、Subとしての本能が泣き叫ぶように危険信号を発していた。
DomのGlareは、怒りの感情だけではない……そうルノーから教わっていたが、今ならその違いが分かる。
息をすることもできないほどの怒り。それを真正面からぶつけられ、恐怖から涙が溢れた。
「ごめんなさい! ルゥく……っ、ごめんなさい……!」
何に謝っているのかも分からない。その行為がDomの怒りを増長させるものだと考えることすらできない。
ただ目の前のルノーがどうしようもなく怖くて、何か悪いことをしてしまったらしい己の愚行に対し、必死に謝ることしかできなかった。
「ごめんなさい……っ、ごめんなさ──!?」
ルノーの瞳が恐ろしく、顔を上げることができない。それを咎めるように、鼻先にルノーの白い手が映り、ビクリと肩が跳ねた。
そのまま細い指に顎を掬われ、無理やり顔を上げさせられる。強引さは欠片もない、ヒヤリとした指先に優しく誘われた先、見上げた黄金色に、心臓が竦み上がった。
「ぁ……」
強烈なGlareを頭上から浴び、身動きが取れなくなる。カタカタと震える肌を止めることもできず、けれど恐怖から目を逸らすこともできず、気づけばボタボタと涙が溢れていた。
「ご、ごめ……ごめんなさ……」
「……どうして謝るんです?」
降ってくる音は、いつものルノーのそれだ。けれどその表情に温みはなく、声には底冷えするほどの激情が滲んでいた。
「ル、ルゥく……が、おこっ、て……」
「どうして怒ってると思います?」
「っ……、わか……ごめんなさい……わかんない、です……っ」
馬鹿正直に答えることしかできない己が恨めしい。だがここで嘘をつくことも、誤魔化すことも、更に愚かな行為だろう。
泣きながら、無表情でこちらを見下ろすルノーを見つめれば、いつもの愛らしい顔が苦しげな表情に歪んだ。
「ああ……本当に嫌だ……」
「ッ……!!」
『嫌だ』
拒絶にも似たその言葉に、Glare以上の恐怖が襲い掛かり、血の気が引いていく。
ルノーに嫌われた──瞬間的に湧き上がった恐怖に、堪らず首を降っていた。
「や、やだ……まって……やだ……っ、ごめんなさい……!」
顎を掴まれているので、大きく振ることはできない。そんな中で、必死にふるふると首を振りながら、未だにGlareに揺らめく瞳を見つめた。
「ごめんなさい……! いっぱい、お仕置き、していいから……っ、ルゥくんの、好きにして、いいから……!」
嫌いにならないで──そう続けるはずの言葉は、顎を掴む指先に力が籠ったことで言えなくなった。
「う……っ」
「……ねぇ、どうしてそんなに無防備なの?」
──ああ、また彼を怒らせた。そう自覚するも、もう遅かった。
「言ったでしょう? 好きにしていいなんて言っちゃダメだって」
「ぁ……ご、ごめ……」
「そうやって、他の男の前でも無防備にしているんでしょう?」
「……え」
「どうして他の男に可愛い顔を見せるの? ベルは僕のものじゃないの?」
「──」
その言葉に、ルノーの怒りの原因を知る。
昨日、ルノーに報告もせず、勝手にメルヴィルと会っていたことに対して、彼は激怒しているのだ。
どうしてそのことを知っているのか、そんな疑問すら湧かないまま、咄嗟に口を開いた。
「ち、違うんだ! メルヴィル様は──」
「よく僕の前で、他の男の名前を出せましたね」
「ひっ、あ、ごめ……ちがっ、あぅぅ……!」
声を発するたびに、事態が悪化していく。
浴びせられるGlareはより重く、濃いものになり、体の震えが止まらなくなる。呼吸すらまともにできず、恐怖から奥歯がガチガチと鳴った。
言い訳という名の説明すらさせてもらえない今、できることは、ただひたすらに謝り続けることだけだった。
「ごめ、なさい……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
