妹が自ら手放した騎士の価値~家を出たいと願った令嬢との運命の出会い~

キョウキョウ

文字の大きさ
15 / 22

第15話 怒りと焦り※ヴィヴィアン視点

しおりを挟む
「あんまりだわっ!」

 ヴィヴィアン・ヴァンローゼの怒声が、豪華な寝室の中に響き渡った。彼女は金色の髪を振り乱し、顔を真っ赤にして部屋の中を行ったり来たりしていた。

「嘘って、なによ! なんで、言ってくれなかったのよっ!」

 彼女は、手に取った高価な陶磁器の花瓶を床に叩きつけた。砕け散る音が部屋中に鋭く響き、花瓶の破片が絨毯の上に散らばった。しかし、それでも彼女の怒りは収まらなかった。

「なんてこと……なんてことなの!」

 ヴィヴィアンはドレッサーの上の小物類を腕で払い落とし、鏡台に向かって座り込んだ。そこに映る自分の姿、美しいはずの顔は怒りで歪んでいる。

 しかし今、彼女はそんなことも気にしていられなかった。

 社交界からもたらされた情報が、彼女の世界を根底から揺るがしていた。

 エドモンド・ウィンターフェイド。かつての婚約者。彼が怪我を負ったこと、仕事で失敗したという話は、全て偽りだったのだ。

「仕事の失敗だと聞いたのに。怪我を負ったって聞いたのに。全部嘘だったなんて!」

 ヴィヴィアンは鏡に映る自分を睨みつけた。現実は彼女の想像とはあまりにもかけ離れていた。エドモンドは昇進して副騎士団長に任命されるという。将来は騎士団長の座も約束されているという。

「あの人が……あの男が……!」

 彼女が婚約を破棄したのは、彼の将来に不安を感じたからだ。仕事に失敗した男に価値はない。そう考えていた。

 だが全ては嘘だった。彼の価値は下がるどころか、上がっていたのだ。

 そして王宮からの使者が彼女の父に伝えた言葉は、さらに彼女を打ちのめした。

「婚約破棄の手続きが不適切? 私たちが叱責を受けるなんて、おかしいわよ」

 ヴィヴィアンは憤然と立ち上がり、窓際まで歩いた。外は曇り空で、彼女の心のように暗く沈んでいた。

「それに、虐待なんて……」

 彼女の頭の中で、使者の言葉が繰り返し響いた。

 ヴァンローゼ家の長女に対する長年の虐待行為について、調査が行われることになりました。

「そんなの大げさよっ!」

 ヴィヴィアンは窓枠を強く握りしめた。彼女の頭の中では、自分の行為を正当化する言葉が次々と浮かんでいた。

「お姉様とは少し仲が悪かっただけ。あれぐらいの意地悪をしたくらいで、虐待って言われるなんて」

 しかし、内心では彼女も理解していた。エレノアへの行為が単なる姉妹喧嘩の域を超えていたことを。食事を取らせない日々、侮辱の言葉、孤立させる策略。

 だけど、それでヴァンローゼ家の名声に傷がつくなんて許せなかった。

「私が悪いわけじゃないわ!」

 彼女は自分に言い聞かせるように叫んだ。

「そもそも、全ての原因はエドモンド様の嘘! 彼が嘘をつかなければ、私は婚約を破棄しなかった。私が被害者なのよ!」

 ヴィヴィアンの思考は、彼女に都合の良い方向へと歪んでいった。

「それに、お姉様だって問題があるわ。いつも黙って、何も言い返してこない。自分のことを守ろうともしない。だから私も……つい……」

 窓の外を見ながら、彼女は思い出していた。エレノアがいつも静かに耐えていた姿。その姿がヴィヴィアンの中で、怒りを呼び起こしていたのだ。

「それに、お父様もお母様も何も言わなかったじゃない。二人とも私の味方だったのよ」

 両親の黙認を思い出し、ヴァンローゼ家ではそれが正しいことだった。彼女は自分の行動に何の問題もなかったと再確認した。

「きっとこれは誤解よ。お姉様が何か言ったのかもしれない。嘘を混ぜて報告したに違いないわ。そうじゃないと、こんなに叱られるなんておかしいもの」

 ヴィヴィアンは次第に自分の中で真実を捻じ曲げ始めていた。彼女の頭の中では、彼女こそが被害者であり、エドモンドとエレノアが加害者だった。

「この事態を放っておくわけにはいかない」

 彼女は決意を固めた。自分で動いて、正しい結果に戻する。

 ヴァンローゼ家の名誉が傷つけられようとしている。彼女の未来に暗い影が落ちようとしている。そのことを彼女は痛いほど感じていた。

「お父様に会いに行きましょう」

 ヴィヴィアンはドレスの裾を整え、鏡の前で表情を取り繕った。

「当主であるお父様になんとかしてもらわないと。ヴァンローゼ家の名誉を守るために、きっと立ち上がってくれる」

 彼女はそう信じたかった。そう信じなければならなかった。

「悪いのは向こう側よ。エドモンド様が嘘をついた。お姉様が嘘の報告をした。この真実を明らかにしてもらわないと……」

 焦りと怒りを抱えながら、ヴィヴィアンは父の書斎へと向かった。彼女の心の中では、まだ自分が正しいという確信が揺るがなかった。しかし、彼女が気づいていなかったのは、すでに周囲の状況が変わり始めていたということ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?

青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。 けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの? 中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。

[完結]だってあなたが望んだことでしょう?

