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第46話 崩れ去った算段※ヴァンデルディング公爵視点
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田舎の屋敷に、ロデリックとイザベラの二人を送ってから半年が経過していた。
二人の状況について定期的に報告を受けていた。執事が持参する書簡には、ロデリックとイザベラの様子が淡々と記されている。最初の頃は、まだ期待していた。時間が解決してくれるのではないか、と。若い二人だ。いずれ落ち着くだろう。そう思っていた。
だが、その考えは甘かった。
当初から算段があった。最悪の場合のプランと言ってもいい。たとえ夫婦関係が冷え切っていたとしても、子を成せばいい。その子を、アルトヴェール侯爵家の後継者候補として送り込む。
エドガー・アルトヴェール侯爵との話し合いも、水面下で進めていた。侯爵家に男子がいないので、二人の子を迎える。そうすれば、将来的にヴァンデルディング家の血筋が侯爵家を継ぐことになる。
けれど、その算段さえも成立しないほど、あの二人の関係は破綻していた。
執事が書斎に入ってきたのは、ちょうど朝の執務を終えた頃だった。彼の表情は、いつにも増して疲れ切っている。目の下には隈ができ、肩が重そうに下がっていた。
「また、か」
「はい」
執事は短く答えた。声には明らかな疲労が滲んでいる。
「また、言い争いでございます」
毎週のように、同じ内容の報告だ。ロデリックとイザベラは、互いに責任をなすりつけ合っている。「お前のせいで」「貴方こそ私を」。食事の席でさえ、罵り合う。使用人たちに、互いの悪口を吹き込もうとする。味方を増やそうと必死なのだろうが、使用人たちは両者から距離を置くばかりだ。
「改善の兆しは?」
「全く、ございません」
執事の声には、諦めが滲んでいた。
「現地の管理人から、報告がございました。使用人たちが、疲弊しているとのことです」
「疲弊?」
「はい。どちらの味方もしていないにも関わらず、両方から文句を言われる、と。監視役としての役割も、もはや限界のようです。このままでは、使用人が辞めてしまうと……」
そこまで酷いのか。周囲にまで悪影響が広がっている。使用人が辞めれば、屋敷の管理ができなくなる。新たに人を雇えば、また金がかかる。
これ以上放置すれば、とんでもない支障が出る。損失が拡大し続けている。
「分かった。報告、ご苦労」
執事が退室した後、私は一人、書斎で考えた。
一ヶ月後には、まだ期待していた。「時間が必要なのだろう」と。若干の甘さがあった。いずれ落ち着くだろう、という見通しを持っていた。環境に慣れれば変わるかもしれない。そんな希望的観測を抱いていた。
三ヶ月後には、疑念が芽生えていた。「本当に改善するのか?」と。報告内容が全く変わらないことに、苛立ちを覚えた。それどころか、言い争いの頻度は増えている。内容も、より幼稚に、より感情的になっていたようだ。
そして今、六ヶ月が経過した。
「……もう、無理だな」
静かに呟いた。
完全な諦めだった。期待していた未来から、大きく外れた。思い描いていた算段は、完全に崩れ去った。認めなければならない。判断を大きく誤った。息子を見誤った。イザベラを見抜けなかった。
二人とも、貴族としての最低限の資質さえ持ち合わせていない。
だからこそ、けじめをつけなければならない。
家督継承の準備を進めている。幸いなことに、それなりに優秀な息子がいる。あの子は真面目で、実務能力も高い。領地経営にも関心を持ち、使用人たちからの評判も良い。彼ならば、ヴァンデルディング家を受け継がせても、心配は少ない。
この問題を、次の世代へ引き継ぐわけにはいかない。清算された状態で継承させる。それが当主としての責任だろう。
次代のために、禍根を断つ。
立ち上がり、執務机の引き出しを開けた。そこには、アルトヴェール侯爵への書簡が用意されていた。既に下書きは済ませてある。何度も書き直し、言葉を選んだ。誠意が伝わるように、しかし毅然と。
決断の時だ。
数日後、アルトヴェール侯爵を公爵邸に呼んだ。
水面下で進めていた話し合い——二人の子をアルトヴェール家の跡継ぎ候補とする計画——は、完全に白紙となった。現在の状況を説明して、二人を離婚させること、その後イザベラを引き取っていただきたいと告げた。
侯爵は娘の不始末を自らの責任として受け止め、引き取ることを了承した。
あの二人を同じ場所に置いておくことは、もはや不可能だ。
エドガー・アルトヴェールは真摯な男だった。娘の罪を、自らの責任として背負う覚悟を決めていた。
両家の当主が、それぞれの責任を取る必要がある。
ならば、私も覚悟を決めねばならない。
息子のことで、決着をつける。
私は執務机に向かい、ある書簡を手に取った。既に手配は済ませてある。あとは、これを実行するのみだ。
処分。
重い言葉だ。だが、これが私の役目だ。
ロデリックは、ヴァンデルディング家の跡取りとして機能しない。それどころか、家名を傷つけ、損失を拡大させ続けている。このまま放置すれば、次の世代にまで影響が及ぶ。
それは、許されない。
次代に、この問題を引き継ぐわけにはいかない。そのために処分する必要がある。
私は書簡に封をした。そして、執事を呼んだ。
「これを、手配通りに」
「かしこまりました」
