14 / 22
第14話 過去との決別
しおりを挟む
ヴァンローゼ家と対立することになるかもしれない。そう聞いたエレノアは、目を大きく見開き、その言葉の意味を理解しようと努めた。
「一方的な婚約の破棄と婚約者の変更に関して、ウィンターフェイド家から王宮へ改めて報告する」
エドモンドの声は低く、冷静だった。燭台の炎が彼の顔に揺らめく影を落として、その表情をより引き締まったものに見せている。
「それに加えて、ヴァンローゼ家の内情について調査を行わせた。そして判明したこと……」
彼は一度、深く息を吸ってから続ける。その瞬間、エレノアは彼の憤りが抑えられていることを感じ取った。まるで怒りを内側に封じ込めるように、彼は言葉を選びながら話していた。
「つまり、君が受けた扱いが、貴族家の娘として、いや、一人の人間として許されるものではないということを報告するつもりだ」
エレノアの心臓が跳ねた。彼女は思わず目を伏せた。いつか外へ出ていくと、我慢し続けてきた日々を思い出す。食事の途中で追い出され、空腹に耐えた日々。部屋に閉じこもって感じる孤独。
「食事の制限、教育の欠如、社交界からの隔離。そして妹からの絶え間ない嫌がらせ」
エドモンドが一つずつ数え上げる。エレノアが受けてきた仕打ちを。彼の声には抑えきれない怒りが滲んでいて、それはエレノアに向けられたものではなく、彼女を傷つけた人々への怒りだと分かった。
「これらの事実を、私は王宮に報告するつもりだ」
彼の宣言は、静かながらも断固としていた。
「そうなれば、ヴァンローゼ家は貴族社会で孤立することになるだろう。最悪の場合、爵位の剥奪もあり得る」
エレノアは息を呑んだ。彼女はそこまでの事態を想像していなかった。
「しかし、これは見過ごすことができない」
エドモンドの拳が、静かに机の上で固く握られた。
「貴族には責任と義務がある。自分の子供すら守れぬ者に、領民を守る資格はない。それが私の信条だ」
彼の言葉には、強い正義感と怒りが滲んでいた。エレノアは彼の顔を見上げた。彼の怒りは自分のためでもある。その認識が、彼女の胸に温かいものを灯した。
「このような行動をとれば、ヴァンローゼ家からの反発は必至だ」
エドモンドは話しながら、彼女の反応を注意深く観察していた。そして、反発するという予想を聞いたエレノアは、そうなるだろうと同意する。
「だから、君には選択肢がある」
彼は言葉を続けた。
「もし実家と争うことを望まないなら、別の方法もある。たとえば、別の貴族家への養子縁組。ウィンターフェイド家とヴァンローゼ家、今後どちらとも距離を置いて、関わらないようにして生きる道だ」
彼は真剣な眼差しで言った。その目には、彼女の幸せを願う気持ちが映っていた。
「その場合でも、私は最後まで君の面倒を見る。それを約束しよう」
エレノアは彼の言葉を静かに受け止めた。選択肢があること自体が、彼女にとっては新しい体験だった。ヴァンローゼ家では、彼女の意見など聞かれることはなかった。彼女は深く息を吸い、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「お気遣いありがとうございます。でも……」
彼女の声は、数ヶ月前にウィンターフェイド家の屋敷を訪れた頃よりも強く、確かなものになっていた。
「私は、実家に対する未練が一つもありません」
エレノアの言葉は予想以上に断固としていた。エドモンドは彼女の答えを真剣に受け止め、静かに頷いた。
「あの家にいた頃と比べて、今はとても幸せです。十分な食事、学ぶ機会、尊重してくれる人々。これらは今の私にとって、かけがえのない宝物です」
彼女の頬に、わずかに紅が差した。燭台の光が彼女の顔を優しく照らし、その表情をより生き生きとしたものに見せていた。
「そして何より、エドモンド様と過ごす日々が楽しみです。さっき言った気持ちに、変わりはありません」
彼女の目は真っ直ぐにエドモンドを見つめていた。初めて会った日の臆病な少女の面影はなく、そこにいたのは自分の気持ちをはっきりと伝えられる強さを持った女性だった。
「実家がどうなっても……私には関係ありません。過去は過去として、これからは自分の人生を生きていきたいと思います」
