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番外編 アンジェリア・フォードの人生
第三十一話 思わぬ情報
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それから数日後、アンジェリアの姿はトリジア王国のとある町にあった。ロワイユ王国との国境に近いその町は、リネル侯爵領の管轄領域だ。
「この領地の北部がトンプソン伯爵領でしたっけ」
護衛のミランダに尋ねられ、アンジェリアは頷いた。余程のことがない限りここにトンプソン伯爵一家が来ることはないだろうが、両領地は比較的近い距離に位置する。ヴァレリアがトリジア王国に戻りづらいと話していたのも納得だ。
それからアンジェリアとミランダは、近くの家々を訪ねては新人画家の作品を紹介する日々を送った。売れ行きはやはり好調である。
ヴァレリアからは「念のため」と多めに預けられたものの、この様子だと二か月足らずで再びアトリエに行くことになるかもしれない。
そんなことを考えていた時、見覚えのある青年が目に入った。馬で散策中と思われる彼は、アンジェリアに気付くと近付き、下馬する。
「お久しぶりです、フォード伯爵令嬢」
横に控えるミランダにも会釈をし、そう述べる彼。
「お久しぶりです、リネル侯爵子息様。今となっては商人ですから、アンジェリアで大丈夫ですよ」
「では、アンジェリアさん」
知的な紳士は、にこやかな笑みを浮かべた。
「お元気でしたか。今はこの辺りで商売を?」
「そうなんです。ロワイユ王国まで行って、戻ってきたところです」
その後も軽く近況を話したところで、アンジェリアは彼に話題を移す。
「今は社交の時期でお忙しいのでは」
カーティス・リネル侯爵子息と言えば、良家の若き外交官として活躍する人物である。その環境や地位だけでなく、溢れ出る知性や洗練された振る舞いから、貴族社会では老若男女問わず注目を集めていると聞く。パーティーの招待状が次々と届いていても何らおかしくはない。
実際姉シャーロットは、王太子殿下と出会ってから参加した王宮パーティーで、皆に囲まれる彼の姿を目にしたと話していた。
「確かに予定は色々とありますが、今は外交の仕事の関係で、領地に戻っているんです」
聞けば、ロワイユ王国出身者がリネル侯爵領に住む際の手続きに関して、やることがあるとのこと。領地の境界の一部が国境でもある上、姉夫婦の政策により両国の流通が増加したため、制度や支援方法の改良を目指しているらしい。
すると、ふいに彼はアンジェリアの持つ商品へと目をやった。
「それは絵画でしょうか?」
「はい。ロワイユ王国から持ってきて──」
説明をしながら布を広げ、小振りのキャンバスを露にする。子息は食い入るように見つめ、ぽつりと言った。
「購入しても?」
「え!?あ、は、はい!もちろんです」
アンジェリアは思わぬ客に瞠目する。しかし即座に我に返って商人帳簿を取り出した。
「のどかで、少し哀愁漂う風景に惹かれました」
絵画の代金を記した手形を渡しながら、彼が微笑む。確かに、その絵は懐かしさと共にどこか儚い空気感を醸し出していた。
青空の下、一面に広がる麦畑。脇にはあばら家が一軒だけあり、老夫婦が戸口の辺りに立っている。明るい午前を描いているにも関わらず侘しさを感じさせるのは、片田舎の閑寂が彩度の低さに表れているからだろう。
「トンプソン伯爵家のヴァレリアさんの作品です」
「ああ、彼女の」
納得したように頷く子息。二十一歳の彼は数年前から社交界に出ていたため、ヴァレリアが令嬢だった時期を知っていた。そんな彼女が社交界を退場したことも、もちろん分かっている。兄のパトリック・トンプソン伯爵子息と交流があり、ロワイユ王国で画家をやっていることを直接聞いたのだという。
