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第2話 忘れられた聖女
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広がっていた白い光が消え去ると、会場内に華やかな喧騒が戻ってきた。シャンデリアの輝きが再び鮮やかに映える。
あんなにも広範囲に及ぶ魔法現象が一瞬で発動し、そして消失したというのに、不思議なことに騒ぎは起きていない。誰も気にしていない。
まるで何も起こらなかったかのように振る舞う貴族たち。豪奢なドレスに身を包んだ貴婦人たちはグラスを傾け、紳士たちは変わらぬ調子で会話を続けている。そして、私の目の前に立つ人々も同じだった。
「あれ? 君は……」
エリック王子が私の顔を見て首を傾げながら呟いた。その瞳には「誰だろう」という困惑の色が浮かんでいる。彼の記憶から、私の存在はすでに完全に消え去ったのだ。魔法がしっかりと発動したことに、私は内心で安堵した。
横に居るエリーゼと呼ばれた女性も同様の視線で私を見つめながら、口を開いた。緩やかに眉をひそめて、露骨な嫌悪感を浮かべた表情で。
「その質素な白い服……神殿の神官かしら? パーティーに参加している聖女である私に戻るよう言うため、ここまで使いに来たということね」
「はい、その通りです」
とりあえず、肯定しておく。私に関する記憶を失って、彼らは都合良く勘違いしてくれた。だから私は、穏やかな笑顔を浮かべて適当に話を合わせることにした。
「まだ私は、エリック様とパーティーを楽しむから」
エリーゼは指先で自分の巻き毛を弄びながら言った。
「貴女は会場の外で、パーティーが終わるまで大人しく待機していなさい。いいわね?」
最後の言葉に棘があった。聖女である自分に神官が逆らうなという無言の圧力。
「了解しました」
しっしっと、追い払うように細い指を小刻みに振って命令される。これ以上なく横柄な態度。聖女と神官には確かに上下関係があるけれど、普通はこれほど尊大な態度で話すことはない。礼節というものがあるはずだ。
私を下に見るような視線を放ちながら、彼女は本心を隠そうともせず高飛車に振る舞っている。少なくとも、もう少しまともな態度で対応するべきだろう。
普段から、彼女はこういった性格なのだろうか。エリック王子が望むように記憶が作り変えられ、私がいない世界に変化した。そこで聖女の立場を代わりに手に入れたからこそ、彼女はそんな傲慢な態度をとるようになったのかもしれない。
そんな彼女も、私のことを聖女だとは覚えていない。自分こそが聖女であると疑いなく信じている。そして、この新たな世界では彼女の記憶が「正しい」のだ。
「よかったら、君もパーティーに参加していくかい? 美しい神官が増えれば、場も華やぐというものだ」
エリック王子が、柔らかな微笑みを浮かべながら誘ってくる。そんな親しげな視線を向けられるのは新鮮な体験だった。これまで冷淡だった彼が、まるで別人のように優しげだ。王国の掟がなければ、もしかしたら私たちはこんな風に自然に接することができたのかもしれない。
これも、記憶がないからこその行動なのだろう。けれど、もちろん私はそのお誘いを丁重にお断りする。
「お誘いありがとうございます」
私は控えめな声色で答えた。
「ですが私は、まだ神殿での仕事が残っておりますので」
「そうか、実に残念だよ」
エリック王子は本当に落胆したような表情を浮かべた。
「もしよかったら、神殿に言ってあげて仕事を免除して――」
「ありがとうございます。ですが、大丈夫です。失礼します」
本当に心から残念そうな顔をしているエリック王子。その横に立っているエリーゼが険しい不満の表情を浮かべているのに、彼は全く気付いていない。しかも彼女は、鋭い視線で私にまで明らかな敵意を向けてくる。彼女の瞳が怒りに燃えているのが見て取れた。この場に留まれば長くなりそうなので、私は無理やり深く一礼して、足早にこの場を離れることにした。
背後から、エリック王子とエリーゼが会話する声が波のように押し寄せてくる。
「なんで、あんなみすぼらしい女をパーティーに誘うのよ?」
エリーゼの声には露骨な嫉妬が滲んでいた。
「彼女は、聖女である君の部下の女神官なんだろう?」
エリック王子の声は穏やかだった。
「それなら、仲良くしておくべきだと思ってね。神殿との関係は大事にしないと」
「別に必要ないでしょ。ダサいし、暗そうじゃない。あんな子が近くに居たら、私も暗くなりそうで嫌よ」
エリーゼは苛立たしげに言い返した。
「ふーん、そうかな?」
エリック王子の返答には軽い困惑が混じっていた。
ダサいとか暗そうとか、散々な言われようね。けれど私の心に響くことはない。むしろ、しっかりと記憶が消えていることが確認できて良かった。それから、失われた記憶を補完するために新たな記憶もちゃんと生まれ始めているようだ。彼らの会話からも、すでに新しい「事実」が形作られていることがわかる。これからどうなるのか、魔法を発動させた私自身にもはっきりとはわからない。
