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第三章 港町の新米作家編
経緯①
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バッカ――ン!!
「ひゃあっ! なに、なに!? 何が起こったの!?」
突然の大音響に、ベビーベッドのケージにもたれかかって眠っていたクララは、飛び上がって辺りを見回す。部屋の中は薄暗くて、輪郭ぐらいしか分からないだろう。赤ん坊も驚いて目を覚まし、わんわん泣き出した。
「おー、よちよち。大丈夫でちゅからねー。まずは灯りっと」
幼い弟たちの世話に慣れているクララは、赤ん坊を抱き上げてあやしながら、部屋を明るくするために入り口付近へ向かい、手探りでスイッチに触れる。天井のホタルブクロ型シャンデリアに灯りが点り、部屋全体を照らし出した。
「わっ、お嬢様! そんなところに居たんですか!?」
ようやく、すぐそばで床にへたり込んでいた私に気付いて、仰天するクララ。無理もない、この部屋に飛び込んでから、私は指一本動かす余裕すらなかったのだから。
「あ、あら……ドアは??」
私の背後の異変に気付き、何もない壁をペタペタ触って確認しているのを見ている内に、私の目からはみるみる涙が溢れてきた。
「うっ、う……ううっ」
「お嬢様!? どうなさったのです、外では何が」
「ごめんっクララ、ごめんなさい!!」
今までいた世界とは切り離されたこの場所に、クララまで閉じ込めてしまった事が申し訳なくて……私は彼女にしがみついて号泣した。つられて赤ん坊までまた泣き出し、途方に暮れていたクララだったが、私たちを抱きしめ、落ち着くまで一緒にいてくれた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ではお嬢様は、旦那……ウォルト公爵をトップとする反逆者の一派に連れ去られたんですか」
「詳しい事は分からないけど、話を聞く限りではそうとしか思えなくて……しかもこの子を旗印にするつもりだったらしいのよね」
すっかり泣き止んで、ガラガラ玩具を鳴らしてやるとキャッキャと喜ぶ我が子を抱き上げながら、私は事情を説明する。クララは不快そうに顔を顰め、今は跡形もなくなったドアの方を睨み付ける。
「お嬢様をきっと守ると誓ったくせに、国家転覆の危険性がある過激派集団に利用しようとするなんて……あの男には失望しました」
クララの中で、チャールズ様の信用は地に落ちている。きっと初対面の時のジャック以下なんじゃないかしら。私だって何かの間違いだと思いたいけど、実際に魔法の鍵がなければ命にかかわっていた。何より、今は頭の中がグチャグチャになるので、しばらくチャールズ様の事は考えたくもない。
「鍵付きの宝箱の口が、何とか体が通れる大きさでよかったものの……吊り橋から落ちて、馬車ごと壊れちゃったんでしょうね。ここのドアが消えたのは、きっとそういう事だわ」
「私たち、元の場所に戻れるんでしょうか」
「戻ろうにも……」
キッチンへ回り、裏口のドアを開けると、真っ赤な空が私たちを出迎えた。見た事もない異形な鳥がギャアギャア鳴きながら飛んでいたので、そっとドアを閉める。
「ここって魔界でしょ? 言ってみれば異世界なのよ。唯一行き来できる手段が魔法の鍵と、あのドアだけだったのよね」
「今まで何とも思わなかったのが不思議ですよね。いや、割と最初からおかしかったですが」
魔法だからと納得してしまっていたらしい。この順応力と言うか逞しさは見習いたいところだが、それにしてもクララがやけに落ち着いているのが気になる。
「あの、クララ。もしかしたら私たちはもう帰れないかもしれないんだけど……」
「お嬢様、考えたんですけど、もうそれで良くないですか?」
……はあ!?
