79 / 99
第三章 港町の新米作家編
経緯⑤
しおりを挟む
マリフィーさんに促され、社長室から一階分下りると、その部屋は書類が大量に積み上がった机が並べられている。
その内の一つの席にいた男の人が、私たちの入室に気付いて立ち上がった。髪も肌も黒い、南方の国出身だと一目で分かる。
「これは、社長。お久しぶりです」
「忙しいみたいだな。みんな出払ってるのか?」
「あたしはいますよ!」
キンキン声と共に、書類の間からニュッと顔を覗かせたのは、彼と同じく南方人の女性。私と目が合うと、叔父様やマリフィーさんが何か言う前に、
「お客様ですか! お茶を淹れますね!」
と言って物凄いスピードで給湯室へ飛んで行ってしまった。呆気に取られていると、すかさず「お客様、赤ちゃんのミルクはどうしますか?」と叫ばれたので、慌てて必要ない事を告げる。哺乳瓶やおしゃぶりなどの育児グッヅはひととおり持ち歩いている。
彼女の声にびっくりしたのか、息子が目を覚ますなり泣き出してしまったので、あやすのに手間取るなどの一幕はありつつも、私たちは用意された椅子に座った。
そして南方人男性は編集長のマデラ=ジョーンズさん、女性の方は秘書のチイ=オクトピアさんだと紹介される。
「お名前、なんて言うの?」
お茶を出してくれたチイさんが、泣き止んでうとうとしている息子の頬をつつきながら訊ねてくる。
「テッドです」
「ふーん……可愛いわねぇ、今まで色んな人種を見てきたけれど、金色の瞳なんて珍しいんじゃない?」
「それなんですが、社長。貴方の姪御さんと、その御子息……一見しただけで、どれだけ厄介な件なのか想像つきましたよ」
編集長の指摘にドキッとする。やっぱりこんな小さな港町でも、黄金眼球が王家の証である事は常識のようだ。しかも息子はチャールズ様と瓜二つ……私たちを狙っている勢力からすれば、これだけ分かりやすい目印もない。
だけど焦る私とは裏腹に、叔父様は落ち着いた様子で足を組む。
「なら話は早い。こいつには、ここで記事を書かせてやってくれないか」
「はっ!?」
お茶を飲もうとして、突拍子もない提案に思わず立ち上がる。いきなり記者になれとか……てっきり雑用だと思っていたのに。
「身を隠さなければいけないのに、目立つ事をしてどうするんですか!?」
「もちろん、偽名を使う。だがな、知名度ってのはある意味力だと思うぜ。情報を扱う職業だから、正体を暴こうと嗅ぎ回る連中がいても、動きも察知しやすいしな」
叔父様が職場として新聞社を選んだのも、考えがあっての事だった。有名 (ただし偽名で)なら却ってバレにくい……発想の転換で思い出すのは、『台風の目』と言われたチャールズ様との婚約。あれは、各勢力が牽制し合う事で身を守れていたと聞いたけど。
(言った本人とチャールズ様に疑惑ができた今、あれもどこまで真実だったのか……。とりあえず今は、ここでの生活を第一に考えなきゃね)
「でも……いきなり雇えなんて言われても、私ができる事なんてあるんですか? いくら身を隠すためとは言え、他の人の仕事を奪うわけには……」
いきなりやれと言われても、新聞の原稿なんて書いた事もないのに。やっぱり雑用をしながらひっそりと生きていくべきじゃないのか、と尻込みしてしまうのは、妹に日記帳を回し読みされた事へのトラウマかもしれない。
「新聞ってのは、何もニュース記事だけじゃない。ここいらの店の宣伝や人生相談、それに四コマ漫画なんかもあった方が面白いかもな」
「……マンガ??」
聞き覚えのあるワードに、つい反応する。その言葉を知ったのも、随分遠い日のように感じるけれど。マンガというのはもしかして、リリオルザ嬢に押し付けられた、あの奇妙な絵物語の事だろうか?
