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数十分はそうしていたか、ふわふわとした髪の毛を撫で、毛先にキスをして、ようやく満足した頃にそっと腕の力を緩めれば、ルノーがそろりと顔を上げた。
ほんのりと赤く染まった頬はあどけなく、愛しさを込めて額にキスをすれば、ルノーが僅かに眉を下げた。
「……あんまり、甘やかさないでください」
「? 私が、ルゥくんに甘えてるだけだよ?」
甘やかすような要素があっただろうか、と首を傾げれば、ルノーが困り顔で微笑んだ。
「……ベルは、僕が怖くないんですか?」
「怖くないよ」
声に混じった戸惑いに、彼が何を恐れているのか、手に取るように分かった。
確かに、本気のGlareは恐ろしかった。言葉を制限されることも、褒めてもらえないことも怖かった。けれど、ルノーは怖くない。
その気持ちは本当だからこそ、こちらを見上げる瞳から視線を逸らさず、しっかりと答えれば、ルノーがクッと下唇を喰んだ。
「でも、僕は……」
「ルゥくんは、怒りたくて怒っていたんじゃないだろう?」
「っ……」
「私がちゃんとルゥくんの気持ちを考えて、勝手な行動をしなければ、ルゥくんを悲しませることも、不安にさせることも、怒らせることもなかったはずだ」
「……」
「ごめんなさい。ルゥくんを悲しませて、不安にさせて……怒りたくないのに怒らせて、傷つけて、ごめんなさい。……良い子でいられなくて、ごめんね」
「──!」
本心から告げた言葉に、ルノーの大きな瞳が見開かれ、苦しげな表情に歪んだ。
「違う……違う、違うんです! ベルは何も悪いことはしてません!」
「でも、ルゥくんが嫌がることをしてしま──」
「それを僕は伝えてません!」
「……? 伝えて……?」
ルノーの言葉の意味が分からず、首を捻る。
何のことを言っているのか、大人しくルノーが説明してくれるのを待てば、ルノーがゆっくりと語り出した。
「僕とベルは、まだパートナーになったばかりです。躾として、いきなりすべてのことを禁止することも、制限することもできません。……僕にはまだ、そこまで貴方を縛る権利がないんです」
Domだから、Subだから、というただそれだけで、最初から相手のすべてを支配できる訳ではない。
関係が密なものになり、長く深い付き合いになっていくほどにDomの支配力は強まり、少しずつSubの自由を制限できるようになっていくのだという。
「本当は、あの人に会ってほしくありません。あの人だけじゃない。僕のベルを、他の男と二人きりにさせたくありません。僕の知らないところで、ベルが誰かと会うのも、親しげに過ごすのも、嫌で嫌で堪りません。……でも、今の僕には、そこまでベルの自由を奪える力がありません」
「ルゥくん……」
苦しげな声に滲んだ悔しさに、今の言葉こそが彼の本心なのだと知る。なればこそ、やはり自分の行動は軽率だったと再認識した。
「……なら、やっぱり私は、いけないことをしてしまったね」
「違います、ベル。僕は一言も、貴方に嫌だと伝えていません。ましてや、してはいけないこととして、禁止もしていません。暗黙の了解なんてものは存在しないんです」
「そうかも、だけど……でも、私がちゃんと、ルゥくんの気持ちを分かっていれば……」
「言ってもいない自分勝手な欲を押し付けて、察してほしいだなんて望むのはおかしいでしょう!?」
「っ……!」
僅かに声を荒げたルノー。その瞳が、ゆらりと揺らめいた気がして、咄嗟にその身を抱き締めた。
「ルゥくん、私なら大丈夫だから、お願いだから、落ち着いて。……悲しくなってしまうから、そんなに、自分に怒らないでくれ」
自分自身への怒りで感情を荒げるルノーは、普段の彼からは想像もできないほど幼く、不安定で、今にも泣き出しそうな姿が痛々しくて、堪らない気持ちになる。
「私は、大丈夫だよ」
本当は、「ごめんね」と言いたい。ルノーの言いたいことは分かるが、自分の行動が良くなかったのもまた事実だ。
