64 / 90
本編
20 - 2 君の隣を歩く時間
しおりを挟む
後でわかったことだが、あれはわざと私が恋人であることを顕示するために、訓練場へ来るよう仕向けたみたいだ。生徒たちに差し入れしたいから私に運ばせろと、レオンはロゼから注文を受けたらしい。
案の定、噂はあっという間に広がり、私たちはウィスコール内で公認の恋人同士だと認知されていた。
「──もう、本当に止めてよね。ラモントにわざわざ見に来る人もいて指差されるんだから……」
ラモントで夕食を取るロゼとユーディス相手に、私は愚痴を零していた。今日は遅番だからロゼはここで食事して私が終わるのを待つらしい。ユーディスは仕事も終わってロゼに付き合わされている。
「声かけてくる女子に対応するのが面倒だからって、あんなやり方すんのお前くらいだぞ?」
「どこでキスしたって問題ないだろう」
「そんなもん見せつけられる生徒たちが可哀想だな」
呆れたように笑うユーディスに対して、ロゼは一切表情を変えない。この二人は何だかんだ言いながら、仲がいいらしい。
けれどロゼが大胆な行動に出たことで、私が不安を感じたのはあの時の一瞬だけ。あのキスで全て消えてなくなった。ロゼはわかっていて私の中の不安の芽を摘んだんだろうか。
「ユーディスも言ってやって。少しは周りの目を気にするようにって」
「まぁ、言っても無駄だろうな」
お酒を口にしながら笑っているユーディス。以前、彼はロゼのことでたくさん嘘をついたことを私に謝罪した。嘘をつかせたのはロゼなのだから彼が謝る必要はないのだけど、その件はロゼに美味しいお酒をたくさん奢ってもらってチャラになったと笑い飛ばした。私もロゼも彼には頭が下がる思いだ。
「それにしてもロゼって、人見知りで口下手なのによく講師が務まるわよね」
「ん? コイツ、別に人見知りでも口下手でもないぞ? 話すのが面倒臭いから黙ってるだけで。どちらかと言うと仕事中は能弁だしな」
ユーディスの言葉に私は目を見張った。
人見知りじゃないって?
「え? 最初の頃なんて私と目も合わさなかったのよ? 会話だってたまに主語が抜けて通じない時があるし」
「ははは! そりゃお前が相手だからだろ。話すのが照れ臭いのか緊張してるのか……なあ?」
ユーディスがロゼに話を振ると、彼はユーディスの脇腹を小突いている。私と目が合うとロゼはにっこり笑ってすぐに目を逸らした。
ずっと人見知りで口下手だと思っていたのに違うなんて……衝撃だ。
付き合うようになってからロゼの色んな一面を知ることも増え、彼のこともよく分かるようになってきた。いつも外では猫をかぶっているし、ユーディスのような信頼の置ける人間には素が出るのか口調がきつめだ。
もう私に敬語で話すこともなくなったけれど、以前敬語で話していたのは、捜査官の習慣も含めて自分の素を出さないためだったらしい。それでも時折見せる意地悪な顔は隠せていなかったと思う。
客足が落ち着いたタイミングでロゼのいるテーブルに顔を出していると、店の入り口の方がざわめき、やって来た人物がロゼの隣に腰を下ろした。
「こんばんは。皆さんお揃いで」
ギルドマスターのジュリアンだ。二十時を過ぎるこの時間でも、仕事の疲れを見せない爽やかな笑顔を振りまいている。油断しているといつの間にか懐柔されてしまうほど、彼は物腰が柔らかく人たらしだ。
だが今、彼は私の天敵でもある。
「ジュリアン、わざわざ来たのか?」
「ロゼがいるって耳にしたからね。サリダ、何か適当に持ってきてくれるかな?」
「はい、では本日のオススメをお持ちしますね」
ジュリアンは笑顔を向けてうなずいた。料理をテーブルに運べば、ジュリアンはまた違う注文をする。料理を運ぶ度に一品ずつ注文をして、しばらくどこかへ行っていろとでも言うように、私をロゼのテーブルから遠ざける。
さりげなくやっていて周りは気付いていないだろうが、私にはジュリアンの企みなどお見通しだ。
「こーら。眉間にシワの寄った顔でホールに立たないでちょうだい!」
カウンターからロゼのテーブルを睨みつけているとレオンに注意され、私はそっと眉間のシワを指で伸ばした。
「だって、ジュリアンがロゼを口説いてるんだもの! 近付いたら注文して私のこと遠ざけるのよっ」
ウィスコールのギルド員は今や百五十人に上る。ジュリアンはそれは人たらしで人望も厚い。他のギルドからベテランを引き抜いたりもする。そんな彼が、捜査官を辞めてこの国に来た有能なロゼを見逃すはずがなかった。
危険な仕事に反対する私と、ロゼを戦力としてスカウトしたいジュリアンは、今まさに敵同士なのだ。
「馬鹿言ってないで仕事しなさい。アンタは彼のこと信じてたらいいのよ」
レオンにそう言われて溜息をついていると、私の頭にぽんと誰かの手が乗った。こんな風に私に触れられる人は唯一、彼だけ。
「何、溜息ついてるの? まあ大方考えてることは想像付くけど」
「ロゼ、またジュリアンに口説かれてたんでしょう?」
「ああ……ランク八の試験受けないかってね。断ったよ。別に金にも困ってないし」
トレイを抱き締めながらその言葉にホッとする。またロゼがウィスコールの仕事を受けるんじゃないかと心配なのだ。ジュリアンはそう簡単に諦める人ではないと、ユーディスから聞かされている。
