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第18話

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 ルピウスがクラウン王国に(無理矢理)帰還してから数日後。マリーゼは今日も店長代理として受付に立っていた。

 選抜会に参加して以来、自分の周りはだいぶ変わった気がする。

 まずレオンの妹たちがよく遊びに来るようになった。たまにティグリスも連れてくるのだが、舌っ足らずな口調で自分をレードラと呼ぶのが可愛くて仕方がない。

 それと少しずつだが、レードラから料理も教えてもらえるようになった。たまにスティリアム王国からマチコも(魔法陣で)出張してきて、レシピの翻訳本を貰ったり料理教室が開かれたりする。早くスープの作り方を覚えて、レードラも知らないレオンの大好物を作りたいものだ。

 そして何より…レオンとの距離がぐっと近くなった。今までは何となくお客さん扱いだったのが、最近では割と遠慮なしに接してくれているような気がする。この間など、レードラが持っているのと同じ魔界の靴をプレゼントしてくれた。レオンたちが「スニーカー」と呼んでいる変わったデザインで、寄り集めた天使の羽で足が包み込まれると言う、世界に二つとない超激レアアイテムである。その割には二足あるのだが、その辺はあまりツッコんではいけないらしい。レオンは「裏技」としか教えてくれなかった。

 そんなわけで毎日が楽しくて、店番をしながらもマリーゼはその機嫌の良さがつい表情に表れていた。

「よお、店長さん。何だかご機嫌だな」
「え、そうですかー? うふふふふ…」
「……情緒不安定か何かなのか? この間なんて殿下…いやオーナーの魔界攻略時の自慢話を嬉しそうに聞いてたしな」
「俺、同じ話聞くの三回目だぜ」
「甘いな。今年だけでもう五回だ。あの人、店長の気を引きたくて何かと盛ってくるからな」
「えー、何回聞いても面白いじゃないですか」
「……ダメだ、熱でもあるんじゃねえか」

 そんな無駄話をしていると、従業員のミィシャが小声で交代を告げに来る。

「店長代理、休憩の時間です。店長を呼んできて下さい」
「あっ、はぁい!」

 本当に熱があるわけでもないが、確かにマリーゼは浮かれていた。レオンの婚約やルピウスの来襲など、心配事がとりあえず片付き、穏やかに過ぎる日々。まさか自分がドラコニア帝国にとって重要な存在になろうとは――

 そんな事は夢にも思わず、マリーゼはスキップしながら軽やかにバックヤードを目指した。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ビリビリ、とレオンは届けられた手紙を破り捨てている。

「また来たのか、レオンよ」
「ああ。宰相もしつこいよなあ、ようやっと娘を押し付ける気がなくなったかと思えば、今度はマリーゼに目を付けるとは」

 自分の話題が出た事に、声をかけようとしたマリーゼはドキリとして物陰に隠れた。とは言ってもこのままではレードラからはバレバレなので、目を閉じて彼女の視界をシャットアウトする。

「いや、儂は悪くないと思うぞ。審査員として儂の代理で出たとは言え、途中からは選抜会に参加もしておる。婚約者の資格としては充分じゃ。
それにあそこまで体を張れるのは、お主を憎からず思っておる何よりの証拠じゃろ」
「やめてやれよ、彼女は俺への恩返しのために協力してくれただけだ。それを今度は本当に婚約者になってくれだなんて……厚かましいだろ」
「そうかのう? お主等はなかなかにお似合いじゃぞ」
「鏡見て言えよ…」

 二人の会話の衝撃的な内容に、マリーゼは口を手で押さえ、バクバクと鳴り響く鼓動がバレないよう縮こまっていた。

(こ、こここ婚約者!? 私がレオン様の……一体どうしてそんな事に)

 話の流れからして、宰相がマリーゼをレオンの婚約者として見初めたらしいのだが。彼が見たのは、ただレードラのふりをしていただけの偽物なのだ。しかも隣国から追放された、わけあり令嬢……皇子の婚約者としては、どうなのだろう。

「しかしな、よく考えてみい。あやつは儂にあれだけそっくりなのじゃ。しかも人間で子供も産めるときておる。今はまだクラウン王国絡みで片付けるべき案件があるが……元々公爵令嬢なのじゃし、それほど問題は」
「レードラ、本気で言ってんなら怒るぞ」

 レオンの声が一気に低くなり、聞いていたマリーゼはゾクッと寒気がした。レオンが壁にダンッと手の平を叩き付け、レードラを閉じ込めている。

「俺が結婚したいのは、お前だよ」
「それはおかしい。お主は選抜会で候補者を二人も選んでおるではないか。何故マリーゼではいかんのじゃ? あやつの婚約もとっくに破談になっておるのじゃぞ」

 レオンの熱い告白もいつもの事なのか、レードラは通じていないように振る舞っている。彼女がレオンを想っていないわけではないのは明らかだった。ただ、このままでは不毛な関係が続くだけだ。
 レオンは悲痛な表情でレードラを閉じ込めていた腕を下ろした。

「それだよ……マリーゼはルピウスに酷く傷付けられている。彼女はすっげーだから……今度こそ幸せな恋をして欲しいんだ。
いくらそっくりだからって、子供を産ませるために身代わりをさせるなんて、気の毒過ぎるだろう。あいつは俺なんかより、ちゃんと愛し合える男と結ばれるべきだ」

「おい、その『俺なんか』に十年近くプロポーズされとる儂は何なんじゃ」
「だって愛してるからだよ。俺はお前のためだったら、何だってできる」
「ならば、儂はお主とマリーゼの子が見たいのう」
「…そんな言い方は卑怯だ」

 片手で顔を覆い、俯いてしまったレオンは、そこから動かなくなった。とても割って入れるような雰囲気ではなく、マリーゼはバックヤードから出て行く。うるさいくらいに高鳴っていた胸は、今はスッと冷え切っていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 引き続きカウンターで受付をしながら、マリーゼの脳裏には先程のやり取りが浮かんでいた。

『いくらそっくりだからって、子供を産ませるためだけに身代わりをさせるなんて――』

「私はそれでも、いいのだけれど…」

 ぽつり、と無意識に呟く。こんな事を言えば、レオンは失望するかもしれない。だが実際に、王侯貴族の結婚は家同士の繋がりであって、個人の愛はそれほど必要ない。確かにお互いが思い合える関係が理想ではあるのだが。

(レオン様は、私とじゃ嫌なのかしら……レードラ様に似ているから、レードラ様のお気に入りだから、尚更躊躇するのかも)

 幸せになって欲しい、他に愛してくれる者を見つけるべきだと言うのも、よく考えればアテーナイアへの態度と変わらない。だとすれば今の自分は、レードラとの恋の障害になってしまっているのだろうか……
 つい思考がネガティブな方向に陥ってしまい、マリーゼは首を振った。

(レオン様のそう言う所、女性に対する気遣いは、とても嬉しい。嬉しいのだけれど――)

 同時に、寂しいと思ってしまう。
 レオンはレードラだけを見つめている。
 彼がレードラに向ける真っ直ぐな愛情の、何て眩しく甘美な事か……

(こんなにそっくりなのに、私はレードラ様じゃないんだ)

 その事実が、何故か物悲しかった。



 その時、チリリンと音が鳴った。誰かが魔法陣を使い龍山泊へ来訪した合図だ。はっとしたマリーゼはもやもやした思考を一旦打ち切り、笑顔で客を迎え入れる。

「いらっしゃいませ、何名……」

 その金色の瞳に映った立ち姿に、声が途切れてしまう。

「すまない、レオンはここに来ているだろうか?」

(ルピウス殿下……!)

 バックヤードからレオンたちが戻らない今、マリーゼはたった一人で店長代理として、かつて己を断罪した王子と一年ぶりに対峙したのだった。

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