どうしたら許してもらえるのか分からない。分からないまま、なぜメルヴィルと会うことをきちんと報告しなかったのか、昨日の自分の浅慮さを呪うことしかできなかった。
「ごめんなさい……! ルゥくん……ルゥくん……っ、ごめんなさ──」
「『Sh』」
「──ッ!?」
短い一言に、肩が跳ねた。
『おすわり』以外のコマンドに、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走り、反動で涙の粒が落ちる。
これ以上、勝手に声を出したら、本当の本当に嫌われてしまう……震える奥歯を無理やり堪えるように、下唇を噛んで口を閉じれば、ルノーの瞳がスゥッと細められた。
「僕がいいと言うまで、謝ることも、嫌がることも許しません」
「ふ……ぅ……」
体の震えを止められないまま、ゆっくりと頷く。
それ以外の『答え』など許されないと、学ばずとも分かっていた。
「……お仕置きですよ、ベル」
いつもの甘く優しい響きとは程遠い音が、悲しくて寂しくて堪らなかった。
辿り着いたメリア家の屋敷。見慣れた玄関前の門で来訪者を告げる鐘を鳴らせば、どこか慌てた様子でメリア家の侍従が出てきた。
その様子に首を傾げつつ、ルノーの見舞いに来た旨を告げれば、なぜかその場で待たされた。
もしや、感染症の類いの病にでも罹ってしまったのだろうか……と心配になるも、戻ってきた侍従によって屋敷の中に招かれ、少しだけホッとする。
乗ってきた馬車には待っていてもらおうとしたが、侍従から「長くお待たせしてしまうやも……」と言われ、不思議に思いながらも一旦家に帰した。
そうして案内されたのは、ルノーの部屋ではなく、来客用の応接室だった。
初めて通された部屋で、一人待つこと暫く、どこかに行っていた侍従から信じられないことを言われた。
「申し訳ございません、アルマンディン様。ルノー様のご指示により、私どもはこれで失礼させて頂きます。お客様がいらっしゃる中、家人が不在となるご無礼をお許しください。アルマンディン様は、どうぞごゆっくり、お過ごしくださいませ」
ルノー様がお部屋にてお待ちです──それだけ告げて、侍従は深く頭を下げると、その場からいなくなってしまった。いや、その場からいなくなっただけではない。侍従もメイドも、使用人が全員屋敷からいなくなってしまったのだ。
(どうしよう……)
まさかの事態に、困惑の極みに至る。
もてなされたい訳ではないので、使用人がいないことに対して無礼だとは思わない。が、人様の屋敷の中、一人取り残されてゆっくり過ごせるはずがない。
不用心では、と考える余裕すら奪われ、どうすればいいのかも分からないまま、ルノーの部屋へと続く階段を見上げた。
(もしかして、何か良くないことがあったんだろうか……?)
人がいなくなり、シンと静まり返った屋敷の中、緊張感がじわじわと滲み出す。
意味もなく辺りを見回してしまうも、誰かに助けを求めることも、意見を聞くこともできず、途方に暮れた。
(……とりあえず、行こう)
戸惑いと不安が鬩ぎ合う中、恐る恐る階段の一段目に足を掛けた。ゆっくり、ゆっくり、階段を登っていく最中、徐々に心拍数が上がっていく。
誰もいない屋敷に、階段を登る音だけが響く。その音が、行為が、この先で何が起こるのか、全部が全部、不安に拍車をかけ、緊張の波が押し寄せた。
(……どうしよう)
少し、怖い──そう思っている間に階段を登りきってしまい、足を止めた。
廊下を進んだ突き当たりの部屋。そこがルノーの部屋であり、いつも情を交わす秘密の空間だ。普段なら、この廊下に立つだけで胸がときめくのに、今はとてもそんな気分になれなかった。
これまでとはまったく違う胸の鼓動に怯みつつ、静かに廊下を進めば、あっという間にルノーの部屋の前に着いた。
「……」
胸がザワザワするような不安から、ノックをすることができない。
果たしてルノーは、今こうして部屋の前に立っている自分に気づいているのか、いないのか……それすら不安に思ってしまう己を叱咤すると、意を決して扉を叩いた。