クララの極論に、私は呆気に取られる。いやだって、私たち三人だけ魔界に取り残されるって、どう考えてもダメでしょ。
「だってこの家にいる限り、どんな危険からも守ってもらえるし、食べ物や日用品もサブちゃんが届けてくれますし。何より、これ以上お嬢様があの世界の煩わしさに悩まされる事はありません」
「そ、それはそうかもしれないけど」
やばい、ちょっと魅力的だとか思ってしまった。だけど、このまま一生は居られない事は言っておかないと。
「でも、妖精通貨だって無限にあるわけじゃないのよ。魔法の鍵は私が母親になった事で使えるようになったけれど、逆に手がかからなくなった後でも使える保証があるのか分からない。
それに、向こうに残してきた人たちはどうするの。クララの弟さんたちもジャックも、きっと心配しているわ」
「も、申し訳ありません……そうでしたね、ジャックはどうでもいいですが、弟たちとお互い安否を確認できないのは不安です。ジャックはどうでもいいですが」
ハッとしたクララは、楽観していた自分を恥じる。だけど私だって、具体的に帰れる手段があって言ってるわけじゃないので、あまり偉そうな事は言えない。ベアトリス様やティアラ伯母様、マミーたちに無事を伝えさえすれば、ずっとここで暮らしたいとすら思ってるし。
「ちわーっ、ミカワ屋ですーっ」
その時、裏口のドアの向こうからサブちゃんが来訪を告げてきた。ドアを開けると大荷物がいくつも届いていて、次々に中に運び込まれる。
「こんなに頼んでたかしら……」
「社長からの出産祝いですよ。おめでとうございます、奥さん。物入りになるだろうと、ベビー用品を差し入れさせていただきます」
……なんで私が産んだタイミングにすぐ届けられるのか気になるものの、差し入れは地味に助かる。一応、公爵家でも一通り用意はしてるけど、帰る手段が見つからない今、ストックは多いに越した事はない。
「お嬢様、ミカワ屋社長に随分気にかけられていますね。魔界に住んでいる人間なんて、一体何者なんでしょうか」
「あ、クララには言ってなかったかしら? あの人は私の……」
彼女の疑問に答えかけた私だったが、その瞬間気付いてしまった。どうして今まで忘れていたのかしら!
「クララ! 私たち帰れるわよ、元の世界に!!」
「ひゃあっ! なに、なに!? 何が起こったの!?」
突然の大音響に、ベビーベッドのケージにもたれかかって眠っていたクララは、飛び上がって辺りを見回す。部屋の中は薄暗くて、輪郭ぐらいしか分からないだろう。赤ん坊も驚いて目を覚まし、わんわん泣き出した。
「おー、よちよち。大丈夫でちゅからねー。まずは灯りっと」
幼い弟たちの世話に慣れているクララは、赤ん坊を抱き上げてあやしながら、部屋を明るくするために入り口付近へ向かい、手探りでスイッチに触れる。天井のホタルブクロ型シャンデリアに灯りが点り、部屋全体を照らし出した。
「わっ、お嬢様! そんなところに居たんですか!?」
ようやく、すぐそばで床にへたり込んでいた私に気付いて、仰天するクララ。無理もない、この部屋に飛び込んでから、私は指一本動かす余裕すらなかったのだから。
「あ、あら……ドアは??」
私の背後の異変に気付き、何もない壁をペタペタ触って確認しているのを見ている内に、私の目からはみるみる涙が溢れてきた。
「うっ、う……ううっ」
「お嬢様!? どうなさったのです、外では何が」
「ごめんっクララ、ごめんなさい!!」
今までいた世界とは切り離されたこの場所に、クララまで閉じ込めてしまった事が申し訳なくて……私は彼女にしがみついて号泣した。つられて赤ん坊までまた泣き出し、途方に暮れていたクララだったが、私たちを抱きしめ、落ち着くまで一緒にいてくれた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ではお嬢様は、旦那……ウォルト公爵をトップとする反逆者の一派に連れ去られたんですか」
「詳しい事は分からないけど、話を聞く限りではそうとしか思えなくて……しかもこの子を旗印にするつもりだったらしいのよね」