けれど、「ごめんね」と言ったら、彼はまた自分自身を責めてしまう。だから今は、「大丈夫」という言葉で彼を安心させたかった。
「ね? 大丈夫だから……」
「……お仕置きなんて、本当はしちゃいけなかったんです。する権利も、ありませんでした」
抱き締めたまま、まろい頭をゆるゆると撫でれば、ルノーがポツポツと胸の内を吐き出した。
「禁止していないことを、罰することなんてできません」
「うん」
「ベルは、何も悪いことをしていないんです……」
「うん」
「僕が、嫌だから……嫌だっていう、それだけで、ベルに酷いことをして……」
「……うん」
「あんな、一方的な行為で、怖がらせて……もしも、ベルに、嫌われ──」
「ルゥくん、そこまでだ」
胸元に顔を埋めたまま、懺悔を続けるルノーの頬を両手で包み、顔を上向かせる。揺めきの消えた瞳を見つめ、コツリと額を合わせると、唇が触れるだけのキスをした。
「大好きって、言ったよ?」
「ッ……!」
ほんの一時間ほど前、ベッドの上で抱き合い、彼の愛情を貪るように求めながら伝えた気持ちをもう一度告げれば、黄金の瞳が僅かに潤んだ。
「ルゥくんが、自分自身に怒ってるのは分かった。したらいけないお仕置きだったっていうのも、分かった。ルゥくんが、どんな気持ちで、どんなことを嫌だって思うのかも分かった。……それを、今はまだ私に求められないことも分かった」
「……」
「でも、やっぱりルゥくんがいけないことをしたとは思わないよ」
「ベル……」
「ルゥくん以外の人と出掛けるのに、報告が必要かもしれないとは思ったんだ。でも、相手は昔馴染みだし、友人だから大丈夫と思ってしまったんだ。……後で、ちゃんと報告すれば大丈夫って、根拠もなく、そう思ってた」
ルノーの言葉を肯定した上で、己の過ちを告白しながら、改めて自身の過去を憂う。
父と弟以外、まともに会話ができるような相手もなく、友人の一人もいなかった子ども時代。二十代の半ばを過ぎて、ようやく友人らしい友人に恵まれたが、それ以外の他人との関係は薄く、恋愛に対する知識など皆無だった。
恋人として、Subとして、何が良くて何がダメなのか、希薄な人間関係からは学ぶこともができず、その線引きをする知識や体験に欠けていたが為に、ルノーの気持ちを汲むことができなかったのだ。
「先にちゃんと伝えておけば、ルゥくんが嫌だって思ってることも知れた。悲しませることもなかった。怒らせることもなかった。私が……私も、悪いことをしてしまったから、お仕置きをされて当然だと思ってるし、例えルゥくんが許してくれても、ルゥくんを傷つけてしまった自分を許せなくて……きっと、自分から、お仕置きを望んでいたと思う」
言い訳にしかならない言葉は飲み込み、一つ一つ、気持ちを伝えていく。
「いけないことなんて、してないよ? ルゥくんは、私にお仕置きしていいんだよ?」
「ッ……!」
金色の瞳を見つめたまま、幼な子の我が儘を許すように告げれば、胸の上に置かれたルノーの手がギュッとガウンの端を握り締めた。
「……でも……」
それでもまだ、ルノーの反応は鈍く、視線を逸らされてしまった。
躊躇うように、言いあぐねいているように、何かを耐えるように拳を震わせる白い手に自身の手を重ね、包み込む。
(……まだ、足りないんだ)
自分がルノーからの愛情に飢え、「もっと」と求めるように、ルノーもまた、自分が返せる何かに飢えているのだ。
愛し愛され、支配し支配され、互いに相手を求め合うDomとSub。
これまでルノーから学んだこと、メルヴィルから教わったダイナミクス性の基礎的なこと、それらを必死にかき集め、ルノーのために何ができるか、懸命に考えた。
ルノーが自分に望むこと、求めるもの、願うこと。そのために、自分ができることはなんだろう──それを考え始めてすぐに、はたとあることに気づく。
(……私は、どれだけのものをルゥくんにあげられただろう)
ルノーから与えられるままの愛に溺れ、心身が大きく変化するほど満たされながら、Subとしてどれだけの愛情を彼に返せただろう?