彼女の言葉に、エドモンドの表情が柔らかくなった。
「本当にそれでいいのか? 後悔はしないか?」
「はい。理由を聞いて、納得しました。今のままの関係を続けさせてください」
エレノアは迷いなく答えた。その言葉には、ウィンターフェイド家の屋敷で過ごしているうちに培われた彼女の強さと、新たな自信が込められていた。
エドモンドは満足そうに頷き、席から立ち上がった。椅子がわずかに床を擦る音が、静かな食堂に響いた。彼は彼女の横まで歩み寄ると、手を差し出した。
「わかった。では、改めてよろしく頼むエレノア」
エレノアも立ち上がり、彼の差し出した手をとった。その手の温もりが、彼らの誓いを象徴しているかのようだった。彼の手は大きく、力強く、そして安心感を与えてくれた。
「はい。こちらこそ、エドモンド様」
この握手とともに、エレノア・ヴァンローゼはエドモンド・ウィンターフェイドの正式な婚約者となった。窓の外の夜空に、一際明るい星が輝いていた。それは彼女の新しい人生の始まりを祝福しているかのようだった。
「一方的な婚約の破棄と婚約者の変更に関して、ウィンターフェイド家から王宮へ改めて報告する」
エドモンドの声は低く、冷静だった。燭台の炎が彼の顔に揺らめく影を落として、その表情をより引き締まったものに見せている。
「それに加えて、ヴァンローゼ家の内情について調査を行わせた。そして判明したこと……」
彼は一度、深く息を吸ってから続ける。その瞬間、エレノアは彼の憤りが抑えられていることを感じ取った。まるで怒りを内側に封じ込めるように、彼は言葉を選びながら話していた。
「つまり、君が受けた扱いが、貴族家の娘として、いや、一人の人間として許されるものではないということを報告するつもりだ」
エレノアの心臓が跳ねた。彼女は思わず目を伏せた。いつか外へ出ていくと、我慢し続けてきた日々を思い出す。食事の途中で追い出され、空腹に耐えた日々。部屋に閉じこもって感じる孤独。
「食事の制限、教育の欠如、社交界からの隔離。そして妹からの絶え間ない嫌がらせ」
エドモンドが一つずつ数え上げる。エレノアが受けてきた仕打ちを。彼の声には抑えきれない怒りが滲んでいて、それはエレノアに向けられたものではなく、彼女を傷つけた人々への怒りだと分かった。
「これらの事実を、私は王宮に報告するつもりだ」
彼の宣言は、静かながらも断固としていた。
「そうなれば、ヴァンローゼ家は貴族社会で孤立することになるだろう。最悪の場合、爵位の剥奪もあり得る」
エレノアは息を呑んだ。彼女はそこまでの事態を想像していなかった。
「しかし、これは見過ごすことができない」
エドモンドの拳が、静かに机の上で固く握られた。
「貴族には責任と義務がある。自分の子供すら守れぬ者に、領民を守る資格はない。それが私の信条だ」
彼の言葉には、強い正義感と怒りが滲んでいた。エレノアは彼の顔を見上げた。彼の怒りは自分のためでもある。その認識が、彼女の胸に温かいものを灯した。
「このような行動をとれば、ヴァンローゼ家からの反発は必至だ」
エドモンドは話しながら、彼女の反応を注意深く観察していた。そして、反発するという予想を聞いたエレノアは、そうなるだろうと同意する。
「だから、君には選択肢がある」
彼は言葉を続けた。
「もし実家と争うことを望まないなら、別の方法もある。たとえば、別の貴族家への養子縁組。ウィンターフェイド家とヴァンローゼ家、今後どちらとも距離を置いて、関わらないようにして生きる道だ」
彼は真剣な眼差しで言った。その目には、彼女の幸せを願う気持ちが映っていた。
「その場合でも、私は最後まで君の面倒を見る。それを約束しよう」
エレノアは彼の言葉を静かに受け止めた。選択肢があること自体が、彼女にとっては新しい体験だった。ヴァンローゼ家では、彼女の意見など聞かれることはなかった。彼女は深く息を吸い、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「お気遣いありがとうございます。でも……」
彼女の声は、数ヶ月前にウィンターフェイド家の屋敷を訪れた頃よりも強く、確かなものになっていた。
「私は、実家に対する未練が一つもありません」
エレノアの言葉は予想以上に断固としていた。エドモンドは彼女の答えを真剣に受け止め、静かに頷いた。