すっかり泣き止んで、ガラガラ玩具を鳴らしてやるとキャッキャと喜ぶ我が子を抱き上げながら、私は事情を説明する。クララは不快そうに顔を顰め、今は跡形もなくなったドアの方を睨み付ける。
「お嬢様をきっと守ると誓ったくせに、国家転覆の危険性がある過激派集団に利用しようとするなんて……あの男には失望しました」
クララの中で、チャールズ様の信用は地に落ちている。きっと初対面の時のジャック以下なんじゃないかしら。私だって何かの間違いだと思いたいけど、実際に魔法の鍵がなければ命にかかわっていた。何より、今は頭の中がグチャグチャになるので、しばらくチャールズ様の事は考えたくもない。
「鍵付きの宝箱の口が、何とか体が通れる大きさでよかったものの……吊り橋から落ちて、馬車ごと壊れちゃったんでしょうね。ここのドアが消えたのは、きっとそういう事だわ」
「私たち、元の場所に戻れるんでしょうか」
「戻ろうにも……」
キッチンへ回り、裏口のドアを開けると、真っ赤な空が私たちを出迎えた。見た事もない異形な鳥がギャアギャア鳴きながら飛んでいたので、そっとドアを閉める。
「ここって魔界でしょ? 言ってみれば異世界なのよ。唯一行き来できる手段が魔法の鍵と、あのドアだけだったのよね」
「今まで何とも思わなかったのが不思議ですよね。いや、割と最初からおかしかったですが」
魔法だからと納得してしまっていたらしい。この順応力と言うか逞しさは見習いたいところだが、それにしてもクララがやけに落ち着いているのが気になる。
「あの、クララ。もしかしたら私たちはもう帰れないかもしれないんだけど……」
「お嬢様、考えたんですけど、もうそれで良くないですか?」
……はあ!?
クララの極論に、私は呆気に取られる。いやだって、私たち三人だけ魔界に取り残されるって、どう考えてもダメでしょ。
「だってこの家にいる限り、どんな危険からも守ってもらえるし、食べ物や日用品もサブちゃんが届けてくれますし。何より、これ以上お嬢様があの世界の煩わしさに悩まされる事はありません」
「そ、それはそうかもしれないけど」
やばい、ちょっと魅力的だとか思ってしまった。だけど、このまま一生は居られない事は言っておかないと。
「でも、妖精通貨だって無限にあるわけじゃないのよ。魔法の鍵は私が母親になった事で使えるようになったけれど、逆に手がかからなくなった後でも使える保証があるのか分からない。
それに、向こうに残してきた人たちはどうするの。クララの弟さんたちもジャックも、きっと心配しているわ」
「も、申し訳ありません……そうでしたね、ジャックはどうでもいいですが、弟たちとお互い安否を確認できないのは不安です。ジャックはどうでもいいですが」
ハッとしたクララは、楽観していた自分を恥じる。だけど私だって、具体的に帰れる手段があって言ってるわけじゃないので、あまり偉そうな事は言えない。ベアトリス様やティアラ伯母様、マミーたちに無事を伝えさえすれば、ずっとここで暮らしたいとすら思ってるし。
「ちわーっ、ミカワ屋ですーっ」
その時、裏口のドアの向こうからサブちゃんが来訪を告げてきた。ドアを開けると大荷物がいくつも届いていて、次々に中に運び込まれる。
「こんなに頼んでたかしら……」
「社長からの出産祝いですよ。おめでとうございます、奥さん。物入りになるだろうと、ベビー用品を差し入れさせていただきます」
……なんで私が産んだタイミングにすぐ届けられるのか気になるものの、差し入れは地味に助かる。一応、公爵家でも一通り用意はしてるけど、帰る手段が見つからない今、ストックは多いに越した事はない。
「お嬢様、ミカワ屋社長に随分気にかけられていますね。魔界に住んでいる人間なんて、一体何者なんでしょうか」
「あ、クララには言ってなかったかしら? あの人は私の……」
彼女の疑問に答えかけた私だったが、その瞬間気付いてしまった。どうして今まで忘れていたのかしら!
「クララ! 私たち帰れるわよ、元の世界に!!」
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