「私、絵なんて描けませんよ」
「おっ、漫画の事、教えたっけか? なに、お前に見せた令嬢がいる? へえ~……
まあそれはともかく、漫画じゃなくても小説とか、毎回読むのが楽しみなコンテンツを作っておくんだよ」
小説。
それなら、私も大好きだ。ロマンチックな恋愛小説はサラに取られてしまうから、図書館で借りなきゃ読めなかったけど、自分で書いてみたい気持ちはある。
現実は恵まれないからこそ、空想の世界ぐらいでは幸せを描きたい。
「本当に、あの御方の目を誤魔化せるんでしょうか? 身をもって知りましたが、あの御方の執念は凄まじいですよ。正直言うと、どこに隠れていても見つけ出されそうで」
「どこにいても見つけ出されるんだったら、いっそ隠れずに堂々としておけ。
……まあ、自分を棚に上げて言うがな。俺もいい加減、実の母親に怯えてコソコソ逃げ回るのに嫌気が差していたところだ。あの女は誰もが自分を恐れて隠し事をしていると知っている……いや、そうに決まってると確信している。特にお前は、他の勢力からも狙われているから……尚更、下手に目立つ事はせず辺鄙な地に隠れ住むなんて予想の範疇だろうよ」
私の考えは叔父様に……さらにはネメシス様にはお見通しだと告げられた。確かに……私の性格であれば、なるべく人とも接触しない場所で息を潜めていただろう。
私だからこそ、思い至らない。そしてある意味、天職かもしれない。
今とは違う、別人になりたい――それは幼い頃からの悲願であったのだから。
その内の一つの席にいた男の人が、私たちの入室に気付いて立ち上がった。髪も肌も黒い、南方の国出身だと一目で分かる。
「これは、社長。お久しぶりです」
「忙しいみたいだな。みんな出払ってるのか?」
「あたしはいますよ!」
キンキン声と共に、書類の間からニュッと顔を覗かせたのは、彼と同じく南方人の女性。私と目が合うと、叔父様やマリフィーさんが何か言う前に、
「お客様ですか! お茶を淹れますね!」
と言って物凄いスピードで給湯室へ飛んで行ってしまった。呆気に取られていると、すかさず「お客様、赤ちゃんのミルクはどうしますか?」と叫ばれたので、慌てて必要ない事を告げる。哺乳瓶やおしゃぶりなどの育児グッヅはひととおり持ち歩いている。
彼女の声にびっくりしたのか、息子が目を覚ますなり泣き出してしまったので、あやすのに手間取るなどの一幕はありつつも、私たちは用意された椅子に座った。
そして南方人男性は編集長のマデラ=ジョーンズさん、女性の方は秘書のチイ=オクトピアさんだと紹介される。
「お名前、なんて言うの?」
お茶を出してくれたチイさんが、泣き止んでうとうとしている息子の頬をつつきながら訊ねてくる。
「テッドです」
「ふーん……可愛いわねぇ、今まで色んな人種を見てきたけれど、金色の瞳なんて珍しいんじゃない?」
「それなんですが、社長。貴方の姪御さんと、その御子息……一見しただけで、どれだけ厄介な件なのか想像つきましたよ」
編集長の指摘にドキッとする。やっぱりこんな小さな港町でも、黄金眼球が王家の証である事は常識のようだ。しかも息子はチャールズ様と瓜二つ……私たちを狙っている勢力からすれば、これだけ分かりやすい目印もない。
だけど焦る私とは裏腹に、叔父様は落ち着いた様子で足を組む。
「なら話は早い。こいつには、ここで記事を書かせてやってくれないか」
「はっ!?」
お茶を飲もうとして、突拍子もない提案に思わず立ち上がる。いきなり記者になれとか……てっきり雑用だと思っていたのに。
「身を隠さなければいけないのに、目立つ事をしてどうするんですか!?」
「もちろん、偽名を使う。だがな、知名度ってのはある意味力だと思うぜ。情報を扱う職業だから、正体を暴こうと嗅ぎ回る連中がいても、動きも察知しやすいしな」
叔父様が職場として新聞社を選んだのも、考えがあっての事だった。有名 (ただし偽名で)なら却ってバレにくい……発想の転換で思い出すのは、『台風の目』と言われたチャールズ様との婚約。あれは、各勢力が牽制し合う事で身を守れていたと聞いたけど。
(言った本人とチャールズ様に疑惑ができた今、あれもどこまで真実だったのか……。とりあえず今は、ここでの生活を第一に考えなきゃね)
「でも……いきなり雇えなんて言われても、私ができる事なんてあるんですか? いくら身を隠すためとは言え、他の人の仕事を奪うわけには……」
いきなりやれと言われても、新聞の原稿なんて書いた事もないのに。やっぱり雑用をしながらひっそりと生きていくべきじゃないのか、と尻込みしてしまうのは、妹に日記帳を回し読みされた事へのトラウマかもしれない。
「新聞ってのは、何もニュース記事だけじゃない。ここいらの店の宣伝や人生相談、それに四コマ漫画なんかもあった方が面白いかもな」
「……マンガ??」
聞き覚えのあるワードに、つい反応する。その言葉を知ったのも、随分遠い日のように感じるけれど。マンガというのはもしかして、リリオルザ嬢に押し付けられた、あの奇妙な絵物語の事だろうか?