「あの家にいた頃と比べて、今はとても幸せです。十分な食事、学ぶ機会、尊重してくれる人々。これらは今の私にとって、かけがえのない宝物です」
彼女の頬に、わずかに紅が差した。燭台の光が彼女の顔を優しく照らし、その表情をより生き生きとしたものに見せていた。
「そして何より、エドモンド様と過ごす日々が楽しみです。さっき言った気持ちに、変わりはありません」
彼女の目は真っ直ぐにエドモンドを見つめていた。初めて会った日の臆病な少女の面影はなく、そこにいたのは自分の気持ちをはっきりと伝えられる強さを持った女性だった。
「実家がどうなっても……私には関係ありません。過去は過去として、これからは自分の人生を生きていきたいと思います」
彼女の言葉に、エドモンドの表情が柔らかくなった。
「本当にそれでいいのか? 後悔はしないか?」
「はい。理由を聞いて、納得しました。今のままの関係を続けさせてください」
エレノアは迷いなく答えた。その言葉には、ウィンターフェイド家の屋敷で過ごしているうちに培われた彼女の強さと、新たな自信が込められていた。
エドモンドは満足そうに頷き、席から立ち上がった。椅子がわずかに床を擦る音が、静かな食堂に響いた。彼は彼女の横まで歩み寄ると、手を差し出した。
「わかった。では、改めてよろしく頼むエレノア」
エレノアも立ち上がり、彼の差し出した手をとった。その手の温もりが、彼らの誓いを象徴しているかのようだった。彼の手は大きく、力強く、そして安心感を与えてくれた。
「はい。こちらこそ、エドモンド様」
この握手とともに、エレノア・ヴァンローゼはエドモンド・ウィンターフェイドの正式な婚約者となった。窓の外の夜空に、一際明るい星が輝いていた。それは彼女の新しい人生の始まりを祝福しているかのようだった。
1,358
あなたにおすすめの小説
(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?
青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。
けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの?
中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。
[完結]だってあなたが望んだことでしょう?
青空一夏
恋愛
マールバラ王国には王家の血をひくオルグレーン公爵家の二人の姉妹がいる。幼いころから、妹マデリーンは姉アンジェリーナのドレスにわざとジュースをこぼして汚したり、意地悪をされたと嘘をついて両親に小言を言わせて楽しんでいた。
アンジェリーナの生真面目な性格をけなし、勤勉で努力家な姉を本の虫とからかう。妹は金髪碧眼の愛らしい容姿。天使のような無邪気な微笑みで親を味方につけるのが得意だった。姉は栗色の髪と緑の瞳で一見すると妹よりは派手ではないが清楚で繊細な美しさをもち、知性あふれる美貌だ。
やがて、マールバラ王国の王太子妃に二人が候補にあがり、天使のような愛らしい自分がふさわしいと、妹は自分がなると主張。しかし、膨大な王太子妃教育に我慢ができず、姉に代わってと頼むのだがーー
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
婚約者を奪っていった彼女は私が羨ましいそうです。こちらはあなたのことなど記憶の片隅にもございませんが。
松ノ木るな
恋愛
ハルネス侯爵家令嬢シルヴィアは、将来を嘱望された魔道の研究員。
不運なことに、親に決められた婚約者は無類の女好きであった。
研究で忙しい彼女は、女遊びもほどほどであれば目をつむるつもりであったが……
挙式一月前というのに、婚約者が口の軽い彼女を作ってしまった。
「これは三人で、あくまで平和的に、話し合いですね。修羅場は私が制してみせます」
※7千字の短いお話です。
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
勝手にしろと言ったのに、流刑地で愛人と子供たちと幸せスローライフを送ることに、なにか問題が?
