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第三章 港町の新米作家編
経緯②
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私はサブちゃんに事情を話し、社長に会わせて欲しいと頼み込むと、数日分の荷物を荷台に積み込んだ。差し入れのスペースの分、私たちが乗り込める余裕ができていたのは幸いだ。
「ごめんなさいね、仕事の邪魔になってしまって……これ、少ないけど」
「いやぁ、社長の大事な人からは受け取れませんよ。でもせめて、このお札は持っていてくださいね」
どうも雇用主からは給料をしっかり貰っているので、チップは禁止されているとか。(賄賂による汚職や他所からの引き抜き防止らしい)
渡されたお札には、小さな紙に星マークが描かれていた。私とクララと息子の、ちょうど三人分だ。
「魔界は何だかんだで危ないですから。絶対に失くしちゃいけませんよ」
そう言って荷馬車を出発させるサブちゃん。馬の歩みはゆっくりに感じるが、どういうわけか景色はビュンビュン過ぎていく。商品が剥き出しになっているのに盗難に遭わないのは、このスピードのせいかもしれなかった。
やがて大きな館に着くと馬車を停め、呼び鈴を鳴らして声を張り上げる。
「ちわーっ、ミカワ屋ですー!!」
「……うるさいぞ、呼び鈴の意味あるのか」
そう言って扉の中から現れた男を見て、私は息が止まるかと思った。一見、紳士然とした立ち振る舞い……だけど死人のように青白く、話す度に口から覗く狼のような牙。そして背中のコウモリそっくりの黒い羽――絵本でしか見た事がない怪物、ヴァンパイア!?
「うん? 人間の匂いがするな。女と赤ん坊の、うまそうな匂いだ」
ひえっ!
私たちは見つからないように、荷物の影で身を寄せ合った。サブちゃんはと言うと、(コボルトなので分からないが、たぶん)涼しい顔で答える。
「そうですか? お客さん宛ての商品の匂いじゃないですかね。ご注文の血が滴る生肉と、若い女性提供者による献血パック、以上でよろしかったでしょうか」
「ふん……ほら、代金だ。しかし人間も酔狂な真似をするな。わざわざ自分から他者のために血を差し出すとは。そこまでできるのなら、私のためにその身を差し出してもよかろうに」
「人間は我々と違って死にやすいですから、お客さんとはちょっと事情が違うんですよ。まいどあり!」
やり取りを終えると、サブちゃんはすぐに戻ってきて馬を走らせた。しばらく行った後、こちらを気遣うように窺ってくる。
「驚きましたよね? 怖かったでしょう」
「ええ……お札はこの世界の住人に見つからないためのものだったのね」
「そうです。社長命令で、荷台が襲われないようにと持たされていたんですが、まさかこんなところで役に立つとは……」
私はさっきのヴァンパイアが鼻をひくつかせて獲物を探していた時の、ギラギラした眼を思い出して震え上がった。その後もサブちゃんは注文を受けていた顧客の家を回り――途中、オーガの住処で赤ん坊が泣き出して肝が冷えたが、お札のおかげでバレなかった――終わってから社長がいるという孤城を目指した。
「それにしても、つくづくその鍵は不思議ですね。魔界が存在した事もそうですが、何故鍵一本で繋がれるんでしょうか」
『秘密は女性の子宮にある。昨今、英知を極めた人類は錬金術により人造人間を生み出すまでに至ったが、それすら完璧な人間のコピーとまではいかなかった。
対して女性の子宮は、太古の昔から人間を、生命を作り出してきた。言わば創造魔法の源であり、異界と現世を繋ぐ扉とも言えるだろう。魔法の鍵の部屋は、その原理を利用した魔法なんだ』
クララの疑問に答えたのは、カランコエだった。ここが魔界であるためか、鏡などの姿が映る媒体がなくても『居る』と感じられる。そう言えば、カランコエについて色々書いた日記帳を公爵家に置いてきてしまったが……あれを読まれるのは恥ずかしいな。サラやその友人たちみたいにバカにしてくるかもしれないけど、ぱっと見は事典に偽装してるし、私が戻らなければ私物は捨てられるだろうから、もういいか。
『トイレに怪談が多いのも、人間の下半身に関するものは異界と繋がっているという考え方からなんだろうね』
カランコエのご高説はまだ続いていたが、あまり綺麗な話ではないわね。ジャックを庇った時もそうだったけど、この豆知識ってガラン叔父様が人造人間について語ってた時の蘊蓄だったわ。
思えばお母様とガラン叔父様は腹違いの姉弟で、公とはいかずとも交流があったのだから、この魔法の鍵に関しても何らかの干渉があったとしてもおかしくはない。
そんな取り留めもない事を考えている内に、荷馬車の向かう道の先に、見覚えのあり過ぎる孤城が見えてきた。サブちゃんが『社長』について話した時から、薄々予想はついていた。
昔から耳にタコができるくらい聞かされてきた、御伽噺としか思えない冒険の数々。突拍子もない異世界転生の思い出。何より、魔界で企業を興すなんて常識外れな事をやらかす知り合いなんて、私の記憶ではあの人しかいない。
サブちゃんが呼び鈴を鳴らすと、扉を開けたのは白髪頭にギョロ目の執事クリスだった。
「あのー、こちらのお客さんが社長にお目通り願いたいと」
「ご苦労だった。ボーナスにはつけておくから、もう持ち場に戻っていい。
……お久しゅうございます、アイシャ様。旦那様がお待ちですので、こちらへ」
