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第二章
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しおりを挟む「ちょっと待って。いつの間に彼氏ができてたの!?」
あの後、誰かに話したくて仕方がなく、麻仲に連絡してしまった。これまでは、自分の中で解決しようと耐えていたことも多かったのだが、今回ばかりはさすがに無理だと思った。
すると放課後、急だったにも関わらず、私のために彼女はわざわざ話を聞きに来てくれたのだ。
先日と同じく、ファストフード店に足を運び、彼女はシェイクを注文。私はとても食べる気分にならなかったため、オレンジジュースだけを購入して席へとついた。
私からすると、前回麻仲と会ったのは昨日のような感覚で、連日の呼び出しに申し訳さを感じながらも、すぐに日中にあった高羅の話し始めた。
私があまりにも止まらぬ勢い話していたため、疑問を投げかける隙すらなかったのだろう。一気に語り尽くし、私が息継ぎのために間を置いた瞬間、ようやく彼女が疑問を放つことができたようだった。
その疑問を聞いてようやく、彼氏ができたと報告するより前の世界に、やり直したことを思い出す。
家以外は、生前と変わらない日常のため、自分は死んで、やり直しをしている事実を忘れてしまっていた。
「いつの間にって……四日前だよ。私にとっては一ヶ月くらい前の感覚だけどさぁ……」
やり直しについて、麻仲は一切理解できないとわかっていながらも、思わず本音を漏らしてしまった。だが、これ以上私は何も言わないでおいた。私は一度死んでいる、なんてオカルトチックなことを言えば、引かれる未来は容易に想像できる。
麻仲は一瞬、よくわからないといった様子で首を傾げたが、私の目を見て、すぐに鞄からティッシュを取り出し、何も言わずに渡してくれた。
話を聞いてもらえた安心感からか、気がつくと目と鼻がじわりと熱くなり、麻仲の顔がぼやけて見えなくなっていた。
溜まっていた感情が、言葉と共に溢れ出してしまったのだろう。
我慢することもできず、瞬きをした瞬間、頬に幾筋もの悲しみの川が流れた。
そんな私たちの様子を気にすることもなく、隣に座ったカップルは、二人の世界に浸りながらハンバーガーを頬張っている。
「私の大事な友達を泣かせやがって……ぶっ飛ばしにいこうか。今部活中だっけ?」
怒気を含みながら、麻仲は立ち上がる。恐らく、一言文句を言いに行こうという意思表示だとは思うが、本気で乗り込みに行きそうな勢いだったため、私は慌てて彼女の腕を掴み、制止する。
麻仲は不満気な表情をしていたが、その気持ちは本当に嬉しく、心が救われたような気がした。麻仲が彼氏だったらいいのに、なんてことを考えてしまうほどだ。
「大丈夫、ありがとう。話聞いてもらえたから、スッキリした。今度ちゃんと話してみるよ」
私は両手で川の流れを塞き止めた。麻仲は無言で座り直し、お気に入りのシェイクを吸う。シェイクの容器に張りついていた結露が、紺色のスカートの上に落ちた。
「絵美はさ、昔から本心を言葉にするの、下手だよね」
落ちた結露を払おうと、麻仲はシェイクを置き、下を向きながら言った。
いきなり少し棘のある言葉に、胸がどくんと跳ねる。
「どういうこと?」
先程私が言った言葉は本心じゃないと言いたいのだろうか。いや、でもあれは嘘ではない。本当に少し楽になったのだ。
それとも、抑止されたことに怒っているのだろうか。一緒に文句を言いに行くことが正しかったのか?
「まあ、本音が全く違うわけじゃないだろうけどさ、『本心』と『嘘じゃない』って、似て非なるものだからね?」
手で払った後、トレイにあったペーパーで更に拭き取り、彼女はそれをぐしゃりと潰して机に置いた。
まるで、心を読まれたかのような麻仲の発言に、背筋が冷える。
「絵美は本心を伝えてるつもりかもしれないけど、口に出すと本心になってないんだよね。絵美の言葉は、太陽に透かして見ないと読めないのよ。表と裏の間にある透明な文字みたいにね」
真剣な眼差しでそう言う彼女に対し、上手く理解できなかったことを伝えることはできなかった。
本心を伝えているつもりでも、口に出すと本心になっていない? どういうことだろう。何が違うというのだろうか。
「例えばさ、絵美は今、ご飯が食べたいとするでしょ? そういう時、そのまま『ご飯が食べたい』って言えばいいのに、絵美は『お腹が空いた』って言うの。もちろん、それは間違ってないと思うよ。でも、それじゃあ他人には上手く伝わらない。だから、お菓子とか、自分の思いとは少し異なるものを持って来られてしまって、結局絵美に不満が残るのよ。今だって本当は、心から『大丈夫』とも『スッキリした』とも思っていないでしょ。でも、嘘じゃないからってそう言って誤魔化したり、無意識に我慢して、更にそのことに絵美自身気づいていないの、本当に不器用! 私くらいの幼馴染じゃないと気づかないよ!」
そう言われて、ハッとした。
思い返すと、麻仲の言う通り、これまでずっと本心を伝えているつもりでも、上手く伝えられていなかったのかもしれない。
高校を選んだ時のことを、再び思い出す。北高校を勧められた時、必死に抵抗して、東高校に行きたいと伝えたつもりだった。
だが実際口にした志望理由はどうだっただろう。
『東高校だって、偏差値低すぎるわけじゃないし、麻仲も第一志望にしたいって言ってるくらいだよ』
そうだ。これのどこに『私が東高校に行きたいの』と伝わる言葉が入っているというんだ。これでは、『私が東高校に行きたいわけではないけれど、仲良しの友達が志望してるから、一緒の学校に行きたい』と言っているようなものではないか。
だから母は、顔を曇らせたのかもしれない。
本心を口に出すと、本心になっていないなんて、今まで気がつかなかった。一生懸命に自分の思いを伝えたところで、わかってもらえないと思っていた。
でも、もしかすると、そうではなかったのかもしれない。ただ私が不器用で、思いを音として言葉に変換している間に、紆余曲折を経て本心がねじ曲がり、上手く伝えることができていなかったから、わかってもらえなかったのかもしれない。
そう考えると、母も同じく不器用だったのではないだろうか。同じ血が流れた親子だ。互いに本心を上手く伝えることができず、すれ違いを重ねていただけの可能性は大いにある。
「本当、その通りだ……。全然気づかなかった。麻仲本当に凄いよ、ありがとう」
まるで、霧が晴れていくような気分だった。
麻仲は得意気にフフンと笑い、またシェイクに手を伸ばす。
「まあね。何年の付き合いだと思ってんのよ。だからさ、まずは私がぶっ飛ばしに行くって言った時の本心、言ってみな?」
ほら、と促され、私は考えた。
『大丈夫』『スッキリした』と伝えた理由は何だっただろう。そうだ、麻仲を止めるためだ。ではどうして止めたかったのだろう。ああそうか、高羅が何を考えているかわからなくて、モヤモヤした思いがあったとしても、高羅のことを大切に思っているからだ。好きな人に怪我をさせたくはなかったのだ。でも、麻仲がそのくらい私の気持ちを考えて言ってくれたことは、嬉しかった。
それを、そのまま言葉にすれば良いのだ。
「嬉しかったよ、麻仲がそのくらい私を思って怒ってくれたこと。でも、高羅のことは今日みたいなことがあっても、変わらず好きな人で、怪我をさせたいわけじゃなかったの。だから、麻仲を止めたくて、話自体を『大丈夫』で終わらせようとしたんだ」
頑張って、ねじ曲げないように伝えることは難しかった。本心を歪ませる行為は、長年の癖になってしまっているのかもしれない。
でも、こうして今言葉にすると、どこかいつもよりも心がすうっと軽くなった気がした。
無意識に本心をねじ曲げる時がほとんどだったが、嘘じゃなければそれで良いと思って、わざとねじ曲げることも多かった。
だが、それは結局、自分のためにも相手のためにもならないことだと、ようやくわかった。
麻仲は私の言葉を聞き、なぜか嬉しそうにうんうんと頷いている。
「そうそう、そうだよね! あースッキリした! 私も、偉そうなこと言っておきながら、ずっと絵美にこのこと伝えられなかったんだよね。絵美の言葉は本心になりきれてない気がしてたけど、もしそれを伝えて、別にそんなこともなく普通に本心だったらどうしようとか。そんなこと考えてたら、私も自分の気持ちを言えなくて、しんどくなってきて……勢いで言っちゃった!」
麻仲はただの雑談時と同様に、ははっと笑いながら言った。
麻仲も悩んでいたのだ。ずっと言わずに、このまま仲良く過ごすことだって簡単にできたはずなのに、麻仲は私のためを思って、打ち明けてくれたのだ。
麻仲の優しさを改めて感じ、胸がいっぱいになる。幼馴染としてあった絆が、より深まったような気がした。
「本心言うのって難しいよね。それなのに、言ってくれて本当にありがとうね。でも、いつから私が本心を話してないことに気づいてたの?」
緊張感のある話題から解放された安心感からか、急にお腹が空いてきて、私はオレンジジュースを一気飲みする。
麻仲は前々から気づいていた様子で話していたため、気になって聞いてしまったが、本当に心当たりがない。そんなに度重なって、不自然な部分があったのだろうか。
すると麻仲は、腕を組み、うーんと考えてから話し始めた。
「何度か思うことはあったけど、一番おかしいなって思ったのは、絵美が北高校に行くって言った時かな」
そう言われて、ふと思い出す。母のいないこの世界でも、私はなぜ、北高校にいるのだろうか。高羅に会いたいと願ったからなのか、それとも何か理由があるのだろうか。
私の記憶にはない部分のため、この世界で生きてきた麻仲の話には大いに興味があった。
「私、なんで北高校に行くって言ってた……っけ?」
「忘れた? 東高校に行きたいって話してたのに、ある日突然『やっぱり北高校にする』って言い出して。理由を聞いたら、『弟たちを見返すため』って言ってたじゃん。でも、東高校に行きたいって言ってた時の絵美と、北高校に決めた後の絵美の表情、全然違っててさ。なんて言うか、東高校を目指していた時は、高校生活を夢見てキラキラしてたのに、決めた後はもはや達成しなければならない義務かのような顔になってたよ。全然楽しみって感じに見えなくて、本当に本心から北高校に行くって決めたのかなと思って」
その事実を知り、私は全身の力が抜け、ずるずると椅子を滑り落ちそうになった。麻仲に、大丈夫かと声をかけられて、私は座り直す。
残酷な現実を認めるのが怖かった。認めたくなかった。それでも、もはや認めざるを得ないのだろう。
──例え母がいなくても、選んだ道は変わらなかったということを。
「結局、私が選んだんだね」
この世界では、弟たちを見返すため、という理由があるようだが、結局は私が選んでいたのだ。今までずっと、母のせいにしてきた。自分が不幸なのは、全部母のせいだと。そう思っておくことで、自分自身の過ちに見て見ぬふりをし、精神を保つことができたのだ。
でも実際は違った。要因は様々あれど、最終的には、私自身が北高校を選んでいたことに変わりない。
長い人生を生きている中で、選択肢にぶつかる時はたくさんある。選んだ道を後悔して、この人さえいなければとか、あの時に別の道を選んでいたら、何かが違ったのかもしれない、と思うことは数え切れないほどあった。
だが、今わかった。わかりたくないと抵抗していた自分を捨てると決めた。
教えてもらったのだ。本心のままに言葉にすること。それはすなわち、自分の感じたこと、考えたことを否定せず、受け止めることでもあるのだと。
そうだ。自分の境遇がどうであれ、どの道を選んだところで、結局は変わらないものなのだ。
ようやく私は気がついた。過去になんて、普通は戻れないのだから、実際にやり直しをして違う道を選んだところで、幸せになれるかなんて確かめようがない。仮に過去に戻り、別の道を選ぶと、もっと状況が悪くなる可能性だって大いにあるのだ。
だからきっと、目の前にある現実は、自分が選んだ最良の道なのだろう。
嘆いたり、母のせいにするだけ無駄だったのかもしれない。それならいっそ、自分の手で、生前、目の前にあった現実を大正解にしてしまえば良かった。
「まあね。でもさ、絵美が北高校を選んだから、ちょっとしたことで悩むくらい、大好きな彼氏ができたんでしょ?」
麻仲はニンマリと笑みを零した。私は否定することができず、苦い表情を浮かべてみせる。
「きっと、時間を重ねていくにつれて、絵美のお父さんやお母さんみたいな関係になれるよ。ほら、昔近所に住んでて、うちのママと絵美ママ、仲良かったじゃん。だから、うちのママが言ってたよ。絵美の家族は、亡くなっちゃう前は本当に絵に描いたような理想の家庭に見えたって」
「え、それってどんな?」
「ええ、あまり詳しくはわからないけど……」
麻仲も、彼女の母から聞いた話のため、はっきりとはしないようだが、それは幸せに見えたそうだ。
知り合ったきっかけは、親子教室。意外にも近所に住んでおり、家に遊びに行く仲になったのだそう。そこまでは、私も生前聞いたことがあった。
家は新築で、仲の良い夫婦。そこに生まれた、可愛らしい娘に、愛情をたっぷり注いでいたのだそう。それがわかったのは、亡くなる数日前、麻仲と私が遊んでいる日に、あるエピソードを聞いたことで、より伝わってきたのだとか。
それは何かと尋ねたが、さすがにそこまでは覚えていないと麻仲は言った。
「でも、何か作ってたような。家にあるみたいなこと言ってた気がするんだけどなぁ」
私には全く記憶になかった。生前はずっと家で暮らしてきたわけだが、何かを作った記憶も、家に何か思い出に残るような何かがあった記憶もない。
あるのは、母が一人で仕事と家事育児に走り回っている記憶だけ。
愛情をたっぷり注がれた記憶など、覚えているわけがなかった。
「家に行ったらわかるかな……」
恐らく更地になっているか、他人の家になっているだろう。
それでも、自分の家が、今どうなっているのか知りたい。
麻仲は心配して一緒に行こうかと聞いてきたが、これは私の問題だと思い、断った。
決めてからは早かった。二人で店を出て、生前の家の最寄り駅へと向かう。
そして、いつもの公園で、麻仲と別れた。以前、同じように別れた時とほぼ同時刻だったが、まだ辺りは明るさが残っている。
どうなっているのかわからない。だが、何か大切なものを忘れてしまったような気がしてならなかった。
それを取り返すべく、麻仲の姿が見えなくなったところで、私は家へと歩みを進めた。
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