伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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番外編 アンジェリア・フォードの人生

第三十九話 月日が経ちまして

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 アンジェリアとミランダは、それから商人の旅を再開した。数年をかけ、二人は実に様々な地域へ足を運んだ。

 トリジア王国のリネル侯爵領をはじめ、アンジェリアの姉の友人ナタリーやジェシカの生家があるトレス伯爵領およびオルドリッジ公爵領、そしてキーランの両親が暮らすスプラウト公爵領。

 それだけではない。ロワイユ王国全域、さらにはソル王国まで商売領域を拡大させたのである。

 道中では、かつてのミランダの仲間達にも会うことができた。嬉しそうなミランダの顔を見ると、アンジェリアも頬が緩む。

 一方、ヴァレリアの絵画の評判は三王国でさらなる広まりを見せた。五、六年が経つ頃には、彼女は平民層・貴族層問わず名の知れた画家になっていた。

「引っ張りだこですね、ヴァレリアさん」

 もう何度訪れたか定かではないアトリエにやって来たアンジェリアは、椅子に腰を下ろしながらそう言う。ヴァレリアの用意してくれたお茶を飲むと、道中に溜まった身体の疲れがじんわりと抜けるような心地がした。

「ありがたいことにね」

 ヴァレリアは相変わらず制作に勤しんでいる。今日も今日とて、注文をしてくれた貴族達に向けて作品づくりに取りかかるのだ。筆に絵の具を馴染ませながら、彼女はちらりと目を遣った。

「アンジェリアさん達も、このところ忙しいんでしょ?」
「そうですね。人気画家を担当しているおかげです」

 称賛の視線を送ると、それに応えるように冗談めかして得意気な顔をするヴァレリア。しかし彼女は商人としてのアンジェリアの地位を分かっていた。

「他にもたくさん、芸術家の方々から声がかかってるって聞いた」

 すでに契約を結んでいた陶芸家のバートだけでなく、アンジェリアはトリジア王国とロワイユ王国東部の様々な職人から好評を得られるようになっていたのだ。

「私の周りでも有名だよ?契約したら作品が必ず売れるって」
「それは買い被りすぎですよ」

 苦笑するアンジェリア。しかし実際、日々忙しくしているのは確かだった。ヴァレリアの作品を売り歩くうちに、いつの間にか商人としての腕が評価されるようになったのだ。

 それから徐々に、他の画家や陶芸家、彫刻家などからの依頼が増加した。今では主要な商業地域に行けば、アンジェリアの担当する職人のうち誰かの拠点があるような状況だ。つまり、それだけ各地に繋がりが広がったのである。

「この調子だと、お店を出す日も近いんじゃない?」

 期待の込められた目を向けられ、アンジェリアははにかんだ。

「実はそろそろ、拠点を決めようかと思っていたところなんです」
「え、そうなの!?候補はもうある?」
「はい。今のところは王都かルシェル、あるいはフォード伯爵領のどこかにしようと」

 王都は王国の中心地。ルシェルは見習い商人時代を過ごした思い入れのある地だ。実家のあるフォード伯爵領も捨てがたい。

「あと一年程は行商人最後の旅を続けますが、その先は徐々に活動地域を絞って、立地を決めるという流れになりそうです」
「それじゃあ、お店づくりのことも本格的に考えていくんだね。完成したら、私の作品も置いてね!」
「もちろんです」

 そう言うと、ヴァレリアはよし、と拳を握り締めた。そんな様子に苦笑していると、ふとヴァレリアがミランダに向かって口を開く。

「護衛の仕事もかなり大変なんじゃないですか?」
「そうですね……でも、美味しいお茶を出してくださるので休まります」

 先程ヴァレリアから貰ったティーカップを片手に、ミランダは笑った。

「あ、その顔はもしかして、次もお願いしますってやつですか!?」

 茶箱を死守するような素振りを見せるヴァレリア。その様子にミランダは笑声を上げた。さながら、妹をからかう姉のような構図である。

 当初アンジェリアの護衛として傍らに座ることに徹していた彼女だが、七年目の付き合いともなると姿勢はフランクになっている。

「お互い年を取りましたねぇ」

 ふとそう呟くと、ヴァレリアが口を開く。

「アンジェリアさん、一番若いのに……!」

 悲劇を見たように両頬に手を当てて目を見開く彼女。これまたミランダが吹き出す。

「まあでも確かに、七年は結構な年月か」

 腕組みをするヴァレリア。ミランダも頷く。

「今のアンジェリアさんはちょうど、私が初めて傭兵センターでアンジェリアさんと出会った時と同じ年齢ですね」

 二十二歳。まだまだ若いとはいえ、十五歳の商人ほやほやの時期を思うとかなり経験を積んだ。

「今度はお店も建てることになるし、また忙しくなりそうです」

 アンジェリアがそう言うと、ミランダは自身の胸を叩いた。

「手伝えることは何でもやりますよ!体力には自信があるので」
「ミランダさんが言うと説得力が桁違いですね」

 ヴァレリアは苦笑した。

 過去のミランダの話は、すでにヴァレリアにも告げている。ソル王国からヒューゴが来た頃には、特殊組織への批判が鎮まっていた。その上で、仲が深まってきた際にミランダが打ち明けることにしたのだった。

「じゃあ二人とはもう会いにくくなるのかぁ」

 ふと、やや寂しげな口調で呟くヴァレリア。行商人を辞めて拠点を構えるならば、こうしてアンジェリア達がアトリエに来ることも少なくなる。

 そんな彼女に、アンジェリアは微笑んだ。

「近いうちに鉄道が敷かれるみたいですよ?遠くても、今より格段に速く会えるようになるはずです」

 鉄道敷設は、姉夫婦が現在進めている大規模プロジェクトだ。トリジア王国、ロワイユ王国、ソル王国内のいくつかの人口密集地域や要所を線路で繋ぎ、交通の利便性を上げようと工事が進められている。

「本当に!?新聞届いてたっけ」

 最近は、というより以前からだが、制作ばかりしていたヴァレリア。どうやら世間の時事には弱いらしい。玄関先を見に行ってみると、やはりそれらしき内容の記されている新聞が見つかった。

「あ、この近くにも駅ができるみたい」

 やった、と呟く彼女に、アンジェリアもミランダも笑みを浮かべた。

 それから数分後。

「それじゃあ、そろそろ」

 いつものように打ち合わせ兼談笑が終わり、二人は席を立った。これから再び旅を進めるのである。といっても今回は、拠点である三つの候補地が存在するトリジア王国に戻りながらの旅となる。

「また今度会いましょー!」

 大きく手を振るヴァレリアに見送られ、アンジェリア達はアトリエを後にした。

「トリジア王国となると、また王太子ご夫妻やリネル侯爵子息様、ナタリーさん達にも会えますね」

 歩きながらミランダは口を開いた。ヴァレリアの絵画購入の常連でもある彼らは、今でも年に何度か対面することになっている。

 元気だろうかと話していると、ふとミランダは言った。

「そういえば皆さんには割と会ってますけど、キーランさんとフェリクスには一度も会いませんでしたね」

 そう。以前ロワイユ王国西部で別れたきり、彼らとは会わずじまいなのだ。

「今はどこにいるんでしょうかね……」

 アンジェリアはかつての彼らの顔を思い出しつつ、歩みを進めたのだった。
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