Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

文字の大きさ
62 / 76

54

「……ルゥくん、聞いてくれるかい?」

長い沈黙の末、ルノーの手に重ねていた手の平を浮かすと、再びその頬に触れた。
白く滑らかな肌に手を添えれば、伏せられていた瞳がこちらを見る。その瞳を真っ直ぐ見つめ、柔く頬を緩めた。

「本当は、ずっと不安だったんだ」
「……ベル?」

触れた頬から、ルノーの戸惑いが伝わる。それをあやすように頬を撫でると、言葉を続けた。

「私は、ルゥくんよりずっと年上だ。まだ若い君の未来を、私が奪ってしまっていいんだろうかと、ずっと悩んでいた」
「それは──」
「それだけじゃない。君の家のことだってある。君はメリア家の長男で、ゆくゆくは当主になる子だ。十四歳も年上の男に、大事な跡取りを誑かされたと、君のご両親に軽蔑される可能性だってある」
「……」
「家格の違いから、周りから好奇の目を向けられることもあるだろう。君や、君の家族や、私の家族が、辛い思いをすることだってあるかもしれない。……私は、ルゥくんや、ルゥくんの未来にとって、憂いになるような存在になりたくなかった。そうなるくらいなら、そうなる前に、離れるべきだと思ってた」
「っ!? ベル!! 僕は──」
「昨日まで、そう、思ってたんだ」
「……え?」

一瞬、腕の中でルノーの体がもがいたが、すぐにピタリと動きを止めた。

「ルゥくんが大好きだから、大事だから、幸せでいてほしいから……だから、いつか別れなきゃって思ってた。その考えが、どんなに君を悲しませるかも知らないで。……ごめんね。たくさん、たくさん愛してくれたのに、怖がってばかりで……私の不安を、ルゥくんに押し付けて、ごめんね」
「ベル……」

言葉にすれば、本当になんて酷く失礼な考え方だろう。
再び込み上げる後悔に胸が詰まりながら、視線だけは決してルノーから逸らさず、静かに息を吸い込んだ。


「ルゥくん」
「……はい」
「ルゥくんを、私にください」
「…………え?」


告げた言葉に、ルノーの瞳が大きく見開かれた。


「たくさん心配はある。不安もある。でももう、ルゥくんが隣にいない未来なんて考えられないんだ」


ルノーの頬に添えた指先でその表面を撫でれば、白い肌が淡く色付いた。

「私は、これからもずっとルゥくんと一緒にいたい。ルゥくんと離れたくない。大好きだから、愛してるから、もっとずっと、たくさん愛してほしいから……だから、ルゥくんに、全部あげる」
「──」
「私はルゥくんのものだから、これから先も、私の全部、丸ごとあげる。だから、これから先のルゥくんを、私にください」

それは、自分なりのプロポーズだった。
ルノーがこの身を求めてくれるように、自分もまた、ルノーを求めている。

DomとSubとしてでも、パートナーとしてでもなく、ベルナール・アルマンディンとして、ルノー・メリアと生涯を共にしたいという告白。

きちんと意味が伝わるか、緊張から心臓がドクドクと脈打つ。その音がルノーにまで聞こえていないか、じわじわと恥ずかしさが込み上げる中、見つめた瞳が眩しいほどに輝いた。


「ええ……ええ、差し上げます。ベル、貴方が望んでくれるなら、僕の全部……!!」


──ああ、ちゃんと伝わった。それが嬉しくて、自然と頬が綻んだ。

「ベル、ベル、愛しています……! これから先もずっと、僕は貴方のものです……!」
「私も、ずっと、ルゥくんのものだよ」

頬を蒸気させ、興奮気味に発せられたルノーの声は、泣き声のように掠れていた。
白く細い指先が伸びてきて、両頬を包み込む。震える手の平が愛しくて、優しいその温もりが嬉しくて、引き寄せられるままに身を屈めると、薔薇色の唇に口づけをした。




二人だけの誓いのキスを交わした後、温くなった紅茶を飲みながら、まったりと過ごした。
互いに菓子と桃を食べさせ合い、戯れるようにキスをしながら、指先を甘く染める。ただそれだけの時間が、堪らなく幸せだった。

「はい、あーん」
「あ……」

差し出されたチョコレートを口に含めば、ルノーの指先が唇に触れた。些細な、それでいてどこか官能的な触れ合いに、ルノーの瞳が弧を描く。

(……いつものルゥくんだ)

口の中でチョコレートを溶かしながら、満足気に笑むルノーを見つめる。
あれから、ルノーの雰囲気がいつもの彼のそれに戻った。どこか幼く、不安定だった揺れが消え、落ち着いた空気を纏うルノーにホッとする。と同時に、無理をしていないか、注意深く彼の様子を観察した。

