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異世界人編
安っぽい幸せ
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「リジーさま、おはようございます」
「おはようございます、ラク様!」
次の日、礼拝に赴いた神殿前で、待っていたラク様にあたしは声を張り上げた。彼女の後ろに、テセウス殿下がいたからだ。
「ラクから聞いた……彼女にも客人として最低限の務めはあるが、礼拝が終われば自由にしていいと言ってある。ただし、あまり遅くまで寄り道はするな」
ラク様の顔が僅かに曇る。きっと彼女が望んでいたのは、あの空間で横に座ってくれる事なのだ。殿下じゃ心休まらないって事なのかしら? それはあたしも同じだけど。
「では、終わってからまたここでお会いしましょう」
そう言ってあたしたちは一旦別れて神殿に入った。リューネ様と一般席に座り、神官長の御言葉と讃美歌のために立つ度、ラク様はこちらを振り返って視線を送ってくる。かなり目立つので困るのだけれど、殿下はラク様の肩を優しく叩いて注意するだけだった。
再び入り口の前で合流してから、殿下は先に城へ戻る事になった。ただ、どこに寄るのか確認は忘れない。
「この後、君たちはどうするつもりだ」
「そこのテントでスタンプを貰うつもりです。せっかくですから、ラク様もこの機会にどうかと」
あたしたちがスタンプ手帳を取り出すと、殿下の眉間に皺が寄る。
「君たち、子供じゃあるまいし、まだそんなもの使っているのか。定期的に神殿に来させるためのちゃちいご褒美だぞ」
「あら、大人でも希望すれば押してもらえますよ。それに、ラク様はこの国に来て数年も経っていないのですから、スタンプは未経験でしょう? たまには人生の潤いに、ちょっとしたお遊びがあってもいいじゃないですか」
バカにされてムッとしたのか、リューネが反論してヒヤッとなる。確かにあたしも殿下の婚約者になってから、スタンプは押さなくなった。単に子供ではないからではあるけれど、何となく寂しかったのは事実だ――王家の一員となるために、捨てなければならないものの一つに感じて。
「人生の潤いなど、ドロンの婚約者が今からそんな老けた事を言ってやるな。しかもこんな安っぽいもので」
「ええ、ドロンの婚約者などやっていると、こんな安っぽいご褒美に和んでしまうほど、人生乾き切ってしょうがないですよ。殿方には理解できないでしょうが」
あ、あわわわわ……二人とも、邪魔になるから入り口で険悪な雰囲気にならないで! しかもここ、スタンプ台のテントに近いから子供もたくさんいるのに。
その時、どんなものかとあたしから手帳を借りてパラパラ捲っていたラク様が目を輝かせる。
「かわいい……ほしい」
「ラク? そんなのが気に入ったのか? なら、リジー嬢から譲ってもらえ」
いや、あたしのをあげてどうするんですか。こういうのの醍醐味は――
「私も、記念にスタンプが押したい、です。懐かしい」
「おや、ラク様の世界にも似たような習慣が?」
「ラジオタイソー、とか」
それが何なのかは知らないが、どうやらラク様も子供の頃、参加した証にスタンプを貰えるイベントがあったようだ。やっぱりスタンプを押す度に台紙が埋まっていくあの達成感が大事よね。そもそも参加する意義を植え付けるためのものなんだし。
「分かった……ラクの好きにすればいい。この二人も参加するなら、子供に交ざって並んでも恥ずかしくないだろうしな」
仕方ないから折れてやったという体だけど、殿下は子供っぽいものをやけに嫌うわね? あたしの悪名を広めるために、子供向けの絵本は使うのに。あたしはと言えば、子供に交ざって可愛らしい遊戯に興じるのも大好きだ。幼い頃から公爵家に縛り付けられてきた反動かもしれない。
