アマビエ・ライク・ア・サムシング

宮塚恵一

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第1話 アマビエ現る。

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 じめじめと湿気の多い六月も半ばになった頃、川辺を歩くあたしの前にそいつは現れた。

「これより季節が一巡した五月雨の頃、お前に不幸が訪れる。私の姿を描き写した写し絵を人々に見せよ」

 その文言に、あたしはピンと来る。アマビエだ。海からその姿を現し、予言をしては「自分の絵を描け」と言葉を残す妖怪。
 新型ウイルスの流行の時、感染拡大防止の祈りを込めてアマビエの絵を描くのが流行ったことがあった。

 確かにあたしの目の前にいるのはアマビエと言われればそう思う。

 あたしの前に現れたアマビエは川から飛び出たかと思うと川岸をズルズルと這ってあたしの目の前に近づいてきた。
 鯉みたいな魚の体はうっすらとピンクがかっていて、魚の顔の代わりにまぬけなシーズー犬みたいな顔がちょこんと乗っている。
 その間抜け面のまま、アマビエはあたしを見上げた。身長は、あたしの半分くらいしかない。

「あんたアマビエ?」
「無論そうだ」

 やはりそうらしい。妖怪というものにお目にかかるのは初めてで、もっと驚きとか色々あるものと思っていたが。

「不幸って具体的に何が起こるの」
「それは言えぬ」
「あんたの絵を描いたらその不幸は回避できるの」
「それは言えぬ」
「絵じゃなくて写真に撮るとかじゃダメ?」
「それは言えぬ」

 全部答えてくれないじゃん。

 アマビエの絵を描くのが流行った時にも、ちょっとした議論があったものだ。
 アマビエは自分の姿を描き写せとしか言ってなくて、描いたからと言って予言した疫病やら何やらを防いでくれるとは限らない、という。


「っていうか五月雨の頃? いつだって?」
「それは言えぬ」

 それは言えよ。一回言ってくれたんだから。
 ええっと、なんだっけ。あたしはアマビエの前でスマホを取り出しアマビエの口にした響きのまま「さみだれ」と検索した。

 五月雨。
 旧暦五月の雨。梅雨。

 つまり来年の今頃ってことか。じゃあそう言えよ。どうして予言というのは大概、無駄に面倒な言い回しをするのか。本当に面倒なだけだし。

 ついでにカメラ機能も立ち上げて、アマビエの写真を撮ってみた。撮るなとは言われなかったし。
 けれど、アマビエは写真には写らず、ただただ川辺の景色を撮った写真が、アルバムに追加されるだけだった。

「予言って結構おっきなことを言うもんだと思ってたけど、あたしの不幸ってだいぶ小さくない?」
「以前ならそういうこともあったが、あやかしものの力は年々低下の一途を辿るのみ。人一人の命運を占うのが関の山じゃ」

 それは答えてくれるのかよ。なるほど、妖怪の世界というのも世知辛い。

「それではさらばだ」

 あたしが次の質問をぶつけようとするより前に、アマビエはピカリと輝いたかと思うと、姿を消した。

 なんだったんだ。白昼夢かと思うような出来事であったし、実際あたしも疲れて幻覚でも見たものと思った。

 それでも一応、自分なりにあたしの前に現れたアマビエの絵を描いてみようと、適当にメモアプリを立ち上げて描いてみたりもしたが、いかんせん絵心がないので、ぐにゃぐにゃとした毛虫の行列みたいにしかならず、ため息をついてアプリを閉じた。

 それからあたしは、あたしの前に現れたアマビエのことなど忘れた。写真にも写らなかったし、日々の忙しさもあれば思い出す機会もほとんどなく、アマビエの予言した一年後が来た。
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