「……ルゥくん、いるかい?」
コンコン、と小さく叩いた扉の前、ルノーに呼び掛けるも、中からの応答はない。
「ルゥくん?」
もう一度、先ほどより少し強めにノックをするも、やはり返事はない。
明らかに聞こえているはず。その上で返答がないということに、緊張がピークに達する。けれど、部屋の中に入らないという選択肢はない。
うるさく脈打つ心臓の音を聞きながら、大きく息を吸い込むと、ドアノブに手を伸ばした。
「……入るよ」
静かにドアノブを回し、扉を開ける。ゆっくり、ゆっくり、殊更慎重にドアを開けると、そっと中に足を踏み入れた。
妙に薄暗い部屋の中、張り詰めたような静寂に怯みつつも、一歩、二歩と部屋の中を進めば、見慣れたベッドに腰掛けるルノーの姿が見えた。
「ルゥくん……?」
会いたかった人がいたことに、少しだけホッとするも、安堵とは程遠い現状に、つい声にまで怯えが混じってしまう。
俯いたままのルノーの表情は見えず、感情が読めない。けれど、普段とは明らかに異なる雰囲気に、無意識の内に体が強張った。
緊張感がじわじわと積もっていく中、小さな恐怖心を振り払い、大きく一歩を踏み出す。
ルノーに何かあったのは間違いないが、まずは話しを聞かなければ──そう思った直後、ゆるりと顔を上げたルノーの双眸に、ヒュッと喉が鳴った。
Glare──赤いオーロラを思わせるような揺めきに染まった月色の瞳に射抜かれ、全身の筋肉が萎縮した。
「──ッ!!」
瞬間、信じられないほどの恐怖の圧がズシリとのし掛かり、重圧に負けた膝がカクリと抜け落ちた。
(……え……?)
ゴトン、と何かが落ち、床の上を転がっていく音が聞こえたが、それがなんの音なのか認識することもできないまま、ガクガクと震える膝に呆けた。
何が起こっているのか分からない。ただ無意識の内に『おすわり』の状態で床にぺたりと崩れ落ちた体に、脳がクラリと揺れる。
立ち上がることもできないまま、現実を理解することを拒んだ脳みそは、延々と混乱し続けた。
(え……なに……なん、で……)
どうして、自分は床に座っているのだろう?
どうして、こんなに体が震えているのだろう?
どうして、こんなに息が荒くなるのだろう?
──なぜ、こんなにも愛する人が怖いのだろう?
『怖い』
その感情を認識するのと同時に、ルノーがベッドから立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かってきた。
瞬間、凍えるほどの冷水を頭のてっぺんから浴びせられたような恐怖が室内に充満し、大きく体が跳ねた。
「ひっ……、やっ、やだ!! ごめんなさっ、ごめんなさい……!!」
何がどうしてとも分からないまま、謝っていた。
Glareのオーラに当てられた瞬間、Subとしての本能が泣き叫ぶように危険信号を発していた。
DomのGlareは、怒りの感情だけではない……そうルノーから教わっていたが、今ならその違いが分かる。
息をすることもできないほどの怒り。それを真正面からぶつけられ、恐怖から涙が溢れた。
「ごめんなさい! ルゥく……っ、ごめんなさい……!」
何に謝っているのかも分からない。その行為がDomの怒りを増長させるものだと考えることすらできない。
ただ目の前のルノーがどうしようもなく怖くて、何か悪いことをしてしまったらしい己の愚行に対し、必死に謝ることしかできなかった。
「ごめんなさい……っ、ごめんなさ──!?」
ルノーの瞳が恐ろしく、顔を上げることができない。それを咎めるように、鼻先にルノーの白い手が映り、ビクリと肩が跳ねた。
そのまま細い指に顎を掬われ、無理やり顔を上げさせられる。強引さは欠片もない、ヒヤリとした指先に優しく誘われた先、見上げた黄金色に、心臓が竦み上がった。
「ぁ……」
