上手に息がしたい

にーなにな

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「流石に一回シャワーに入ろう」
 朝か昼か何もわからなくなった頃、高嶺は家に来ると開口一番にそう言った。歩く気力すら失われつつありトイレに行くのが精一杯な僕に対して言った。拒否したい気持ちがあるものの今の自分ではいくら抵抗しても高嶺の力には勝つことができないことはわかっているので、流れに身を任せることにした。
 高嶺は僕を肩で支えシャワー室へ行きシャツを脱がせ、シャワーで髪から洗っていった。数日ぶりのシャワーのお湯は気持ちよかった。
「幸斗、前は自分で洗えないかな?」
 手に泡を託され洗うように声をかけられる。流石に僕の羞恥心も働きなんとなくは手が動くものの洗うのはやっぱり難しかった。
「…そうだよね」
 高嶺がそう呟くと後ろから手が伸び体を洗われる。少し背中に当たる硬い熱を感じた。申し訳なくなったと同時にこんな僕に欲情してるのかそれとも生理現象なのかどちらにしてもこんな介護のような状況でもそうなる高嶺は少し不気味だった。何もできない分際で何を考えているんだと思いながら、シャワーを出て体を拭かれ新しい服に着替えさせてもらう。
 今日もまたご飯を口に運びに入れられ吐き出すまでがワンセット。

 何から何までやってもらって受け取ってばかりの生活になっていた。このままこんな僕がいて高嶺の人生はどうなるんだろうか。ずっと高嶺の人生を縛り続けるんじゃないか。
 全部僕1人がやったことにして自首しよう。今は頭が回らないけれど、きっと逮捕されてちゃんとした環境で過ごせば何か思いついて高嶺のことは守れるはずだ。僕は高嶺が学校に行く時間になけなしの体力を使い家を出て近くの交番へと向かった。

 交番で僕が兄を殺しましたと言うと最初は兄弟喧嘩かとこちらにあまり関心を示さなかったが、具体的な内容を話していくうちに警官の態度は変わり僕は拘束された。警察署で詳しい話を聞くことになったが、死体の場所やナイフの処分した場所などわからないことが多く、僕は気が動転していたからわからないとしか答えられなかった。しばらくして僕の家を調べたとのことだったが、畳も入れ替えられていて何も残っておらず警察の捜査も難航しているようだった。畳を処分するなんてことしたら流石に覚えているだろうと詰められたが、僕は覚えていないとしか言えなかった。警察は徐々に僕の言い分を不審に思い始めたようだった。

 自主して三日が過ぎた頃だった。
「君のお兄さん見つかったよ。兄弟喧嘩に警察巻き込まないでね」
 警官から呆れた声で唐突に言われた。何が何だかわからないまま警官に誘導されるとそこには兄がいた。迎えにきてくれた兄とともに警官に謝り僕は解放された。隣にいる生きた兄が何なのか分からず僕は呆然としていた。訳がわからず頭を回しているうちに家まで着いていた。
「じゃ、オレ行くとこあるから」
 帰ろうとする兄の腕をすかさず掴む。
「なっなんで…なんで…本当にっ兄さん?」
 兄はちゃんと触れることができて形があった。何とか絞り出した聞きたいことに対して兄は笑い始めた。
「お坊ちゃんに何伝えられたか知らないけど、あの時オレは刺されただけで生きてたから」
「え?」
「場所がよくて生きてたの。普通に病院で治してもらった」
 兄が生きていた。兄を殺していなかったことに対して僕は気が抜けて座り込んだ。安心したら次第に冷静になってきて疑問が浮かぶ。
「今までどこにいたの?」
 単純に今までどこにいたんだ。なんでこの家に戻ってこなかったんだ。そしたらこんな思いしなかったのに。
「そりゃあの坊ちゃんが用意してくれた場所で悠々自適に暮らしてたよ。あの日お前の前から去ることを条件に金と住む家をもらったから。会ったら礼言っといて快適だったて」
 兄は腰を落として僕と目を合わせて言った。兄が今言った言葉なんなのか理解できないほど、信じられない言葉が並んでいく。
「なんで?嘘…」
 拒否したい言葉ほど深く僕に突き刺さっていく。
「嘘じゃない」
 兄ははっきりとこちらを向き言う。目が合う。兄の目はこちらを見通すような目で嘘じゃないとはっきり訴えてくる。
「どうしてそんなこと」
「知らないよ。それは坊ちゃんに聞いて」
 本当に知らないのであろう。興味なさげに綺麗に整えられた爪へと目線が運ばれる。
「じゃあ、なんであの日僕のことを殺そうとしたの?」
 1番聞きたかったこと。そして一番聞きたくなかったことを口にした。
「…あの日市長から関係を切るって言われて。あの人金払い良かったし暴力的でもなかったし」
 兄はさっきまでの勢いがなくなりポツポツと話し始めた。うっすらと前にこの家で聞いた兄の声が思い起こされる。多分気づこうと思えば気づけたが、目を逸らしたくて気づかなかったことに強制的に目を向けさせられた。
「…お前だけ上手くいってて幸せそうなのが腹立ってしょうがなかった。…ごめんな、こんな兄で。じゃあな」
「待って…兄さんごめんなさい」
 僕の腕を振り払い、僕の制止も聞かず兄は家を出て行った。
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