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9. 移植/呪禁
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瓦礫の山の中、ぼくは由李歌を探した。
側には山ン本五郎左衛門と憂悟の巨大な屍が横たわっている。
両者とも、動く気配はまるでない。完全に沈黙していた。
きっとこのままにしておけば、他の怨児や妖者の屍と同様、漆黒の闇に溶けていくだろう。
憂悟をそのままにしておくのは気が引けたが、それよりもまずは由李歌だ。
もしや瓦礫に潰れてしまったのでは。
最悪の想像が頭をよぎる。やめてくれ。だったらぼくらは一体何の為に。
もう起き上がっては来ない筈の、山ン本の言葉が頭の中から離れない。
『娘御の腹には、既に儂の胤が植わっておる』
今からでも、山ン本の屍を一欠片残らず斬り刻んでやりたい。
ぼくは歯を食い縛り、怒りをぐっと堪えた。唇の端から、血が垂れて地面に落ちた。
「こっちさあ」
由李歌を探して瓦礫の山を必死になって掘っていると、ぼくの背後から声が聞こえた。
この期に及んで何者だ。ぼくは刀を構えて振り向く。
「お前……」
そこには平田の首が転がっていた。
憂悟に胴体から引き抜かれ、身体の全てを喰われたはずの平田が、首だけになってにやにやと笑っていた。
「まさか。山ン本を殺ってしまうとは。恐れ入ったねえ。いやはや私は君達の強さを測り損ねていた」
「何故生きている」
「平田流呪禁擬童子《ぎどうじ》。伊達に山ン本に仕え続けてたわけじゃないのさあ。私は人間だが、普通の人間ではなし得ない術を幾つも会得している。こうして首だけで生きながらえることだって朝飯前さあ。……なんて、術を完成させて起きた時にはもう君達の戦いが終わっていたんだけどねえ」
そう言って、平田は笑い声をあげた。俄《にわ》かには信じられない光景だが、今更細かいことをとやかく言っている場合ではない。
「由李歌の場所を、知っているのか」
「そうさあ。着いてきなあ」
平田は頭だけで、ボールのようにごろごろと転がり移動した。
ぼくは平田についていく。
瓦礫の奥、不自然に盛り上がっている瓦礫の山があった。
「あそこさあ」
ぼくは瓦礫の山を刀で斬った。すると、崩れた山の中からベッドに横になった、裸の由李歌が寝ていた。ベッドの周りには、どかしきれなかった瓦礫が宙に浮いているように存在していて首を捻ったが、直ぐに平田の見えない壁で由李歌が守られていることに気付いた。
「良かった」
ぼくはその場で膝を崩した。良かった。由李歌は無事だ。
「それがそうとも言い切れない」
平田の頭が、ぼくの足元にごろごろと転がって来た。
「どうして」
ぼくが平田に問うと、平田は普段の間延びした調子で答えた。
「今由李歌ちゃんは、山ン本の精を流し込まれて、此方彼方《あちら》のバランスが崩れているのさあ。ぐらぐらと、ジェンガの終盤並みだよう。だから、此方の世界に引き摺ってきてやらないと、直ぐにでも怨児の世界に呑まれちまうよう」
平田は、んぱっと自身の唇を弾いてリップ音を鳴らした。
由李歌の上に浮いていた瓦礫がガラガラと地面に落ちる。平田が見えない壁を解除したのだと判り、ぼくは由李歌の側に駆け寄った。
「由李歌‼︎」
由李歌の身体の漆黒が、まるで蜃気楼のように畝っていた。ゆらゆらと、平田の言うように、ゆらゆらと由李歌の存在が揺らいでいるのだと理解する。
ぼくは今にも慟哭しそうだった。
平田はそんなぼくを見て、にやりと笑った。
「私の言う通りにすれば、由李歌ちゃんは助かるさあ」
「……何を企んでいる」
「別にい。私も由李歌ちゃんには助かってほしいと言うだけさあ。彼女の腹には山ン本の子が居るんだ。子が育てば、もしかしたら山ン本の復活も望めるかもしれないだろう?」
悍ましい言葉を並べる平田に絶句する。だが、由李歌を助ける為に出来ることは平田の言うことを聞く他にないのは明らかだった。
由李歌の身体の揺らぎが段々と大きくなっている。
迷っている暇はない。
「どうしたらいい」
ぼくは平田の首を睨んだ。平田はほくそ笑み、ぼくと由李歌を交互に見比べた。
「由李歌ちゃんの此方側の肉を存在を確かにしなくっちゃあね。つまり旭、君の身体の一部を、由李歌ちゃんに捧げなくっちゃあ」
「理屈はいい‼︎ やり方を教えろ‼︎」
「情緒がないねえ、由李歌ちゃんが怨児に侵されている部位、そのどれかを君から由李歌ちゃんに移植する。方法は、怪医師であり呪禁師の私、平田三五郎が指示するよう。それに、なあに。首だけになっても最低限の術は施せる」
平田の首はまたごろごろと転がり、ぼくと由李歌の近くに来る。
「どこでもいいんだな」
「どこでもいい。由李歌ちゃんが失っている部位であればどこでもさあ。君の漆黒の刀でもなんでも使って、君の身体をまずは切り離せ」
ならば、迷うことはない。
由李歌の腹にいるという子のこと。平田の首。そしてぼくらは、これから憂悟なしでどう生きていくのか。
考えるべきことは山ほどあるのだろう。
だが、今ぼくが考えなくてはいけないことは、幸いただ一つだ。
眼の前の由李歌を、救わねば。
ぼくの頭を、また憂悟が叩いてくれたような気がした。ぼくは憂悟の為にも、ぼく自身のためにも、他ならぬ由李歌のためにも、やれることがあるなら、なんでもしなければならない。
ぼくは覚悟を決め、ごくりと唾を呑み込む。
そして自分の親指で、ぼくの左眼をくり抜いた。
瓦礫の山の中、ぼくは由李歌を探した。
側には山ン本五郎左衛門と憂悟の巨大な屍が横たわっている。
両者とも、動く気配はまるでない。完全に沈黙していた。
きっとこのままにしておけば、他の怨児や妖者の屍と同様、漆黒の闇に溶けていくだろう。
憂悟をそのままにしておくのは気が引けたが、それよりもまずは由李歌だ。
もしや瓦礫に潰れてしまったのでは。
最悪の想像が頭をよぎる。やめてくれ。だったらぼくらは一体何の為に。
もう起き上がっては来ない筈の、山ン本の言葉が頭の中から離れない。
『娘御の腹には、既に儂の胤が植わっておる』
今からでも、山ン本の屍を一欠片残らず斬り刻んでやりたい。
ぼくは歯を食い縛り、怒りをぐっと堪えた。唇の端から、血が垂れて地面に落ちた。
「こっちさあ」
由李歌を探して瓦礫の山を必死になって掘っていると、ぼくの背後から声が聞こえた。
この期に及んで何者だ。ぼくは刀を構えて振り向く。
「お前……」
そこには平田の首が転がっていた。
憂悟に胴体から引き抜かれ、身体の全てを喰われたはずの平田が、首だけになってにやにやと笑っていた。
「まさか。山ン本を殺ってしまうとは。恐れ入ったねえ。いやはや私は君達の強さを測り損ねていた」
「何故生きている」
「平田流呪禁擬童子《ぎどうじ》。伊達に山ン本に仕え続けてたわけじゃないのさあ。私は人間だが、普通の人間ではなし得ない術を幾つも会得している。こうして首だけで生きながらえることだって朝飯前さあ。……なんて、術を完成させて起きた時にはもう君達の戦いが終わっていたんだけどねえ」
そう言って、平田は笑い声をあげた。俄《にわ》かには信じられない光景だが、今更細かいことをとやかく言っている場合ではない。
「由李歌の場所を、知っているのか」
「そうさあ。着いてきなあ」
平田は頭だけで、ボールのようにごろごろと転がり移動した。
ぼくは平田についていく。
瓦礫の奥、不自然に盛り上がっている瓦礫の山があった。
「あそこさあ」
ぼくは瓦礫の山を刀で斬った。すると、崩れた山の中からベッドに横になった、裸の由李歌が寝ていた。ベッドの周りには、どかしきれなかった瓦礫が宙に浮いているように存在していて首を捻ったが、直ぐに平田の見えない壁で由李歌が守られていることに気付いた。
「良かった」
ぼくはその場で膝を崩した。良かった。由李歌は無事だ。
「それがそうとも言い切れない」
平田の頭が、ぼくの足元にごろごろと転がって来た。
「どうして」
ぼくが平田に問うと、平田は普段の間延びした調子で答えた。
「今由李歌ちゃんは、山ン本の精を流し込まれて、此方彼方《あちら》のバランスが崩れているのさあ。ぐらぐらと、ジェンガの終盤並みだよう。だから、此方の世界に引き摺ってきてやらないと、直ぐにでも怨児の世界に呑まれちまうよう」
平田は、んぱっと自身の唇を弾いてリップ音を鳴らした。
由李歌の上に浮いていた瓦礫がガラガラと地面に落ちる。平田が見えない壁を解除したのだと判り、ぼくは由李歌の側に駆け寄った。
「由李歌‼︎」
由李歌の身体の漆黒が、まるで蜃気楼のように畝っていた。ゆらゆらと、平田の言うように、ゆらゆらと由李歌の存在が揺らいでいるのだと理解する。
ぼくは今にも慟哭しそうだった。
平田はそんなぼくを見て、にやりと笑った。
「私の言う通りにすれば、由李歌ちゃんは助かるさあ」
「……何を企んでいる」
「別にい。私も由李歌ちゃんには助かってほしいと言うだけさあ。彼女の腹には山ン本の子が居るんだ。子が育てば、もしかしたら山ン本の復活も望めるかもしれないだろう?」
悍ましい言葉を並べる平田に絶句する。だが、由李歌を助ける為に出来ることは平田の言うことを聞く他にないのは明らかだった。
由李歌の身体の揺らぎが段々と大きくなっている。
迷っている暇はない。
「どうしたらいい」
ぼくは平田の首を睨んだ。平田はほくそ笑み、ぼくと由李歌を交互に見比べた。
「由李歌ちゃんの此方側の肉を存在を確かにしなくっちゃあね。つまり旭、君の身体の一部を、由李歌ちゃんに捧げなくっちゃあ」
「理屈はいい‼︎ やり方を教えろ‼︎」
「情緒がないねえ、由李歌ちゃんが怨児に侵されている部位、そのどれかを君から由李歌ちゃんに移植する。方法は、怪医師であり呪禁師の私、平田三五郎が指示するよう。それに、なあに。首だけになっても最低限の術は施せる」
平田の首はまたごろごろと転がり、ぼくと由李歌の近くに来る。
「どこでもいいんだな」
「どこでもいい。由李歌ちゃんが失っている部位であればどこでもさあ。君の漆黒の刀でもなんでも使って、君の身体をまずは切り離せ」
ならば、迷うことはない。
由李歌の腹にいるという子のこと。平田の首。そしてぼくらは、これから憂悟なしでどう生きていくのか。
考えるべきことは山ほどあるのだろう。
だが、今ぼくが考えなくてはいけないことは、幸いただ一つだ。
眼の前の由李歌を、救わねば。
ぼくの頭を、また憂悟が叩いてくれたような気がした。ぼくは憂悟の為にも、ぼく自身のためにも、他ならぬ由李歌のためにも、やれることがあるなら、なんでもしなければならない。
ぼくは覚悟を決め、ごくりと唾を呑み込む。
そして自分の親指で、ぼくの左眼をくり抜いた。
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