彼に愛される幸せを心から喜んだ。
褒められることが嬉しくて笑顔で応えた。
彼のSubとして躾られることも、幸せだった。
キスも、躾も、彼のために着飾ることも、すべて心から喜んでいたし、嬉しかったし、幸せだった。
そのたびに、彼には自分が持てる限りの愛情と感謝の気持ち伝えてきたが、与えられたものに対して返す以外に、自発的にルノーに渡せたものは何があっただろうか?
(ああ、私は本当に……)
こうして考える時間すらも、与えられなければ気づけない。
己の愚鈍さにつくづく嫌気が刺すが、今はそれを責めている時間すら惜しかった。
いつか、初めて自分から彼にキスをした時、目を丸くして驚き、喜んでくれたルノー。
あの時は、純粋に初めての口づけに喜んでくれたのだろうと思っていたが……もしかしたらあのキスは、ルノーにとって初めての『Subから与えられた親愛の証』だったのかもしれない。
(……馬鹿だな)
愛されて嬉しいのは、自分だけじゃないのに……そんな当たり前のことにようやく気づき、ルノーを抱き締める腕に力が籠った。
同時に、ルノーのために、自分にできることがなんであるか、その『答え』に辿り着き、ゆっくりと息を吸い込んだ。
(……ずっと、不安にさせていたのかな)
これまでルノーに愛され、愛されることを受け入れながら、その先に怯えていた。
彼の家のこと、家族のこと、彼自身の未来のこと……ルノーが好きだから、大切だからこそ、別れることを恐れ、嫌がりながら、いつか離れる覚悟をしていた。
もしかしたら、そんな考えや気持ちが彼にも伝わり、不安にさせてしまっていたのでないだろうか?
そしてそれは、『Subからの信頼がほしい』というDomの本能を、著しく傷つけたのではないだろうか……そう思えてならなかった。
(ずっと、ルゥくんは望んでくれていたのに……)
ルノーから告白されたあの日、彼は自分の『未来』も望んでくれた。
『パートナー』として、生涯を共にしたいと言ってくれた。
それに対して、「喜んで」と応えたのは、紛れもなく本心だった。
彼が望むなら、望んでくれるなら、この身を丸ごと差し出したっていい──それは、自分の願いでもあるのだ。
ほんのりと赤く染まった頬はあどけなく、愛しさを込めて額にキスをすれば、ルノーが僅かに眉を下げた。
「……あんまり、甘やかさないでください」
「? 私が、ルゥくんに甘えてるだけだよ?」
甘やかすような要素があっただろうか、と首を傾げれば、ルノーが困り顔で微笑んだ。
「……ベルは、僕が怖くないんですか?」
「怖くないよ」
声に混じった戸惑いに、彼が何を恐れているのか、手に取るように分かった。
確かに、本気のGlareは恐ろしかった。言葉を制限されることも、褒めてもらえないことも怖かった。けれど、ルノーは怖くない。
その気持ちは本当だからこそ、こちらを見上げる瞳から視線を逸らさず、しっかりと答えれば、ルノーがクッと下唇を喰んだ。
「でも、僕は……」
「ルゥくんは、怒りたくて怒っていたんじゃないだろう?」
「っ……」
「私がちゃんとルゥくんの気持ちを考えて、勝手な行動をしなければ、ルゥくんを悲しませることも、不安にさせることも、怒らせることもなかったはずだ」
「……」
「ごめんなさい。ルゥくんを悲しませて、不安にさせて……怒りたくないのに怒らせて、傷つけて、ごめんなさい。……良い子でいられなくて、ごめんね」
「──!」
本心から告げた言葉に、ルノーの大きな瞳が見開かれ、苦しげな表情に歪んだ。
「違う……違う、違うんです! ベルは何も悪いことはしてません!」
「でも、ルゥくんが嫌がることをしてしま──」
「それを僕は伝えてません!」
「……? 伝えて……?」
ルノーの言葉の意味が分からず、首を捻る。
何のことを言っているのか、大人しくルノーが説明してくれるのを待てば、ルノーがゆっくりと語り出した。
「僕とベルは、まだパートナーになったばかりです。躾として、いきなりすべてのことを禁止することも、制限することもできません。……僕にはまだ、そこまで貴方を縛る権利がないんです」
Domだから、Subだから、というただそれだけで、最初から相手のすべてを支配できる訳ではない。
関係が密なものになり、長く深い付き合いになっていくほどにDomの支配力は強まり、少しずつSubの自由を制限できるようになっていくのだという。
「本当は、あの人に会ってほしくありません。あの人だけじゃない。僕のベルを、他の男と二人きりにさせたくありません。僕の知らないところで、ベルが誰かと会うのも、親しげに過ごすのも、嫌で嫌で堪りません。……でも、今の僕には、そこまでベルの自由を奪える力がありません」
「ルゥくん……」
苦しげな声に滲んだ悔しさに、今の言葉こそが彼の本心なのだと知る。なればこそ、やはり自分の行動は軽率だったと再認識した。
「……なら、やっぱり私は、いけないことをしてしまったね」
「違います、ベル。僕は一言も、貴方に嫌だと伝えていません。ましてや、してはいけないこととして、禁止もしていません。暗黙の了解なんてものは存在しないんです」
「そうかも、だけど……でも、私がちゃんと、ルゥくんの気持ちを分かっていれば……」
「言ってもいない自分勝手な欲を押し付けて、察してほしいだなんて望むのはおかしいでしょう!?」
「っ……!」
僅かに声を荒げたルノー。その瞳が、ゆらりと揺らめいた気がして、咄嗟にその身を抱き締めた。
「ルゥくん、私なら大丈夫だから、お願いだから、落ち着いて。……悲しくなってしまうから、そんなに、自分に怒らないでくれ」
自分自身への怒りで感情を荒げるルノーは、普段の彼からは想像もできないほど幼く、不安定で、今にも泣き出しそうな姿が痛々しくて、堪らない気持ちになる。
「私は、大丈夫だよ」
本当は、「ごめんね」と言いたい。ルノーの言いたいことは分かるが、自分の行動が良くなかったのもまた事実だ。
けれど、「ごめんね」と言ったら、彼はまた自分自身を責めてしまう。だから今は、「大丈夫」という言葉で彼を安心させたかった。
「ね? 大丈夫だから……」
「……お仕置きなんて、本当はしちゃいけなかったんです。する権利も、ありませんでした」
抱き締めたまま、まろい頭をゆるゆると撫でれば、ルノーがポツポツと胸の内を吐き出した。
「禁止していないことを、罰することなんてできません」
「うん」
「ベルは、何も悪いことをしていないんです……」
「うん」
「僕が、嫌だから……嫌だっていう、それだけで、ベルに酷いことをして……」
「……うん」
「あんな、一方的な行為で、怖がらせて……もしも、ベルに、嫌われ──」
「ルゥくん、そこまでだ」
胸元に顔を埋めたまま、懺悔を続けるルノーの頬を両手で包み、顔を上向かせる。揺めきの消えた瞳を見つめ、コツリと額を合わせると、唇が触れるだけのキスをした。
「大好きって、言ったよ?」
「ッ……!」
ほんの一時間ほど前、ベッドの上で抱き合い、彼の愛情を貪るように求めながら伝えた気持ちをもう一度告げれば、黄金の瞳が僅かに潤んだ。
「ルゥくんが、自分自身に怒ってるのは分かった。したらいけないお仕置きだったっていうのも、分かった。ルゥくんが、どんな気持ちで、どんなことを嫌だって思うのかも分かった。……それを、今はまだ私に求められないことも分かった」
「……」
「でも、やっぱりルゥくんがいけないことをしたとは思わないよ」
「ベル……」
「ルゥくん以外の人と出掛けるのに、報告が必要かもしれないとは思ったんだ。でも、相手は昔馴染みだし、友人だから大丈夫と思ってしまったんだ。……後で、ちゃんと報告すれば大丈夫って、根拠もなく、そう思ってた」
ルノーの言葉を肯定した上で、己の過ちを告白しながら、改めて自身の過去を憂う。
父と弟以外、まともに会話ができるような相手もなく、友人の一人もいなかった子ども時代。二十代の半ばを過ぎて、ようやく友人らしい友人に恵まれたが、それ以外の他人との関係は薄く、恋愛に対する知識など皆無だった。
恋人として、Subとして、何が良くて何がダメなのか、希薄な人間関係からは学ぶこともができず、その線引きをする知識や体験に欠けていたが為に、ルノーの気持ちを汲むことができなかったのだ。
「先にちゃんと伝えておけば、ルゥくんが嫌だって思ってることも知れた。悲しませることもなかった。怒らせることもなかった。私が……私も、悪いことをしてしまったから、お仕置きをされて当然だと思ってるし、例えルゥくんが許してくれても、ルゥくんを傷つけてしまった自分を許せなくて……きっと、自分から、お仕置きを望んでいたと思う」
言い訳にしかならない言葉は飲み込み、一つ一つ、気持ちを伝えていく。
「いけないことなんて、してないよ? ルゥくんは、私にお仕置きしていいんだよ?」
「ッ……!」
金色の瞳を見つめたまま、幼な子の我が儘を許すように告げれば、胸の上に置かれたルノーの手がギュッとガウンの端を握り締めた。
「……でも……」
それでもまだ、ルノーの反応は鈍く、視線を逸らされてしまった。
躊躇うように、言いあぐねいているように、何かを耐えるように拳を震わせる白い手に自身の手を重ね、包み込む。
(……まだ、足りないんだ)
自分がルノーからの愛情に飢え、「もっと」と求めるように、ルノーもまた、自分が返せる何かに飢えているのだ。
愛し愛され、支配し支配され、互いに相手を求め合うDomとSub。
これまでルノーから学んだこと、メルヴィルから教わったダイナミクス性の基礎的なこと、それらを必死にかき集め、ルノーのために何ができるか、懸命に考えた。
ルノーが自分に望むこと、求めるもの、願うこと。そのために、自分ができることはなんだろう──それを考え始めてすぐに、はたとあることに気づく。
(……私は、どれだけのものをルゥくんにあげられただろう)
ルノーから与えられるままの愛に溺れ、心身が大きく変化するほど満たされながら、Subとしてどれだけの愛情を彼に返せただろう?
彼に愛される幸せを心から喜んだ。
褒められることが嬉しくて笑顔で応えた。
彼のSubとして躾られることも、幸せだった。
キスも、躾も、彼のために着飾ることも、すべて心から喜んでいたし、嬉しかったし、幸せだった。
そのたびに、彼には自分が持てる限りの愛情と感謝の気持ち伝えてきたが、与えられたものに対して返す以外に、自発的にルノーに渡せたものは何があっただろうか?
(ああ、私は本当に……)
こうして考える時間すらも、与えられなければ気づけない。
己の愚鈍さにつくづく嫌気が刺すが、今はそれを責めている時間すら惜しかった。
いつか、初めて自分から彼にキスをした時、目を丸くして驚き、喜んでくれたルノー。
あの時は、純粋に初めての口づけに喜んでくれたのだろうと思っていたが……もしかしたらあのキスは、ルノーにとって初めての『Subから与えられた親愛の証』だったのかもしれない。
(……馬鹿だな)
愛されて嬉しいのは、自分だけじゃないのに……そんな当たり前のことにようやく気づき、ルノーを抱き締める腕に力が籠った。
同時に、ルノーのために、自分にできることがなんであるか、その『答え』に辿り着き、ゆっくりと息を吸い込んだ。
(……ずっと、不安にさせていたのかな)
これまでルノーに愛され、愛されることを受け入れながら、その先に怯えていた。
彼の家のこと、家族のこと、彼自身の未来のこと……ルノーが好きだから、大切だからこそ、別れることを恐れ、嫌がりながら、いつか離れる覚悟をしていた。
もしかしたら、そんな考えや気持ちが彼にも伝わり、不安にさせてしまっていたのでないだろうか?
そしてそれは、『Subからの信頼がほしい』というDomの本能を、著しく傷つけたのではないだろうか……そう思えてならなかった。
(ずっと、ルゥくんは望んでくれていたのに……)
ルノーから告白されたあの日、彼は自分の『未来』も望んでくれた。
『パートナー』として、生涯を共にしたいと言ってくれた。
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