ともあれ殿下と別れたあたしたちは、ラク様の手帳を発行してもらい、本日参加のスタンプを手に入れたのだった。
「おはようございます、ラク様!」
次の日、礼拝に赴いた神殿前で、待っていたラク様にあたしは声を張り上げた。彼女の後ろに、テセウス殿下がいたからだ。
「ラクから聞いた……彼女にも客人として最低限の務めはあるが、礼拝が終われば自由にしていいと言ってある。ただし、あまり遅くまで寄り道はするな」
ラク様の顔が僅かに曇る。きっと彼女が望んでいたのは、あの空間で横に座ってくれる事なのだ。殿下じゃ心休まらないって事なのかしら? それはあたしも同じだけど。
「では、終わってからまたここでお会いしましょう」
そう言ってあたしたちは一旦別れて神殿に入った。リューネ様と一般席に座り、神官長の御言葉と讃美歌のために立つ度、ラク様はこちらを振り返って視線を送ってくる。かなり目立つので困るのだけれど、殿下はラク様の肩を優しく叩いて注意するだけだった。
再び入り口の前で合流してから、殿下は先に城へ戻る事になった。ただ、どこに寄るのか確認は忘れない。
「この後、君たちはどうするつもりだ」
「そこのテントでスタンプを貰うつもりです。せっかくですから、ラク様もこの機会にどうかと」
あたしたちがスタンプ手帳を取り出すと、殿下の眉間に皺が寄る。
「君たち、子供じゃあるまいし、まだそんなもの使っているのか。定期的に神殿に来させるためのちゃちいご褒美だぞ」
「あら、大人でも希望すれば押してもらえますよ。それに、ラク様はこの国に来て数年も経っていないのですから、スタンプは未経験でしょう? たまには人生の潤いに、ちょっとしたお遊びがあってもいいじゃないですか」
バカにされてムッとしたのか、リューネが反論してヒヤッとなる。確かにあたしも殿下の婚約者になってから、スタンプは押さなくなった。単に子供ではないからではあるけれど、何となく寂しかったのは事実だ――王家の一員となるために、捨てなければならないものの一つに感じて。
「人生の潤いなど、ドロンの婚約者が今からそんな老けた事を言ってやるな。しかもこんな安っぽいもので」
「ええ、ドロンの婚約者などやっていると、こんな安っぽいご褒美に和んでしまうほど、人生乾き切ってしょうがないですよ。殿方には理解できないでしょうが」
あ、あわわわわ……二人とも、邪魔になるから入り口で険悪な雰囲気にならないで! しかもここ、スタンプ台のテントに近いから子供もたくさんいるのに。
その時、どんなものかとあたしから手帳を借りてパラパラ捲っていたラク様が目を輝かせる。
「かわいい……ほしい」
「ラク? そんなのが気に入ったのか? なら、リジー嬢から譲ってもらえ」
いや、あたしのをあげてどうするんですか。こういうのの醍醐味は――
「私も、記念にスタンプが押したい、です。懐かしい」
「おや、ラク様の世界にも似たような習慣が?」
「ラジオタイソー、とか」
それが何なのかは知らないが、どうやらラク様も子供の頃、参加した証にスタンプを貰えるイベントがあったようだ。やっぱりスタンプを押す度に台紙が埋まっていくあの達成感が大事よね。そもそも参加する意義を植え付けるためのものなんだし。
「分かった……ラクの好きにすればいい。この二人も参加するなら、子供に交ざって並んでも恥ずかしくないだろうしな」
仕方ないから折れてやったという体だけど、殿下は子供っぽいものをやけに嫌うわね? あたしの悪名を広めるために、子供向けの絵本は使うのに。あたしはと言えば、子供に交ざって可愛らしい遊戯に興じるのも大好きだ。幼い頃から公爵家に縛り付けられてきた反動かもしれない。
ともあれ殿下と別れたあたしたちは、ラク様の手帳を発行してもらい、本日参加のスタンプを手に入れたのだった。
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