(もう大丈夫って言ってたけど……)

それでも心配だ。言動や仕草が大人びているために忘れてしまいがちだが、ルノーは今年成人したばかりなのだ。まだ大人と子どもの狭間にいるような子に、無理はさせたくない。
感情を露わにしていた時のように、まだ子どもらしく、素直に振る舞ってくれてもいいのに……そう思うのだが、今はそれを言うタイミングではないような気がして口を噤んだ。

「ベル、どうしました?」
「ん……もう一つ、食べたいなと思って」

せめて彼の気持ちが安らぐように、と少しばかり甘えてみた、その時だ。
カラン、カラン、と来訪者を告げる門前の鐘の音が聞こえ、ルノーと顔を見合わせた。

「こんな時間にどなたでしょう?」

「来客の予定はなかったんですが……」と続ける彼につられるように、時計に目をやった。
確かに、約束もなく誰かが訪ねてくるような時間ではないが──と、そこまで考え、「あ」と声が漏れた。

「ベル?」
「あ、その、うちの、家の者が、迎えに来たんだと思う……」

パチリと目を瞬くルノーに、内心焦りながら答える。
ここへやって来た時、長く待たせてしまうならば、と乗って来た馬車は一度家に帰していた。その際、夜の鐘が鳴る前に迎えに来てほしいと頼んでいたことを忘れていた。
どうにも最近の自分は、ルノーが絡むとすぐに他のことを忘れてしまう。今後が不安すぎる状態だが、今は未来のことを案じている場合ではない。
時計の針は九時十分前を指していた。本来であれば、時間通りに迎えに来てくれたことに感謝すべきだが、今はそんな素直な気持ちになれなかった。

(どうしよう……)

まだ、もっと、ルノーと一緒にいたい。
離れ難い寂しさから、隣に座るルノーの服の袖を摘むと、ポツリと欲を零した。

「……帰りたくない」
「!」

そう口にしただけで、じわじわと顔が熱くなり、堪らず俯いた。
年頃の令嬢が、恋人を前に言うような台詞を言ってしまったことに気づき、羞恥に襲われるも、実際その通りなのだからどうしようもない。
言葉を撤回するつもりもなく、ルノーの服の裾を摘んだ指先にキュッと力を込めれば、その手に白い指先が重なった。

「っ……」
「……お泊まり、しますか?」
「う、うん……っ、する、したい……!」

コクコクと頷けば、ふっと笑う声と共にルノーに顔を覗き込まれた。

「じゃあ、おうちの人にお泊まりのお許しをもらってきますね」
「あ、私が……」
「今の姿で、部屋の外に出ることは許しませんよ」
「……っ」
「すぐ戻ってきますから、良い子で待っていてください」
「ん……」

チュッという音と共にキスをされ、それだけで、頭も体もルノーの言いなりになってしまう。
立ち上がり、扉に向かって歩き出したルノーは、扉の前で一度こちらを振り返ると、『良い子』と瞳で告げ、部屋を出ていった。

「はぁ……」

静かになった部屋の中、幸福感と恥ずかしさで満ちていく体が擽ったくて、ぽふりとクッションに凭れ掛かった。
迎えの者にルノーが何をどう説明するのか、気になって仕方ないが、心は彼と共に過ごせる時間が増えたことに浮き立ち、喜んでいた。
ふわふわとする体は温かく、微睡んでしまいそうな気持ち良さに、ほぅっと息を吐いた。

(もっと、ずっと一緒にいられるようになったら、どうなってしまうんだろう……)

一晩共に過ごせるだけでこれなのだ。
もしもこの先、一緒に暮らすようになったら、一体どうなってしまうのか……少し怖くて、でもそれ以上に胸が高鳴って、自分でも信じられないくらい、ルノーのことが大好きなんだと改めて自覚する。


(……父上とマルクに、手紙を書こう)

大切な二人の家族を思い浮かべ、目を閉じる。
好きな人ができたと、交際している人がいると、結婚したいのだと、きちんと伝えよう。

きっと、二人とも驚くだろう。けれど、父と弟なら、同性の恋人であっても祝福してくれるはず──自然と浮かんだ二人の笑顔に、閉じた瞼の隙間が、じわりと潤んだ。
感想 37

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

待てって言われたから…

ゆあ
BL
Dom/Subユニバースの設定をお借りしてます。 //今日は久しぶりに津川とprayする日だ。久しぶりのcomandに気持ち良くなっていたのに。急に電話がかかってきた。終わるまでstayしててと言われて、30分ほど待っている間に雪人はトイレに行きたくなっていた。行かせてと言おうと思ったのだが、会社に戻るからそれまでstayと言われて… がっつり小スカです。 投稿不定期です🙇表紙は自筆です。 華奢な上司(sub)×がっしりめな後輩(dom)

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。