青空一夏
恋愛
マールバラ王国には王家の血をひくオルグレーン公爵家の二人の姉妹がいる。幼いころから、妹マデリーンは姉アンジェリーナのドレスにわざとジュースをこぼして汚したり、意地悪をされたと嘘をついて両親に小言を言わせて楽しんでいた。 アンジェリーナの生真面目な性格をけなし、勤勉で努力家な姉を本の虫とからかう。妹は金髪碧眼の愛らしい容姿。天使のような無邪気な微笑みで親を味方につけるのが得意だった。姉は栗色の髪と緑の瞳で一見すると妹よりは派手ではないが清楚で繊細な美しさをもち、知性あふれる美貌だ。 やがて、マールバラ王国の王太子妃に二人が候補にあがり、天使のような愛らしい自分がふさわしいと、妹は自分がなると主張。しかし、膨大な王太子妃教育に我慢ができず、姉に代わってと頼むのだがーー

(完)人柱にされそうになった聖女は喜んで死にました。

青空一夏
恋愛
ショートショート。早い展開で前編後編で終了。バッドエンド的な展開で暗いです。後味、悪いかも。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

婚約者を奪っていった彼女は私が羨ましいそうです。こちらはあなたのことなど記憶の片隅にもございませんが。

松ノ木るな
恋愛
 ハルネス侯爵家令嬢シルヴィアは、将来を嘱望された魔道の研究員。  不運なことに、親に決められた婚約者は無類の女好きであった。  研究で忙しい彼女は、女遊びもほどほどであれば目をつむるつもりであったが……  挙式一月前というのに、婚約者が口の軽い彼女を作ってしまった。 「これは三人で、あくまで平和的に、話し合いですね。修羅場は私が制してみせます」   ※7千字の短いお話です。

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

勝手にしろと言ったのに、流刑地で愛人と子供たちと幸せスローライフを送ることに、なにか問題が?

赤羽夕夜
恋愛
アエノール・リンダークネッシュは新婚一日目にして、夫のエリオット・リンダークネッシュにより、リンダークネッシュ家の領地であり、滞在人の流刑地である孤島に送られることになる。 その理由が、平民の愛人であるエディットと真実の愛に満ちた生活を送る為。アエノールは二人の体裁を守る為に嫁に迎えられた駒に過ぎなかった。 ――それから10年後。アエノールのことも忘れ、愛人との幸せな日々を過ごしていたエリオットの元に、アエノールによる離婚状と慰謝料の請求の紙が送られてくる。 王室と裁判所が正式に受理したことを示す紋章。事態を把握するために、アエノールが暮らしている流刑地に向かうと。 絶海孤島だった流刑地は、ひとつの島として栄えていた。10年以上前は、たしかになにもない島だったはずなのに、いつの間にか一つの町を形成していて領主屋敷と呼ばれる建物も建てられていた。 エリオットが尋ねると、その庭園部分では、十年前、追い出したはずのアエノールと、愛する人と一緒になる為に婚約者を晒し者にして国王の怒りを買って流刑地に送られた悪役王子――エドが幼い子を抱いて幸せに笑い合う姿が――。 ※気が向いたら物語の補填となるような短めなお話を追加していこうかなと思うので、気長にお待ちいただければ幸いです。

(完結)夫と姉(継母の連れ子)に罪を着せられた侯爵令嬢の二度目の人生ー『復讐』よりも『長生き』したい!

青空一夏
恋愛
 私はカッシング侯爵家のアナスターシア。カッシング侯爵家の跡継ぎ娘であり、お母様の実家マッキンタイヤー公爵家の跡継ぎでもある立場なの。なんでって? 亡きお母様のお兄様(マッキンタイヤー公爵)が将軍職をまっとうするため、独身を貫いてきたからよ。ちなみにマッキンタイヤー公爵の初代はユーフェミア王女で聖女様でもあったのよ。私はその血も引いているわ。 お母様は私が5歳の頃に病で亡くなったわ。でも、まもなくお父様はサリナお母様と再婚したの。最初は嫌な気持ちがしたけれど、サリナお母様はとても優しかったからすぐに仲良くなれた。サリナお母様には娘がいて、私より年上だった。ローズリンお姉様のことよ。ローズリンお姉様も良い方で、私はとても幸せだった。 チェルシー王妃主催のお茶会で知り合ったハーランド第二王子殿下も優しくて、私を甘やかしてくれる味方なの。でも、お母様のお兄様であるマッキンタイヤー公爵は厳しくて、会うたびにお説教を言ってくるから嫌い。なるべく、伯父様(マッキンタイヤー公爵)に関わらないようにしていたいわ。そうすれば、私は幸せに気楽に生きることができる。ところが・・・・・・ この物語は夫となったハーランド第二王子の裏切りとローズリンの嘘で罪を着せられたアナスターシアが、毒杯を飲ませられるところで奇跡を起こし、二度目の人生をやり直すお話しです。アナスターシアが積極的に復讐していくお話ではなく、ハーランド第二王子やローズリンが自業自得で自滅していくお話しです。アナスターシアの恋もちりばめた恋愛小説になっています。 ※この物語は現実ではない異世界のお話しですから、歴史的や時代背景的におかしな部分が多々あると思いますので、ご了承ください。誤字・脱字多いかもしれませんが、脳内で変換していただけるか、教えていただけると嬉しいです💦 聖女や聖獣などのファンタジー要素あり。 ※完結保証。すでに執筆が終わっておりますので、途中で連載がとまることはありません。安心してお読みくださいませ。

処理中です...