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悪魔が現れた

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    教官の暗躍か、それとも他の人間による仕業か、どちらにしろあれよあれよという間に訓練施設内でのスパーリングという名の師匠たちによる蹂躙劇場が始まろうとしている。
 なぜ笑われたハゲヤクザだけではなく師匠たちかというと、お面を着けた面々に気付いたアホたちがわざわざ「そこの不細工を隠している他の5人のやつも参加しろよ」と言い出したためである。
 自ら死を招き入れるスタイル……きっとドMに違いない。満面の笑みを浮かべているし。
 逆にこちらの方が顔を青くする次第ですよ、これ以上煽ってくれるなと。この事態を招いたと因縁を付けられて修行という名の地獄が訪れるじゃないですかっ!
 ちなみに東さんたちパーティーの顔も真っ青になっていた、軽く震えているようにも見えたし。

 可哀想な被害者たちは、十人隊長、拠点士と拠点結界士の自称エリート3人組。侍と弓術師、草履取りの若狭親子。名前も知らない男性2人……杖っぽい物を持っている事から考えると多分治療師とか魔術師だと思われる。
 俺たちを学校から追ってきたナントカくん3人組は、参加しない模様。
 まさに虎の威を借る狐……その虎張りぼて何だけどね。

「ちょうど8対8だな、審判は名古屋北ダンジョン探索者協会所長の君、やりたまえ」
「……わかりました。勝敗は戦闘不能でよろしいですか?」

 観客席という程でもない、2階に僅かばかり設置された通路に似た場所から知事が横柄な態度で所長さんに命じたのだが、どうやらその所長さんは師匠たちの正体に気付いているようで、チラチラとこちらの様子を見ながら不承不承といった感じで戸惑いを顔に浮かべながら前へと出てきた。

「底辺職の諸君、まぁ無理だとは思うがせいぜい頑張るように。あまりにも一方的な蹂躙だと盛り上がりに欠けるからね」

 選挙権のある皆さん!
 何でこんなバカを選んじゃったんですかっ?!

 言っていることは確かに尤もです、きっとその通りになるでしょう。ただ思い描いている形勢とは逆になるけれどねっ!

 っていうかさ、何も言わないけど刃引きした武器じゃないんですか?もしかして真剣なの?確実に欠損しちゃうよ??

「横川わかっているな」
「はい……手を出すなですね」
「何を言っている。お前が1人で蹂躙してやれ、もちろんスキルは使うなよ」
「えっ……」

 えっ!?
 俺1人でやるの?8人もいるのに……
 怒り狂っていると思ったら、その宛先を俺にしたんですかっ!?
 それに俺はまだ学生服のままなんですけどっ!?
 マジっすか……一応上着だけは脱いどこう、このままだと動きにくいし。

「ふむ、お前は俺たちばかりを相手どっているからか自信がないようだが、既にお前の実力はそこの2人を除いた組長たちに匹敵する程に上がっている。スキルを使用したならば、確実に凌駕している。故にあの阿呆どもなどスキルなしでも余裕であるわ」
「……ありがとうございます?」

 自信を持たせようとしてくれるのは嬉しいけれど、言い過ぎでしょ。先日の朝稽古でも気を遣ってくれてただけだと思うし……
 まぁそういう事にして、1人で頑張れよっていう励ましだろうから、ありがたく受け取ろう。
 さりげないプレッシャーでもあるけれど……

「結界ってどうすればいいんですか?」
「あんなものは叩けば壊れる」

 ダメージを与えれば壊れる事は知っているけど、どれほどかと聞きたかった……まぁなるようにしかならないか。
 それよりも……

「武器は刃引きしない物でいいんですか?」
「あぁそうですね、皆さん協会が用意する物に変更してください」

 所長さん忘れていたみたいだ。俺の質問に慌てた様子で頷き、倉庫の扉を開けて促してきた。

「横川、お前は木刀を貰ってこい。お前の分2本だけでいい」
「えっと僕たちは何を……」
「天野、木村、お前たちは横川くんを応援する係だ」
「あっはい……ヨコ悪い。気を付けてな」
「怪我しないようにな」

 アマとキムが心配してくれるのは嬉しいが、正直に言うと目の前の8人よりも師匠たち3人の方が怖いし、怪我なんて今更なんだよね。

「双方用意は出来たでしょうか!?」
「おいおい、幾ら弱いからって武器も持たないとか……ヘタレ過ぎだろっ!」
「降参でちゅか~?」
「おハゲちゃんいいんでちゅか~?」

 本当に止めてくれよ、ハゲヤクザを煽らないでくれっ!

「小僧、殺さぬように殺せ」

 ほらっ!!
 ムチャな事を言い出したじゃないかっ!
 なんだよ、殺さぬように殺せって……

「ハゲちゃ~ん、お面を取って~」
「双方!ち、致命傷となる行為は避けるようにっ!」
「ほう、取れと言うなら取ろうではないか」

 煽りについにキレた……
 天狗の面を外したその顔は……お面よりも赤黒く怒りが見えるほどの形相だった。

 あっ、ようやく誰かという事に気付いた若狭親子が固まってる。
 遅いよ、遅すぎるよっ!
 その目は節穴なのかな?それとも甘い飴でも入ってるのかな?
 息子だけアホなのかと思っていたら、まさかの親もだったとか。
 彼らはこの後どうなってしまうんだろう……だいたい般若心経の写経は終わってるのか?もしそれすらも終わっていないとなると、コンクリート詰めにされて、名古屋港に沈められちゃうんじゃないの!?

 その様子を見てもう隠す必要はないと判断したのか、それとも観客席のキャパシティの都合上で関係者以外いないためなのか、師匠たち全員がお面を外した。その顔はハゲヤクザ以外は皆さん満面の笑みだ。ただ楽しくて笑っているような明るさのある笑みではなく、黒さが見える笑みだけど。

「あ……あ……あ……あっ」
「えっ……そ……ん」
「…………」

 今度はその姿を見て固まったのが知事とスーツ姿の数人だ。顔を引き攣らせて、口をアワアワと動かし言葉にならない言葉を呟いている。
 ハゲヤクザと鬼畜治療師はどうか知らないけど、伊賀の師匠さんたちは世界的に有名な2人だし、クソ忍者も有名なようだしね。そりゃ声も出ないほど驚くか……

 ってか、俺をターゲットにするなら事前に調べなかったのかね、どのような状態にあるとかさ。
 まぁきっと、孤児の底辺職と侮ってバカにしていて、何も考えていなかったというのがオチなんだろうけどさ。
 あまりにも愚かすぎる……
 そして全てはもう遅い、ここまで散々バカにした挙句に、つい先程までハゲヤクザを揶揄する子供たちの言葉を一緒になって笑ったりしていたからね。
 次の選挙はもうムリだろうね……それ以前に五体満足で生きる事が出来るかどうかを心配した方が良さそうだけどね。

「おっさんばっかりかよ」
「底辺だと組むやつらもどうしようもないやつらになるんだな、ご愁傷さま」
「悲惨だな~あぁはなりたくないな」

 ご愁傷さまなのはお前たちの頭の中だよっ!
 父親や周りの様子に気付かないのか、いやらしい笑みを浮かべて笑う自称エリートたち。
 想像以上にバカなようだ。
 この状態で更に煽るとか……神出鬼没の近衛の人たちに闇討ちされても知らないよ?きっと今もどこかで絶対に見ていそうだし。若様や組長……あぁ元組長たちを面と向かって罵倒するとか……今すぐにどこからか現れて刀を向けてもおかしくないし。

「始めぬのか?」

 まるで悪魔のように、唇を大きく三日月型に歪めて、開始を促すクソ忍者の視線は知事たちに固定されているようだ。

「は、始めっ!」

 所長さんが腕を振り下ろしながら、上擦った号令の声をあげた。

 そして俺は一気に杖を持った2人へと跳ぶ。
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