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第3話 忠実な私だけの騎士と共に
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パーティー会場を出て、私は心の底から感動していた。
聖女になってから今まで、尊敬や崇拝、期待や熱意、嫉妬や妬み、利用しようとする邪な気持ちなど。聖女として、人々から強い感情がこもった視線ばかり向けられてきた。時には重荷にさえ感じる熱い眼差しの数々。
でも今は、通行人がチラッと見てすぐに興味を失い、視線を外される。それが、どんなに素晴らしいことなのか。私はこれまで知らなかった。
なんの感情もない視線で見られるのが、こんなに心軽やかな解放感をもたらすものだったなんて。自由に呼吸ができるような心地よさ。
この世界の誰もが私のことを認識していないかのような錯覚に陥るほど、誰も私のことを見ていない。でも、これでいい。むしろ、これこそが私の望んだ結果なのだから。
聖女の称号を欲していた人に渡して、普通のノエラになる。計画通りの結果。
あの2人以外にも、会場にいた貴族たち、給仕のスタッフに至るまで魔法の効果がバッチリと発揮されているのを確認することが出来た。通り過ぎる人々の表情は、どれも無関心だったから。
私が発動した魔法は、遠い昔に聖女が使用していたけれど今では失われてしまった古代の特別な魔法。
古い文献の断片から再構築し、私なりにアレンジしたものである。もともとの効果は、聖女が自分の役目に集中するため、愛しい人とお別れするときに使うものだったみたい。恋愛感情を消し去る効果だったものを、私は大幅に改良した。
記憶を消して都合のいいように改ざんするという効果に変え、範囲も増大させて、対象人数を最大まで増やした。魔力の限界まで注ぎ込んだ大掛かりな魔法。これで、私が聖女だったことを覚えている者たちは、あらかじめ準備していた数名を除いて誰も居なくなった。今は、ただの平凡な女神官の姿だけが残っている。
皆が、私を聖女ではなく、1人の取るに足らない平凡な女神官としか見ていない。そのことに、どれほどの解放感があることか。
「お待ちしておりました、ノエラ様!」
女性の力強い声が夜の闇に響き渡った。私の名前を呼んでいる。視線を向けると、普段は装備している重厚な騎士の兜と鎧を脱いだ状態の彼女が、街灯の淡い光に照らされて待ち構えていた。短く切りそろえられた金色の髪が月明かりに輝いている。
「おまたせ、ナディーヌ」
「急いで、ここから移動しましょう」
彼女の声には切迫感があった。
「この場所に長居は禁物です」
「そうね。行きましょう」
ナディーヌは、鋭い視線で周囲を警戒しながら先陣切って歩き出す。その姿勢からは、常に警戒を怠らない騎士としての気質が滲み出ていた。彼女の後ろについて行く形で、私も足早に歩き出した。
「外に、アンクティワンが用意してくれた馬がいます」
彼女は人気のない路地を選びながら進んでいく。今の私達は、警戒するに値しない平凡な人物。だけど、面倒な出来事に巻き込まれないように警戒は続けていた。
「それに乗っていきましょう」
「わかったわ、ナディーヌ」
アンクティワンは、私たちに協力してくれている頼れる商人の仲間。彼が用意してくれた馬がいる。計画通りに物事が進んでいた。
ナディーヌに促されて、私たちは早足で向かう。立ち止まらないで移動しながら、必要な確認作業の会話を交わした。
「そっちの状況は、どうだった?」
「予定通り、私の存在を知る者は居なくなりました。そして、聖女であるノエラ様のことも」
ナディーヌの声には、微かな悲しみが混じっていた。
「そう。それでいいのよ」
私のことよりも、ナディーヌのこと。
あの光によって私が存在していた記憶を全て消し去ったのと同時に、ナディーヌの存在も一緒に消すことになっていた。彼女が聖女の護衛騎士だったという事実も、人々の記憶から消え去った。それも計画通り、だけど。
「ごめんなさい。私に付き合うようなことをさせてしまって……。あなたの輝かしい騎士としての名声も、全て無くなってしまった」
「謝らないでください、ノエラ様!」
彼女は足を止めることなく、振り返りながら力強く言った。
「むしろ、感謝しておりますよ! 貴女と一緒に過ごす時間を与えてくれたことに、私を選んでくれたことに感謝しているのです!」
その言葉が本気であることを、ひしひしと感じた。聖女の護衛騎士ナディーヌは、覚悟を決めて私と行動を共にしてくれる。彼女の瞳には揺るぎない決意の色が宿っていた。
「私は、ノエラ様の騎士」
彼女は胸に手を当てて誓うように言った。
「その役目を与えてくれたこと、心から感謝しております! だから、これから先もずっと一緒に。私は、たとえ世界が貴女を忘れても、貴女を守り続けます」
「……ありがとう、ナディーヌ」
胸が熱くなる思いだった。
彼女のような忠実な味方が居てくれて、本当に心強い。私1人だったら、こんな作戦を実行に移すことはできなかったもの。
