Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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その後はマルクからも祝福され、目一杯の抱擁を受けた。

「兄さんが好きな人と一緒になれるなら、それ以上に嬉しいことなんてないよ」

そう言って笑ったマルクの目は赤く、一緒に泣いてくれた優しい弟に、また涙が溢れた。
ルノーと出会ってから、どうにも感情が素直に表に出てしまうが、それすらも与えてもらえたものだと思うと嬉しくて、頬が綻んだ。
予想外の形での紹介になってしまったが、父もマルクもルノーを受け入れてくれ、結婚も許してくれた。
紹介した後、四人でお茶を飲んだが、その間も和やかに会話を続ける三人に、ホッと胸を撫で下ろした。
メリア家ともこれから話し合わなければいけないが、家族が自分の好きな人を受け入れてくれたことが嬉しくて、それだけでももう、満ち足りた気持ちだった。


その三日後、ようやく周りが落ち着いてきた頃に、メリアの両親と彼の弟、そしてなぜかフラメルが一緒に屋敷を訪ねてきた。先触れもない突然の訪問に、慌てて準備をしながら、悪い考えが頭を過ぎる。
王城での一件にルノーを巻き込んでしまったことに対して、抗議しに来たんだろうか。それとも、まだ交際の許しももらえていないのに、ルノーを侯爵邸に留めていることに対して、お怒りなのだろうか……どちらもあながち間違ってもいないだろう予想に、眉が下がる。

王城から抱いて連れ帰ったあの日から、ルノーは一度もメリア家の屋敷に帰っていなかった。こちらが引き留めた訳ではなく、ルノーの「ベルを一人になんてできません」という意思を尊重し、そのまま滞在してもらっていたのだ。
父と弟、家人もいるので一人ではないのだが、ルノーの言いたいことはそういうことではないのだろう、と彼の望むまま、したいようにしてもらっていたのだが、あまり良くなかったのかもしれない。

一応、メリアの屋敷には伝達もしていたのだが……と言い訳じみたことを考えながら、ルノーと共に自室から一階のサロンへと向かえば、なぜか階段を降りた所でフラメルが待っていた。
そういえば、この人はなぜメリア一家と一緒にここに来たのだろう……今更な疑問を浮かべたまま、フラメルに声を掛けた。

「フラメル様、お久しぶりです」
「やぁ、ベルナールくん。今回のことは、災難だったね。体調は、もう良くなったかい?」
「ええ、お陰様で」
「それは良かった。でも、あまり無理はしないようにね」
「はい。ありがとうございます」

珍しく表情を曇らせたフラメルに笑みを返しつつ、抱いていた疑問をそのまま口にする。

「ところで、フラメル様は、どうしてこちらへ?」
「いやなに、私はただの付き添いだよ。ついでにベルナールくんの顔を見に来ただけだから、これで帰るよ」
「付き添い、ですか?」

誰の……と問う前に、フラメルが隣に立つルノーに視線を移した。

「ルノー、お前が王弟殿下に向けて怒鳴ったことを知って、二人とも倒れんばかりに驚いていたぞ」
「……どうして貴方はそういう余計なことばかり言うんです?」
「え? え?」

いたずらっ子のようにニヤリと笑うフラメルと、盛大な顰めっ面で肩を落とすルノーを交互に見遣る。
なぜフラメルがルノーのことを親しげに名前で呼ぶのか、ルノーはなぜ当然のことのような顔をしているのか、訳が分からずその場で右往左往していると、ルノーが困り顔でこちらを見上げた。

「ごめんなさい。一応、職場ではこの方との関係は黙っておこうと思って……」
「この方って、他人行儀だなぁ」
「半分他人です」
「えっと……」

今の会話で、なんとなく知り合いだということは分かったが……と思っていると、ルノーがフラメルを手で指した。

「こちら、私の伯父です」
「…………え?」
「正確には、ルノーの母親の姉が私の奥さんだから、義理の伯父だね」
「……え?」

あまりにも予想外の回答に、そのまま固まってしまう。
二人とも、これまで親族のような雰囲気は一切なかった。ルノーが配属された日だってそうだ。初対面のように挨拶をしていたではないか……と記憶を掘り起こしていると、ルノーが説明をしてくれた。

曰く、ルノーはフラメルの力を借りて財務部に入ったらしい。
勿論、能力が認められたからこそ王城に上がれた訳だが、自分のいる部署に必ず配属されたかったルノーは、財務長のフラメルに頼み、推薦状を書いてもらったのだそうだ。
その上で、コネで入ったと思われるのは嫌だと我が儘を言い、フラメルと親族関係であることは伏せ、上司と部下という関係だけでいたいと願ったのだという。

「採用試験はきちんと自分の力だけで受かりました。不正なんてしていません」
「ルゥくんが不正をしただなんて思わないから、安心して」

そう言って泣きそうな顔をするルノーに苦笑しながら、ああ、通りで……と過去を振り返る。
学園を卒業したばかりの子が財務部に配属されたこと、脈作りに励むでもなく、黙々と仕事に従事していたこと等、あの頃不思議に思っていた謎が一気に解けた。

(本当に、私に会うために、来てくれたんだ……)

もう充分に理解したと思っていたルノーの愛情の深さ。その根深さを改めて知り、頬を熱くしていると、フラメルがニヤリと笑った。

「この子ったら、もうずーっとベルナールくんのことが好きで好きでね。あんまりにも必死だから、初日の案内も君に代わってもらったんだよ」
「え?」
「伯父上!」

「僕が案内するって言ったら、ものすんごい嫌な顔するんだもん」とカラカラと笑うフラメルに、ルノーと始めて会った日のことを思い出す。
確かに、ルノーが配属された初日、所用で出掛けるというフラメルに代わり、部署の中を案内した。
まさか、あれまでルノーのためにお膳立てされたものだったなんて、どうして気づけよう。

(いや、というより……)

フラメルの言い方は、ルノーがずっと自分に恋焦がれていたと知っていた口ぶりで、口を開けたまま凝視してしまう。その視線に気づいたのか、フラメルが瞳を細めて笑った。

「恋のキューピッド役というのも、なかなか良いものだね」
「っ……」
「やめてください。気色悪い」
「なんでこの子はこんなに僕に当たりが強いんだろうねぇ」

いつもの彼らしくない辛辣な物言いに驚く暇もなく、フラメルが笑って流す。きっと、これが二人なりの交流の仕方なのだろうが、それでも色々と理解が追いつかなかった。

「兄さん、どうしたの? 皆待ってるよ?」
「あ……」

やって来たマルクにそう言われ、ようやくメリアの両親に会いにいく道中だったことを思い出す。

「おっと、引き留めて悪かったね。それじゃあ、僕はこれで失礼するよ」
「あ……は、はい。ありがとう、ございました」

いや、何が『ありがとう』なのかは分からないが……と自身の発言に引っ掛かっている中、フラメルはいつもの飄々とした態度で手を振った。

「二人とも、おめでとう」
「──」

『何に対して』とは言われなかった。ただその声に滲んだ祝福の気持ちは、確かに彼の本心だと伝わるような、優しい響きだった。



ルノーとフラメルの予想外の告白でふわふわとする中、向かったサロンでは、メリアの両親である男爵と夫人、彼の弟、そして父とマルクが待っていた。
温厚そうな雰囲気の夫妻は、予想していた通りまだ若く、ルノーよりも年が近いことに思わず怯んでしまう。
少しずつ戻ってきた緊張感に息が詰まりそうになり、深く息を吸い込むのと同時に、メリアの両親がいきなり立ち上がり、頭を下げた。

「閣下、この度は愚息が多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした!」
「……え?」

予想外の言葉と行動に、パチリと目を瞬く。なんだか先ほどから、驚いてばかりな気がする。
何を謝られているのかが分からず、返事に困っていると、男爵が言葉を続けた。

「王城での無礼な振る舞いについても伺いました。閣下を巻き込むことになり、お詫びのしようもなく……!」
「……ん?」
「その上、このように長くご厄介になり、厚顔無恥の極みで大変申し訳なく──」
「ま、待ってください!」

何か話がおかしいことに、慌てて言葉を遮る。一体何をどう聞いたら今の謝罪になるのか……頭が痛くなりそうになりながら、ゆっくりと言葉を探す。

「まずは頭を上げてください。お二人に謝っていただくようなことはございません」
「ですが……」
「謝らなければいけないのは私のほうです。……この度は、私事にご子息を巻き込む形となってしまい、申し訳ございませんでした」

間違いなく、今回のことの原因は自分だ。そう思い、深く頭を下げれば、男爵も夫人も、飛び跳ねんばかりに恐縮した。

「おやめください! 顔をお上げください!」
「ベルナール様、そんなことを仰らないでください! 僕がしたくてしたことです!」
「ルノー! 貴方も謝罪すべきことなんですよ!?」
「夫人、そんな風に仰らないで……」

お互い自分に非があると思っているせいか、どうにも話がまとまらない。
なんとかこの場を鎮めようとする前に、パン!と空気を割るような音が響き、ぴたりと声が止んだ。

「ベルナールも、メリア夫妻も落ち着いて。先ほど私からもおおまかな説明はしたが、もう一度、ベルナールからきちんと事情を説明すべきだろう。男爵も、夫人も、まずは話しを聞いてください」

凛と張った父の太い声に、メリア夫妻は元より、自分もハッとさせられる。

(……やっぱり、父上はすごいな)

三十歳も過ぎて、親に助けてもらわなければまともに発言をすることもできない己が情けないが、今は落ち込んでいる時間などなかった。
父の采配で落ち着きを取り戻した中、皆で席に着き、今一度、此度の出来事について自分の口から説明した。
勿論、DomやSubといったダイナミクスに関係する部分は省いたが、ルノーの親なのだ。すべてを言葉にしなくとも、話の流れや状況を考えれば、ダイナミクスが関わっていることには気づくだろう。

元は自分とマクシミリアンとの確執から始まり、最終的には危ない所をルノーが助けてくれたのだと丁寧に説明すれば、メリア夫妻は揃って頭を下げた。

「先ほどは取り乱し、お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。息子が、王弟殿下に声を荒げたと聞き、その場にいらしゃった閣下にも咎が及んでしまうのではないかと、焦ってしまいまして……」
「……心配してくださり、ありがとうございます。今回の件については、彼に非はないと陛下も承知しています。ご安心ください」

現実は声を荒げたどころの騒ぎではないのだが、実際に起こったことを教えたら二人とも本当に倒れてしまうかもしれない。ここは黙っておこう……と意図的に話を切り上げると、元々の本題へと話を移した。

「ところで、ルノーくんから手紙をお送りしているかと思いますが……その件についても、このままお話ししても構いませんか?」
「!」

当初の予定とはかなり違う形になってしまったが、この場にはルノーの家族と自分の家族、両家が揃っている。顔合わせという雰囲気ではないが、このまま話してしまったほうがいいだろう、と隣に座るルノーに目配せをすれば、力強い頷きが返ってきた。

「改めて、ご挨拶を。ルノーくんとお付き合いをさせていただいております、ベルナール・アルマンディンと申します」

きちんと名乗り、付き合っていることを自分の口からも伝える。

「既にご存知かと思いますが、彼と、できれば生涯を共にしたいと思っております。私が、彼よりずっと年嵩であることも、ルノーくんが長子であることも、理解しています。メリア家のご迷惑になるだろうことも、承知しています。でも、どうしても彼と一緒になりたいのです」

メリア夫妻を見つめ、姿勢を正し、本心からの言葉を告げれば、ルノーの手が自身の手に重なった。

「父上、母上。僕もベルナール様を愛しています。愛した人と、共に生きていきたいと思っています。ベルナール様以外の人など考えられません」
「どうか、彼と結婚するお許しをいただけませんか?」

初めて、『結婚』という単語を口にしたことに、心臓が信じられないくらい激しく鼓動していた。緊張から震えそうになる指先を、ルノーにギュッと握られ、少しだけ緊張が和らぐ。
この場ですぐに返事がもらえるとは思っていない。ただ、結婚が二人の望みであり、願いであることだけでも知っていてほしい、そう思ったのだ。

短い沈黙が流れる中、コクリと息を呑めば、メリア男爵が口を開いた。
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