最期の魔王

宮塚恵一

文字の大きさ
1 / 1

魔の終

しおりを挟む
 俺は全て、やり切った。

 王座で勇者が貫いた剣を、腹に突き刺されたまま、消えゆく意識の中で、俺は満足だった。

 崩落する城の中を、勇者一行が仲間を互いに庇いながら逃げていく様子が見える。

 もしも腕が動くのならば、使命を成し遂げた彼らと最後、盃の一献でも交わしたいものだった。

 生き残った魔丞相ケルヴィンが、性懲りもなく逃げる勇者たちを追ったようだが、馬鹿者め。奴ごとき小物、何をするでもなく負けるだろう。
 ケルヴィンは純粋に、魔族の国を繁栄させたかったようだったが、くだらない。

 この世は盛者必衰、永遠の繁栄など存在せず、いずれは誰かに取って変わられる。

 魔王なぞ、永遠の支配者たりえない。

 勇者がいなくとも、いずれその王座は奪われるのみ。
 魔族はその本能から、人を襲わずにはいられない。
 故に人と魔の戦争は終わらない。

 だが俺はそれが許せなかった。この王座についてすぐ、俺は魔族の永遠の統率は不可能だと悟った。

 故に混沌を求めた。限りある王座の中、偉業を成し遂げることのみを考え続けた。

 人と魔の戦争が永続ならば、全てを魔で塗りつぶそうと。

 その目論見は破れた。
 後一歩。後一歩のところであった。

 魔族の力の源、アーリマン。
 それを世界に解放することで、魔族のみならず、人間も天界も幽界も、全てを魔で飲み込む。

 我が望み。我が野望は、ヒトの世界を守らんとした勇者に潰されてしまったが。

 だが、それでも気は晴れやかだ。

 勇者の仲間には、魔族もいた。まさか人間と魔族が手を取り合えるとは。

 しかも、創生の時代から存在するアーリマンそのものすら、勇者は俺諸共撃破した。

 これが愉快、痛快でなくてなんなのか。

 世界の理に逆らえぬならばと、俺は俺の思う世界を望んだと言うのに。

 あの勇者は世界のあり方そのものを変えおった。

 きっと、人と魔の関係は変わる。

 今までにない、新たな時代の幕開けだ!