「私、絵なんて描けませんよ」
「おっ、漫画の事、教えたっけか? なに、お前に見せた令嬢がいる? へえ~……
まあそれはともかく、漫画じゃなくても小説とか、毎回読むのが楽しみなコンテンツを作っておくんだよ」
小説。
それなら、私も大好きだ。ロマンチックな恋愛小説はサラに取られてしまうから、図書館で借りなきゃ読めなかったけど、自分で書いてみたい気持ちはある。
現実は恵まれないからこそ、空想の世界ぐらいでは幸せを描きたい。
「本当に、あの御方の目を誤魔化せるんでしょうか? 身をもって知りましたが、あの御方の執念は凄まじいですよ。正直言うと、どこに隠れていても見つけ出されそうで」
「どこにいても見つけ出されるんだったら、いっそ隠れずに堂々としておけ。
……まあ、自分を棚に上げて言うがな。俺もいい加減、実の母親に怯えてコソコソ逃げ回るのに嫌気が差していたところだ。あの女は誰もが自分を恐れて隠し事をしていると知っている……いや、そうに決まってると確信している。特にお前は、他の勢力からも狙われているから……尚更、下手に目立つ事はせず辺鄙な地に隠れ住むなんて予想の範疇だろうよ」
私の考えは叔父様に……さらにはネメシス様にはお見通しだと告げられた。確かに……私の性格であれば、なるべく人とも接触しない場所で息を潜めていただろう。
私だからこそ、思い至らない。そしてある意味、天職かもしれない。
今とは違う、別人になりたい――それは幼い頃からの悲願であったのだから。
20
あなたにおすすめの小説
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
婚約者と義妹に裏切られたので、ざまぁして逃げてみた
せいめ
恋愛
伯爵令嬢のフローラは、夜会で婚約者のレイモンドと義妹のリリアンが抱き合う姿を見てしまった。
大好きだったレイモンドの裏切りを知りショックを受けるフローラ。
三ヶ月後には結婚式なのに、このままあの方と結婚していいの?
深く傷付いたフローラは散々悩んだ挙句、その場に偶然居合わせた公爵令息や親友の力を借り、ざまぁして逃げ出すことにしたのであった。
ご都合主義です。
誤字脱字、申し訳ありません。
それについては冤罪ですが、私は確かに悪女です
基本二度寝
恋愛
貴族学園を卒業のその日。
卒業のパーティで主役の卒業生と在校生も参加し、楽しい宴となっていた。
そんな場を壊すように、王太子殿下が壇上で叫んだ。
「私は婚約を破棄する」と。
つらつらと論う、婚約者の悪事。
王太子の側でさめざめと泣くのは、どこぞの令嬢。
令嬢の言う悪事に覚えはない。
「お前は悪女だ!」
それは正解です。
※勢いだけ。
売られたケンカは高く買いましょう《完結》
アーエル
恋愛
オーラシア・ルーブンバッハ。
それが今の私の名前です。
半年後には結婚して、オーラシア・リッツンとなる予定……はありません。
ケンカを売ってきたあなたがたには徹底的に仕返しさせていただくだけです。
他社でも公開中
結構グロいであろう内容があります。
ご注意ください。
☆構成
本章:9話
(うん、性格と口が悪い。けど理由あり)
番外編1:4話
(まあまあ残酷。一部救いあり)
番外編2:5話
(めっちゃ残酷。めっちゃ胸くそ悪い。作者救う気一切なし)
婚約者の不倫相手は妹で?
岡暁舟
恋愛
公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。
死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。
乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。
唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。
だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。
プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」
唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。
──はずだった。
目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。
逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。
あなたに未練などありません
風見ゆうみ
恋愛
「本当は前から知っていたんだ。君がキャロをいじめていた事」
初恋であり、ずっと思いを寄せていた婚約者からありえない事を言われ、侯爵令嬢であるわたし、アニエス・ロロアルの頭の中は真っ白になった。
わたしの婚約者はクォント国の第2王子ヘイスト殿下、幼馴染で親友のキャロラインは他の友人達と結託して嘘をつき、私から婚約者を奪おうと考えたようだった。
数日後の王家主催のパーティーでヘイスト殿下に婚約破棄されると知った父は激怒し、元々、わたしを憎んでいた事もあり、婚約破棄後はわたしとの縁を切り、わたしを家から追い出すと告げ、それを承認する書面にサインまでさせられてしまう。
そして、予告通り出席したパーティーで婚約破棄を告げられ絶望していたわたしに、その場で求婚してきたのは、ヘイスト殿下の兄であり病弱だという事で有名なジェレミー王太子殿下だった…。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる