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番外編 アンジェリア・フォードの人生
第六話 危機、訪れました
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しばらくして一同は、町の中心部にあるヘクターの酒屋に辿り着いた。
「ヘクターさん!大丈夫ですか」
モニカを先頭に皆が店の裏手へ回ると、彼は焦りを浮かべつつ紙幣や硬貨の確認を行っているところだった。
「うーん……かなりの痛手だな、こりゃ」
呟きながらヘクターは二枚の紙幣を手に取り、皆に差し出す。
「こっちが本物、こっちが偽物です」
覗き込んだ五人には、どちらも違いが無いように見える。最初に気付いたのは、アンジェリアだった。
「淵の模様……少しだけ曲がっていますね。それと若干、線が太い気がします」
ヘクターが頷く。硬貨の方も同様らしい。今のところ、見分ける観点はその二つだという。
「よく見れば分かるが、ぱっと渡されちゃ気付けない」
「それでどうして判明したんだい?」
ドロシーが尋ねると、ヘクターは答える。
「お客さんが知らせに来てくださったんです」
常連である、若い男性客。彼はこの店で酒を買い、貰ったお釣りを持って別の店で品物を購入しようとしたところ、偽造貨幣だと判明したという。
それを機にヘクターが売上金を確認すると、偽造貨幣と思われるものが何枚も出てきたらしい。
「知らせに来た彼は信じてくれましたが、うちが偽造貨幣を作っていると疑う方々もちらほら出てきているみたいで……」
「それは、信用問題に関わるね」
ユルゲンの言葉に、ヘクターは静かに頷いた。
モニカから先程偽造貨幣のことを聞いた時に予想した通り、波紋が広がりつつあるようだ。早急に状況確認を済ませ、対応に乗り出さなければさらなる影響が出るだろう。アンジェリアはごくりと息を飲む。
するとその時、店内に客が一人やって来た。
「ちょっと、このお金使えないじゃないの!どういうこと!?」
何やら語気を荒くしているその女性は、店頭にいた他の店員に詰め寄る。咄嗟にヘクターが前に出て、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。本物と交換いたしますので、確認をしていただけますか?」
「それなら良いけど、当分来店は見送ることにするから」
女性の言葉に、皆の顔色が曇る。そんな中でヘクターは再び謝罪を述べていた。
これが、あの講義で言っていたことか──アンジェリアは女性客とヘクターを見ながら悟る。
以前ヘクターは話していた。商人にとって最も重要なことは信用だと。目の前でその信用が崩れていく光景は、講義で聞いていた以上に深刻で、ひどく胸が痛んだ。
その時、ヘクターから受け取った本物のお金を確認していた女性客が口を開く。
「もう聞いているかもしれないけど、ここの酒屋、疑われているらしいわよ。ちゃんと対応しなきゃ」
忠告なのか嫌味なのか分からないような口調である。そして彼女は続けた。
「偽物を紛れ込ませている人が近くにいるかもしれないでしょ。いかにも……そこの彼みたいな」
視線を向けられたキーラン。どのように返すべきか分からず、彼は黙っていることしかできなかった。
そんな彼に代わって、焦ったように口を開くヘクター。
「誠に申し訳ございません。その件についてはすぐに調査を──」
彼の隣では他の従業員やユルゲン、ドロシー、そしてモニカも、深々と頭を下げている。
女性客の言葉を曖昧に流してやり過ごそうとする皆の横で、アンジェリアは静かに立っていた。どうもすっきりしない不満げな気分になりながら。
確かにキーランは無表情で、愛想が無くて、何を考えているか分かりにくい。偽造貨幣が出現した状況で疑いたくなるのも、百歩譲って理解はできる。
しかし彼の人となりを知っているアンジェリアにとって、女性客の言葉は反発に十分値するものだった。
「お客様」
彼女はさっと前へ出た。祖父母やモニカ、ヘクター、そしてキーランの驚いた視線を浴びつつ、女性客に向かって口を開く。
「この度はご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」
深々と、丁寧に、頭を下げる。つい先日まで、社交界デビューのためにお辞儀の練習に励んでいたアンジェリア。彼女の所作の美しさは、慌ただしいこの酒屋の中で異質であった。そしてそれは同時に、女性客の心をほんの少し揺れ動かした。
「い、良いのよ別に」
責めるような口調を気まずく思ったのか、女性客はそう言う。アンジェリアはその言葉を受け取るとすぐさま、今度は微笑みを浮かべた。
「恐れ入ります」
そして、言葉を続ける。
「こちらの者は事件と関与しておりません。早急に真犯人を見つけ出すよう尽力いたしますので、解決した際は、ぜひまた当店へ足を運んでくださると幸いです」
お客様が来てくださることが、私共の幸せですから──アンジェリアがそう付け足すと、女性客は依然として気まずそうに笑った。
「そ、そうね。私こそごめんなさい。また来ます」
そそくさと帰っていく彼女。後ろ姿を一瞥し、アンジェリアはヘクター達に向き直る。
「犯人捜し、始めましょうか」
「あ、ああ」
およそ見習い商人とは思えない対応力を見せられ、戸惑いと感心の混ざった表情を浮かべたヘクター。早速次の行動を始めようとする彼女に礼を述べ、一同は偽造貨幣事件の全貌を追うこととなった。
「アンジェリア」
調査のために皆で商会所へ向かう中、キーランは隣の彼女に声をかける。
「その……ありがとう」
「ん。キーランの名誉は守った」
前を向きながらそう告げるアンジェリア。キーランはそんな彼女を見つめた。普段通りの無表情の顔には、ほんの少しだけ、温かな笑みが見え隠れしていた。
「ヘクターさん!大丈夫ですか」
モニカを先頭に皆が店の裏手へ回ると、彼は焦りを浮かべつつ紙幣や硬貨の確認を行っているところだった。
「うーん……かなりの痛手だな、こりゃ」
呟きながらヘクターは二枚の紙幣を手に取り、皆に差し出す。
「こっちが本物、こっちが偽物です」
覗き込んだ五人には、どちらも違いが無いように見える。最初に気付いたのは、アンジェリアだった。
「淵の模様……少しだけ曲がっていますね。それと若干、線が太い気がします」
ヘクターが頷く。硬貨の方も同様らしい。今のところ、見分ける観点はその二つだという。
「よく見れば分かるが、ぱっと渡されちゃ気付けない」
「それでどうして判明したんだい?」
ドロシーが尋ねると、ヘクターは答える。
「お客さんが知らせに来てくださったんです」
常連である、若い男性客。彼はこの店で酒を買い、貰ったお釣りを持って別の店で品物を購入しようとしたところ、偽造貨幣だと判明したという。
それを機にヘクターが売上金を確認すると、偽造貨幣と思われるものが何枚も出てきたらしい。
「知らせに来た彼は信じてくれましたが、うちが偽造貨幣を作っていると疑う方々もちらほら出てきているみたいで……」
「それは、信用問題に関わるね」
ユルゲンの言葉に、ヘクターは静かに頷いた。
モニカから先程偽造貨幣のことを聞いた時に予想した通り、波紋が広がりつつあるようだ。早急に状況確認を済ませ、対応に乗り出さなければさらなる影響が出るだろう。アンジェリアはごくりと息を飲む。
するとその時、店内に客が一人やって来た。
「ちょっと、このお金使えないじゃないの!どういうこと!?」
何やら語気を荒くしているその女性は、店頭にいた他の店員に詰め寄る。咄嗟にヘクターが前に出て、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。本物と交換いたしますので、確認をしていただけますか?」
「それなら良いけど、当分来店は見送ることにするから」
女性の言葉に、皆の顔色が曇る。そんな中でヘクターは再び謝罪を述べていた。
これが、あの講義で言っていたことか──アンジェリアは女性客とヘクターを見ながら悟る。
以前ヘクターは話していた。商人にとって最も重要なことは信用だと。目の前でその信用が崩れていく光景は、講義で聞いていた以上に深刻で、ひどく胸が痛んだ。
その時、ヘクターから受け取った本物のお金を確認していた女性客が口を開く。
「もう聞いているかもしれないけど、ここの酒屋、疑われているらしいわよ。ちゃんと対応しなきゃ」
忠告なのか嫌味なのか分からないような口調である。そして彼女は続けた。
「偽物を紛れ込ませている人が近くにいるかもしれないでしょ。いかにも……そこの彼みたいな」
視線を向けられたキーラン。どのように返すべきか分からず、彼は黙っていることしかできなかった。
そんな彼に代わって、焦ったように口を開くヘクター。
「誠に申し訳ございません。その件についてはすぐに調査を──」
彼の隣では他の従業員やユルゲン、ドロシー、そしてモニカも、深々と頭を下げている。
女性客の言葉を曖昧に流してやり過ごそうとする皆の横で、アンジェリアは静かに立っていた。どうもすっきりしない不満げな気分になりながら。
確かにキーランは無表情で、愛想が無くて、何を考えているか分かりにくい。偽造貨幣が出現した状況で疑いたくなるのも、百歩譲って理解はできる。
しかし彼の人となりを知っているアンジェリアにとって、女性客の言葉は反発に十分値するものだった。
「お客様」
彼女はさっと前へ出た。祖父母やモニカ、ヘクター、そしてキーランの驚いた視線を浴びつつ、女性客に向かって口を開く。
「この度はご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」
深々と、丁寧に、頭を下げる。つい先日まで、社交界デビューのためにお辞儀の練習に励んでいたアンジェリア。彼女の所作の美しさは、慌ただしいこの酒屋の中で異質であった。そしてそれは同時に、女性客の心をほんの少し揺れ動かした。
「い、良いのよ別に」
責めるような口調を気まずく思ったのか、女性客はそう言う。アンジェリアはその言葉を受け取るとすぐさま、今度は微笑みを浮かべた。
「恐れ入ります」
そして、言葉を続ける。
「こちらの者は事件と関与しておりません。早急に真犯人を見つけ出すよう尽力いたしますので、解決した際は、ぜひまた当店へ足を運んでくださると幸いです」
お客様が来てくださることが、私共の幸せですから──アンジェリアがそう付け足すと、女性客は依然として気まずそうに笑った。
「そ、そうね。私こそごめんなさい。また来ます」
そそくさと帰っていく彼女。後ろ姿を一瞥し、アンジェリアはヘクター達に向き直る。
「犯人捜し、始めましょうか」
「あ、ああ」
およそ見習い商人とは思えない対応力を見せられ、戸惑いと感心の混ざった表情を浮かべたヘクター。早速次の行動を始めようとする彼女に礼を述べ、一同は偽造貨幣事件の全貌を追うこととなった。
「アンジェリア」
調査のために皆で商会所へ向かう中、キーランは隣の彼女に声をかける。
「その……ありがとう」
「ん。キーランの名誉は守った」
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