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異世界人編
事件現場
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「かわいい」
「お気に召していただけましたか」
ニコニコと手帳を眺めるラク様の後ろで、リューネに合図を送ると彼女も頷き返す。スタンプを押し終わった後は三人で昼食を取る事になっているが、そこには殿下が寄越した護衛もつく。ラク様に確認できるのは、今しかない。
「ラク様、神殿に忘れ物をしてしまったようです。一緒に来てくれませんか?」
「はい……」
「それでは、私は先に行って二人が遅れる事を伝えてきますね」
「はい……」
スタンプに夢中になっているのをこれ幸いにと、あたしはラク様の手を引いて神殿内に逆戻りした。ずんずん廊下を突き進む内に、例の事件現場に行き着く。礼拝が終わった後は、神官たちが掃除を始めているので、絨毯も片付けられている。
「ひ……っ!?」
「ラク様、大丈夫です。もう襲撃の痕跡も残されていませんよ」
手帳から顔を上げたラク様が、初めて今いる場所に気付いて竦み上がったので、肩を擦って宥める。実際、斧を振るわれたにせよ倒れたにせよ、床や壁についていたであろう傷はなく、床板も張り替えられていた。少しでも証拠らしきものが残っていればよかったのに。
「どうかされましたか?」
「あ……さっきこの辺で落とし物をしたみたいなので、探しにきたんです」
不審な動きをしているあたしたちを見咎めたのか、神官の一人が近付いてくる。
「特に何も落ちていなかったようですが……見つけたら届けますよ。何を落とされたんですか?」
うーん、何を落とした事にしよう? 適当なものはないかと思案していると、後ろからもう一人の神官に声をかけられた。
「それなら、私が一緒に探しますよ。ついでにここの掃除もやりますから」
「そうか? なら、頼む」
最初の神官が行ってしまうと、残ったもう一人は帽子を取る。その顔に見覚えはないけれど、声は紛れもなく――
「アステル様?」
「えっ!」
あたしの後ろで震えていたラク様が、パッと顔を上げて彼の顔を凝視する。
「見た目が違う……」
「あはは、これは変装ですよ。本当の姿で歩き回れば、殿下の誕生パーティーの時のように大騒ぎになりますからね」
「そう……ですか」
ラク様は腑に落ちない顔をしている。どう見ても顔の面積が違い過ぎるので仕方ないんだけど。
「さあ、今のうちに気になるところはないか調べるんだ」
「と言っても、床の傷はとっくに……あら?」
もう一度隅々まで見てみると、壁と床の境目にある巾木に、等間隔にポツポツと小さな穴が空いているのだ。穴の大きさはちょうど、釘を打ったくらい?
「アステル様、ここ……」
あたしが指摘すると、アステル様も穴を確認してくれた。その数は左右の両側でぴったり同じ。そして穴のあった範囲には――
「二十対の、騎士鎧が飾られていた……」
「お気に召していただけましたか」
ニコニコと手帳を眺めるラク様の後ろで、リューネに合図を送ると彼女も頷き返す。スタンプを押し終わった後は三人で昼食を取る事になっているが、そこには殿下が寄越した護衛もつく。ラク様に確認できるのは、今しかない。
「ラク様、神殿に忘れ物をしてしまったようです。一緒に来てくれませんか?」
「はい……」
「それでは、私は先に行って二人が遅れる事を伝えてきますね」
「はい……」
スタンプに夢中になっているのをこれ幸いにと、あたしはラク様の手を引いて神殿内に逆戻りした。ずんずん廊下を突き進む内に、例の事件現場に行き着く。礼拝が終わった後は、神官たちが掃除を始めているので、絨毯も片付けられている。
「ひ……っ!?」
「ラク様、大丈夫です。もう襲撃の痕跡も残されていませんよ」
手帳から顔を上げたラク様が、初めて今いる場所に気付いて竦み上がったので、肩を擦って宥める。実際、斧を振るわれたにせよ倒れたにせよ、床や壁についていたであろう傷はなく、床板も張り替えられていた。少しでも証拠らしきものが残っていればよかったのに。
「どうかされましたか?」
「あ……さっきこの辺で落とし物をしたみたいなので、探しにきたんです」
不審な動きをしているあたしたちを見咎めたのか、神官の一人が近付いてくる。
「特に何も落ちていなかったようですが……見つけたら届けますよ。何を落とされたんですか?」
うーん、何を落とした事にしよう? 適当なものはないかと思案していると、後ろからもう一人の神官に声をかけられた。
「それなら、私が一緒に探しますよ。ついでにここの掃除もやりますから」
「そうか? なら、頼む」
最初の神官が行ってしまうと、残ったもう一人は帽子を取る。その顔に見覚えはないけれど、声は紛れもなく――
「アステル様?」
「えっ!」
あたしの後ろで震えていたラク様が、パッと顔を上げて彼の顔を凝視する。
「見た目が違う……」
「あはは、これは変装ですよ。本当の姿で歩き回れば、殿下の誕生パーティーの時のように大騒ぎになりますからね」
「そう……ですか」
ラク様は腑に落ちない顔をしている。どう見ても顔の面積が違い過ぎるので仕方ないんだけど。
「さあ、今のうちに気になるところはないか調べるんだ」
「と言っても、床の傷はとっくに……あら?」
もう一度隅々まで見てみると、壁と床の境目にある巾木に、等間隔にポツポツと小さな穴が空いているのだ。穴の大きさはちょうど、釘を打ったくらい?
「アステル様、ここ……」
あたしが指摘すると、アステル様も穴を確認してくれた。その数は左右の両側でぴったり同じ。そして穴のあった範囲には――
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