赤羽夕夜
恋愛
アエノール・リンダークネッシュは新婚一日目にして、夫のエリオット・リンダークネッシュにより、リンダークネッシュ家の領地であり、滞在人の流刑地である孤島に送られることになる。
その理由が、平民の愛人であるエディットと真実の愛に満ちた生活を送る為。アエノールは二人の体裁を守る為に嫁に迎えられた駒に過ぎなかった。
――それから10年後。アエノールのことも忘れ、愛人との幸せな日々を過ごしていたエリオットの元に、アエノールによる離婚状と慰謝料の請求の紙が送られてくる。
王室と裁判所が正式に受理したことを示す紋章。事態を把握するために、アエノールが暮らしている流刑地に向かうと。
絶海孤島だった流刑地は、ひとつの島として栄えていた。10年以上前は、たしかになにもない島だったはずなのに、いつの間にか一つの町を形成していて領主屋敷と呼ばれる建物も建てられていた。
エリオットが尋ねると、その庭園部分では、十年前、追い出したはずのアエノールと、愛する人と一緒になる為に婚約者を晒し者にして国王の怒りを買って流刑地に送られた悪役王子――エドが幼い子を抱いて幸せに笑い合う姿が――。
※気が向いたら物語の補填となるような短めなお話を追加していこうかなと思うので、気長にお待ちいただければ幸いです。
(完結)夫と姉(継母の連れ子)に罪を着せられた侯爵令嬢の二度目の人生ー『復讐』よりも『長生き』したい!
青空一夏
恋愛
私はカッシング侯爵家のアナスターシア。カッシング侯爵家の跡継ぎ娘であり、お母様の実家マッキンタイヤー公爵家の跡継ぎでもある立場なの。なんでって? 亡きお母様のお兄様(マッキンタイヤー公爵)が将軍職をまっとうするため、独身を貫いてきたからよ。ちなみにマッキンタイヤー公爵の初代はユーフェミア王女で聖女様でもあったのよ。私はその血も引いているわ。
お母様は私が5歳の頃に病で亡くなったわ。でも、まもなくお父様はサリナお母様と再婚したの。最初は嫌な気持ちがしたけれど、サリナお母様はとても優しかったからすぐに仲良くなれた。サリナお母様には娘がいて、私より年上だった。ローズリンお姉様のことよ。ローズリンお姉様も良い方で、私はとても幸せだった。
チェルシー王妃主催のお茶会で知り合ったハーランド第二王子殿下も優しくて、私を甘やかしてくれる味方なの。でも、お母様のお兄様であるマッキンタイヤー公爵は厳しくて、会うたびにお説教を言ってくるから嫌い。なるべく、伯父様(マッキンタイヤー公爵)に関わらないようにしていたいわ。そうすれば、私は幸せに気楽に生きることができる。ところが・・・・・・
この物語は夫となったハーランド第二王子の裏切りとローズリンの嘘で罪を着せられたアナスターシアが、毒杯を飲ませられるところで奇跡を起こし、二度目の人生をやり直すお話しです。アナスターシアが積極的に復讐していくお話ではなく、ハーランド第二王子やローズリンが自業自得で自滅していくお話しです。アナスターシアの恋もちりばめた恋愛小説になっています。
※この物語は現実ではない異世界のお話しですから、歴史的や時代背景的におかしな部分が多々あると思いますので、ご了承ください。誤字・脱字多いかもしれませんが、脳内で変換していただけるか、教えていただけると嬉しいです💦
聖女や聖獣などのファンタジー要素あり。
※完結保証。すでに執筆が終わっておりますので、途中で連載がとまることはありません。安心してお読みくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる