多重世界の旅人/多重世界の旅人シリーズII

りゅう

文字の大きさ
3 / 52

3 別世界人

しおりを挟む
 空間保安局の実験で別世界の人間を引っ張り出したこの事件は、関係機関で大問題となったようだった。
 おそらく一般には公表できないだろう。
 もしかすると、国の上層部まで報告が届いていたかも知れないほど研究所は大騒ぎをしていた。まぁ、世界がひっくり返るような話だからな。この世界とは別の世界の存在が示唆されたわけだから無理もない。
 あえて言えば『太陽の裏側に地球がもう一つありました』なんていう話だ。

 ただ、だからと言って俺が忙しくなったわけではない。
 っていうか、俺は身動き出来ない状態になった。
 まぁ、帰るところがない訳だし行きたいところもないのだが、居ない筈の人間を当局が解き放つわけはない。科学的にも社会的にも影響が計り知れない存在だからな。

 俺は何日も何もせず、ただ与えられた部屋で過ごしていた。
 だが、窓の外の浅間山を眺めることくらいしかやることは無い。しかし、刺激のない生活というわけでもなかった。何故なら目の前の浅間山は俺が知ってる浅間山とは形が全く違っていたからだ。いくら怪しい連中でも、こんなことは出来ないだろう。
 俺の記憶と形の違う浅間山を見るたびに別の世界に来たのだと実感するのだった。

  *  *  *

「すまない。この研究所から出すわけにはいかなくなった」

 数日ぶりにリーダーのホワンがやって来たと思ったら残念な報告をした。
 既に俺は隔離部屋に移されて、さらに厳重な検査をされていた。無菌室のような部屋だ。居心地は意外と悪くないが。

「やっぱりか」

 急に扱いが変わったので、そんなことだろうとは思っていた。

「まず、君を元居た世界へ帰す手立てがない」
「そうだな」
「そうなると、これから帰す方法を探すしかない」そう、ホワンは続けた。
「探す? 誰が? 探せるのか?」
「恐らく、簡単ではないだろう。我々の科学に並行世界の研究などないからな」

 一応、オカルト集団ではないのは認めよう。

「それは、俺の世界でも同じだな」
「我々は、君を自由には出来ないが君が元の世界へ帰れるよう全力で支援するつもりだ」

 ホワンの表情を見るに俺の処遇を真面目に考えているようだ。
 混乱はしているが誠実に対応しようとしているといった顔だ。しかし、空間転移なんていう奇想天外な実験をしている割には、並行世界にショックを受けていることが面白い。

「全力で?」
「そうだ。全力だ。それは、我々の研究対象でもあるからだ」

 確かに、彼らが解き明かしていない現象が目の前に現れた訳だ。研究者なら、これを無視することなど出来ないだろう。

 ホワンは今後の俺の生活の保障と、俺が元の世界に帰るための協力を約束して帰って行った。俺も、それ以上は話す気になれなかった。

  *  *  *

 俺はなんでこんな事態に陥ってしまったんだろう。
 俺が何かしでかしたのか? 与えられた部屋のベッドに寝転んで、そんなことを考えていた。

 百年前に大噴火を起こした浅間山を訪れたことが問題だったのか? 遊歩道に異常な空間があったのか? 江戸湿地帯の開発計画を担当している会社にいたのが悪かったのか?
 それともヒカリゴケの近くに居たからか? そんなことなら、彼方此方で並行世界へ転移している筈だ。だが、失踪事件のような話は聞いたことがない。
 それでも、明日起きたら胞子を保管するように進言しておくか? まぁ、既に保管しているか……。

 やっとのことで俺は眠りについた。

  *  *  *

 その後、俺はまた暇になった。
 体組織の精密検査や共生している細菌、寄生虫検査なども全て終わって調べるものが無くなったようだ。

 それから数日、検査結果が出た頃に再びホワンがやって来た。

「やぁ、調子はどうだ? 何か不自由なことはないか?」

 なんだか、ご機嫌伺いみたいなことを言って来た。

「セールスマンかよ」
「あはは。そんな風に聞こえたか? それはすまんな。で、今日は朗報を持ってきた」

 ホワンは明るい表情で言った。

「ほう。この世界で朗報は初めてだな。それは有り難い」

 俺はこの世界へ来て初めて普通に笑ったかも知れない。

「そうだな。まず、検査は全部問題無しだ。至って健康だとさ」
「そうか? でも、それはこの世界ではだろう? 俺の世界でもそう言えるのか?」

 俺はちょっと皮肉を込めて言った。

「はは。冗談で別世界をネタにするとはな。恐れ入った」

 ホワンはちょっと目を見開いてびっくりして言った。

「暇だしな。仕事していた時は休みが恋しかったが、いかに下らない望みだったか分かったよ」

「まぁ、ここで暇でも何も出来ないからな。申し訳ない。しかし、医学的に問題ないことが立証されたので、これからは違うぞ。かなり自由に動けるようになる」
「本当か? それは確かに朗報だ」

「そうだ。それに、仕事も用意した」
「なに? 仕事?」
「そうさ、やりがいのある仕事だ」

 仕事と聞くと流石にちょっと引く。

「ああ、でも仕事だと大抵やりたいこととは違うもんだよな」

「うん、まぁ普通はそうかも知れない。だが、ここは研究所だ。やりたいこと以外はやらない場所だ」ホワンは言い切った。本当かよ?

「そうか。羨ましい職場だな」
「そこでだ。君もその仕事に加わると言うのはどうだろう?」ホワンは、ニヤッと笑って言った。

「俺がか? 面白そうだが俺は研究者じゃないぞ?」
「それは分かっている。だが、君には元の世界に帰るという切実な願いがある。そうだろう?」
「それはそうだ」
「そして君の仕事は我々と強力して君を元の世界に帰すことだ」

「マジか。そんなことが仕事になるのか? いや、やめろと言われてもやるけどな」
「そうだろう? よし、じゃ決まりだな!」

「だが、俺に研究の手伝いが出来るのか? 専門知識はないぞ?」
「そうか? 先日のやり取りから考えて、十分力になれると俺はふんだんだがな」
「それは、買いかぶりだろう。必死なだけだ」

「そうだな。だが、それは大事なことだ。まずは、体験者としての意見を貰えればいい。並行世界については専門家なんていないから全員素人のようなものだ。問題ない」

 そういってホワンは右手を出してきた。

「それはそうか。分かった。そういうことなら、いくらでも協力するよ。よろしく頼む」

 俺はホワンの手を取った。

「そう言って貰えるとありがたい」

 ホワンは本当に嬉しそうに俺の肩を叩いて笑った。
 有り難いのは俺の方だ。やっと居場所が出来た気がした。

 しかし、この十日で俺の人生、急展開だな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

合成師

盾乃あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

処理中です...