これからの旅路に、彼女の存在が必要不可欠だと改めて感じた。
聖女になってから今まで、尊敬や崇拝、期待や熱意、嫉妬や妬み、利用しようとする邪な気持ちなど。聖女として、人々から強い感情がこもった視線ばかり向けられてきた。時には重荷にさえ感じる熱い眼差しの数々。
でも今は、通行人がチラッと見てすぐに興味を失い、視線を外される。それが、どんなに素晴らしいことなのか。私はこれまで知らなかった。
なんの感情もない視線で見られるのが、こんなに心軽やかな解放感をもたらすものだったなんて。自由に呼吸ができるような心地よさ。
この世界の誰もが私のことを認識していないかのような錯覚に陥るほど、誰も私のことを見ていない。でも、これでいい。むしろ、これこそが私の望んだ結果なのだから。
聖女の称号を欲していた人に渡して、普通のノエラになる。計画通りの結果。
あの2人以外にも、会場にいた貴族たち、給仕のスタッフに至るまで魔法の効果がバッチリと発揮されているのを確認することが出来た。通り過ぎる人々の表情は、どれも無関心だったから。
私が発動した魔法は、遠い昔に聖女が使用していたけれど今では失われてしまった古代の特別な魔法。
古い文献の断片から再構築し、私なりにアレンジしたものである。もともとの効果は、聖女が自分の役目に集中するため、愛しい人とお別れするときに使うものだったみたい。恋愛感情を消し去る効果だったものを、私は大幅に改良した。
記憶を消して都合のいいように改ざんするという効果に変え、範囲も増大させて、対象人数を最大まで増やした。魔力の限界まで注ぎ込んだ大掛かりな魔法。これで、私が聖女だったことを覚えている者たちは、あらかじめ準備していた数名を除いて誰も居なくなった。今は、ただの平凡な女神官の姿だけが残っている。
皆が、私を聖女ではなく、1人の取るに足らない平凡な女神官としか見ていない。そのことに、どれほどの解放感があることか。
「お待ちしておりました、ノエラ様!」
女性の力強い声が夜の闇に響き渡った。私の名前を呼んでいる。視線を向けると、普段は装備している重厚な騎士の兜と鎧を脱いだ状態の彼女が、街灯の淡い光に照らされて待ち構えていた。短く切りそろえられた金色の髪が月明かりに輝いている。
「おまたせ、ナディーヌ」
「急いで、ここから移動しましょう」
彼女の声には切迫感があった。
「この場所に長居は禁物です」
「そうね。行きましょう」
ナディーヌは、鋭い視線で周囲を警戒しながら先陣切って歩き出す。その姿勢からは、常に警戒を怠らない騎士としての気質が滲み出ていた。彼女の後ろについて行く形で、私も足早に歩き出した。
「外に、アンクティワンが用意してくれた馬がいます」
彼女は人気のない路地を選びながら進んでいく。今の私達は、警戒するに値しない平凡な人物。だけど、面倒な出来事に巻き込まれないように警戒は続けていた。
「それに乗っていきましょう」
「わかったわ、ナディーヌ」
アンクティワンは、私たちに協力してくれている頼れる商人の仲間。彼が用意してくれた馬がいる。計画通りに物事が進んでいた。
ナディーヌに促されて、私たちは早足で向かう。立ち止まらないで移動しながら、必要な確認作業の会話を交わした。
「そっちの状況は、どうだった?」
「予定通り、私の存在を知る者は居なくなりました。そして、聖女であるノエラ様のことも」
ナディーヌの声には、微かな悲しみが混じっていた。
「そう。それでいいのよ」
私のことよりも、ナディーヌのこと。
あの光によって私が存在していた記憶を全て消し去ったのと同時に、ナディーヌの存在も一緒に消すことになっていた。彼女が聖女の護衛騎士だったという事実も、人々の記憶から消え去った。それも計画通り、だけど。
「ごめんなさい。私に付き合うようなことをさせてしまって……。あなたの輝かしい騎士としての名声も、全て無くなってしまった」
「謝らないでください、ノエラ様!」
彼女は足を止めることなく、振り返りながら力強く言った。
「むしろ、感謝しておりますよ! 貴女と一緒に過ごす時間を与えてくれたことに、私を選んでくれたことに感謝しているのです!」
その言葉が本気であることを、ひしひしと感じた。聖女の護衛騎士ナディーヌは、覚悟を決めて私と行動を共にしてくれる。彼女の瞳には揺るぎない決意の色が宿っていた。
「私は、ノエラ様の騎士」
彼女は胸に手を当てて誓うように言った。
「その役目を与えてくれたこと、心から感謝しております! だから、これから先もずっと一緒に。私は、たとえ世界が貴女を忘れても、貴女を守り続けます」
「……ありがとう、ナディーヌ」
胸が熱くなる思いだった。
彼女のような忠実な味方が居てくれて、本当に心強い。私1人だったら、こんな作戦を実行に移すことはできなかったもの。
これからの旅路に、彼女の存在が必要不可欠だと改めて感じた。
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