「彼女の様子はどうでしたか」
リネル侯爵子息が尋ねた。
「夢中で制作している時はとても楽しそうですよ」
「そうですか。パトリックが聞いたら喜びますね」
アンジェリアはその返答に、やや困惑した。言い合いをして別れたきりの兄妹。互いに分かり会えず、歩み寄る気も無いようだったヴァレリアはどこか諦めたような顔をしていた。
その時ふと、アンジェリアは思い出す。彼女の話を聞いたあの日「今もヴァレリアの家族は、応援をする気がないままなのだろうか」とぼんやりと疑問を抱いたことを。
もしかして──。
「伯爵子息様は、ヴァレリアさんのことを認めていらっしゃるんですか?」
尋ねるアンジェリアに、リネル侯爵子息は微笑む。
「そうだと思いますよ。詳しいことはあまり分かりませんが……ある時を境に、考えが変わったようです」
「……!」
アンジェリアはミランダと顔を見合わせた。ヴァレリアは現時点で兄や両親との対話を諦めている。ということは、おそらくまだ兄の心境の変化を知らないのだろう。
トンプソン伯爵夫妻は考えを改めたのかどうか明らかではないものの、少なくとも兄は歩み寄る気があるらしい。この話が本当ならば、ヴァレリア達の確執が終わりを告げる可能性は格段に高まる。
「他に何か、知っていることはありますか……?」
期待を込めてそう聞くと、しばし考え込んでいた侯爵子息はふと言った。
「王太子夫妻は、もしかすると詳しいことをご存知かもしれません」
「お姉様達が?」
やや驚いたアンジェリア。ところがすぐに、思い出した。建設事業で三人が数か月もの間、共に仕事をしていたことを。姉達がトンプソン伯爵子息から何か聞いていても不思議はない。
「せっかくトリジア王国に戻ってきたのでしたら、王宮を訪問してみるのはいかがでしょう」
彼の提案に、アンジェリアは頷く。姉と最後に会ったのは結婚式の頃であり、すでに二か月ほどが経過していた。近況報告も兼ねて、顔を出してみるのも良いだろう。アンジェリアは早速、王宮に先触れを出すことにした。
「この領地の北部がトンプソン伯爵領でしたっけ」
護衛のミランダに尋ねられ、アンジェリアは頷いた。余程のことがない限りここにトンプソン伯爵一家が来ることはないだろうが、両領地は比較的近い距離に位置する。ヴァレリアがトリジア王国に戻りづらいと話していたのも納得だ。
それからアンジェリアとミランダは、近くの家々を訪ねては新人画家の作品を紹介する日々を送った。売れ行きはやはり好調である。
ヴァレリアからは「念のため」と多めに預けられたものの、この様子だと二か月足らずで再びアトリエに行くことになるかもしれない。
そんなことを考えていた時、見覚えのある青年が目に入った。馬で散策中と思われる彼は、アンジェリアに気付くと近付き、下馬する。
「お久しぶりです、フォード伯爵令嬢」
横に控えるミランダにも会釈をし、そう述べる彼。
「お久しぶりです、リネル侯爵子息様。今となっては商人ですから、アンジェリアで大丈夫ですよ」
「では、アンジェリアさん」
知的な紳士は、にこやかな笑みを浮かべた。
「お元気でしたか。今はこの辺りで商売を?」
「そうなんです。ロワイユ王国まで行って、戻ってきたところです」
その後も軽く近況を話したところで、アンジェリアは彼に話題を移す。
「今は社交の時期でお忙しいのでは」
カーティス・リネル侯爵子息と言えば、良家の若き外交官として活躍する人物である。その環境や地位だけでなく、溢れ出る知性や洗練された振る舞いから、貴族社会では老若男女問わず注目を集めていると聞く。パーティーの招待状が次々と届いていても何らおかしくはない。
実際姉シャーロットは、王太子殿下と出会ってから参加した王宮パーティーで、皆に囲まれる彼の姿を目にしたと話していた。
「確かに予定は色々とありますが、今は外交の仕事の関係で、領地に戻っているんです」
聞けば、ロワイユ王国出身者がリネル侯爵領に住む際の手続きに関して、やることがあるとのこと。領地の境界の一部が国境でもある上、姉夫婦の政策により両国の流通が増加したため、制度や支援方法の改良を目指しているらしい。
すると、ふいに彼はアンジェリアの持つ商品へと目をやった。
「それは絵画でしょうか?」
「はい。ロワイユ王国から持ってきて──」
説明をしながら布を広げ、小振りのキャンバスを露にする。子息は食い入るように見つめ、ぽつりと言った。
「購入しても?」
「え!?あ、は、はい!もちろんです」
アンジェリアは思わぬ客に瞠目する。しかし即座に我に返って商人帳簿を取り出した。
「のどかで、少し哀愁漂う風景に惹かれました」
絵画の代金を記した手形を渡しながら、彼が微笑む。確かに、その絵は懐かしさと共にどこか儚い空気感を醸し出していた。
青空の下、一面に広がる麦畑。脇にはあばら家が一軒だけあり、老夫婦が戸口の辺りに立っている。明るい午前を描いているにも関わらず侘しさを感じさせるのは、片田舎の閑寂が彩度の低さに表れているからだろう。
「トンプソン伯爵家のヴァレリアさんの作品です」
「ああ、彼女の」
納得したように頷く子息。二十一歳の彼は数年前から社交界に出ていたため、ヴァレリアが令嬢だった時期を知っていた。そんな彼女が社交界を退場したことも、もちろん分かっている。兄のパトリック・トンプソン伯爵子息と交流があり、ロワイユ王国で画家をやっていることを直接聞いたのだという。
「彼女の様子はどうでしたか」
リネル侯爵子息が尋ねた。
「夢中で制作している時はとても楽しそうですよ」
「そうですか。パトリックが聞いたら喜びますね」
アンジェリアはその返答に、やや困惑した。言い合いをして別れたきりの兄妹。互いに分かり会えず、歩み寄る気も無いようだったヴァレリアはどこか諦めたような顔をしていた。
その時ふと、アンジェリアは思い出す。彼女の話を聞いたあの日「今もヴァレリアの家族は、応援をする気がないままなのだろうか」とぼんやりと疑問を抱いたことを。
もしかして──。
「伯爵子息様は、ヴァレリアさんのことを認めていらっしゃるんですか?」
尋ねるアンジェリアに、リネル侯爵子息は微笑む。
「そうだと思いますよ。詳しいことはあまり分かりませんが……ある時を境に、考えが変わったようです」
「……!」
アンジェリアはミランダと顔を見合わせた。ヴァレリアは現時点で兄や両親との対話を諦めている。ということは、おそらくまだ兄の心境の変化を知らないのだろう。
トンプソン伯爵夫妻は考えを改めたのかどうか明らかではないものの、少なくとも兄は歩み寄る気があるらしい。この話が本当ならば、ヴァレリア達の確執が終わりを告げる可能性は格段に高まる。
「他に何か、知っていることはありますか……?」
期待を込めてそう聞くと、しばし考え込んでいた侯爵子息はふと言った。
「王太子夫妻は、もしかすると詳しいことをご存知かもしれません」
「お姉様達が?」
やや驚いたアンジェリア。ところがすぐに、思い出した。建設事業で三人が数か月もの間、共に仕事をしていたことを。姉達がトンプソン伯爵子息から何か聞いていても不思議はない。
「せっかくトリジア王国に戻ってきたのでしたら、王宮を訪問してみるのはいかがでしょう」
彼の提案に、アンジェリアは頷く。姉と最後に会ったのは結婚式の頃であり、すでに二か月ほどが経過していた。近況報告も兼ねて、顔を出してみるのも良いだろう。アンジェリアは早速、王宮に先触れを出すことにした。
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