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 夜羽のあの別人のような振る舞いは、頭打っておかしくなったのではなく、一種の自己暗示だったようだ。でも、サングラスをかけるだけで普通そうなる?
 私は夜羽の方を振り返る。

「そうなの?」
「う、うん……この赤いレンズを通して見ると、自分が自分じゃなくなると言うか……気が大きくなって、何でもできるって気になっちゃうんだ。
でもそんな自分が怖いから、なるべくやらないようにはしてるけど……だって中学の時、今まで僕をいじめてた人たちが敬語で挨拶してきたり、怖い先輩から裏番になってくれないかって頼まれたり……美酉ちゃんの反応が怖くて、口止めが大変だったよ!」

 知らない間に、お隣の気弱な幼馴染みが不良の頭になっていた……と言うか、私の事がなければ断らなかったのかしら? この子、気だけじゃなくて押しにも弱いから。

「自分が仕出かした事の記憶はあるのよね? チューしたり『俺の女』発言とか」
「そっそれは、美酉ちゃんが無事だったからホッとして! あうぅ、ごめん……嫌だったよね」

 赤面してあたふたと弁解する夜羽だったが、私にじっと見られるうちに肩を落とし、シクシク泣き出した。……何も言ってないじゃん!

「夜羽、分かってない。私が怒ってるのはそんな事じゃなくて、今まで隠してたって事!」
「ごめんなさい……」
「言ってくれれば、夜羽が悩んでる事だって力になってあげられたし」
「ごめんなさい……」
「私ね、あんたの事は家族みたいに思ってるよ。夜羽は、違うの?」
「ふええぇぇ……」

 べそをかく夜羽に溜息を吐くと、炎谷さんに帰る事を告げた。

「美酉さん。坊ちゃんはあなたに嫌われたくなくて、本当の事が言えなかったのですよ」
「分かってます。ただ……今はキャパオーバーでまともに考えられなくて。しばらく時間を置きたいんです」
「分かりました。坊ちゃんには私の方から言っておきますから」

 私は頷くと、夜羽の背に「じゃあ、帰るね」とだけ声をかけて帰宅した。


 両親から、学校から連絡が入って散々心配されたけど、助けてもらったので大した事はないと告げ、いつものようにご飯を食べてお風呂に入って寝た。

 あれだけの事が、あったのに。

(そうだ、私……夜羽に助けてもらったんだ。それなのにお礼も言わずに怒って出てきちゃったりして。

明日、謝ろう。それから「助けてくれて、ありがとう」って、ちゃんと言わなきゃ)

 付き合っていた牧神に裏切られた事も、悪意ある噂も、不良たちに襲われた時の恐怖さえ、もうどうでもよかった。
 今の私の頭の中は、夜羽の事でいっぱいだったから。

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