あんなにも広範囲に及ぶ魔法現象が一瞬で発動し、そして消失したというのに、不思議なことに騒ぎは起きていない。誰も気にしていない。
まるで何も起こらなかったかのように振る舞う貴族たち。豪奢なドレスに身を包んだ貴婦人たちはグラスを傾け、紳士たちは変わらぬ調子で会話を続けている。そして、私の目の前に立つ人々も同じだった。
「あれ? 君は……」
エリック王子が私の顔を見て首を傾げながら呟いた。その瞳には「誰だろう」という困惑の色が浮かんでいる。彼の記憶から、私の存在はすでに完全に消え去ったのだ。魔法がしっかりと発動したことに、私は内心で安堵した。
横に居るエリーゼと呼ばれた女性も同様の視線で私を見つめながら、口を開いた。緩やかに眉をひそめて、露骨な嫌悪感を浮かべた表情で。
「その質素な白い服……神殿の神官かしら? パーティーに参加している聖女である私に戻るよう言うため、ここまで使いに来たということね」
「はい、その通りです」
とりあえず、肯定しておく。私に関する記憶を失って、彼らは都合良く勘違いしてくれた。だから私は、穏やかな笑顔を浮かべて適当に話を合わせることにした。
「まだ私は、エリック様とパーティーを楽しむから」
エリーゼは指先で自分の巻き毛を弄びながら言った。
「貴女は会場の外で、パーティーが終わるまで大人しく待機していなさい。いいわね?」
最後の言葉に棘があった。聖女である自分に神官が逆らうなという無言の圧力。
「了解しました」
しっしっと、追い払うように細い指を小刻みに振って命令される。これ以上なく横柄な態度。聖女と神官には確かに上下関係があるけれど、普通はこれほど尊大な態度で話すことはない。礼節というものがあるはずだ。
私を下に見るような視線を放ちながら、彼女は本心を隠そうともせず高飛車に振る舞っている。少なくとも、もう少しまともな態度で対応するべきだろう。
普段から、彼女はこういった性格なのだろうか。エリック王子が望むように記憶が作り変えられ、私がいない世界に変化した。そこで聖女の立場を代わりに手に入れたからこそ、彼女はそんな傲慢な態度をとるようになったのかもしれない。
そんな彼女も、私のことを聖女だとは覚えていない。自分こそが聖女であると疑いなく信じている。そして、この新たな世界では彼女の記憶が「正しい」のだ。
「よかったら、君もパーティーに参加していくかい? 美しい神官が増えれば、場も華やぐというものだ」
エリック王子が、柔らかな微笑みを浮かべながら誘ってくる。そんな親しげな視線を向けられるのは新鮮な体験だった。これまで冷淡だった彼が、まるで別人のように優しげだ。王国の掟がなければ、もしかしたら私たちはこんな風に自然に接することができたのかもしれない。
これも、記憶がないからこその行動なのだろう。けれど、もちろん私はそのお誘いを丁重にお断りする。
「お誘いありがとうございます」
私は控えめな声色で答えた。
「ですが私は、まだ神殿での仕事が残っておりますので」
「そうか、実に残念だよ」
エリック王子は本当に落胆したような表情を浮かべた。
「もしよかったら、神殿に言ってあげて仕事を免除して――」
「ありがとうございます。ですが、大丈夫です。失礼します」
本当に心から残念そうな顔をしているエリック王子。その横に立っているエリーゼが険しい不満の表情を浮かべているのに、彼は全く気付いていない。しかも彼女は、鋭い視線で私にまで明らかな敵意を向けてくる。彼女の瞳が怒りに燃えているのが見て取れた。この場に留まれば長くなりそうなので、私は無理やり深く一礼して、足早にこの場を離れることにした。
背後から、エリック王子とエリーゼが会話する声が波のように押し寄せてくる。
「なんで、あんなみすぼらしい女をパーティーに誘うのよ?」
エリーゼの声には露骨な嫉妬が滲んでいた。
「彼女は、聖女である君の部下の女神官なんだろう?」
エリック王子の声は穏やかだった。
「それなら、仲良くしておくべきだと思ってね。神殿との関係は大事にしないと」
「別に必要ないでしょ。ダサいし、暗そうじゃない。あんな子が近くに居たら、私も暗くなりそうで嫌よ」
エリーゼは苛立たしげに言い返した。
「ふーん、そうかな?」
エリック王子の返答には軽い困惑が混じっていた。
ダサいとか暗そうとか、散々な言われようね。けれど私の心に響くことはない。むしろ、しっかりと記憶が消えていることが確認できて良かった。それから、失われた記憶を補完するために新たな記憶もちゃんと生まれ始めているようだ。彼らの会話からも、すでに新しい「事実」が形作られていることがわかる。これからどうなるのか、魔法を発動させた私自身にもはっきりとはわからない。
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