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番外編 アンジェリア・フォードの人生
第四十話 開店
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それからさらに数年が過ぎたある日。
カランカラン、と鳴った音に顔を上げ、アンジェリアは元気よく言った。
「いらっしゃいませ!」
「どうも、アンジェリアさん」
今となっては見慣れた彼の姿に、笑みを浮かべる。
「リネル侯爵子息様、いつも来てくださってありがとうございます」
勘定台の奥から売場へと出てきて頭を下げる彼女に、子息は微笑んだ。
「板についていますね、店主姿」
「本当ですか?ありがとうございます」
アンジェリアははにかみながらそう言う。
商人認定試験を受けた頃から持っていた、自分の店を持つという夢。一年半ほど前に拠点を王都にしようと決め、空き家を改築して建てたのが今いる店である。
開店前日には多くの人々が時間を取って祝いに来てくれた。数か月前のことだが、彼女の脳内には昨日のことのように光景が思い浮かぶ。
「本当におめでとう、アンジェリア」
「ありがとうお姉様!」
皆を代表して花束を渡す姉シャーロット。祝いの言葉と共にそれを受け取ったアンジェリアは、満面の笑みを浮かべた。明日の開店を前に、多忙な中で駆けつけてくれたのである。
何と言っても可愛い妹の夢が叶うんだもの、と嬉しそうに話す姉は、来年王妃となる予定である。
二十八歳を迎えようという年であり、以前よりずっと凛とした空気を纏いつつ、柔らかな雰囲気も滲む姉の姿。ここ数年で生まれた子どもは、専属侍女フローラを始めとする王宮の者達が見てくれているらしい。
アンジェリアも開店準備でいそがしくしていたため、会うのは久しぶりだ。さらに今日は両親や弟ウィルフレッド、祖父母のユルゲンとドロシーもいる。
「アンジェリア、本当に立派になったなぁ……っ」
店主本人より感激している父マルセルは、隣に座る母ベラドンナからハンカチを手渡されていた。
「体調はどうなの?ちゃんとご飯は食べているかしら」
手紙でも元気だと伝えていたものの、やはり娘の実生活は気になるらしい。
「夢を叶えるのは良いけど、身体を壊しちゃ元も子もないからね」
弟ウィルフレッドも不安げにそう話す。しかしアンジェリアには頼もしい相棒がいるのだ。
「大丈夫、元気だよ!ミランダさんも色々手伝ってくれるし」
視線を遣ると、彼女はにっこりと笑った。
「ミランダさん、娘が本当にいつもお世話になっております」
「こちらこそ、アンジェリアさんにはいつも──」
母とミランダは互いに丁寧な座礼をしつつ会話を進める。
アンジェリアが商人の旅を初めてしばらく経った頃、伯爵家に立ち寄ったのがミランダと両親の最初の出会い。ミランダは「まさか十年後もこうして付き合いを続けているとは思いもしていなかった」と今朝話していた。
すると、そこに姉の親友ナタリーがやって来る。
「アンジェリアちゃん、今日は招待してくれてありがとうね」
現在は結婚を機に家名が変わり、トレス伯爵令嬢からグラント辺境伯夫人となった彼女。開店の話を伝えた時は、領地で採れたという野菜や果物を持っていくと言ってとても喜んでくれた。
実際、今日出てくる料理のいくつかはナタリーの用意した材料が使われている。
ちなみに料理は、キーランの両親ダニエルとテレサに頼んだ。数か月前に料理の依頼をするために手紙を出した際、アンジェリアさんのためならと二つ返事で了承してくれたのだった。
「お好きなものをお取りくださいね~」
ダニエルが招待客に声をかける。今日は立食形式のパーティーなのだ。
彼らが王都で始めた小料理屋は、隠れた名店として人々に愛されている。どこか昔懐かしい味付けが評判を呼び、今や第二の家とも囁かれるような状況だ。アンジェリア自身も、キーランと一緒に彼の実家へ訪れて手料理を食べたためよく理解していた。
「またお会いできて嬉しいです」
アンジェリアは頬を緩めた。
そして近況報告を兼ねつつキーランのことについて尋ねてみた。しかし、今の居場所は分からないという。
「少し前に手紙が来た時はトリジア王国に来たと書いてあったから、この王国のどこかには、いるんでしょうけどね」
そう話すテレサは憂慮の顔が浮かんでいる。彼女は「それでも手紙が来たなら元気にしているのだと思います」と微笑んだ。
すると、側にいたヘクターが口を開く。
「行商人は本当に、数日後の居場所すら断言できないところがあるからなぁ。君もよく分かるだろ?」
視線を向けられ、アンジェリアは頷いた。学舎時代の恩師であるヘクターも、開店を知り、祝いに来てくれたのだった。同じく恩師であるトリスタもいる。
「あの頃私の店で新しいことを覚えながら頑張っていたアンジェリアが、自分の店を開くまでになるなんて」
感慨深げな表情。彼女の言葉に、かつての懐かしい日々が思い出される。
「本当に、お二人には商人の基礎を教えていただきました。ありがとうございました」
アンジェリアの恩師達は、はにかみながらもその言葉を受け取った。
「明日からは遂に店主なんだねぇ」
「商人認定試験で話していた夢を実現させられるとは、さすがアンジェリア」
学舎時代から見守ってくれている祖父母が表情を綻ばせる。
「予定より時間はかかったけど……でも、行商人をこれだけ続けてきて良かった」
彼女の脳裏に浮かぶのは、道中で出会った様々な職人や客の姿だ。商業を通して彼らの暮らしぶりを知り、大変な思いをしたことも多かったものの、それも含めて刺激的な毎日だったと感じる。
そんな彼らのもとへ近付いてきたのは、ナタリーと同じくシャーロットの親友、ジェシカである。
「皆さんの思い出話、私も聞いてみたいわ」
遅れて、ルーサー・スプラウト公爵子息もやって来た。
「殿下とのお話はもう良いの?」
部屋の後方をちらりと見つつ、夫にそう尋ねるジェシカ。
王太子ギルバートの近くに一人、奥にも一人、そしてアンジェリア達の斜め後ろにも一人。店の出入口付近にも警護の者が立っている。ここにはトリジア王国の王太子夫妻が揃っているため、王都の一店舗にすぎない割には警備が厳重だ。
「ギルバートとはしょっちゅう会っているからね。軽く話すくらいで十分だ」
ルーサーはそう言って苦笑した。長年の付き合いがあり、仕事仲間でもある彼らは数日前にも談笑したばかりだという。
「君もだろう?」
「そうね。何だかんだ言っても今までと同じようにお茶してるわ」
シャーロット、ナタリー、ジェシカの三人とも結婚し、子どもも生まれた。それでも、時間を見つけて集まっては昔話や近況報告を楽しんでいるらしい。
「公爵夫人様達のように優雅なわけではありませんけど、私達もお茶してます」
ふいに口を開いたのは、いつの間にかすぐ近くに来ていたヴァレリアだ。遂に開通した鉄道に乗って、ロワイユ王国のアトリエからトリジア王国の王都を訪れたのである。目的はもちろん、仕事仲間のアンジェリアの開店を祝うため。
「絵画を取りに来てもらった時に、ミランダさんも一緒に三人で飲んでますよね」
客兼友人といった関係性。あの時間はとても居心地が良い。
アンジェリア達が賑やかに話していると、今度はヴァレリアの後ろから彼女の兄パトリックが現れた。
「妹がいつもお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそヴァレリアさんにはお世話になってます」
どこかで聞いたような会話だな、と思いつつ挨拶を交わす。彼がヴァレリアのアトリエを訪れ、兄妹の確執が溶けて以降、二人は時々顔を合わせるようになったという。両親との関係も、徐々にではあるものの良い方へ変わっている最中だそう。
「それを聞けて一安心したよ」
以前からトンプソン兄妹と親交のあったリネル侯爵子息が微笑む。彼もアンジェリアの顧客の一人だ。近いうちに、彼は父の跡を継ぎ侯爵になるとのこと。
こうして集まることができて、皆の状況を聞くのはやはり楽しく懐かしい気持ちになる。そう実感していると、パトリックは口を開いた。
「失礼、話を遮ってしまいましたね。皆さんは、アンジェリアさんの商人生活を聞こうとしていらっしゃったのでは」
「そうでした、ええと……」
アンジェリアが見回すと、ジェシカやルーサーが目を輝かせる。さらには姉シャーロットと共にギルバートもやって来た。
「私にも聞かせてくれるかな?」
「もちろんです……!」
そしてやや緊張しつつ、アンジェリアは徐に口を開いた。遡るところは、アンジェリアが商人を目指そうと決めた時期だ。
それから彼女は皆と共に過ごす時間を楽しんだ。大人数の割にはかなり狭い空間だったものの、笑顔溢れる場になったことは確かである。
あれから数か月。まだまだ駆け出し店主であり、日々学ぶことも多い。しかしアンジェリアはそれ自体、とても面白かった。
「今日は……これを買おうと思います」
「ありがとうございます!」
リネル侯爵子息は小切手に金額を書き、アンジェリアに手渡した。
「請求はこちらへ」
「かしこまりました。後日お届けいたしますね」
こうして今日も、芸術家達の作品を需要のもとへ繋いでいく。するとその時、来客を知らせる扉の音が響いた。
「いらっしゃいませ!」
少しずつ慣れてきた言葉を発し、再び子息の対応に戻ろうとしたものの、彼女はぴたりと動きを止める。その視線は真っ直ぐに、今しがた来た客人へと注がれていた。
「……?アンジェリアさん、どうかしましたか」
子息が彼女の視線の方へと目を遣ると、そこにはとある男が立っていた。
アンジェリアは、はっと息を飲む。小豆色の髪に暗紅色の瞳。背丈はかなり高くなっている上、体つきも筋肉質なように思えるが、顔を見た瞬間、彼の名前が浮かんだ。
「キーラン……?」
彼女は驚きのあまり、その場に立ち尽くしていた。
カランカラン、と鳴った音に顔を上げ、アンジェリアは元気よく言った。
「いらっしゃいませ!」
「どうも、アンジェリアさん」
今となっては見慣れた彼の姿に、笑みを浮かべる。
「リネル侯爵子息様、いつも来てくださってありがとうございます」
勘定台の奥から売場へと出てきて頭を下げる彼女に、子息は微笑んだ。
「板についていますね、店主姿」
「本当ですか?ありがとうございます」
アンジェリアははにかみながらそう言う。
商人認定試験を受けた頃から持っていた、自分の店を持つという夢。一年半ほど前に拠点を王都にしようと決め、空き家を改築して建てたのが今いる店である。
開店前日には多くの人々が時間を取って祝いに来てくれた。数か月前のことだが、彼女の脳内には昨日のことのように光景が思い浮かぶ。
「本当におめでとう、アンジェリア」
「ありがとうお姉様!」
皆を代表して花束を渡す姉シャーロット。祝いの言葉と共にそれを受け取ったアンジェリアは、満面の笑みを浮かべた。明日の開店を前に、多忙な中で駆けつけてくれたのである。
何と言っても可愛い妹の夢が叶うんだもの、と嬉しそうに話す姉は、来年王妃となる予定である。
二十八歳を迎えようという年であり、以前よりずっと凛とした空気を纏いつつ、柔らかな雰囲気も滲む姉の姿。ここ数年で生まれた子どもは、専属侍女フローラを始めとする王宮の者達が見てくれているらしい。
アンジェリアも開店準備でいそがしくしていたため、会うのは久しぶりだ。さらに今日は両親や弟ウィルフレッド、祖父母のユルゲンとドロシーもいる。
「アンジェリア、本当に立派になったなぁ……っ」
店主本人より感激している父マルセルは、隣に座る母ベラドンナからハンカチを手渡されていた。
「体調はどうなの?ちゃんとご飯は食べているかしら」
手紙でも元気だと伝えていたものの、やはり娘の実生活は気になるらしい。
「夢を叶えるのは良いけど、身体を壊しちゃ元も子もないからね」
弟ウィルフレッドも不安げにそう話す。しかしアンジェリアには頼もしい相棒がいるのだ。
「大丈夫、元気だよ!ミランダさんも色々手伝ってくれるし」
視線を遣ると、彼女はにっこりと笑った。
「ミランダさん、娘が本当にいつもお世話になっております」
「こちらこそ、アンジェリアさんにはいつも──」
母とミランダは互いに丁寧な座礼をしつつ会話を進める。
アンジェリアが商人の旅を初めてしばらく経った頃、伯爵家に立ち寄ったのがミランダと両親の最初の出会い。ミランダは「まさか十年後もこうして付き合いを続けているとは思いもしていなかった」と今朝話していた。
すると、そこに姉の親友ナタリーがやって来る。
「アンジェリアちゃん、今日は招待してくれてありがとうね」
現在は結婚を機に家名が変わり、トレス伯爵令嬢からグラント辺境伯夫人となった彼女。開店の話を伝えた時は、領地で採れたという野菜や果物を持っていくと言ってとても喜んでくれた。
実際、今日出てくる料理のいくつかはナタリーの用意した材料が使われている。
ちなみに料理は、キーランの両親ダニエルとテレサに頼んだ。数か月前に料理の依頼をするために手紙を出した際、アンジェリアさんのためならと二つ返事で了承してくれたのだった。
「お好きなものをお取りくださいね~」
ダニエルが招待客に声をかける。今日は立食形式のパーティーなのだ。
彼らが王都で始めた小料理屋は、隠れた名店として人々に愛されている。どこか昔懐かしい味付けが評判を呼び、今や第二の家とも囁かれるような状況だ。アンジェリア自身も、キーランと一緒に彼の実家へ訪れて手料理を食べたためよく理解していた。
「またお会いできて嬉しいです」
アンジェリアは頬を緩めた。
そして近況報告を兼ねつつキーランのことについて尋ねてみた。しかし、今の居場所は分からないという。
「少し前に手紙が来た時はトリジア王国に来たと書いてあったから、この王国のどこかには、いるんでしょうけどね」
そう話すテレサは憂慮の顔が浮かんでいる。彼女は「それでも手紙が来たなら元気にしているのだと思います」と微笑んだ。
すると、側にいたヘクターが口を開く。
「行商人は本当に、数日後の居場所すら断言できないところがあるからなぁ。君もよく分かるだろ?」
視線を向けられ、アンジェリアは頷いた。学舎時代の恩師であるヘクターも、開店を知り、祝いに来てくれたのだった。同じく恩師であるトリスタもいる。
「あの頃私の店で新しいことを覚えながら頑張っていたアンジェリアが、自分の店を開くまでになるなんて」
感慨深げな表情。彼女の言葉に、かつての懐かしい日々が思い出される。
「本当に、お二人には商人の基礎を教えていただきました。ありがとうございました」
アンジェリアの恩師達は、はにかみながらもその言葉を受け取った。
「明日からは遂に店主なんだねぇ」
「商人認定試験で話していた夢を実現させられるとは、さすがアンジェリア」
学舎時代から見守ってくれている祖父母が表情を綻ばせる。
「予定より時間はかかったけど……でも、行商人をこれだけ続けてきて良かった」
彼女の脳裏に浮かぶのは、道中で出会った様々な職人や客の姿だ。商業を通して彼らの暮らしぶりを知り、大変な思いをしたことも多かったものの、それも含めて刺激的な毎日だったと感じる。
そんな彼らのもとへ近付いてきたのは、ナタリーと同じくシャーロットの親友、ジェシカである。
「皆さんの思い出話、私も聞いてみたいわ」
遅れて、ルーサー・スプラウト公爵子息もやって来た。
「殿下とのお話はもう良いの?」
部屋の後方をちらりと見つつ、夫にそう尋ねるジェシカ。
王太子ギルバートの近くに一人、奥にも一人、そしてアンジェリア達の斜め後ろにも一人。店の出入口付近にも警護の者が立っている。ここにはトリジア王国の王太子夫妻が揃っているため、王都の一店舗にすぎない割には警備が厳重だ。
「ギルバートとはしょっちゅう会っているからね。軽く話すくらいで十分だ」
ルーサーはそう言って苦笑した。長年の付き合いがあり、仕事仲間でもある彼らは数日前にも談笑したばかりだという。
「君もだろう?」
「そうね。何だかんだ言っても今までと同じようにお茶してるわ」
シャーロット、ナタリー、ジェシカの三人とも結婚し、子どもも生まれた。それでも、時間を見つけて集まっては昔話や近況報告を楽しんでいるらしい。
「公爵夫人様達のように優雅なわけではありませんけど、私達もお茶してます」
ふいに口を開いたのは、いつの間にかすぐ近くに来ていたヴァレリアだ。遂に開通した鉄道に乗って、ロワイユ王国のアトリエからトリジア王国の王都を訪れたのである。目的はもちろん、仕事仲間のアンジェリアの開店を祝うため。
「絵画を取りに来てもらった時に、ミランダさんも一緒に三人で飲んでますよね」
客兼友人といった関係性。あの時間はとても居心地が良い。
アンジェリア達が賑やかに話していると、今度はヴァレリアの後ろから彼女の兄パトリックが現れた。
「妹がいつもお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそヴァレリアさんにはお世話になってます」
どこかで聞いたような会話だな、と思いつつ挨拶を交わす。彼がヴァレリアのアトリエを訪れ、兄妹の確執が溶けて以降、二人は時々顔を合わせるようになったという。両親との関係も、徐々にではあるものの良い方へ変わっている最中だそう。
「それを聞けて一安心したよ」
以前からトンプソン兄妹と親交のあったリネル侯爵子息が微笑む。彼もアンジェリアの顧客の一人だ。近いうちに、彼は父の跡を継ぎ侯爵になるとのこと。
こうして集まることができて、皆の状況を聞くのはやはり楽しく懐かしい気持ちになる。そう実感していると、パトリックは口を開いた。
「失礼、話を遮ってしまいましたね。皆さんは、アンジェリアさんの商人生活を聞こうとしていらっしゃったのでは」
「そうでした、ええと……」
アンジェリアが見回すと、ジェシカやルーサーが目を輝かせる。さらには姉シャーロットと共にギルバートもやって来た。
「私にも聞かせてくれるかな?」
「もちろんです……!」
そしてやや緊張しつつ、アンジェリアは徐に口を開いた。遡るところは、アンジェリアが商人を目指そうと決めた時期だ。
それから彼女は皆と共に過ごす時間を楽しんだ。大人数の割にはかなり狭い空間だったものの、笑顔溢れる場になったことは確かである。
あれから数か月。まだまだ駆け出し店主であり、日々学ぶことも多い。しかしアンジェリアはそれ自体、とても面白かった。
「今日は……これを買おうと思います」
「ありがとうございます!」
リネル侯爵子息は小切手に金額を書き、アンジェリアに手渡した。
「請求はこちらへ」
「かしこまりました。後日お届けいたしますね」
こうして今日も、芸術家達の作品を需要のもとへ繋いでいく。するとその時、来客を知らせる扉の音が響いた。
「いらっしゃいませ!」
少しずつ慣れてきた言葉を発し、再び子息の対応に戻ろうとしたものの、彼女はぴたりと動きを止める。その視線は真っ直ぐに、今しがた来た客人へと注がれていた。
「……?アンジェリアさん、どうかしましたか」
子息が彼女の視線の方へと目を遣ると、そこにはとある男が立っていた。
アンジェリアは、はっと息を飲む。小豆色の髪に暗紅色の瞳。背丈はかなり高くなっている上、体つきも筋肉質なように思えるが、顔を見た瞬間、彼の名前が浮かんだ。
「キーラン……?」
彼女は驚きのあまり、その場に立ち尽くしていた。
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