驚く事に、私の身に何が起きたのか、あの人は既に把握しているようだった。あるいは、こうなる事はとっくに予想できていたのだろうか。
「よぉ、アイシャ。待っていたぞ」
通された応接室で、ソファに腰かけて私を出迎えたのは――先代ルージュ侯爵の三男で私の叔父、ガラン=ドゥ=ルージュだった。
「ごめんなさいね、仕事の邪魔になってしまって……これ、少ないけど」
「いやぁ、社長の大事な人からは受け取れませんよ。でもせめて、このお札は持っていてくださいね」
どうも雇用主からは給料をしっかり貰っているので、チップは禁止されているとか。(賄賂による汚職や他所からの引き抜き防止らしい)
渡されたお札には、小さな紙に星マークが描かれていた。私とクララと息子の、ちょうど三人分だ。
「魔界は何だかんだで危ないですから。絶対に失くしちゃいけませんよ」
そう言って荷馬車を出発させるサブちゃん。馬の歩みはゆっくりに感じるが、どういうわけか景色はビュンビュン過ぎていく。商品が剥き出しになっているのに盗難に遭わないのは、このスピードのせいかもしれなかった。
やがて大きな館に着くと馬車を停め、呼び鈴を鳴らして声を張り上げる。
「ちわーっ、ミカワ屋ですー!!」
「……うるさいぞ、呼び鈴の意味あるのか」
そう言って扉の中から現れた男を見て、私は息が止まるかと思った。一見、紳士然とした立ち振る舞い……だけど死人のように青白く、話す度に口から覗く狼のような牙。そして背中のコウモリそっくりの黒い羽――絵本でしか見た事がない怪物、ヴァンパイア!?
「うん? 人間の匂いがするな。女と赤ん坊の、うまそうな匂いだ」
ひえっ!
私たちは見つからないように、荷物の影で身を寄せ合った。サブちゃんはと言うと、(コボルトなので分からないが、たぶん)涼しい顔で答える。
「そうですか? お客さん宛ての商品の匂いじゃないですかね。ご注文の血が滴る生肉と、若い女性提供者による献血パック、以上でよろしかったでしょうか」
「ふん……ほら、代金だ。しかし人間も酔狂な真似をするな。わざわざ自分から他者のために血を差し出すとは。そこまでできるのなら、私のためにその身を差し出してもよかろうに」
「人間は我々と違って死にやすいですから、お客さんとはちょっと事情が違うんですよ。まいどあり!」
やり取りを終えると、サブちゃんはすぐに戻ってきて馬を走らせた。しばらく行った後、こちらを気遣うように窺ってくる。
「驚きましたよね? 怖かったでしょう」
「ええ……お札はこの世界の住人に見つからないためのものだったのね」
「そうです。社長命令で、荷台が襲われないようにと持たされていたんですが、まさかこんなところで役に立つとは……」
私はさっきのヴァンパイアが鼻をひくつかせて獲物を探していた時の、ギラギラした眼を思い出して震え上がった。その後もサブちゃんは注文を受けていた顧客の家を回り――途中、オーガの住処で赤ん坊が泣き出して肝が冷えたが、お札のおかげでバレなかった――終わってから社長がいるという孤城を目指した。
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対して女性の子宮は、太古の昔から人間を、生命を作り出してきた。言わば創造魔法の源であり、異界と現世を繋ぐ扉とも言えるだろう。魔法の鍵の部屋は、その原理を利用した魔法なんだ』
クララの疑問に答えたのは、カランコエだった。ここが魔界であるためか、鏡などの姿が映る媒体がなくても『居る』と感じられる。そう言えば、カランコエについて色々書いた日記帳を公爵家に置いてきてしまったが……あれを読まれるのは恥ずかしいな。サラやその友人たちみたいにバカにしてくるかもしれないけど、ぱっと見は事典に偽装してるし、私が戻らなければ私物は捨てられるだろうから、もういいか。
『トイレに怪談が多いのも、人間の下半身に関するものは異界と繋がっているという考え方からなんだろうね』
カランコエのご高説はまだ続いていたが、あまり綺麗な話ではないわね。ジャックを庇った時もそうだったけど、この豆知識ってガラン叔父様が人造人間について語ってた時の蘊蓄だったわ。
思えばお母様とガラン叔父様は腹違いの姉弟で、公とはいかずとも交流があったのだから、この魔法の鍵に関しても何らかの干渉があったとしてもおかしくはない。
そんな取り留めもない事を考えている内に、荷馬車の向かう道の先に、見覚えのあり過ぎる孤城が見えてきた。サブちゃんが『社長』について話した時から、薄々予想はついていた。
昔から耳にタコができるくらい聞かされてきた、御伽噺としか思えない冒険の数々。突拍子もない異世界転生の思い出。何より、魔界で企業を興すなんて常識外れな事をやらかす知り合いなんて、私の記憶ではあの人しかいない。
サブちゃんが呼び鈴を鳴らすと、扉を開けたのは白髪頭にギョロ目の執事クリスだった。
「あのー、こちらのお客さんが社長にお目通り願いたいと」
「ご苦労だった。ボーナスにはつけておくから、もう持ち場に戻っていい。
……お久しゅうございます、アイシャ様。旦那様がお待ちですので、こちらへ」
驚く事に、私の身に何が起きたのか、あの人は既に把握しているようだった。あるいは、こうなる事はとっくに予想できていたのだろうか。
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