強烈なGlareを頭上から浴び、身動きが取れなくなる。カタカタと震える肌を止めることもできず、けれど恐怖から目を逸らすこともできず、気づけばボタボタと涙が溢れていた。
「ご、ごめ……ごめんなさ……」
「……どうして謝るんです?」
降ってくる音は、いつものルノーのそれだ。けれどその表情に温みはなく、声には底冷えするほどの激情が滲んでいた。
「ル、ルゥく……が、おこっ、て……」
「どうして怒ってると思います?」
「っ……、わか……ごめんなさい……わかんない、です……っ」
馬鹿正直に答えることしかできない己が恨めしい。だがここで嘘をつくことも、誤魔化すことも、更に愚かな行為だろう。
泣きながら、無表情でこちらを見下ろすルノーを見つめれば、いつもの愛らしい顔が苦しげな表情に歪んだ。
「ああ……本当に嫌だ……」
「ッ……!!」
『嫌だ』
拒絶にも似たその言葉に、Glare以上の恐怖が襲い掛かり、血の気が引いていく。
ルノーに嫌われた──瞬間的に湧き上がった恐怖に、堪らず首を降っていた。
「や、やだ……まって……やだ……っ、ごめんなさい……!」
顎を掴まれているので、大きく振ることはできない。そんな中で、必死にふるふると首を振りながら、未だにGlareに揺らめく瞳を見つめた。
「ごめんなさい……! いっぱい、お仕置き、していいから……っ、ルゥくんの、好きにして、いいから……!」
嫌いにならないで──そう続けるはずの言葉は、顎を掴む指先に力が籠ったことで言えなくなった。
「う……っ」
「……ねぇ、どうしてそんなに無防備なの?」
──ああ、また彼を怒らせた。そう自覚するも、もう遅かった。
「言ったでしょう? 好きにしていいなんて言っちゃダメだって」
「ぁ……ご、ごめ……」
「そうやって、他の男の前でも無防備にしているんでしょう?」
「……え」
「どうして他の男に可愛い顔を見せるの? ベルは僕のものじゃないの?」
「──」
その言葉に、ルノーの怒りの原因を知る。
昨日、ルノーに報告もせず、勝手にメルヴィルと会っていたことに対して、彼は激怒しているのだ。
どうしてそのことを知っているのか、そんな疑問すら湧かないまま、咄嗟に口を開いた。
「ち、違うんだ! メルヴィル様は──」
「よく僕の前で、他の男の名前を出せましたね」
「ひっ、あ、ごめ……ちがっ、あぅぅ……!」
声を発するたびに、事態が悪化していく。
浴びせられるGlareはより重く、濃いものになり、体の震えが止まらなくなる。呼吸すらまともにできず、恐怖から奥歯がガチガチと鳴った。
言い訳という名の説明すらさせてもらえない今、できることは、ただひたすらに謝り続けることだけだった。
「ごめ、なさい……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
どうしたら許してもらえるのか分からない。分からないまま、なぜメルヴィルと会うことをきちんと報告しなかったのか、昨日の自分の浅慮さを呪うことしかできなかった。
「ごめんなさい……! ルゥくん……ルゥくん……っ、ごめんなさ──」
「『Sh』」
「──ッ!?」
短い一言に、肩が跳ねた。
『おすわり』以外のコマンドに、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走り、反動で涙の粒が落ちる。
これ以上、勝手に声を出したら、本当の本当に嫌われてしまう……震える奥歯を無理やり堪えるように、下唇を噛んで口を閉じれば、ルノーの瞳がスゥッと細められた。
「僕がいいと言うまで、謝ることも、嫌がることも許しません」
「ふ……ぅ……」
体の震えを止められないまま、ゆっくりと頷く。
それ以外の『答え』など許されないと、学ばずとも分かっていた。
「……お仕置きですよ、ベル」
いつもの甘く優しい響きとは程遠い音が、悲しくて寂しくて堪らなかった。
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