薄い彼女/多重世界の旅人シリーズⅠ

りゅう

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9 遷移訓練2

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 情報の流れを抜けて十年後の自分に飛び込んだ。

 ちょうど夕食を食べた直後のようだ。ほぼ狙った通りの時間だ。
 キッチンには今宮麗華がいた。俺たちはうまくいっているようだで安心した。

 テーブルに置いてあるのは仕事関係の資料らしい。俺はタイトルだけを読んだ。
 そして日時を確認し、一年前の自分を思い出したあと帰還した。

 帰るのは簡単だ。『遷移解除』と頭の中で言うだけだ。
 これで、なんでうまく行くのか分からない。なぜなら声に出していないからだ。正確には音声認識ではない。脳内言語認識だ。
 これは凄いことだと思う。

 凄いことだが、それって共感通信のようなものが働いているってことだよな?
 就活の時は自分で戻らなかったけど、時間移動は出来るんだからコマンドを使わなくても意識すれば戻れるような気もする。

「早~い」

 俺が戻ってみたら麗華が驚いた声を上げた。

「お前が作った夕食を食べたぞ」
「あら。美味しかった?」
「うん。ただ、満足感しか残ってなかったのが残念だ」

「なんだ、食べてないんだ」
「ああ、もうちょっと前に飛び直すかな」
「だめよ。今回は定点遷移なんだから」

「そうか。後は、日時が分かった。それと、仕事の資料があった」

 俺は一通り記録を取ったあと、再び横になった。そして、9年後、8年後と順に飛んだ。

 遷移は順調だった。
 同じ夕食時を狙ったので麗華の料理を食べられることもあった。今でも時々作ってくれるが、さらに腕を上げていた。

「私も食べたかった~っ」
「いや、お前が作るんだけどな」
「そうだった」

「更に旨くなってたよ」
「ふふ。頑張ってるんだ」

 そんな話しをしながら部屋を出ると、会議テーブルにいた神海意次と希美が驚いた顔で俺たちを見た。

 いや、自分達だけでおやつを食べてるのを見付かったような顔するなよ。

「どうした? おやつ食べるか?」
「何か忘れ物?」

「いえ、三回飛んできました」

「なに? まじか」と意次。
「ホントなんです」と麗華。
「それは凄いわね」と希美。
「何が?」

 やっぱり早かったらしい。
 俺としては他の人が何処で時間が掛かるのか分からない。もしかして、遷移するのに時間が掛かるものなのか?

 とりあえず俺達は、おやつを食べてから話すことにした。

  *  *  *

 俺の共感遷移は時間が異常に短いらしい。
 異常というと悪いように聞こえるが、優秀ってことだ。ほんとかよ。

「遷移移行時間が短いようだな。つまり、それだけ適性があるってことだ。まるで、いつもやってたようだな」

 意次は、俺が書いた遷移レポートを読みつつ言った。

 そんなことを言われても困る。
 俺の中で何がどうなると未来へ飛ぶのか分からないので、なんとも言えない。

 共感遷移はベッドに横になってはいるが寝てるわけじゃない。
 意識がある状態で未来へ飛ぶんだが、一瞬ふわっとした感覚があった後はちょっと暗転しただけですぐ情報の流れの中に入る。
 そのちょっとした暗転の時間だから、あまり覚えていない。

「料理が旨いのか!」と顔を上げて言う意次。

 もちろん、俺のレポートを見ての話だ。

「何か問題でも?」と俺。
「いや、羨ましいな」と意次。
「あら、何かしら?」と希美。

 ちょっと微妙な空気だ。

「日時も、適切だな」と流す意次。そこ、流していいのか?
「次の定点の調査もちゃんとしてるな」

 希美はちょっと睨んだだけだった。

「はい。特に記憶に残らない普通の日だったので簡単でした」
「うん。それにしても、意識がしっかりしているようだな」

 未来に飛んだときの俺の意識のことを言っているらしい。

「いや、遷移した後は、未来の意識と重なるから、ちょっと混乱する人も多いんだ」

 意次は、そんな説明をした。今までの人は、どんな風に混乱したんだろう?

「そうなんですか?」
「ああ、普通は過去から行った意識のほうが混乱する」

 それはそうだろう。飛ぶほうは全く新しい経験だがからな。

「未来の人間は普通、どう感じるんですか?」

 俺は確認のために聞いてみた。俺は普通とは違うっぽいしな。

「大抵は、ああ、過去から来てるなと気付く程度の筈だ。予定通りと思うわけだ」
「なるほど。過去の記憶を持ってますからね」それでも、うざいだろうけど。

「そうだな。ただ、遷移したほうは、未来の情報を知らない。それで混乱するわけだ」

 そう言うことで、共感遷移の時に横になってるのか。
 未来に飛んでいるときに過去の自分の情報は不要だからな。変に刺激をしないようにしているわけだ。

「俺は、特に困りませんでしたね」
「そうか。それはいいことだ」

 もしかすると、食後の満足感で始まったのが大きいのかも知れない。
 未来に飛んでいきなり好きな人の旨い料理を食べた直後なのだ、機嫌がいいに決まってる。
 あるいは目の前に旨い料理があったこともあった。
 選んだ時間が良かった。思えば、人間にはこういう時間が必要なのかも知れない。当然のように訪れる幸せな時間が。

 少なくとも、そういう時間がある俺は遷移しやすいという訳だ。
 麗華がそういう時間を作ってくれているのだ。
 俺は思わず麗華を見た。麗華はきょとんとしていた。

  *  *  *

「次の訓練は自由遷移だ」

 教官の意次が宣言した。共感の教官か。

「なんだ? 何かあるのか?」
「いえ。何でもないです」意外と感が鋭いな。寒いギャグは止めとこう。

 今回の訓練は、定点遷移した後で戻らずに別の時間に遷移するというものだった。
 遷移した後、日時を細かく調整する訓練だ。要するに、行った先が目的に合ってない場合などに日時を調整する必要があるわけだ。
 現時点に戻るのではなく、行った先の未来で何度か遷移して情報を集めてくるわけだ。

「これは、ちょっと難しいぞ。今宮もちゃんと見ててやってくれ」

 いや、それ最初からやったけど?

「任せて!」麗華も真面目な顔で……というか、自信満々で応えた。
「しっかりね」と希美。優しいな。
「頑張ります」

  *  *  *

 意次は難しいと言うが、俺は特に難しいとは思わない。

 すでに麗華と共感しているので、俺は頭の中で『遷移トリガー』と言った。
 その後、何度か『遷移トリガー』で時間を移動した。
 もちろん訓練なので直ぐには遷移せず、状況を把握してから移動する。
 あとでレポートに書けるように覚えるということだ。可能な限り見たものをそのまま記憶するわけだ。
 うっかりその日の記憶を探ったりすると、未来の自分の行動や思考を邪魔してしまうので注意が必要だ。
 とにかく今は、基本の眺めるだけに集中した。

 複数回の遷移をしたが、特に障害は無かった。
 ただ、ちょっと気になることがあった。暗転している時間のことだ。
 遷移で、暗転している時間が長いときと短いときがあるのだ。
 気にするほどではないが、長時間暗転したままになったりしたら嫌だなとは思う。暗闇に閉じ込められるのと同じだからな。

「遷移解除!」

 そう言って俺は出発した時間に帰って来た。
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