案の定、噂はあっという間に広がり、私たちはウィスコール内で公認の恋人同士だと認知されていた。
「──もう、本当に止めてよね。ラモントにわざわざ見に来る人もいて指差されるんだから……」
ラモントで夕食を取るロゼとユーディス相手に、私は愚痴を零していた。今日は遅番だからロゼはここで食事して私が終わるのを待つらしい。ユーディスは仕事も終わってロゼに付き合わされている。
「声かけてくる女子に対応するのが面倒だからって、あんなやり方すんのお前くらいだぞ?」
「どこでキスしたって問題ないだろう」
「そんなもん見せつけられる生徒たちが可哀想だな」
呆れたように笑うユーディスに対して、ロゼは一切表情を変えない。この二人は何だかんだ言いながら、仲がいいらしい。
けれどロゼが大胆な行動に出たことで、私が不安を感じたのはあの時の一瞬だけ。あのキスで全て消えてなくなった。ロゼはわかっていて私の中の不安の芽を摘んだんだろうか。
「ユーディスも言ってやって。少しは周りの目を気にするようにって」
「まぁ、言っても無駄だろうな」
お酒を口にしながら笑っているユーディス。以前、彼はロゼのことでたくさん嘘をついたことを私に謝罪した。嘘をつかせたのはロゼなのだから彼が謝る必要はないのだけど、その件はロゼに美味しいお酒をたくさん奢ってもらってチャラになったと笑い飛ばした。私もロゼも彼には頭が下がる思いだ。
「それにしてもロゼって、人見知りで口下手なのによく講師が務まるわよね」
「ん? コイツ、別に人見知りでも口下手でもないぞ? 話すのが面倒臭いから黙ってるだけで。どちらかと言うと仕事中は能弁だしな」
ユーディスの言葉に私は目を見張った。
人見知りじゃないって?
「え? 最初の頃なんて私と目も合わさなかったのよ? 会話だってたまに主語が抜けて通じない時があるし」
「ははは! そりゃお前が相手だからだろ。話すのが照れ臭いのか緊張してるのか……なあ?」
ユーディスがロゼに話を振ると、彼はユーディスの脇腹を小突いている。私と目が合うとロゼはにっこり笑ってすぐに目を逸らした。
ずっと人見知りで口下手だと思っていたのに違うなんて……衝撃だ。
付き合うようになってからロゼの色んな一面を知ることも増え、彼のこともよく分かるようになってきた。いつも外では猫をかぶっているし、ユーディスのような信頼の置ける人間には素が出るのか口調がきつめだ。
もう私に敬語で話すこともなくなったけれど、以前敬語で話していたのは、捜査官の習慣も含めて自分の素を出さないためだったらしい。それでも時折見せる意地悪な顔は隠せていなかったと思う。
客足が落ち着いたタイミングでロゼのいるテーブルに顔を出していると、店の入り口の方がざわめき、やって来た人物がロゼの隣に腰を下ろした。
「こんばんは。皆さんお揃いで」
ギルドマスターのジュリアンだ。二十時を過ぎるこの時間でも、仕事の疲れを見せない爽やかな笑顔を振りまいている。油断しているといつの間にか懐柔されてしまうほど、彼は物腰が柔らかく人たらしだ。
だが今、彼は私の天敵でもある。
「ジュリアン、わざわざ来たのか?」
「ロゼがいるって耳にしたからね。サリダ、何か適当に持ってきてくれるかな?」
「はい、では本日のオススメをお持ちしますね」
ジュリアンは笑顔を向けてうなずいた。料理をテーブルに運べば、ジュリアンはまた違う注文をする。料理を運ぶ度に一品ずつ注文をして、しばらくどこかへ行っていろとでも言うように、私をロゼのテーブルから遠ざける。
さりげなくやっていて周りは気付いていないだろうが、私にはジュリアンの企みなどお見通しだ。
「こーら。眉間にシワの寄った顔でホールに立たないでちょうだい!」
カウンターからロゼのテーブルを睨みつけているとレオンに注意され、私はそっと眉間のシワを指で伸ばした。
「だって、ジュリアンがロゼを口説いてるんだもの! 近付いたら注文して私のこと遠ざけるのよっ」
ウィスコールのギルド員は今や百五十人に上る。ジュリアンはそれは人たらしで人望も厚い。他のギルドからベテランを引き抜いたりもする。そんな彼が、捜査官を辞めてこの国に来た有能なロゼを見逃すはずがなかった。
危険な仕事に反対する私と、ロゼを戦力としてスカウトしたいジュリアンは、今まさに敵同士なのだ。
「馬鹿言ってないで仕事しなさい。アンタは彼のこと信じてたらいいのよ」
レオンにそう言われて溜息をついていると、私の頭にぽんと誰かの手が乗った。こんな風に私に触れられる人は唯一、彼だけ。
「何、溜息ついてるの? まあ大方考えてることは想像付くけど」
「ロゼ、またジュリアンに口説かれてたんでしょう?」
「ああ……ランク八の試験受けないかってね。断ったよ。別に金にも困ってないし」
トレイを抱き締めながらその言葉にホッとする。またロゼがウィスコールの仕事を受けるんじゃないかと心配なのだ。ジュリアンはそう簡単に諦める人ではないと、ユーディスから聞かされている。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる