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第三章 港町の新米作家編
再会
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ポーチェ男爵領にある小さな港町キトピロ。多くの人が行き交う通りを一望できる場所に、小洒落た喫茶店があった。客層は流行りに弱そうな若い女性が中心のようで、たった今入店してきた恰幅の良い貴族のご婦人は少々浮いている……目立っているのは身分のせいではないが。
ご婦人は会計係に何事かを告げ、巨体を揺らしながらこちらにやってきた。そうして相席にと用意した椅子を二つ並べてどっかり座ると、声を落として私に話しかける。
「失礼ですが、K・ホイール先生でいらっしゃいますか?」
「ええ、私がそうです」
「探しましたわ、奥様……」
ご婦人――マミーが涙ぐみ、ハンカチで目元を押さえる。私はベルを鳴らすと、この店で一番人気のスイーツと紅茶を注文した。ここ最近、外で甘いものは食べていないけれど、せっかく懐かしい人と再会したのだし、長い話になるから今日ぐらいはいいだろう。
誰も気にしていないが、盗み聞き防止のために一応周辺の音をシャットアウトする魔道具を作動させておく。
「長らく連絡できなくてごめんなさい。こんな回りくどい方法でしか、私の生存を伝えられなくて」
「仕方ありませんよ、あんな目に遭ったのですから……本当に、ご無事でよかった。あれから旦那様は必死になって奥様を探し回ったのですが、今ではすっかりおやつれで塞ぎ込んでしまって……」
マミーが語る公爵家の近況を、私は紅茶を飲みながら黙って聞いていた。何の反応も示さないのに気付いたのか、僅かに眉間に皺が寄ったがその事には触れず、マミーもまた目の前のフォークに手を伸ばす。
「そう言えば、作家になられたんですね。驚きましたが、デビューおめでとうございます。坊ちゃまはお元気で?」
「ふふ、ありがとう。おかげさまですくすく育ってるわ。会わせてあげられないのは残念だけど……」
「それにしても、何故わたくしを名指しに? いえ、おかげでここまで辿り着いたのですが」
マミーによれば、【妖精王子と悪役姫】は侍女たちの間でも話題に上るほど知られるようになったらしい。そしてあとがきにマミーの名前を載せた事で、作者と知り合いじゃないのかと色んな人から問い詰められたのだとか。
「わたくし、若者の流行にはとんと疎かったのですけど、勧められて一読したところ、ピンときました。これを書いたのが貴女だという事に。それで、出版社を訪ねて作者にお会いしたいと告げたのですが」
「そう簡単にはいかなかったでしょう?」
「ええ、守秘義務があるとの事で。それに呆れた話ですが、わたくしの名を騙ってK・ホイール先生に会わせろと言ってくる人が大勢いたようですわね」
私もまさか、これほどまでに作者に会いたがる人たちが出てくるとは予想外だった。運よくベストセラーにできたとは言え、こっちはたかだか無名の新人作家なのに。
「それでわたくし、この本について調べましたのよ。小説自体はガラン堂新聞で連載されていたものだと。ですからガラン堂新聞社にお手紙を出しました。わたくしの身元とその証拠……伯爵家の印と夫である騎士団長のサイン。それから、わたくしの雇用先の奥様が行方知れずになったので、同一人物であれば無事を確認したい事も」
マミーは本当に私の身を心配して、ここまで会いに来てくれたのだ。もちろん、そう動くであろう事は想定済みだった。だからこそ私は、彼女を選んだのだ。
「この事は……どなたかに相談されました? その……」
「いいえ! 違っていたらぬか喜びさせてしまいますし……夫にも、古い知り合いかもしれないから確かめたいとしか言ってませんわ。新聞社からの返答も、誰にも明かさないと約束できるならという事でしたので」
「そう……」
マミーはチャールズ様の味方でもあるので、報告される可能性も考えたのだけれど、さすがにそこは慎重だった。私の居所が漏れれば命にかかわると分かっていたのだろう。
カチャリ、とカップをソーサーに戻すと、私はホッと息を吐く。
「要望通り、一人で来てくれてありがとう。私、貴女なら気付いてくれると思ったの。客室の嫁入り道具を管理してくれてたから、日記も読んだだろうって……あの屋敷では、信頼できる相手も限られてたからね。
ジャックでもよかったんだけど、男の人だから恋愛小説は読まないだろうし」
「ほほほ、ジャックも相当落ち込んでいたけれど、旦那様と違うのはその行動力ですよ。ほら、クララもあの部屋にいたでしょう? 生死不明な状態でいつ帰って来れるかも分からないから、時々ゾーン伯爵領の孤児院にいる兄弟たちの様子を見に行ってるんですよ」
「まあ、彼にも心配かけてしまったわね。クララは目を付けられていないから、港町に着いた時に手紙を出したそうなんですが、一応まだ内密にしておくようにって書いたそうなんです」
一人だけなら、いつでも顔を見せに行けたのに……そこから私の事も探り当てられるのを慮って、クララは弟たちにも住所を告げなかった。彼女には本当に申し訳なく思っている。クララだけでなく、心配してくれた人たち全てにだ。
「それで奥様……」
「マミー、結婚していないのだから『奥様』はやめて」
「失礼いたしました。アイシャ様はあれから、どんな経緯があったのですか?」
マミーに促され、私は公爵家を離れてからの出来事を思い返していた。
ご婦人は会計係に何事かを告げ、巨体を揺らしながらこちらにやってきた。そうして相席にと用意した椅子を二つ並べてどっかり座ると、声を落として私に話しかける。
「失礼ですが、K・ホイール先生でいらっしゃいますか?」
「ええ、私がそうです」
「探しましたわ、奥様……」
ご婦人――マミーが涙ぐみ、ハンカチで目元を押さえる。私はベルを鳴らすと、この店で一番人気のスイーツと紅茶を注文した。ここ最近、外で甘いものは食べていないけれど、せっかく懐かしい人と再会したのだし、長い話になるから今日ぐらいはいいだろう。
誰も気にしていないが、盗み聞き防止のために一応周辺の音をシャットアウトする魔道具を作動させておく。
「長らく連絡できなくてごめんなさい。こんな回りくどい方法でしか、私の生存を伝えられなくて」
「仕方ありませんよ、あんな目に遭ったのですから……本当に、ご無事でよかった。あれから旦那様は必死になって奥様を探し回ったのですが、今ではすっかりおやつれで塞ぎ込んでしまって……」
マミーが語る公爵家の近況を、私は紅茶を飲みながら黙って聞いていた。何の反応も示さないのに気付いたのか、僅かに眉間に皺が寄ったがその事には触れず、マミーもまた目の前のフォークに手を伸ばす。
「そう言えば、作家になられたんですね。驚きましたが、デビューおめでとうございます。坊ちゃまはお元気で?」
「ふふ、ありがとう。おかげさまですくすく育ってるわ。会わせてあげられないのは残念だけど……」
「それにしても、何故わたくしを名指しに? いえ、おかげでここまで辿り着いたのですが」
マミーによれば、【妖精王子と悪役姫】は侍女たちの間でも話題に上るほど知られるようになったらしい。そしてあとがきにマミーの名前を載せた事で、作者と知り合いじゃないのかと色んな人から問い詰められたのだとか。
「わたくし、若者の流行にはとんと疎かったのですけど、勧められて一読したところ、ピンときました。これを書いたのが貴女だという事に。それで、出版社を訪ねて作者にお会いしたいと告げたのですが」
「そう簡単にはいかなかったでしょう?」
「ええ、守秘義務があるとの事で。それに呆れた話ですが、わたくしの名を騙ってK・ホイール先生に会わせろと言ってくる人が大勢いたようですわね」
私もまさか、これほどまでに作者に会いたがる人たちが出てくるとは予想外だった。運よくベストセラーにできたとは言え、こっちはたかだか無名の新人作家なのに。
「それでわたくし、この本について調べましたのよ。小説自体はガラン堂新聞で連載されていたものだと。ですからガラン堂新聞社にお手紙を出しました。わたくしの身元とその証拠……伯爵家の印と夫である騎士団長のサイン。それから、わたくしの雇用先の奥様が行方知れずになったので、同一人物であれば無事を確認したい事も」
マミーは本当に私の身を心配して、ここまで会いに来てくれたのだ。もちろん、そう動くであろう事は想定済みだった。だからこそ私は、彼女を選んだのだ。
「この事は……どなたかに相談されました? その……」
「いいえ! 違っていたらぬか喜びさせてしまいますし……夫にも、古い知り合いかもしれないから確かめたいとしか言ってませんわ。新聞社からの返答も、誰にも明かさないと約束できるならという事でしたので」
「そう……」
マミーはチャールズ様の味方でもあるので、報告される可能性も考えたのだけれど、さすがにそこは慎重だった。私の居所が漏れれば命にかかわると分かっていたのだろう。
カチャリ、とカップをソーサーに戻すと、私はホッと息を吐く。
「要望通り、一人で来てくれてありがとう。私、貴女なら気付いてくれると思ったの。客室の嫁入り道具を管理してくれてたから、日記も読んだだろうって……あの屋敷では、信頼できる相手も限られてたからね。
ジャックでもよかったんだけど、男の人だから恋愛小説は読まないだろうし」
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「まあ、彼にも心配かけてしまったわね。クララは目を付けられていないから、港町に着いた時に手紙を出したそうなんですが、一応まだ内密にしておくようにって書いたそうなんです」
一人だけなら、いつでも顔を見せに行けたのに……そこから私の事も探り当てられるのを慮って、クララは弟たちにも住所を告げなかった。彼女には本当に申し訳なく思っている。クララだけでなく、心配してくれた人たち全てにだ。
「それで奥様……」
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