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13:拙者、御相伴にあずかるでござる

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 夕食の前に俺も風呂に入っておく事にする。この地域一帯では専ら水風呂だが、煮沸した湯を冷まして使うので川よりずっと清潔だ。

「御先祖様の故郷では、熱い湯船に全身浸かっていたらしいけど、贅沢だよなぁ」

 魔物討伐の旅の果てに追放という目まぐるしい状況の変化に、心身共に疲れ果てた身としては、是非一度は味わってみたいものだ。
 そんな事を考えながら顔を洗おうとして――さっきまで感じていた傷の疼きがなくなっている事に気付く。

「なんだ……?」

 マヤ様に引っかかれたはずの顔の傷をなぞろうとするが、まるで何事もなかったかのように痛みを感じない。生憎鏡が置いていなかったのでどうなっているのか分からないが、もう治ったというのか。

(そんなバカな)

 首を傾げつつも用意された布を手に取った。


「ほお、男ぶりが上がったではないか」

 夕食の席で上座に座ったアピス酋長はニヤニヤしている。俺の格好は何故か腰巻一枚。マヤ様も人前では上着を羽織っていたので上半身裸の俺は余計浮いていた。

「俺、あんたの奴隷になった覚えはないんだけどな」
「そう言うな。この集落の者は娯楽に飢えていてな。見目好い男の体は目の保養なのだ」

 給仕をしている女と視線が合うと、顔を赤らめて逸らされた。別に減るもんでもないが、見世物にされているようで気分は良くない。それはマヤ様も同じらしかった。

「あんまりジロジロ見ないでください。イェモンはアタシの大切な……」
「下僕だから、か?」
「ち、違いますっ! 大切な恩人なんです。だから……」

 上手く言葉が纏まらないようだ。真っ赤になってボソボソ言うマヤ様がいじらしくてわしゃわしゃしたい。自重しろ、俺!

「まあ、あまり弄って臍を曲げられても面倒だからな。まずは食事だ」

 アピス酋長が酒を注がれた杯を掲げて一気に飲み干す。ちなみにジャングルではテーブルがなく、敷物の上に並べて地べたで食べる。床もそのまま地面なので裸足で座ると小石がチクチクして地味に痛い。
 メニューは牛まるまる一頭を使ったと思われるほど牛肉尽くしだった。

「主は肉は平気ですか?」
「ここじゃ肉の方が主食だよ。でもこの牛肉、少し癖が強いね」
「気付いたか。それはジャングルに生息する獣ではない。大陸を群れで大移動する野牛の肉だ」

 野牛の群れの話は、各地を旅する中で何度か聞いた事がある。
 村を半壊させていったとか、農家が飼育しているブランド牛が壊滅したとか、何匹かとっ捕まえて名物料理が生まれたとか……

「行き着く先はここだったのか?」
「いいや、これは取引をしている商人から買ったものだ。我々ビーウィの女たちは力は男に劣る分、頭で勝負する。貿易によって他国の情報をどこよりも早く入手するのも手段の一つだ……ジャングルから持ち出されたサウーラの卵の行方もな」

 話が俺たちへの依頼へとシフトし出したので、俺はあぐらをかいていた姿勢を正した。マヤ様はまだ干し肉をモガモガ齧っているので気付いていない。目の前の皿をいくつかどかすと、アピス酋長は地図を広げてみせた。

「これが我々のいるジャングルで、ここがビーウィ。少し下がるとマヤ殿のいたニエ村がある。ここから最短でジャングルを抜けた先に小さな港があって……現在の卵の持ち主に会いにいくなら、船に乗ってもらう必要がある」

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