執事は深く一礼し、書簡を受け取った。彼の表情には、何も浮かんでいない。ただ淡々と、命令を遂行するのみだ。長年仕えてきた執事は、この書簡の意味を理解している。それでも、何も問わない。それが、彼の忠誠の証だった。
二人の状況について定期的に報告を受けていた。執事が持参する書簡には、ロデリックとイザベラの様子が淡々と記されている。最初の頃は、まだ期待していた。時間が解決してくれるのではないか、と。若い二人だ。いずれ落ち着くだろう。そう思っていた。
だが、その考えは甘かった。
当初から算段があった。最悪の場合のプランと言ってもいい。たとえ夫婦関係が冷え切っていたとしても、子を成せばいい。その子を、アルトヴェール侯爵家の後継者候補として送り込む。
エドガー・アルトヴェール侯爵との話し合いも、水面下で進めていた。侯爵家に男子がいないので、二人の子を迎える。そうすれば、将来的にヴァンデルディング家の血筋が侯爵家を継ぐことになる。
けれど、その算段さえも成立しないほど、あの二人の関係は破綻していた。
執事が書斎に入ってきたのは、ちょうど朝の執務を終えた頃だった。彼の表情は、いつにも増して疲れ切っている。目の下には隈ができ、肩が重そうに下がっていた。
「また、か」
「はい」
執事は短く答えた。声には明らかな疲労が滲んでいる。
「また、言い争いでございます」
毎週のように、同じ内容の報告だ。ロデリックとイザベラは、互いに責任をなすりつけ合っている。「お前のせいで」「貴方こそ私を」。食事の席でさえ、罵り合う。使用人たちに、互いの悪口を吹き込もうとする。味方を増やそうと必死なのだろうが、使用人たちは両者から距離を置くばかりだ。
「改善の兆しは?」
「全く、ございません」
執事の声には、諦めが滲んでいた。
「現地の管理人から、報告がございました。使用人たちが、疲弊しているとのことです」
「疲弊?」
「はい。どちらの味方もしていないにも関わらず、両方から文句を言われる、と。監視役としての役割も、もはや限界のようです。このままでは、使用人が辞めてしまうと……」
そこまで酷いのか。周囲にまで悪影響が広がっている。使用人が辞めれば、屋敷の管理ができなくなる。新たに人を雇えば、また金がかかる。
これ以上放置すれば、とんでもない支障が出る。損失が拡大し続けている。
「分かった。報告、ご苦労」
執事が退室した後、私は一人、書斎で考えた。
一ヶ月後には、まだ期待していた。「時間が必要なのだろう」と。若干の甘さがあった。いずれ落ち着くだろう、という見通しを持っていた。環境に慣れれば変わるかもしれない。そんな希望的観測を抱いていた。
三ヶ月後には、疑念が芽生えていた。「本当に改善するのか?」と。報告内容が全く変わらないことに、苛立ちを覚えた。それどころか、言い争いの頻度は増えている。内容も、より幼稚に、より感情的になっていたようだ。
そして今、六ヶ月が経過した。
「……もう、無理だな」
静かに呟いた。
完全な諦めだった。期待していた未来から、大きく外れた。思い描いていた算段は、完全に崩れ去った。認めなければならない。判断を大きく誤った。息子を見誤った。イザベラを見抜けなかった。
二人とも、貴族としての最低限の資質さえ持ち合わせていない。
だからこそ、けじめをつけなければならない。
家督継承の準備を進めている。幸いなことに、それなりに優秀な息子がいる。あの子は真面目で、実務能力も高い。領地経営にも関心を持ち、使用人たちからの評判も良い。彼ならば、ヴァンデルディング家を受け継がせても、心配は少ない。
この問題を、次の世代へ引き継ぐわけにはいかない。清算された状態で継承させる。それが当主としての責任だろう。
次代のために、禍根を断つ。
立ち上がり、執務机の引き出しを開けた。そこには、アルトヴェール侯爵への書簡が用意されていた。既に下書きは済ませてある。何度も書き直し、言葉を選んだ。誠意が伝わるように、しかし毅然と。
決断の時だ。
数日後、アルトヴェール侯爵を公爵邸に呼んだ。
水面下で進めていた話し合い——二人の子をアルトヴェール家の跡継ぎ候補とする計画——は、完全に白紙となった。現在の状況を説明して、二人を離婚させること、その後イザベラを引き取っていただきたいと告げた。
侯爵は娘の不始末を自らの責任として受け止め、引き取ることを了承した。
あの二人を同じ場所に置いておくことは、もはや不可能だ。
エドガー・アルトヴェールは真摯な男だった。娘の罪を、自らの責任として背負う覚悟を決めていた。
両家の当主が、それぞれの責任を取る必要がある。
ならば、私も覚悟を決めねばならない。
息子のことで、決着をつける。
私は執務机に向かい、ある書簡を手に取った。既に手配は済ませてある。あとは、これを実行するのみだ。
処分。
重い言葉だ。だが、これが私の役目だ。
ロデリックは、ヴァンデルディング家の跡取りとして機能しない。それどころか、家名を傷つけ、損失を拡大させ続けている。このまま放置すれば、次の世代にまで影響が及ぶ。
それは、許されない。
次代に、この問題を引き継ぐわけにはいかない。そのために処分する必要がある。
私は書簡に封をした。そして、執事を呼んだ。
「これを、手配通りに」
「かしこまりました」
執事は深く一礼し、書簡を受け取った。彼の表情には、何も浮かんでいない。ただ淡々と、命令を遂行するのみだ。長年仕えてきた執事は、この書簡の意味を理解している。それでも、何も問わない。それが、彼の忠誠の証だった。
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