 俺はゆっくりと眼を閉じ、千里眼で世界を見渡した。

 世界中で人間を襲い始めていた魔族の多くが、今度はぴたりとその動きを止めてオロオロとたじろいでいる。

 アーリマンが消えたことで、今まで魔族には存在しなかった理性、その理性から生まれる戦いへの恐怖が、文字通り恐れ知らずの魔族たちに初めて与えられたのだ。無理もない。

 次に勇者たちを見た。

 城の倒壊からは逃げおおせたようで、我が魔王城の外で起こっていた人と魔の戦乱を、仲間たちと手分けして止めに入っている。

 もう終わりだ。魔王は倒れた! と大声で喧伝する。

 兵士たちはその宣言を聞き、次々と剣を置き、勝利の雄叫びをあげる。

 愉快愉快。

 せっかく与えられる平和だ。存分に楽しむがいい。
 できることなら俺もその場にいたかったが……。

 世界を魔で覆わんとした魔王の定めだ。贅沢は言うまい。

「ふ、ははは。ふははははは!!」

 俺は誰もいない魔王の間で、玉座に座りながら、最期の笑い声をあげた。

『魔王様。魔王ヴァラガロス様!』

 このまま独り、消え果てんと思ったが、崩落する城の中から、俺の千里眼を通して語りかける者がいた。

『魔丞相ケルヴィンか!』

 ケルヴィンが、勇者たちが城を出る直前に戦いを挑み、負けていたのは千里眼を通してわかっていた。

 奴もまた、城に埋もれて城と運命を共にするようだ。

『私は……私は魔族の永遠の繁栄を……』
『良い良い! アーリマン亡き今となれば最早、人と魔の境界なぞあってないようなもの。魔族の繁栄など、無意味だ』

 こんな世界の続きは、ついぞ考えたことすらなかった。
 それを見られただけで、俺は満足だ。

『魔王様……私は!』

 む、と俺は眉を顰めた。
 魔丞相ケルヴィンに魔力が集まっている。

 勇者が滅ぼした筈のアーリマンの残滓が、ケルヴィンに流れ込んでいた。

 魔の永続機関としてのアーリマンと、魔族の永遠の繁栄を望むケルヴィンが呼応して、一つになろうとしている。

『……無粋者め』

 最期の場は、せめてこの玉座でと考えていたと言うのに。

 俺は立ち上がる。

『貴様が魔の残滓と共になろうとも、俺のように仮初の繁栄を得るのみ。あの勇者の働きで、俺すら考えたこともない形に世界は変わるのだ。恥を知れ』

 残る魔力を最大限に増幅する。

 時空間を歪め、俺は一歩を踏みしめた。
 闇が俺の身体を包む。

 俺の身体は瞬時に魔丞相ケルヴィンの前に移動し、奴を見下ろした。

「魔王様……」
「ケルヴィン、貴様の墓場は此処だ。魔族ならば、その誇りを失うな」

 俺は胸に未だ突き刺さる剣を引き抜いた。

 魔王である俺を唯一貫ける伝説の魔剣ハルバード。

 その柄を握りしめ、俺はハルバードを振り上げた。

「ふ、はは! ケルヴィン! 貴様も笑え! 俺の時代は終わりだ! 貴様の時代も永遠に来ぬ! 俺は! 俺は魔族を統べた最後の王として! 貴様に引導を渡そう!」

 これもまた、偉業だ。

 俺の名は、新たな世界でも最後の魔王として語り継がれるであろう。

「我らが魔に、永遠の祝福あれ!」

 俺は魔剣ハルバードを振り下ろした。
 ケルヴィンが断末魔を声をあげる。血が噴き出、遂にケルヴィンとアーリマンの残滓はこの世界から完全に砕け散り、消えた。

「は、ははは! はははははははは!!!」

 俺は笑う。天井を見上げると、崩落する城の大きな瓦礫が、俺の頭に降ってくるのが見えた。

「我らが魔に、永遠の祝福あれ!」

 俺はもう一度、そう叫ぶ。

 俺は魔王。魔王ヴァラガロス。

 最後の魔王として、新たな世界に名を遺す者。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

精霊姫の追放

あんど もあ
ファンタジー
栄華を極める国の国王が亡くなり、国王が溺愛していた幼い少女の姿の精霊姫を離宮から追放する事に。だが、その精霊姫の正体は……。 「優しい世界」と「ざまあ」の2バージョン。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

余命半年の僕は、君を英雄にするために「裏切り者」の汚名を着る

深渡 ケイ
ファンタジー
魔力を持たない少年アルトは、ある日、残酷な未来を知ってしまう。 最愛の幼馴染であり「勇者」であるレナが、半年後に味方の裏切りによって惨殺される未来を。 未来を変える代償として、半年で全身が石化して死ぬ呪いを受けたアルトは、残された命をかけた孤独な決断を下す。 「僕が最悪の裏切り者となって、彼女を救う礎になろう」 卓越した頭脳で、冷徹な「悪の参謀」を演じるアルト。彼の真意を知らないレナは、彼を軽蔑し、やがて憎悪の刃を向ける。 石化していく体に走る激痛と、愛する人に憎まれる絶望。それでも彼は、仮面の下で血の涙を流しながら、彼女を英雄にするための完璧なシナリオを紡ぎ続ける。 これは、誰よりも彼女の幸せを願った少年が、世界一の嫌われ者として死んでいく、至高の献身の物語。

婚約破棄が聞こえません

あんど もあ
ファンタジー
私は、真実の愛に目覚めた王子に王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言されたらしいです。 私には聞こえないのですが。 王子が目の前にいる? どこに? どうやら私には王子が見えなくなったみたいです。 ※「承石灰」は架空の物質です。実在の消石灰は目に入ると危険ですのでマネしないでね!

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

阿里
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

処理中です...