奪った後で、後悔するのはあなたです~私から婚約相手を奪って喜ぶ妹は無能だった件について~

キョウキョウ

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第47話 最期の後悔※ロデリック視点

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 ようやく、静かになったな。

 イザベラが屋敷から去った。結婚してすぐ離婚することになり、そして彼女は実家に戻されたようだ。その後、俺の暮らしは驚くほど静かになった。

 あの女の甲高い声も、ヒステリックな泣き声も、責任をなすりつけてくる言葉も、全てが消えた。

 清々する。

 本当に、ほっとした。

 今後はもう、あの女と顔を合わせることもない。毎日毎日、「お前のせいで」「貴方こそ私を」などと罵り合うこともない。食事の席で睨み合うこともない。

 やっと解放された。

 本当に良かった。静かで、誰にも邪魔されない。ゆっくり過ごすことが出来る。



 時間が経つにつれて、色々と考え込んでしまうことが増えた。

 使用人は必要最低限しか関わってこない。食事を運んでくるだけ。すぐに去る。話し相手はいない。彼らは俺を避けている。目を合わせようともしない。用件を済ませると、足早に立ち去っていく。

 窓の外を見る。灰色の空。質素な屋敷。何もない景色。

 世界から切り離されたような感覚。じわじわと押し寄せてくる孤独感。

 静かだった。

 安堵から、孤独へ。

 俺は、一人。



 ふと思い出すことが増えてきた。かつて俺の婚約相手だったセラフィナのことだ。なぜだか急に、彼女の顔が浮かぶ。落ち着いた表情。理知的な瞳。品のある立ち居振る舞い。

 俺が彼女に婚約破棄を告げた、あの日のこと。パーティー会場で、大勢の参加者の前の出来事。

 セラフィナは冷静で、落ち着いていた。

 彼女が正しかった。あの時、婚約破棄なんて告げるべきではなかった。参加者への配慮を優先すべきだった。彼女の言葉に従うべきだった。

 それなのに、俺は、イザベラの涙を信じた。あの女の演技を信じてしまった。嘘を、まるごと信じてしまった。セラフィナの正しい助言を無視して、婚約破棄を告げてしまった。それが大きな間違い。

 愚かだった。



 ある日、廊下を歩いていると、使用人たちの話し声が聞こえてきた。彼女たちは、俺の姿に気づいていないのだろう。気にせず会話を続けている。

「リーベンフェルト家のパーティーが凄いという噂よ」
「セラフィナ様は、社交界で大人気らしい」
「全く新しいスタイルを確立したと」
「これから、文官と軍人が手を取り合う時代が訪れるって」

 足が止まる。話し声の内容を聞いて、胸がざわつく。こんな遠い田舎にまで噂が届くほどセラフィナが成功している。とんでもない大成功。時代を変えるほどの実績を上げている。

 そんな彼女の横に立っていたのは、もしかしたら、俺だったかもしれないのに。

 もし、あの時、婚約破棄していなければ。華やかなパーティー会場。社交界の賞賛。成功の栄光。その全てを、セラフィナと一緒に分かち合えたかもしれない。

 俺が、彼女の隣に立っていた景色を想像してしまう。あり得た未来。

「……くそっ」

 拳を強く握りしめて、その場から急いで立ち去った。

 あの頃に、戻れたら。

 何度も、何度も考えてしまう。

 あの日に戻れたら。今度は、絶対に婚約破棄など告げない。

 イザベラの涙を見ても、信じない。あの女の言葉など、信じない。セラフィナを信じ続ける。彼女の言葉を聞く。正しい助言を聞き入れる。

 そうすれば、きっと。あの時点でイザベラの嘘は暴かれていた。セラフィナとの婚約は続いていた。今頃、俺は華やかな社交界の中心に居続けられた。

 でも、時間は戻らない。どれだけ願っても、あの日には戻れない。

 なぜ、あんなことを。

 なぜ、あんな軽率なことをしてしまったのか。

 後悔しても、後悔しても、何も変わらない。




 また別の日。使用人たちの会話が聞こえてくる。

「セラフィナ様のパーティー、次も予定されているそうよ」
「参加希望者が殺到しているらしいわ」
「もう、社交界では欠かせない存在なのね」
「リーベンフェルト侯爵も、大変満足しておられるとか」
「あの侯爵様、戦場では恐ろしいけれど、奥方様には優しいんですって」
「羨ましい」

 そこに、俺はいない。

 セラフィナの隣。成功を分かち合う場所。社交界の中心。そこに、俺の姿はない。

 代わりに、リーベンフェルト侯爵がいる。マキシミリアン・リーベンフェルト。軍人貴族。戦場で名を上げた男。セラフィナを守り、支えている男。

 なぜだ。

 腹が立つ。悔しい。そこにいるべきだったのは、俺だったはず。俺が、セラフィナの隣に立っているべきだった。俺が、彼女の夫になるべきだった。

 あの時、なんであんなことを。あの時の後悔を、何度も繰り返す。

 もう、取り返しのつかないことを。

 後悔が押し寄せてくる。どうしようもない、取り返しのつかない後悔。波のように押し寄せて、俺を飲み込んでいく。

 セラフィナは、もう俺のものではない。

 俺は——。

 俺は何も持っていない。家督継承の資格も失った。婚約者も失った。社交界での地位も失った。父からの信頼も失った。

 全て、失った。



 夜、眠れない。色々なことを考え込んでしまう。ベッドに横たわっても、天井を見つめるばかり。暗闇の中で、過去の記憶が次々と蘇ってくる。

 後悔が、止まらない。

 何度も、何度も、繰り返し考えてしまう。あの日のこと、あの選択のこと、あの過ちのこと。

「セラフィナ……」

 彼女の名前を呟いてしまう。

 でも、もう届かない。彼女はもう遠い場所にいる。俺の手の届かない、遥か遠い場所に。幸せな結婚生活を送っている。成功を手にしている。社交界の中心にいる。

 全部、イザベラのせいだ。

 あの女が俺を騙した。あの女が嘘をついた。あの女が涙を流して、俺を操った。可哀想な妹を演じて、俺の判断を狂わせた。

 俺は、被害者だ。

 騙された被害者。イザベラのせいで、全てを奪われた。あの女さえいなければ、こんなことにはならなかった。

 そうだ。俺は悪くない。

「……セラフィナ」

 再び、彼女の名前を呟く。顔が思い浮かぶ。後悔が込み上げてくる。胸が締め付けられる。

 後悔は消えない。どれだけイザベラを責めても、セラフィナは戻ってこない。失ったものは、もう戻らない。

 全て、終わったんだ。

 もう、何もかも。



 そんな事を考えてばかりいるからなのか、最近、妙に体調が優れない。

 何だろう、この倦怠感は。朝起きるのが辛い。食欲もない。身体が重くて、動くのも億劫だ。

 まるで、身体から力が抜けていくようだ。生きる気力が、少しずつ失われていくような感覚。

 もしかすると、イザベラが残していった呪いだろうか。去った後まで、俺に面倒をかけるとは。やはり、彼女を選んでしまったのは最大の過ち。改めて後悔する。

 日に日に悪化していく。

 医者を呼んで診てもらう。

「特に、異常は見当たりませんが……」

 首をかしげて、去っていった。こんな田舎にいる医者だから、信用なんて出来ない。原因も不明のままだから、治療もしてもらえない。薬も処方されない。ただ「様子を見ましょう」と言われるだけ。

 体調は、どんどん悪くなっていく。身体が重い。頭がぼんやりする。視界がかすむ。

 なんだ、これは……。

 意識が朦朧としてくる。



 その後、ロデリック・ヴァンデルディングの体調は日に日に悪化していった。

 医者が何度も呼ばれたが、原因は不明のまま。

 どの医者も首を傾げるばかりで、症状を特定できなかった。

 ロデリックは食事もほとんど取れなくなり、ベッドで過ごす時間が増えていった。意識が朦朧とする時間が増え、うわ言のように、何かを呟いている。

「セラフィナ……」
「あの時……戻れたら……」
「もう一度……」

 使用人たちは、関わりたくないと遠目から様子を見ていた。最低限の世話だけをして、すぐに部屋を出ていく。誰も、ロデリックの傍に長く留まろうとはしなかった。

 そして——。

 数週間後。

 ロデリック・ヴァンデルディングは、辺境の屋敷で静かに息を引き取った。

 最期まで、彼は何かを呟いていたという。

 ヴァンデルディング公爵家は、跡取り息子の病死をひっそりと公表した。

 公式には「病死」として。

 辺境での孤独な生活が、彼の心身を蝕んだのだと。

 本当の理由を知る者は、ごく少数のみだった。
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